第23話 おっさんズ、そして準備する者たち その3
「な、何を言っておる。 そなたは自分が何を言っているのか判っておるのか」
メハム伯は目の前に立つ巡回司教の言葉に驚愕した。
だが、さらに驚くべきは、周りの者が皆「領主様も信仰を改めましょう」と語りだした事だった。
話は数刻戻る。
契丹達はメハム伯領の全ての村をまわり、悉く改宗を成功させていた。
そして村には村長が居る。
現代の首長と異なり、村長は選挙で選ばれるわけではない。
ある村は、そこを領地とする貴族の家臣で、貴族による任命。
またある村は、代々世襲しており、村長自体がその村を拝領している貴族。
また別の村は、その中間で、そこを領地とする貴族の家臣で、代々世襲。
などである。
村民を改宗したという事は、村人の一人である村長をも改宗している。
そして、村長を改宗したという事は、その主人(時には本人)の貴族の改宗も欠かせない。
契丹達は外堀を埋める様に、メハム伯領の貴族を改宗し、神官の支持も取り付けた。
残っているのは司教とメハム伯。
数名の貴族と共に司教を説得し、無事改宗に成功した契丹達は、最後の仕上げとして領主の城へと赴いたのである。
そして契丹は領主に目通りを果たした。
「ご領主様は大変威厳を有しておられますね。 統治者として大変素晴らしい事です。 ご先祖の誰よりも優れているという自負をお持ちと拝察いたしますが、如何でしょう」
「褒めるのは構わぬが、まるでわしが先祖を軽んじているように聞こえたのは、気のせいかの」
「いえいえ、気のせいではございません。 ですが、それも自信の表れ。 決して悪い事では無いと言えませんか」
「いいや、祖先を軽んじる者に未来は無い」
「そうですか、それを聞いて安心いたしました。 ならば、当然信仰される神もレリアル神な訳ですね」
「な、何を言っておる。 そなたは自分が何を言っているのか判っておるのか」
「もちろんでございます。 ム・ロウ神の祖父であらせられるレリアル神こそ、主神に相応しき神。 祖先を大切にされるのであれば、当然の事ですね」
周りに控える貴族や司教も、皆契丹の言葉に頷き、「その通り」「正しく」と口々に述べ、「領主様も信仰を改めましょう」と語った。
「馬鹿な、レリアル神は大飢饉を起こした民に仇なす邪神ではないか」
「それは一面的な見方です。 神は全世界を見守られる存在。 最大多数の最大幸福を追求された結果、たまたまこの地域での飢饉を見過ごしたに過ぎません」
「そのような事が」
「ご領主様も統治者ならばお判りでしょう。 多くの村々を救うため、一つの村を犠牲にする決断が求められる事もあります」
「た、確かに……」
「それでも、心を痛められたレリアル神は、孫娘のム・ロウ神に人々を救うよう命じられたのです」
「むう」
「ム・ロウ神を主神とする考えは、物事を表面的にとらえ、表舞台に立つ者を賞賛し、裏方を蔑む考えです」
「そ、そのようなつもりでは」
「神は寛容です。 賢明なご領主様が今からでも信仰を正すのであれば、必ずやその御威光で領主様にも、この領地にも光を届けましょう」
契丹の説教により、メハム伯もレリアル神を主神と認め、ここにメハム伯領の改宗は完了した。
その日の夜、休む前にリサジョ達は契丹と語る時間を持つ。
「素晴らしい手際でした。 こうやって進めていくのですね」
「はい。 ですが、いつでもこの方法を取る訳ではありません」
「そうなのですか」
「今回はボトムアップ型の手法を採りましたが、状況によってはトップダウン型が良い場合もあるでしょう」
「なるほど」
「他にも様々な方法がありますが、どんな方法が合っているかの判断には、事前調査が欠かせません。 これからも皆さんの協力が重要です。 改めてよろしくお願いします」
頭を下げる契丹に、天使達は皆恐縮して更なる努力を誓うのであった。
*****
その日、ミシエル達はスブリサに潜入させていたオーク・レンジャーからの報告を元に、作戦会議を開いていた。
「つまり、都から村へのキャラバンは数日に1回、いつも同じ時間帯に街道を通っている訳だ」
「なるほど、じゃあそれを襲撃して止めてしまえば、村は食料も矢弾も不足するって事ね」
「そういうこと。 だけど、護衛が付いてるからレンジャーで襲っても返り討ちだよな」
「そうですわね、だからと言って軍勢を送れば目立ちます。 街道に到達しても、キャラバンではなく敵軍を相手にする事になるでしょう」
「それじゃダメじゃない。 どうすんの?」
キリエルの問いに、ミシエルは一つの案を出す。
「見つかっても、相手が迎え撃てなければいいのさ」
「迎え撃てない? どうやって」
「空を飛べば良い。 速いから迎え撃たれる前にキャラバンを襲える」
「報告によればキャラバンを守るのは普通の騎士ですからね。 対飛行生物武具はありませんから、弓だけでは空からの襲撃を防ぐことは出来ませんわ」
「そうそう、向こうのセンシャや対飛行生物武具か出て来たところで、現地に着いたときにはキャラバンは壊滅してるって訳」
「えー、やる事が決まってるただの偵察ならともかく、戦闘行動は傍に居ないと指揮できないわよ」
