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模型戦記  作者: BEL
第4章 民と領主と王家と神
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第20話 契丹遼、異世界に立つ その1

 そこはあるビルの中にある会議室。

スーツを着た4人の男性が会議をしている。

それは社内会議ではなく、来客との会議であった。



「それで、先日の提案は検討して頂けましたか」


「いや、契丹さん、勘弁してください」


「おや、どうしたのです?」


「今でも木曜日は評判が悪いんです。 ネットじゃ『木曜日は反日の日』なんて言われていますし。 それなのに、それを増やすのは……」


「これはいけませんね、テレ旭やアルプスは毎日ですよ、それを週に1回だけというのは……。 週2回でもメディアとしての責任を果たしているとは言えませんが、そこを妥協してお願いしているのですがね」


「そうは言われましても、メインMCも反対していますし」



 それを聞いて契丹は頭を後ろに反らすようにしつつ目を細めるという、相手を見下すような仕草をしながら会話を続ける。



「あぁ、あの芸人ですか……」



 そして、身を乗り出して、今度は逆に上目な感じて相手のプロデューサーを見つつ語る。



「そろそろ切ってはどうですか。 バックも居なくなったし、もう誰に遠慮も要らないでしょう」


「いえいえ、そんな不義理な事は弊社では出来ません」


「貴方の会社の事情は問うていませんよ、TV番組を作る者としての義務について問題としているのです」


「ですが、帝都放送も春に路線を変えたじゃないですか、アレが好評なのは契丹さんもご存じでしょう」



 その話題を聞き、契丹は遠い目をする。



「あれは酷い話でしたね、せっかく私が改心させてTVに復帰させたタレントの貴重なレギュラーが減ってしまいましたし。 まぁ、メインMCは後の時間にも出られるようにしてもらいましたし、名物コメンテーターは他局の新番にねじ込みましたが……」


「契丹さんの掲げる理想は大切ですし、わが社の経営陣も心酔していますが、我々としても、霞を食べて生きていけるわけでは無いので、数字が取れない事には……」


「判りました。 今日のところは引きましょう。 改めてご提案をお持ちしますので、再度検討をお願いします」


「はい、了解致しました」



 契丹遼、放送業界でコンサルタントをしている彼は、後輩と共に打ち合わせの場を後にした。



「先輩、あのディレクターとプロデューサー飛ばしちゃいましょうよ」


「待ちなさい、めったな事を言うものではありませんよ。 ここは公道、どこで誰が見聞きしているか判りません」


「す、すいません」


「彼らについては、おいおい考えましょう。 それより、低俗な番組が数字を取っている現状こそ憂いるべきです」


「そうですね」


「地上にはお笑い番組ばかり。 然るべき番組は皆BSへ移動してしまいました。 ですが、その内容たるや進歩を広げるべき責務を忘れ、『ネット民』に媚びるような有様です」


