第2話 おっさんズ、異世界へ行く その3
初めての召喚が終わり、やがて日が暮れてきた。
執政官が仕切る。
「そろそろ午餐の時間ですな、今日は城で一緒に食べましょう。
ホムンクルスの方々やご家族の方もご一緒に。
それと領主も同席しますので、よろしくお願いします」
それに対し秋津が応える
「あ、はい。わかりました。
ですが、我々はこの二人で全員です」
「え?」
絶句する執政官に大英が一言で説明する
「うちら二人とも独身なんで」
「な……これは失礼を」
「あー気にしないでください」
ま、そりゃそうだよね。
現代日本でもこの年なら子供がいるのが普通だし。
おそらくこちらの世界じゃ孫が居ても驚かない年齢なはず。
っていうか、日本でも海産物で頭頂部は毛が1本なお方も3歳の孫が居たよな。
二人はあの彼とほぼ同い年である。
「それと、ホムンクルス達は食事はしません」
「え、食べないのですか」
「神様の説明によると、水だけ飲ませればよいそうです」
「そうですか、ではそちらの方々には水を用意しましょう」
「痛み入ります」
その時、二人の男が城から出てきた。
一人はかなり位の高い人物のようだ。
もう一人は副官か付き人のような感じに見える。
こちらからは遠ざかる歩みで後ろ姿しか見えないが、なにやら不満そうな感じで怒りながら城門へ向かっていった。
「あー、ボストル卿ですね、第3騎士団の騎士団長をされている方です。
自分の騎士団が前線に派遣されないのが不服で、時々領主様に訴えに来ているのです。
この間も『わしが年寄だから戦えぬとお思いか!』って」
「へー。大変ですねぇ」
「午餐を共にされると思ったのですが、帰られてしまうようですね」
なんか話しかけるのも憚られる感じだったので、執政官は「ボストル卿については後日紹介します」と語った。
城内の広間でみ使い来訪を祝う宴が始まった。
「私がここの領主をしているセレウコス4世です。
み使い殿、よろしくお願いする」
まだ年若い領主はそう挨拶をした。
それなりに豪華な食事で、21世紀の日本からやってきた二人の口にも合ったようだ。
虫とか紫色の得体のしれないゲル状の物とかが出てきたらどうしようとか心配があったようだが、その手のゲテモノは出なかったようだ。
ま、昼抜きだったしね。誰かも空腹は最高のスパイスとか言ってたよな。
一通り食べ終わった所で、歓談の時間となる。
大英が領主に問いかける
「質問してもよろしいですか?」
「あぁ、何でも聞いてください。答えられる範囲で答えましょう」
「この地方領にはいくつ騎士団があるのです」
「三つです」
「という事はボストル卿の第3騎士団は戦略予備ですか」
「戦略予備?」
言葉の意味が解らないという顔をしている領主に執政官が解説をする。
「あ、殿下、おそらく留守を守る役目の部隊を指すものと」
「あぁ、なるほど。まだまだ私も勉強不足だな。
いかにも、その予備に該当する」
「だとしたら、ボストル卿は何が不満なのでしょう」
「それは、私からご説明します」
執政官が説明を始める。
「実は騎士団が前線に派遣されて、もう3か月になります。
最初は第2騎士団が、1か月後、増援として第1騎士団も派遣されました。
その時第3騎士団の建設隊なども派遣され、村に防塁を建設し、村の防衛隊に弓を渡し、すぐに撤収しました。
2つの騎士団は長らく派遣され続けているため、騎士達も疲弊しています。
最初に派遣された第2騎士団は第3騎士団と交代すべきというのがボストル卿の意見です」
それを聞いて大英は
「もっともな進言に聞こえるのですが」
「はい、ですが、最近魔物がこの近辺にも表れて、街の守護騎士隊との戦闘も起きているのです」
「つまり、移動と交代をしている余裕は無いと」
「はい」
「それならボストル卿も納得してくれるのではないですか?」
「元々最初に派遣されず、増援にも選ばれなかった事、それと……あまり申し上げにくいのですが、第3騎士団は普段より第1と第2の両騎士団から、格下扱いされておりまして、防塁建設の際も『足手まとい』とか『大工風情が騎士団に所属とか笑わせるな』『弓など卑しい武器を持ってくるな』など、かなりひどいことを言われていたようです。そういった事が「しこり」となっているようで……」
「うわ、それは酷いな」
防塁を作った大工……いわゆる「建設工兵」みたいなものだろうか。
というか、大工風情って何だ。
大工ではないが、自身も技術者のはしくれを自認する大英と、若いころは大工と一緒に仕事(現場指揮)をやっていて、今も建築業界に知り合いの多い秋津の二人にとっては鬼門な一言だったと言える。
そして二人とも「不当な扱い」には敏感に反応する現代日本人である。
二人は第1と第2の騎士団に非常に悪い印象を持った。
「本来ならこの場にて食事を共にするつもりだったのだが……」
そう語る領主は寂しそうだった。
宴が終わり、宴の運営を取り仕切っていた家令が大英達に質問をした。
「み使い様の屋敷で食事の準備はできますかな」
「あーそれは難しいと思います。水も出ませんし、火も使えないので」
