第22話 契丹遼、活動を開始する その2
レリアル軍と対峙する最前線マカン村。
隣村奪還作戦に備え、戦力が集められつつあった。
村の東西に簡素な車庫が作られ、新規配備の車両が収められている。
その車庫は今も増設が進んでいる。
そんな村に見慣れぬ人物が現れていた。
年の頃は30代後半、飽食の世でもないのにやや小太りで、貴族程ではないが少し上質な服を着ている。
彼は村の北にある入り口で、周りを眺め呟く。
「これは、なんとも活気があると言うか……」
「どうされました、こんな辺境の村に何か御用ですかな」
村人から声をかけられた男は、笑顔で相手に向き直る。
「ああ、これはこれは、この村の方ですね。 私、旅商人をやっておりますズガペンシュと申します」
そう語る彼の後ろには荷馬車が1台停まっている。
「そうですか、しかし田舎村ゆえ旅商人様の品を買えるほどのお金は……、お目にかないそうな特産品もございませんし」
「ああ、仕入れではありません、今こちらに騎士団の方々がおられると聞きまして」
「おお、そういえばそうでしたな」
「近頃こちらで騎士団の方々が魔物退治に活躍されていると聞きます、きっとお疲れでしょうから、私の商品で元気づけられると良いのですが」
「そういう事でしたら、詰め所までご案内致しましょう」
「ありがとうございます」
ズガペンシュは荷馬車の御者の元に駆け寄り、村人の案内で進むので付いてくるようにと伝える。
「では、参りましょう」
ズガペンシュと彼の荷馬車は村の中央に進む。
詰め所のある中央広場に着いた所で、彼は見慣れぬ「物体」を目にする。
それは一見車輪らしきものが付いているため、馬車の様にも見えるが、どうも違う様に彼には思われた。
(馬とつなぐには必要となる車体から伸びる棒が無いぞ。 御者台も見当たらない。 何より、車輪の外を取り巻く板か帯のようなものがあり、これでは動けないのではないか。 それに上に何やらよく判らない物が付いている。 あれでは人も荷物も載せられない)
「あれは、何なのでしょう?」
「あれですか? 魔物と戦う神獣です」
「えっ、シンジュウ?」
「神より遣わされた、戦う獣です」
どう見ても獣には見えない。 それどころか、生き物にも見えない。
それもそのはず、その「物体」は「M42ダスター」。 対空戦車である。
だが、馬が引かずとも自力で移動し戦うのだから、この地の人々にとっては四角かろうと、鉄で出来ていようと、「獣」というのが一番しっくりくる認識なのである。
もちろん、お上が「神獣」と呼んでいるというのも理由の一つではあるが。
(これが噂の神獣ですか……)
「神獣が魔物を一掃したという噂を聞きましたが、本当ですか」
「ええ、本当ですよ、遥か彼方に現れた魔物の集団を、あっという間に成敗したんで、これで村も安泰だと」
「それは素晴らしいですね。 これにそんな力があるのですか……」
敵襲でも無いのに車両がその辺に普通に展開しているのは、対空車両故の事情である。
空を飛ぶ魔物の速度は速く、見つけてから車庫より出動では間に合わない可能性もある。
このため、対空装備は常時展開状態なのである。
一方、大型または重装甲の敵に対処するヤークトティーガーのような重戦車系車両は車庫の中なので、部外者はもちろんの事、普段は村人の目にも触れる事は無い。
ズガペンシュがM42を見て考え込んでいると、後ろから声をかけられた。
「見慣れない方ですが、どちら様ですか」
振り返ると、戦装束を身に纏った若い貴族が立っていた。
「ああ、これは失礼いたしました。 私、旅商人をしておりますノヴゴロド=ズガペンシュと申します」
「そうでしたか、私はここを守る第1騎士団団長シュリービジャヤ=エリアンシャルです。 して、どのようなご用向きで?」
「はい、こちらでご活躍の騎士様たちに、私の商品が何かお役に立てればと思いまして」
「扱っているのは嗜好品ですか」
「はい、左様でございます」
シュリービジャヤは近くの騎士を呼ぶと、事情を告げ案内するよう指示した。
「部下たちも疲れています。 元気になれる良い取引が出来る事を期待しています」
「ありがとうございます」
詰め所に向かう商人の後ろ姿を見送る。
そして、反対側に停まっているM42に向き直る。
(考えすぎでしょうか……)
M42を見ながら、シュリービジャヤは大英が「周辺から余計な注目を浴びて……」と語っていたのを思い出していた。
*****
王都に到着した契丹一行は、まずは街中で宿に向かう。
「これは、活気がありますね」
馬車の窓から見える街並みは、貴族領の都とは比較にならない発展度を示していた。
道行く人々の身なりも良く、経済的にも裕福さが感じられる。
「この街に住んでいるのは貴族の方々ですか」
「確かにおっしゃる通りですが、今見えている人々は平民です。 貴族は貴族街に居ますよ」
「なんと……」
プランタジネットは今朝出発した村に住む人々と、今外に見えている人々が同じ平民なのだと言うのである。
