第20話 契丹遼、異世界に立つ その3
契丹がゲートから出ると、そこは建物の廊下のような場所だった。
ただ、窓が無いので、秘密の研究施設か、地下の様にも感じられる。
彼が意識して体験する瞬間移動は初めてであったが、何かの違和感や浮遊感といったものは感じなかった。
単にドアを通っただけといった趣で、子供向け漫画に出てくる、なんとかドアもこんな感じなのかも知れないと思ったようだ。
レリアル神に先導され、契丹はある部屋へと進む。
会議室風の部屋であるが、やはり窓は無い。
指し示された席に座ると、まもなく3名の人物が部屋に入ってきた。
先頭のリーダー風の女性が口を開く。
「レリアル様、お待たせいたしました」
「おお、では説明を頼む。 おおよその話はしてある」
「はい」
3人は契丹の正面に並ぶ席に着く。
状況としては、奥正面にレリアル神、向かって左(レリアル神から見て右手)に契丹、向かって右に女性と男性2名がテーブルを挟んで座る形となる。
「まずは自己紹介をいたしましょう。 契丹様につきましては、承知しておりますので、こちらのみ行います」
女性は「リサエル」、その隣の細身の男性が「ボトエル」、最後に太めの男性が「ゴデエル」と名乗った。
3人は「天使」なのだと言う。
(神に続いて天使とは……しかし、「エル」で天使というと、ミカエルとかガブリエルなんかも居るのだろうか)
宗教や創作物に疎い契丹ですら聞いたことのあるメジャーな天使名だが、それは現代のある特定の世界宗教でのお話。
言語が違えば名前も違うのだがねぇ。
ガブリエルはアラビア語ではジブリールだし。
話を戻そう。
3人は契丹の付き人として、その「業務」を補佐するのだと言う。
リサエルは地上の専門家として地上の人々の風俗に精通している。
ボトエルは諜報を担当し、ゴデエルは肉弾戦を得意としている。
つまり、現地の事情通に情報収集役と護衛役という訳だ。
ついでに言えば、3人とも魔法の腕は地上の人間とは比較にならない。
山奥だろうが、スラムだろうが、どんな場所でも襲撃者に後れを取る様な事は無いだろうし、そもそも周辺に一種のマインドコントロールのようなモノをかけるため、余程強靭な意思の持ち主とか、極度の困窮など強い動機が無い限り、襲おうとも思わないだろう。
それは野生動物とて同様である。
「それでですね、実際には別の名で呼んで頂く事になります」
「別の名?」
「はい、私共の名は地上では少々目立ちますし、地上では姓名があるのが一般的なためです」
「そうですか」
歴史があまり得意ではない契丹は疑問を持たなかったので、敢えて触れる必要も無いのだが、ここで言う「地上では」とは「地上では一般庶民でも」と言い換えると良いかもしれない。
古代や中世では庶民は「名」だけなのが一般的と言われているが、この地ではその辺の村人でも「姓名」があるのだ。
という訳で、各々「プランタジネット=リサジョ」、「ヨーク=ボトッキー」、「ハノーヴァー=ゴデサー」と名乗る事とし、契丹も姓名を逆転させ「リョウ=キッタン」と名乗る事となった。
「私たち4人は巡回司教の立場を取得して、諸侯の領地を巡り、任務をこなす。 そのように考えております」
プランタジネット(混乱を防ぐため、今後はこのトリオ天使に関しては「地上名」を使う事としよう)は今後の予定について解説を始めた。
契丹はその内容について、随時質問をしたり、意見を述べ行動方針を煮詰めていった。
レリアル神はその様子を満足気に眺め、いつぞやの準備不足のまま召喚した勘の悪い男とは違い、今回の人選は成功だったと確信した。
しばらくして話し合いが一段落したところで、会議室に別の天使達が呼ばれた。
「へー、このおっさんが新しい天使なんだ」
「ふーん、で、何をするの」
「リサエルさん、ご無沙汰しております」
ミシエル、キリエル、マリエルの3人である。
さらに、リモートで天界と接続し、モリエルとその部下たちも話に加わる。
レリアル神は全員に語りかける。
「皆の認識を統一し、今後の活動が滞りなく行くようにしたい。 各々しかと心得よ」
世の中、悪の秘密結社などでは、連絡不足やマウント合戦、最終目的の誤認や中間目標の相違などのため、互いに足を引っ張りあって作戦失敗を重ね、最後は敗北に至るというケースがよく見受けられる。
それは創作物の中だけとは限らず、現実の組織でも事情は似たようなものである。