「なんと、それではこれまで食事は何処で摂られていたのです?」
「あ、ここに来るまでは水も火も使えたのですが、ここでは使えないのです」
事情を説明するには水道と都市ガスという概念から説明をする必要があった。
「なるほど、判りました。それではしばらくはこちらで城の者たちとご一緒にお食事をして頂くのがよいでしょうな。
殿下、かまいませんね」
「もちろんだ、毎日の楽しみが増えたな」
「ありがとうございます」
「それでは明日の正餐の時間になりましたら、お越しください」
「セイサン?それはいつごろでしょう」
「そうですね、太陽が南中する少し前ぐらいでしょうか、迎えをやりますので時間を気にしていただく必要はございません」
彼らに24時間制の時計は無い。なので、このような表現となる。
で、これを聞いて秋津は問う。
「もしかして、そのセイサンとは朝食昼食兼用?」
朝昼兼用。つまり、ブランチとか言うやつですかな。
「朝食昼食?食事は昼の正餐と夕方の午餐の2回ですので、朝食昼食というのは判りかねますが……」
どうやら生活習慣も違うらしい。
大英は自分たちが1日3食だったことを説明する。
「なんと、では、その朝食については、こちらで用意したものをお屋敷にお持ちいたしましょう」
すると秋津は
「いや、私らの国には『郷に入っては郷に従え』という言葉があるんで、我々も1日2食に合わせるわ。いいよな英ちゃん」
振られた大英も頷いている。
だが、家令は
「み使い様にその様な真似はさせられません」
領主も
「み使い殿も突然の召喚を受けられて色々お困りだと思います。どうか我らができる限りの努力をする事をお許しください」
そこまで言われては断りずらいものがある。
二人とも申し出を承諾する事にした。
そして領主はこうも告げた
「生活の拠点としては、み使い殿のお屋敷は向いていないようですね。すぐ隣に館を建てさせます」
二人は「ありがとうございます」と礼を述べ厚意を受ける事とした。
夜も更け、話は終わり二人は大英の家に戻る。
そしてすぐに寝ることにした。
いや、電気無いから部屋が暗いんですよ。
燭台を借りてきたから真っ暗ではないんだけどね。
あと窓の傍で輝くランタンがある。
これは100円ショップで買った太陽電池付のLEDランタンだ。
日中陽に当てておけば、夏なら夜明けまで光っている。
暗くなると光り、日が当たると自動的に消える。
なかなか便利なのだが、とはいえコレ1個ではねぇ。
他に電池式のLEDランタンもあるけど、入れてあるエネサイクルを充電できんから、うかつに使う訳にはいかない。
(こんな事なら太陽光充電器を買っとけばよかったか?
あーダメだな、アレは受注生産だから高い。普通の人間が買うものじゃない)
そうですね、キャンプとかよくするアウトドアを趣味としている人の持ち物でしょうな。
同じ理由でディーゼル発電機も持っていない。
全く、異世界召喚されると分かっていたら、彼もホームセンターから買っておいただろうけどな。
ム・ロウ神も1週間前に予告するとかすればよかったのにねぇ。
秋津だが、彼の家はこっちに来ていないから、当然帰れない。
すぐ隣に館を建ててくれるという事だが、家がすぐ建つわけはない。
しばらくは大英の家に寝泊まりする事になる。
「なんか悪いな、巻き込んだみたいな形になって」
秋津には大英のように模型を媒介して現物を召喚出来たりするような「特殊権能」は与えられていない。
老化が停止し健康状態が維持される権能だけである。
「いや、そうじゃないだろう。俺が来ていた時を狙って呼ばれたんだと思うぞ」
「そうなのかな」
「そうだって。きっと何か役割があるはずだ」
「秋やんらしくないポジティブな感想だな」
「おいおい、それはないだろう」
普段は物事に悲観的な感想ばかり述べ、ネガティブマンとまで呼ばれている秋津であった。
「仕事を休まず気分転換できるんだ。こんな結構な話なんて無いだろ」
「ははは、さすがワーカーホリック秋津。こんな時でも仕事を忘れない」
「それ、褒めてないと思うが」
「「はっはっは」」
その後、大英は2階の部屋で、秋津は1階の応接室で布団に入った。
用語集
・エネサイクル
充電式ニッケル水素電池の商品名である。
大英の家では古いイチヨー製と現行のパナルックス製が混在している。別に混ぜて悪いという話は聞かない。
・海産物で頭頂部は毛が1本なお方
アレです。無限時空の代名詞ともなっている作品で、20代の子持ち娘を筆頭に小5と小2の3人の子が居て、婿殿も「***さん状態」という用語まである、日本一有名な3世代家族の父です。年齢は原作によると54歳だそうな。アニメ版は知らないけど。これ以上書くとディズニーもびっくりするほど版権にうるさい版権元からクレームが来るといけないので、筆を置く。
・家令
これは現実の用語で、現代風に言えば執事長みたいなものである。
スブリサ辺境伯の城では一人しか居ないが、もっと規模の大きい城では対外担当・城内担当・経理担当など複数居ることもある。