第17話 おっさんズ、魔獣と対峙す その3
この日大英たちは久しぶりに各々自分の車で移動していた。
3台の車列で、先頭を米兵の乗ったウィリス、その後ろを大英のN-BOX、最後尾は秋津のスペーシアだ。
大英の車にはティアマト・リディア・パルティアが乗り、秋津の車にはゴート・ビステルが乗った。
ちなみにこの車列は村への物資も載せており、ウィリスはカーゴを牽引している。
余談だが、秋津のスペーシアには衝突防止のシステムが搭載されており、急に前を行くN-BOXが停止したとき、運転している秋津がよそ見をしていても止まれる。
大英のN-BOXにはそう言った機器は搭載されていないので、スペーシアを最後尾としたのである。
彼らが自分の車を動員したのは、
・たまには動かさないとバッテリーが上がる
・ティアマトがカーステレオに興味を持った
という理由であった。
リディアはまるで自分の車であるかの如く、カーステレオについてティアマトに解説する。
「どこにも見えないけど、楽団が乗っていて、歌い手も居るのよ」
かなりオカシイ説明な気がするが、そこには突っ込まないでおく。
「へー、流石に3万年もたつと地上でも音楽を流せるようになるんだ」
万年単位で言われると、ちとアレな気がする。
エジソンが蓄音機を発明したのは「0.015万年前」だから、統計誤差(3%)の範囲(900年)で見ただけで、音の再生とか無理難題な時期に入ってしまう。
大体3万年だっておおよその値なのだから。
「あーやっぱり3万年前なんだ、ここ」
「あら、知ってたの? 驚くかと思ったんだけど」
「正確な年数は判ってないよ。 星を見ての推測だからね」
「あたしもざっくり3万年って聞いただけで、厳密な所は知らないわ」
そんなやり取りを聞きながら、さらにリディアは自慢げに語る。
「それに涼しいでしょー。 エアコンって言うんだよね」
「そうなの? あたしは気温を感じないからわかんないけど」
「えー、なんで?」
別にティアマトが暑さ寒さが判らない障害持ちという話ではない。
天界の住人は個人用のエアコン的な物を利用しているので、外気温が何度であっても快適に過ごしているだけの話である。
「なるほどね、部屋全体の気温を調節してるんだ。 効率はイマイチだねー、まだ個人個人レベルでは無いんだ。 未来の地上の魔法もまだ天界には追い付いてないのね」
そりゃあそうでしょう。
現代科学で時間旅行とかゲートで一瞬の移動とか出来ませんからね。
あと、魔法じゃ無いし。 ……いや、定義上は魔法でも合っているのかもしれない。
さて、道中特に危険な事態は発生せず、一行は無事村に到着する。
「もう着いたんだ、まだ聞いて居たいー」
「いや、ガソリンがもったいないから、切るね」
ティアマトは聞いたことの無い楽曲をまだ楽しんでいたいようだが、そういう訳にもいかない。
エンジンを切っても電源さえ入っていれば、カーステレオを動作させるのは可能だったはずだが、そんなバッテリーが上がりかねないような真似を大英がするはずが無いのであった。
不満そうなティアマトも、仕方なく車を降りる。
現地を守る騎士団長エリアンシャルもやってきて合流する。
村の状況はティアマトのゲート越しで行われた「リモート会議」で伝わっており、特に打ち合わせをせずとも、すぐに最初の召喚に向かう。
「今から行う召喚で、事態は改善に向かうと思います」
「それは有難い」
村はずれに着いた一行は、小さな包みより出した多数のブツを地面に置く。
その「数」を見てリディアは驚く。
「え、こんなにいっぱいあるの?」
「数はあるけど、小さいものだからいけるでしょ」
「パルティアちゃん、どう?」
「大丈夫だと思います」
そうして召喚は実施された。
現れたのは27人の精鋭。
速やかに整列すると、指揮官が挨拶を行う。
「閣下、ブリティッシュ・コマンドス27名着任いたします」