(日本では格差が広がっていると問題になっていましたが、ここはそんなレベルではありませんね)
「どうされました?」
「いえ、ここの平民の方々を見ると、先日のご領主様達と遜色ない身なりをしているように見えまして、これだと貴族や王族の方々はどんな事になっているかと……」
「そうですね、式典などの際にはそれ相応に豪華な姿をされるようですが、普段はそちらの平民の方々とあまり違わないと思いますよ。 多少アクセサリーなんかは豪華かと思いますが」
「そうなのですか」
「まぁ、文明レベル的にこれ以上の服飾技術が無いという事かも知れませんけど」
「なるほど、それにこれだけ暑ければ豪華な衣装の厚着も出来ませんか」
「暑い? ……あぁ、そうですね確かにこの気温で自然な状態でしたら、そうなりますか」
「あれ、暑くは無いのですか?」
「私共天使は外気温の影響を受けませんので。 そうですね、契丹様の世界の言葉で言えば、個人用のエアコンを持っていると思っていただければ良いでしょう」
「そうなのですか、私にもそのエアコンがあると助かるのですが」
「そうですね、気が付かず申し訳ございません」
あるのが当たり前の物というのは、気が付かないものです。 慣れと言うのは恐ろしいですネ。
宿に着くと、馬車を預け、泊まる部屋へと案内される。
プランタジネットは部屋にゲートポイントを設置すると、いったん天界へと行き、しばらく後戻ってきた。
「契丹様、この腕輪を付けてください」
契丹は腕輪を受け取ると、左腕に付ける。
腕時計は外していたので、丁度代わりに付ける形となる。
「おお、涼しいですね」
「ええ、これで気温の為に汗をかく事も無くなるでしょう」
「素晴らしい」
「同じく神に仕える者として、一人だけ汗をかかれていては不自然でしたね」
「そうですね、これで私も皆さんと同じになりましたね。 ありがとうございます」
「いえ、それでは私は大司教様に会えるようアポイントを取ってまいります。 契丹様は街の様子を見て回られてはどうでしょう」
「なるほど、そうですね、お願いします」
流石にいきなり出向いて、という訳にはいかない。
とはいえ、通信手段に乏しいため、会合予約は手紙か使者を送る形になる。
プランタジネットは紹介状を携え、大聖堂に向かって行った。
ハノーヴァーは契丹の護衛として共に出かけ、ヨークは情報収集のため別行動となった。
数日後、契丹達は大司教に呼び出され、大聖堂にて会う事となった。
儀礼的な挨拶と形式的な雑談に続き、本題に入る。
「貴方様の事はクニルトの司教より報告を受けております。 巡回司教を引き受けて下さるとお聞きいたしました」
「はい、昨今の信仰の乱れは由々しき事と思い、なんとか出来ないかと案じております」
「正に仰る通り。 特に辺境ではあろう事かレリアル神を邪神などど語る輩も増えており、不遜にも程があろうという物」
「はい、誰かが正しき道に戻すために動かねばと思い、クニルトの司教様に相談した次第でございます」
「有難い事です。 私共でも、各貴族領に巡回司教を派遣する事を計画しておりましたが、適任者が見つからず困惑していたところです」
「それでは、お許しいただけると」
「もちろんです。 その熱意、その信仰、まさしく巡回司教に相応しい」
「ありがとうございます」
恭しく頭を下げる契丹とその従者たち。
「それにしても、これだけのお召し物を身に着けて汗一つ書かないとは、神の祝福を受けておられるのですね」
「はい、多くの民に正しき信仰を広めるには、見た目から神の祝福が感じられる姿を取る必要があると思いました」
「これは頼もしい」
契丹達は多くの装飾が施された「いかにも権威がありそうな服」を身に着けていた。
使用している布も多く、神の祝福が無ければ暑くて汗だくになり兼ねない。
古来布教する者はパンを増やしたり、水をワインに変えたり、水面を歩くと言った奇蹟を見せたという。
暑さを感じない奇蹟もまた、人々に神秘の力を示す一端となるのかもしれない。
こうして無事「お墨付き」を得た彼らは、その活動を本格化するのであった。
用語集
・王都
現代であれば普通に王国の首都という意味になるのであるが、本作では微妙に意味合いが異なる。
「王が支配する都」ではあるが、「国の首都」という概念は無い。
それは王は領主と主従の関係を結んでいても、各領主の支配地に王権は及んでいないため。
各領主の領地はほとんど独立国のようなものなので、首都と言ったら、領地の都の数だけある事にもなりかねない。
なので、そもそも首都という単語が存在していない。
現代のような中央集権国家で王都と言えば、「王国の都」として首都と言う意味合いになるだろう。
大日本帝国の「帝都」も「帝国の都」ですね。
・パンを増やしたり、水をワインに変えたり、水面を歩く
仮に事実だとしても、この地の人々にとってはそれらは遠い未来の出来事ですけどね。