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模型戦記  作者: BEL
第3章 魔獣の進撃
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第19話 おっさんズ、ひと時の日常を堪能する その2

 神話とは何か。


 多くの人は太古の時代に人々に提供された娯楽であるとか、宗教儀式に説得力を持たせるための作り話だとか思っている事だろう。

語り部が長い話を語り継げるほどに記憶していること自体が、権威の象徴という意見もあるかもしれない。

だが、近年は異なる見解も出ている。


 神話とは、過去の出来事を神々や人との関りという形で模したものである。 というものだ。


 たとえは、ノアの洪水伝説があるが、これは氷河期が終わって発生した海面上昇を現しているとする意見がある。

 多頭蛇のヤマタノオロチも、大きな川(支流が沢山ある)の氾濫を示しているとする説がある。


 こういった「置き換え」は今でも行われている。

SF小説では、過去の出来事や現在の社会問題を「未来の物語」として描く、というパターンが一つの作劇方法として使われている。

音楽の世界でも、ベートーヴェンの第九(歓喜の歌)では「自由(Freiheit)」という表現を権力者からの圧力をかわすため、「歓喜(Freude)」に置き換えたという説が語られていたりする。


 大英はこの「模した説」に共感しており、様々な神話で語られている「親子の戦い」を権力者や王朝の交代を現していると漠然と思っていた。

この「親子の戦い」はメソポタミア神話でも語られている。

ティアマト神の夫であるアプスという神はその子(または子孫)であるエアに倒され、エアの子マルドゥクは祖母(または祖先)であるティアマトを倒している。


 これらは複雑な国際関係による国家というか、酋長レベルだろうが、その栄枯盛衰を擬人化して語ったものだと考えられた。

しかし、今、彼の目の前に「現実の神」として神話のティアマトと同じ名を持つ神「ティアマト・アドリア」が歩いていた。


 これは、どう理解すれば良いのだろう。




 話は本日の朝に戻る。

執政官の元を訪れたティアマトは行きたい所があると告げ、執政官はみ使いにも話を聞いてもらうべく招集した。



「それで、今日はどちらに?」


「この近くに神の親戚が居たと思うんだけど」


「神の親戚……マタラム家を見たいのですか?」


「そ、今でも存続しているんでしょ。 この辺に住んでる貴族と聞いたわ」


「確かに。 (まつりごと)には関わらず、軍務にも就いておられませんが、存在しています」



それを聞いて秋津は聞く。



「その貴族さんに何で会いたいんだ?」



ティアマトは答える。



「知ってると思うけど、父上ユマイ・ゴンドワナは、人間だった頃はユマイ=マタラムって言う名前だったの。

マタラム家は父上の子孫……いや、父上の妹の子孫なのよ。

当代はどんな人で、どんな暮らしをしているのか見てみたいわ」



 執政官はみ使い二人を同行者とし、ゴートを道案内、護衛にビステルを付け、送り出した。

その様子を見かけた領主は執政官に話しかける。



「おや、み使い殿はお出かけですか」


「ええ、ティアマト様の用事です」


「では、アレはまた今度ですね」


「そうでしたね、すいません」


「いや、かまいません。 神の用事が優先ですし、私も執務処理が遅れているので問題ありません」


「ははっ」



 領主は執務室に戻って行った。




 その家は廃墟のようだった。

庭は手入れがなされておらず、雑草どころか適当な木すら生えている。

もう十年単位で放置されているようだ。

ただ、その一角、貴族の屋敷の庭には似つかわしくない家庭菜園のような所だけは手入れが行き届いているようだ。


 その家には老婆が一人で住んでいた。



「何だい、そんな小さな子供を連れて、何の用だい」


「用があるのはあたしよ、後ろの者たちはただの付き添い」


「うん? あんたみたいな子供なんか知らないよ」


「そりゃそうよ、貴方があたしに用があるんじゃない。 あたしが貴方に用があるんだから」


「何だい、この子供は……」



 ティアマトは周りを見渡すと指摘した。



「みすぼらしいわね」


「はっ、大きなお世話だよ」


「他に人は居ないの?」


「誰も居やしないさ。 使用人を抱えるような金なんか無い」


「無いんじゃなくて受け取らないだけでしょ」


「何だい、何でこんな子供がそんな事知ってんだい」


「領主に聞いたからよ」


「ふん、どこの家の子か知らないけど、礼儀がなってないね」



 その指摘を無視してティアマトは問う。



「何でそんなに投げやりなの?」


「そんなの決まってるだろ、もうこの家は終わりなのさ」


「そうなんだ。 当主が何処か他所に住んでるんじゃなくて、一族自体がおばあさん一人だけなのね」


「そうだよ、小さい割に賢いじゃないか」


「でも、養子を取るとかして、家名を残そうとか考えないの?」


「そんなもの、意味ないさ。 この家は、無くなったほうがいいんだ」



 それを聞いて悲しげな顔になるティアマト。



「なぜ?」


「しょうがないね、昔話でも聞きたいか」


「聞かせて」



*****



 それは60年ほど前の事

まだおばあさんも子供で、両親と共に暮らしていた。


 その家には、何かある度周りの人々がやって来ては施しを求めた。

両親はやさしく、断る事無く施しをしていた。

周りの人々はそのお礼として、さまざまな仕事をしてくれていた。

屋敷や庭の手入れは周りの人々によって行われ、持ちつ持たれつの関係だった。