元となったキットは
1/72 ローマン・ミニチュアズ WWII British Commandos
というマイナーキットである。
という訳で、一気に27名の特殊部隊にも匹敵する人員が追加された。
彼らは第1騎士団の面々に代わって、村内に侵入していると思われる未知の敵に対応する。
これで兵員不足に由来する諸問題は、一気に解消に向かうものと思われるのであった。
隊列を組み、村中央へ向けて進軍するコマンドスを見て秋津はエリアンシャルに話しかける。
「引き継ぎを行ったら、騎士団の人達はしばらく休むと良いんじゃないか」
「そうですね、本来は『そのような軟弱な』と言いたいのですが、団員たちの疲労を考えると、おっしゃる通りですね。 正直、助かりました」
村の詰め所に着くと、詰め所の外では、団員達とコマンドスの間で引き継ぎが開始された。
大英達一行は騎士団詰め所に入る。
詰め所の壁には鶏風の絵が数枚掲げられている。
あるものは、鶏そのもの。
また、あるものは、尾が蛇のような形。
さらに羽がコウモリの羽のようになっている絵もある。
これらの絵は、リモート会議の際に、大英が様々な書物に載っているコカトリスの絵を見せ、それを模写したものである。
ちなみに絵は布に描かれている。
団員達は、この絵を参考に「侵入者」の捜索を行っていた。
もちろん、絵は全て「創作物」なので、実際の石化事案の犯人と同じ姿とは限らない。
なので、全く違う姿をしている事も考えられるが、これまでの数日間の捜索では、(石化能力の有無とは関係なく)未知の魔物は発見されていない。
そして、「その場に居るはずの無い鶏」も見つかっていない。
全く成果を出せない事も、騎士団の疲労を深めた理由の一つであった。
とりあえず、皆は昼の食事を取りつつ、情報交換を行うのであった。
午後になり前線の状況や、他の召喚軍の面々を視察した後、本日2回目の召喚を行う。
現れたのは大きな車と大砲。
イギリスの「オードナンス QF 25ポンド砲」と「CMP FAT」という牽引用の砲兵トラクターだ。
元となったキットは
1/72 SKYFIX 25PDR FIELD GUN & QUAD
である。
牽引車とトレーラー、それに野砲のセットだ。
「これ、弾は大丈夫なのか?」
大砲のキットは弾薬が足りない事が多い。
だが、これは大丈夫のようだ。
「問題ないよ、そのトレーラーが弾薬箱みたいなものだから」
大英はそう答えると、現れた兵に弾薬について聞く。
「何発ぐらいある?」
「はっ、32発であります。 閣下」
「弾種は?」
「榴弾、徹甲弾、発煙弾、照明弾を搭載しております」
「おお、照明弾があるんだ」
「2発用意しています」
「なるほど、限定的だけど夜戦もできそうだな」
照明弾の持続時間を考えると、本来ならもっと多数必要なのだが、そもそも1門しか無いのだから少ないのも仕方ない。
こうなるのが判っていたら、ミヤタ製の1/35も買っておけば良かったのだろうが、ム・ロウ神も予告しなかったのだから今更言っても始まらない。
だが、これで74式頼りという状況も少しは変わる。
選択肢が増えるのは良い事だ。
現状想定される敵は軟目標だから、榴弾が適当だろう。
順当に戦力強化が進むのであった。
こうして、予定を終えた一行は都への帰途に就く。
帰りも同じ分担で車に乗り、ティアマトは大英のカーステレオから流れる楽曲を堪能するのであった。
*****
「さて、そろそろ頃合いですわね」
「こっちは準備整ってるよ。 オーガ騎兵隊も増強出来てるし、新しい機動兵力も出せるしね」
「キリエルさんはどうです?」
「異世界の魔物も、こちらの猛獣もOKよ。 50体以上の大集団で行けるわ」
「え、そんなに制御できんの?」
「もちろん、って言うか、群れるタイプの奴は、リーダーだけ抑えとけば後は付いてくるから、全部を直接コントロールする必要は無いのよ」
