第24話 おっさんズ、国家的慶事に立ち会う その3
王宮の謁見場である「謁見の間」にてマウラナ大公は王と会う。
大公は使節団一行から一歩前に出て立ち、続いて大公と使節団は跪いて頭を下げる。
「皆、面を上げよ。 マウラナ卿、遠路ご苦労である」
「ははっ、国王陛下の拝謁を賜り恐悦至極でございます」
簡単な近況報告の後、軽い雑談が始まる。
「大司教殿からの文には大いに驚きましたが、王都に来て見て、多くの民がレリアル神と共にある様子を見て、納得致しました」
「そうなのですか、マウラナ卿は国の主神ム・ロウ神を信仰されていると伺っておりました故、何か忠言を述べられるのではと思いましたが……」
宰相オルメカの問いに、大公は困ったような表情を浮かべつつ答える。
「確かに、主神をないがしろにされているご様子は、如何なものかと言う気持ちはございます。
されど、形のみで中身の伴わぬ信仰に意味はございません。
王家の信ずる神がレリアル神に変わって早60年。
宗教改革の時が訪れたのかも知れないと、認識した次第でございます」
「なるほど、そういえば大司教殿の相談相手としてもご尽力いただいたようですね」
「なに、私など……」
大公は言い淀んで顔色を変える。
「どうされました」
「これは宰相殿もお人が悪い」
すぐに元の顔色に戻ると、大公は薄笑いを浮かべつつ語る。
「いかにも、大司教殿のご相談を受け、信心から来る御心のままにされるが宜しかろうと、お伝えいたしました」
「なるほど」
暫しの沈黙。
宰相の隣に立つ大司教の首筋に汗が流れる。
そして、しびれを切らした王が口を開く。
「良い事では無いか、なぁ、オルメカ」
振られた宰相は王に向き直ると、笑顔で「御意」と述べ、首を垂れる。
そして大公に向くと告げる。
「マウラナ卿もこれからは信心に正直になると良いと思います」
「仰せのままに」
いつになく緊張感が漂った謁見は終わり、大公と使節団は謁見の間を後にした。
謁見に現れた諸侯の見せる反応は、マウラナ大公のように方針転換に好意的なものも多かったが、否定的な反応を見せる諸侯も少なくなかった。
特に南部諸侯はレリアル神を邪神と認定しており、反発は強かった。
それらについては、王国の宗教を司る大司教が調整するという形で、丸く収められた。
表向きは、宗教問題なのだから大司教が担当するのが当然という事なのだが、実のところ王や宰相に断りなく、ム・ロウ神を無視した書状を送った事に対する意趣返し的な対応であった。
さて、大公の次は最南端のスブリサ辺境伯の番である。
秋津たち使節団一行は謁見の間に入る。
領主とゴートが一歩前に出て立ち、全員が跪いて頭を下げる。
「皆、面を上げよ。 スブリサ卿、遠路ご苦労である」
「ははっ、国王陛下の拝謁を賜り恐悦至極でございます」
判で押したような挨拶に続き、簡単な近況報告の後、軽い雑談が始まる。
「王都の賑わいはどうだ、華やかな物だろう」
「はい、私もこのような煌びやかな様子は見た事がございません」
王と領主の建前的なやりとりに続き、宰相が口を開く
「ところで、何か申したい儀がおありなのでは?」
「そう見えますか」
「ええ、そのように伺えますし、大司教にも心当たりがありますしね」
「その向きであれば、私が最も信頼しているこのゴートに話させましょう」
こちらも、領主に代わり、ゴートが対応する。
「副使を任されております、元子爵ゴート=ボストルであります」
「おお、ボストル殿、お噂はかねがね」
一国の宰相なのだから、元子爵の副使ごときにここまでの言葉を使うのは不自然に思う向きもあるかも知れないが、騎士の鑑として王都にもその名は知れ渡っており、10歳以上年上でもあるので、目上に当たるような表現を使ったものである。
いくら海千山千の宰相とはいえ、別に含みのあるものではない。
「単刀直入に申し上げる。 ガイア神生誕を伝える玉簡にて、ガイア神の父母についての記載が無かったのはなぜか。 また、王都随所に掲げられている幟旗についても同様であると心得る」
直球です。 ま、武人ですからね。
それにしても、オッサンは無駄に難しい表現を使うので困る。 まぁ公的な場だから仕方ないか。
既に南部諸侯より幾度も同じ問いを受けている宰相は、慣れた様子で回答する。
「本件は、特に重要な神々についてのみ記載しているものです。
関りのある全ての神々の恩名を並べるのは不適切という判断です。
生誕されたガイア神、そして王家主神たるレリアル神の二柱のみに限定させて頂きました」
「そこは王国主神たるム・ロウ神とすべきところなのではありますまいか」
「見解の相違ですね。 宗教に関しては大司教の判断に委ねております故、我ら世俗の者はその進言を尊重している次第です」
こうして、その責は大司教に回される。
本音と建て前。 汚い、オッサン汚い。 そう言われる所以ですな。
いや、実際主犯は大司教なのだがね。 尊重どころか王も宰相も見てない状態で書簡は出されてるし。
でも、垂れ幕については当然世俗側も了承済みなんですけどね。
「なるほど、了承致した」
表面上でも宗教の話となれば、ゴートもこれ以上突っ込むわけにはいかない。
まぁ、決定を覆すのが目的ではないから、必要以上の追求は不要だろう。
そして、今度は宰相から問いが出される。