 そんなある時、旅の者が現れ、助けを求めた。

両親は快く受け入れた。

だが、その頃からこの辺りの土地で干ばつが進み始めた。

もちろん、誰もが旅人と干ばつに関係は無いと思っていたが、ある時その旅人がレリアル神の信者だという事が知れ渡る。

人々は干ばつの原因がその旅人にあると疑い、追放を求めた。


 両親は追放は良くないと人々を説得したが、人々は受け入れない。

既に飢えが広がり、彼らは聞く耳を持たなかった。

それどころか、神の親戚なのだから、なんとかしてくれと訴える。

しかし、親戚とはいえ、ただの人間である彼らには何もできる事は無かった。


 そんな中、事件が起きる。


 人々は屋敷を襲撃し、旅人を力ずくで排除しようとする。

混乱の中、旅人は殺される。

だが、死んだのは旅人だけでは無かった。

当主、おばあさんの父も旅人と間違われて殺されてしまった。

おばあさんの母は人々を恨まないよう努め、人々は当主殺しの犯人を合議の上処刑した。


 しかし、その後も雨が降る事は無く、人々は土地を捨てて去っていった。


 やがておばあさんの母は病気になり亡くなってしまう。


 まだ少女だったおばあさんはそれ以来、誰も居ない、周りにも人が住まない荒れ地の中の屋敷で一人生きてきた。



*****



「もう必要とされていないんだよ。 この家は。

そもそも、神の力も無いのに神のように頼られたって、何もできないんだから。

最初から存在意義なんて無いのさ」


「そう、じゃああたしの家の話もしてあげる」


「いいだろう、はなしな」


「あたしの家はね、ちょっと特別なの。

お母さまがまだ結婚する前、おじい様とおばあ様が亡くなったの。

それでお母さまは一人っ子になる事が決まってしまったの。

残ったのはひいおじい様とお母さまだけ」


「よくある事じゃないか。 流行り病か何かかい」


「ううん、戦よ。

家はおじい様とおばあ様が亡くなり、相手は全員死んだわ。

本当は一人だけでも男が生きていれば良かったんだけど。

残念ながら誰も残らなかった」


(いくさ)? 家単位の(たたか)いがかい?」


「そうよ、それでもう選択肢は3つになったの。

ひとつ、ひいおじいさんとお母さまが結婚する。 でもこれはダメ。 ひいおじいさんは病気で、もう子作りできる体では無かったから。

ふたつ、このまま絶滅を受け入れる。 だけど、お母さまは絶滅の道は選ばなかったわ。

そして決めたのよ。

みっつ、地上の人間と結婚する」


「!!」


「愛する旦那に権能を与えても、所詮は人間。 自分と同じ時は生きられない。

生まれる子は半神として神の血は薄まって、自分より早死にする。

それらを受け入れて、神の血を絶やさない道を選んだのよ」


「あ、あんた……」


「申し遅れましたが、あたしはティアマト。

貴方の先祖の兄、 ユマイ=マタラム……今の名はユマイ・ゴンドワナの娘、ティアマト・アドリアです」



 スカートのすそを持ち、一礼するティアマト。



「おばあさん、このままでいいの?

滅びの道を選んでいいの?

お母さま…ム・ローラシアは絶滅を良しとしなかった。

おばあさんに子供は産めないからマタラムの血は絶えてしまうけど、マタラムの家だけでも残そうとは思わないの?」


「それより……ティアマト様、貴方はいいの? 短命で」


「問題ないわ。10万年も生きれれば十分よ」



 それを聞き、ちょっと暗くなる大英。

もし、神話が「擬人化したお話」ではなく現実だとしたら、ティアマトは10万年も生きられない。

人生100年と考えれば、2万年後、ティアマトは人で言えば20代前半くらいだろうか。

神話は2万年後に起きる「現実」を言い伝えていたりはしないだろうか……。

彼にはこの世界の未来と自分らの世界の神話が一致しない事を願う事しか出来ない。




 天界、ユマイ神の執務室。



「そうか、すまなかったね」



 娘からの報告を聞いてユマイ神は憂いと反省の色を示す。



「大丈夫よ、おばあさんも領主からのお金を受け取る事にしたし、養子についても考えてみるって言ってた」


「ありがとう」



 彼は娘に頭を下げる。

「それじゃ」とティアマトはユマイ神の執務室を後にする。



「反省しないとな、神であろうとするあまり、人だった時のつながりを忌避したせいで、こんな事になっていたのに気づかなかったとは」



 彼も一度だけ家の事を気にした事があったが、それは彼が天界に来てから80年以上も経ってからの事。

息子が生まれて家族という物を考える余裕というか、心境の変化が起きた時だ。

だが、時間が経ち過ぎていた。

妹はもちろんのこと、もはや地上には彼が知る人間は一人もいなくなっていた。

彼は家の事を考えるのをやめた。


 それ以来、神としての責務に打ち込み、地上の事についても、神としての関りしかして来なかった。


 神と言っても、私的立場はある。

それを改めて思い出したユマイ神であった。



「子に涼みを知らされる……か」



 娘に教えられるという事態に、彼女の成長を実感するのであった。

用語集


・この世界の未来と自分らの世界の神話が一致しない

 アレです。 「世界線が違う」というやつです。



・子に涼みを知らされる

 子供に涼しい場所を教えてもらうという事態から、自分よりも劣った者や年下の者に教えられる事もあるということを示す。

日本では「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」とか言います。

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