飛行系モンスターとはいえ、自立戦闘は出来ない。 臨機応変な指揮はキリエルが傍で行う必要がある。
大規模戦闘ならともかく、しょっちゅう行われるであろう「通商破壊」にキリエルが出張るのは忙しすぎる。
「別にキリエルが行く必要は無いよ」
「そうなの、じゃ誰が行くの?」
「ヒポグリフとオークの空中機動兵団さ」
「あぁ、なるほど」
「勝てる相手と戦い、勝てない相手とは戦わず逃げる。 これなら一般兵団だけでも遂行できますわ」
うまいアイデアだと思っている天使たち。
だが、彼らはまだ気づいていない。
大英の手元には対空戦車よりも「速い」対空装備がある事に。
*****
その日の朝、神殿部屋に届いたブツは蚊取り線香の缶だった。
「おお、これは良い!」
大喜びの秋津。 一方大英は疑問顔。
「そうなのか、加護があるから蚊に刺されてもかゆくならんし、マラリアとかにかかる事も無いじゃん」
「それでも、こいつを使えばあのブーンという音は聞かなくて済むだろ」
「うん? ここに来てから聞いたことは無いが」
「なぬ、そんな馬鹿な」
人によって蚊が集まる人と、全然寄ってこない人が居ると言う。
どうやら、大英には蚊が寄ってこず、秋津の元には集まるらしい。
実際、大英の家には蚊取り線香は元より、電子蚊取器の類は無い。
元々家は水から遠い場所に建っていたこともあり、蚊はあまり居ないうえ、体質的にも蚊が寄らないからだろう。
一方、川の傍に家があり、毎年蚊に悩まされていた秋津は、この地に来てからも悩まされていたのだ。
まあ、健康上は無問題なのだが。
という訳で、蚊取り線香は秋津が利用する事になったが、そもそもこの地の人々には加護が無いのだから、むしろそっちの方が必要なのでは? という話が持ち上がった。
だが、存在する蚊取り線香がただの一缶では、数が足りない。
関係者だけに限定して配ったとしても、内容量は30巻だから3日と持たない。
「やはりここは秋津殿が使われるのが良いでしょう。 我々は今までこの環境で生活してきました。 心配には及びません」
という領主の言葉で、秋津が一人で使う事に決まった。
ちなみに、蚊取り線香は昔は除虫菊を原料にしていた。
それを図鑑で確認した大英だったが、同時に除虫菊がこの地には無い事も判った。
地中海沿岸原産と記載があったのだが、緯度的にスブリサは地中海沿岸では無さそうだからね。
その花の写真も見せたが、誰も見た事が無いそうです。
という訳で「現地生産」も断念したのであった。
それはともかく、この日大英達は飛行場で召喚を行った。
隣村奪還作戦のために必要な装備だ。 と言っても、作戦で使うものでは無い。
作戦のために装備を蓄積しているので、あまり「航空偵察」されるのは好ましくないため、制空権を確保しようという話だ。
もちろん、車両は皆小屋や屋根付き駐車場に置くため、上空から見て直接戦力を確認される訳ではないが、そんな「小屋」がどんどん増えていったら、「何だか判らないがとにかく軍拡しとるな」ぐらいは判るだろう。
なので、飛来する鳥型モンスターを始末するため、戦闘機が必要と言う事だ。
ちなみに戦闘機の弾薬は戦車と比べるとかなり厳しい。 燃料や整備に関しても同様だ。 戦車のように長期間にわたって運用出来る事は期待できない。
そんな事もあってか、この日の召喚は旧式戦闘機だった。
元のキットは以下の通り。
・SKYFIX 1/72 BRISTOL BULLDOG
・MEROS 1/72 BLOCH MB-152
なんか聞き慣れないものだが、BULLDOGは大戦間時代のイギリスの複葉機。 まさに旧式の見本。
MB-152は第2次大戦時のフランス空軍の戦闘機。 そう「フランス空軍」であって「自由フランス軍」ではない。
言うまでも無く大戦序盤の機体である。
本格的な航空撃滅戦とか、大規模な作戦用ではなく、普段の制空権確保用。
数羽の鳥を始末するのであれば、十分だし、高性能機を温存するためにも、旧式機の活用は重要なのである。
こうして、各々が次に備えた準備を進める中、彼らの行動予定を大きく変えるニュースが間もなく届くのであった。
用語集
・改宗
一般的には異なる宗教への変更を指す言葉ですが、ここでは、主神の変更の事を「改宗」と称しています。
・神官の支持
神との対話を行っている神官職の者は神に優劣は付けないので、誰が主神であるかについては基本不干渉。
世俗の者に神について説く司教とは立場が異なる。
なので、「神官の支持」とは黙認という意味になる。
・「現地生産」も断念
材料も無いのに知識チートで生み出すなんてのはよくある話。
図鑑とかwikiの内容で都合の良い部分(または全て)を丸暗記している記憶力と、どこからともなく素材を手に入れるスキルには脱帽ですネ。
大英君達にはマネできないスキルでありんす。
・MEROS
欧州の模型メーカー。
この間大英君が箱を出していた「ブレゲー Br 693」もここの製品。
ただし、「ブレゲー Br 693」は長谷部が輸入してパッケージしているので、一見すると長谷部の商品に見える。
箱をよく見るとMEROSのロゴが付いているのが判る。