「近頃スブリサでは神獣なるものが活躍していると聞き及びましたが、神獣というものがどんなものか我々には判りません。 ボストル殿は存じておられますかな」
神獣の存在自体は秘密ではないが、ゴートも王都にまでその存在が知れている所までは思い至らなかった。
マスコミなどない世界だから、情報伝達は遅いし、その話題についても、伝える人の関心によって大きく制限される。
それ故、こんなに早く王家が感心を示すとは思っていなかったのだ。
まぁ、例外は居るけどな。
(あーそうか、英ちゃんの懸念が現実にって奴だな)
秋津は心配症な親友の事を思い出しつつ、事態の推移を見守る。
想定していなかったとはいえ、百戦錬磨で相手にとっては老獪な騎士であるゴートは冷静に対応する。
「神獣でございますか。 もちろん存じておりまする。 何を隠そう神獣を操る神獣騎士隊は某が指揮を執っております故」
「なんと、そうですか」
「神獣は魔物と戦う為にム・ロウ神より遣わされし存在。 その力は魔物を一掃致します」
「本当なのですか」
「そういうご報告を受けているのではありますまいか」
「そうですね。 しかし、一掃というのは信じ難いですし、そもそも魔物とはどういった存在なので?」
「魔物が何処より現れ、誰が統率しているのかは判りませぬが、王国に徒名す存在なのは確かであると存ずる。 それ故国を守る『主神』たるム・ロウ神が我らの為に遣わされたのである」
さすがにレリアル神が送り込んでいるという話は伏せている。
ゴートの話は続く。
「1体の魔物は熟練の騎士より強く、大型の魔物は騎士3人がかりでも倒せぬ驚異的存在。 さらには空を飛ぶ者さえ存在しており、神獣の助け無くして戦うのは困難であります」
「何と言う……」
予想だにしない強靭な存在に王も宰相も驚きを隠せない。
「そうですか、それで、その神獣は人の言う事を理解できるのですか。 敵味方が判らずに、無差別に襲ったりはしないのですか」
「神」と付いていても「獣」であるならば、同士討ちの心配をするのはある意味当然。
現物を見たら、そんな疑問は出ないかもしれないけどな。
「問題はあり申さぬ。 神獣は敵味方を違える事は無い」
だが、それは宰相にとってはあまり慰めにはならない。
ム・ロウ神が遣わしたという事は、別の神であるレリアル神を信奉する者を「敵」と認識するかも知れないのだから。
「それでは、魔物のみ襲い、人は襲わぬという事ですかな」
「さて、敵として『人』が現れた事が無い故判りかねますな」
益々もって心配になる回答である。
ちなみにこの回答、思いっきり嘘ですな。 ゴートは自身とその部下が「敵」として扱われた経験がありますからねぇ。
というか、み使いが指揮をしている件は秘密なのである。
「なーに、心配はあり申さん。 ム・ロウ神のご加護を受けているなら、大丈夫という事であります」
かなり「悪い顔」で述べるゴート。
ム・ロウ神をないがしろにするのはやめとけよ。 という意思表示でもある。
だが、宰相は違う意味で受け取る。 神獣が王都を襲う事もあるという脅しとして。
「なるほど、ご説明痛み入ります。 レリアル神のお孫様が遣わし神獣が祖父の信者を襲う事はありますまい」
「そうでありますな」
こうして挨拶としての謁見は終了し、一行はスブリサ辺境伯の屋敷へと戻って行った。
来客の予定がすべて終わり、謁見の間には王と宰相、それに大司教の3人だけが残る。
「性急な主神変更は難しいようですね。 大司教殿、事は細心の注意を要します。 今後は独断専行はなさらぬように」
神獣が危険な存在であると認識した宰相は、大司教に釘をさす。
「ははっ、肝に銘じます」
頭を下げると、大司教は謁見の間を後にした。
「どうだオルメカ、神獣は敵になるのか」
「判りません。 ですが、警戒が必要な事は確実でしょう。 仮にスブリサ辺境伯領を謀反の罪で攻めるにしても、王家直轄騎士団だけでは戦力が足りないと思った方が良いかもしれません」
「そんな馬鹿な……いや、そうだな。 ボストルの言う事、予も真実を述べていると感じた」
「こうなるとマウラナ卿の動きも注視する必要がありますね。 おそらく大司教の前のめりな行動も、裏でマウラナ卿が糸を引いているのではないかと」
「そうか、あの狸親父か」
「大司教自身に政治的野心が無いわけでは無いでしょうが、どちらかと言えば、隠れ蓑として使われているのでしょう」
「政は難しいなぁ」
「マウラナ卿が自分で直接表立って動く事は余り無いでしょうが、神獣の事は理解していないでしょう。 スブリサを不用意に刺激しないよう、『表に立つ』大司教の言動には注意しましょう」
「判った。 任せる」
「ははっ」
実際の所、自分たちも大司教を利用しているのだから同じ穴の狢なのだが、とりあえず主神変更は一朝一夕にはいかないようですね。
一方、挨拶を終え屋敷に戻った秋津たちは、次の目的地へと向かうのであった。
用語集
・狸親父
この表記、読み手である現代日本人に適するような翻訳の結果である。
実際に「タヌキ」と語っている訳ではない。
王国に狸はほとんど生息していない。
暑い気候の土地には住んでいない生き物だが、それは氷河期であるかの地でも変わらない。
そもそも狡猾な相手を「狸」と呼ぶのは近世以降の日本における用法だと言われている。