「困ったものですよね」


「君はネットにも詳しいですよね、ネット民と呼ばれる者達を正しき道に導く方法について考えてはくれませんか」


「ぼ、僕がですか」



 部下の目が期待の熱を帯びている。



「ええ、そろそろ君も自分の意見を語るべき時です。 いつまでも私が指導していては、進歩もありません」


「そ、そんな、僕なんかが」


「自信を持ちなさい、それとも、人に進歩を説いて回る私が、自分の部下を進歩させられない無能だと思うのですか?」


「と、とんでもありません!」


「あのプロデューサーが強気なのも、ネット民の支持があると思い込んでいるからでしょう。 そのような空虚なものに意味などない事を知るべきですがね」


「そうですよね、あんな威勢がいいだけの低学歴なんかに負けていられません!」


「良い返事です」


「僕の知り合いに、ネット世論操作を請け負っている会社を経営している人がいるんで、相談してみます」


「それは心強い。 では、よろしくお願いしますよ」


「はい! お任せください!!」



 部下と別れた契丹はその足で、ある小さな居酒屋へと向かう。

その道は人も少なく、自然と独り言がこぼれる。



「それにしても、保守的なネット民が低学歴と言うのは本当なのでしょうかね。 聞いた話では結構な高学歴の中年層が主体だとか。

どんな時代でも革命の担い手は抑圧された若者であって、現状維持を望む裕福な中高年ではない。 ならば、ネット民とやらも体制の犬、裕福な者たちとなりますね。

『貧富の格差を広げ、革命勢力を育てよ』という師匠の遺言はまだ道半ば。 格差は広がったのに、革命勢力は一向に増えない。

貧民が増えれば進歩的思想が広がる。 もうそんな時代では無いのかもしれませんね。 これでは政府のドリルダウン経済政策を笑えませんね」



 憂鬱な気分の歩みであったが、行きつけの店には正しくたどり着く。



「へい、らっしゃい」



 店長の静かな声が契丹を迎える。

普段であれば威勢のいい声で出迎えてくれるのだが、時節柄大声は控えられている。



「どうですか」


「既に皆さんいらっしゃってます」



 顔馴染みの店長は詳しく語らずとも応えてくれる。



「よぉ、こっちこっち」



 奥の席から呼ぶ声が届く。



「それじゃ、生一つお願いします」


「へい、ありがとうございます」



 注文を済ませ、席へと向かう。



「お久しぶりです」


「よお、久しぶり」


「元気そう……でもないようだね」


「判りますか」


「まぁね、みんな同じだから」



 既に席に居た二人は、契丹同様少しやつれた表情をしている。

一人はある企業の労働組合の幹部、もう一人はある教職員組合で若頭と呼ばれた男だ。 もっとも、既に若くは無いので、ただの(かしら)で良いような気はする。

最近は組合の組織率も下がっていて、それが二人の悩みの種だそうだ。



「おかしな話だよな。 搾取される会社の底辺だったはずが、非正規が増えて『勝ち組気取り』と来たもんだ。 それで経営陣の側に立って非正規と争うって、訳が判らん」


「まだ良い方だろ、ウチなんて『忙しいんで組合とかやってる暇ありません』だもんな、そういった問題を解消するための組合だってのに、新興宗教の類と同列扱いだ」


「皆さんの苦労も年々増しているようですね」



 中年男たちのグチ大会は続く。

高校生の頃「進歩青年同盟」という若年層向け政治サークルで知り合った彼らの付き合いは、まもなく40年になろうとしていた。


 彼らが活動を始めた頃は既に学生運動は影も形も無くなっていた。

彼らに「進歩思想」を教えた「師匠」の中には、若き日に学生運動に身を投じた武闘派も居たが、そんな師匠たちも後輩に教えたのは言論術であって、爆弾の作り方では無かった。


 彼らの仲間は随所で活躍し、メディアを通じてその勢力を広げ、理想の成就は近いと期待した日もあった。

だが、ソ連崩壊以後、その力は次第に失われていった。

後にスポンサーは別の国が台頭して元通り、いや以前にも増して潤沢になったのだが、インターネットの発達は逆風になってしまった。


 契丹が「ネット民が体制的なんで仕事がやりにくくて」とぼやくと、二人も同調する。



「ネットかぁ、出た時は人民の声を直接響かせる手段として期待したんだけどなぁ」


「余計な教科が増えて負担が増えただけだ。 若いもんも四苦八苦してるんだぞ、俺らに扱えるもんじゃ無かったんだよ」


「マイコンを『根暗のおもちゃ』だと思って侮ったのが失敗だったかなぁ」


「あいつらは進歩の敵だからな。 屁理屈だけは一人前で戦争ゲームばっかやってる軍国主義に染まった見下げ果てた奴らだ。 だけど今じゃ『OTAKU』とか呼ばれて広まってやがる」