「なるほど、意外と考えてたんだな」
「意外は余計よ」
「では、侵攻計画ですが、2つあります」
マリエルはそう言うと、2つの案を示した。
それは
案1 同時到着強襲作戦
案2 連続波状攻撃作戦
であった。
「どう違うの?」
「同時到着強襲作戦は、足の遅い軍勢を最初に出発させ、最後に高速の飛行生物たちを投入し、村に同時に到着するように仕向ける作戦です。 相手の対処能力を上回る大軍で一気に敵を潰します」
「へー、よさそうじゃん」
「連続波状攻撃作戦は、全軍を同時に出撃させます。 最初に高速の飛行生物たちを村に突入させて村を混乱に導き、立ち直る前に騎兵や猛獣隊が突入して敵を蹂躙、回復する間を与えず歩兵隊が戦果を拡大し、最後に低速だけど強力な魔獣で止めを刺すという作戦です」
「それもいいわね」
「それぞれ、利点と欠点があります」
「どんなだい」
「同時到着強襲作戦は、敵に準備をする時間を与えてしまう所です。 敵に見つかってから村へ到達するまで時間がかなりかかるでしょう」
「そっか、それは問題だなー」
「連続波状攻撃作戦は、敵が気づいてから準備しても、準備が完了する前に村を襲える。 つまり奇襲となるでしょうが、下手をすると各個撃破されてしまう危険があります」
「それも困るわね」
「どちらにしても、展開速度は重要です。 各々部隊の移動速度を教えてくださいな」
「りょーかい」
「すぐ資料をまとめるわ」
「お願いしますわね」
天使達は作戦が順調に進んでいると判断し、次のフェーズへ進むことを決めたのであった。
用語集
・大英のN-BOXにはそう言った機器は搭載されていない
ついでに言うと、フロントガラスはUVカット仕様ではない。
軽自動車の税金が上がる直前の登録(新車)である。
これだけ書けば、判る人にはどのモデルかは判るだろう。
なお、このモデルと2020年のモデルは計器が全く違うので、同じN-BOXだと思って乗るとかなり戸惑う。
マイクロソフトオフィス並みにバージョンが違うと操作系が違うというのが我輩の感想。
ディーラーの担当者は「そんなに違わない」と言っていたけど。
・動かさないとバッテリーが上がる
実は走らせなくてもエンジンをかけておくだけで充電されるそうである。
(発電機はタイヤが回転していなくても回る)
時々スマホ充電の為にエンジンをかける事はあるのだが、やはり走らせるのが良いような気もしなくはない。
少なくとも、車の専門家ではない一般人の大英の感覚ではそうなっている。
・ブリティッシュ・コマンドス
ざっくりした解説をすると、陸自で言えばレンジャー資格を有する人員で構成された部隊と思っておけば、大体合ってる。
より正確には、リアルと同じなので検索して欲しい。
・ローマン・ミニチュアズ WWII British Commandos
ローマン・ミニチュアズは例によって海外メーカーである。
WWII British Commandos はランナーはほとんど無く、27体は一体成型されて1体1体分かれた状態でパッケージに入っている。
一部はランナーの切れ端が付いているので、それを撤去し、塗装すれば完成する。
大英が購入した製品はアライグマコーポレーションが輸入して販売したもの。
(前回同様アライグマコーポレーションについての解説は省略する)
・弾種
QF 25ポンド砲の徹甲弾向けには強装火薬があるそうなのだが、今回召喚された砲では付属していない。
使用する際に必要なマズルブレーキを持たないため。
・今更言っても始まらない
都合よくみ使い召喚の1か月前にディヤウスかティアマトを派遣するという訳にはいかない。
時間移動の魔法はそこまで便利では無いのてある。
修正
AIRFIX を SKYFIX に変更。
本物のメーカー名が入っていたのに気づきませんでした。