様々な情報や、実際の天使達が運営している各組織の実態から、レリアル神は「ワンチーム」として全員の認識を合わせる事が必要と考えたのだ。
かくして、各々の役割や、今後の予定について解説・質疑応答が行われ、契丹も「戦闘部隊」の存在と役割、そして戦っている「敵の天使」について理解した。
「なるほど、おおざっぱに言えば、私たちが諸侯をレリアル様支持に誘導し、スブリサの地を孤立化させその士気を挫き、交易や交流を停止させて戦力を削ぎ、実働部隊の勝利につなげる。 という事ですね」
契丹のまとめを聞き、レリアル神は頷くと「その認識で合っておる」と述べた。
「それにしても、実働部隊の皆さまは若い方ばかりのようですが、レリアル様が直接指揮を執られているので?」
契丹の問いには、マリエルが答えた。
「まぁ、お上手ですわね、基本的な指揮は私が執っておりますわ」
「なんと」
「天界にて戦に最も詳しい者が、そこなマリエルじゃ」
「そうでしたか」
そこへミシエルが口を挟む。
「大体若いって言ったんて、みんなリョウより年上だよ」
「ええっ、見た所お二人は10代後半、マリエルさんも20歳前後のようですが」
「僕もキリエルも80歳過ぎてるよ、マリエルなんかリョウの2倍は生きてんじゃないか」
「な……」
実はこの部屋で契丹は一番の年下だったと言う事実に絶句する。
「言うておらんだが、天界の天使はヒトより長命じゃからな、じゃがその精神は見た目通り故、気にせんで良い」
レリアル神に続き、プランタジネットも語る。
「私たち3人も同じですが、実年齢はお気になさらず。 地上でもリョウ様が年下に見える私たちに『目上の者』のように接すれば、周りの人々から奇異に見られるでしょう」
「わ、判りました」
「年齢よりも何を成すか、何を成せるかが重要じゃ、ヒトの様に短命な者と違い、天使、いやワシら神も含めてじゃが、日々の『密度』が薄いからの」
「ヒトの学習効率の高さには、いつも驚かされています」
地上研究の第一人者たるプランタジネットもそう語る。
(『年齢よりも何を成すか、何を成せるかが重要』ですか、素晴らしい思想です。 今の日本にも必要な考え方かも知れませんね。
聞いたところ敵の召喚天使は軍隊を好む軍国主義者・守旧派なのでしょう。 もしかしたら年齢を笠に着るような体制的ネット民なのかも。
進歩の敵守旧派との戦いに従事する仲間を支援する仕事。 俄然意欲が湧いてきました)
「それでは、この契丹遼、全力で取り組みさせていただきます」
「うむ、頼んだぞ」
契丹は3人の仲間と共に、旅立つ。
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秋津教室が開かれたりする建物。
と言うか、今も1階では秋津教室が開かれている。
今日は「日本語」の授業だ。
で、その2階には床に簡素な地図が描かれ、その上に白化したキットが置かれている。
これは召喚した兵器がどこに配置されているかを示している。
先ほど召喚した「ミヤタ 1/35 ドイツ野戦整備チーム装備品セット」の一式をひとまとめにして都の位置に置く。
セットと言うだけに様々な機器と整備兵で構成されているので、プラスチックのファイル入れにまとめ、「整備チーム」のラベルを書いて付加してある。
実はラベルは戦車などにも付けている。
何しろ白化しているので、離れるとぱっと見何が置いてあるのかよく判らないためだ。
「ふむ、後は……シルカを騎士団の詰め所に置けば防備は一通り揃うかな」
大英は、次は侵攻用部隊の創設について思案するのであった。
用語集
・歴史があまり得意ではない
進歩主義者の多くは未来に目を向けるという建前のためか、過去の事をあまり学ばないケースが多く見受けられる。
「進歩していない時代の事に、学ぶべき価値などない」という事なのだろうか。
そのためか、彼らの持論は時系列とか因果律を無視しがちなのだが、当人たちがそれに気づく事は無い。
だが、その主張で「歴史」という単語をよく使うのは滑稽と言えるかも知れない。
・まぁ、お上手ですわね
若く見られて喜ぶのは日本人だけで、諸外国では「侮られている」と逆の感想を持つ人も少なくないと聞く。
だが、天界の天使達のメンタリティは日本人に近いようである。
・簡素な地図
正確性から言えば、鉄道の路線図のような地図。
近代的測量術が無いため、拠点間の距離や方角については、あまり正確ではない。
そもそも部屋の中にキットを置くのが目的なので、その辺を正確に描く必要は無いのだ。