「一億総オタク化とか聞いたぞ、ぞっとしねぇな」


「通りで、進歩的演説を誰も聞かない訳だ」



 偏見に満ちたグチは続く。

しかしその論が、その進歩的思想とやらに人々が愛想をつかした理由にたどり着く事は無い。

二人のやり取りを聞きながら、契丹は漠然と「自分たちの発想自体が、時代に取り残されつつある」と感じていた。


 若い頃、軽蔑していたオッサン達の会話。

低俗で独りよがりで、何の大義も持たず、何の目標も持たず、狭い視野を広げる事もせず、自らを省みず、ただ不満だけ口にする。

たまに肯定的な事を語ったかと思えば、単なる過去の武勇伝だけ。

今、自分らの会話を若者が聞いたら、同じ感想を持つのでは無かろうか。

歴史は繰り返す。 そんな言葉が頭をよぎる。



「どうした、黙りこくって」


「あ、いや、気がめいってしまってな」


「なんだよ、遼ちゃんらしくない。 そんなんじゃ俺らのエース論客、最強委員長の名が泣くぜ」


「ははっ、最強委員長って何年前だよ」


「放送業界の裏のフィクサーって言うじゃないか。 俺らにとっては、今でも最強委員長だよ」


「いやいやフィクサー自体裏の存在だろ、白い白馬じゃないんだから」


「そりゃそうだ」


「「はっはっは」」


(何か久しぶりに笑った気がする……)



 いやいや、そんなつまんないオヤジギャグですらない事で笑えるとは、十分幸せだと思うが……。

それはともかく、3人の中年達は、暫しのストレス発散の時を過ごした。



 久しぶりに再会した旧友と別れ、契丹は家路につく。



「過去の栄光か……」



 契丹が師匠と仰ぐ男と共に政権交代の実現に向け奔走し、それが現実となったときの高揚感を思い出す。


(だが、あれが失敗の始まりだったのかもしれない)


そう、彼は感じ始めていた。


 当時既にインターネットは人々に普及していたが、新聞TVの力が勝っていた。

念願の政権交代を成功させ、「ネット民恐れるに足らず」と笑った。

その驕りが、今の凋落に繋がったのかも知れない。

だが、若い世代も育っている。

後輩の彼も、少々考えが足りない所もあるが、きっと優れた進歩的論客に、それもネットを活用できるネット論客に成長するはずだ。


 そんな風に考えながら、いつもの通りで、いつもの角を曲がったとき、強烈な違和感が彼を襲った。



「な……」



 そこにあるハズのコンビニの姿はなく、いや、コンビニどころか道自体無くなって暗闇に包まれている。

とっさに振り返るが、そこに今まで歩いてきた道はなく、ただ暗闇が広がるだけだった。


 そして、彼が向かうはずだった方向(今は振り返っているため、後ろになるが)から、聞き慣れない老人の声が響いた。



「応えよ」



 慌てて前に向き直ると、そこにはフードを被った人物が宙に浮いているように見えた。

用語集


・テレ旭

 放送局の一つ。


・アルプス

 放送局の一つ。 電気系メーカーは関係ない。

ちなみにアジブスとか揶揄されることもある。(アジとは agitation ね)


・マイコン

 本来の意味は黎明期のパソコン、つまりPC-8001より古いコンピューターと思っておけば大体合っているはずなのだが、彼の認識ではPC-9801やDOS/Vなどまで含まれる、ウインドウズ以前のPCパソコンの事を指しているようだ。

 アレです、詳しくない人は認識が周回遅れという事です。

 下手したら、現行のウインドウズマシンやMacまでマイコンと呼んでいるかもしれない。


・戦争ゲーム

 ウォーゲームとかストラテジーの事を指している訳ではない。

戦いを含むものはすべからく「戦争ゲーム」らしい。

彼らにとっては、剣と魔法の国民的RPGも「戦争ゲーム」なのだ。

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