第17話 おっさんズ、魔獣と対峙す その2
詰め所に運び込まれた「彫像」を前に、「うーむ」と考え込む一同。
最初に口を開いたのはティアマト神だった。
「あたしじゃないわよ」
前科があるので、まず潔白を主張したようです。
大英も理解を示す。
「まぁ、そうだよね」
「え、ティアマト様は人を石にできるのですか?」
ティアマトが初めて来たときの騒動を知らないシュリービジャヤ=エリアンシャルは驚きと共に質問する。
秋津が事情を説明した事で、エリアンシャル他ここの騎士達も納得した。
大英は考え込む。
「と、なると、何だろう。 メデューサみたいな一点ものは居ないだろうし」
「石化かぁ、コレ、ティアマト様は戻せない?」
秋津はティアマトに石化の解呪を聞いてみる。
「他者がやった石化はパスフレーズが判らないから無理よ」
「パス……何?」
秋津は聞き慣れない言葉を言われて聞き返す。
「パスフレーズ、石化から戻すのに必要なものよ」
「そうなのか、一応試してみてくれないか」
秋津に頼まれて「無理だって」と言いつつ石像に手を当てて見るティアマト。
「あれ?」
「どうした」
「パスかかってない、これなら戻せるわ」
「うん? 出来るのか?」
「任せて」
ティアマトがコマンドを唱えると、彫像は光に包まれ消滅。
光が消えると、その位置には村人が立っていた。
現れた村人は「あれ、なんで……」ときょろきょろする。
聞けば畑に居たはずが、いきなり周りの風景が詰め所に変わったので驚いたとの事。
つまり、何かに襲われたといった記憶は無いらしい。
エリアンシャルは改めて確認する。
「それでは、特に不審な人のような者や獣などは見ていないのですね」
「へい」
「そうですか、判りました」
これ以上聞いても意味は無さそうなので、帰す事にした。
一応簡単に事情は説明したが、肝心の当人が「おいらが石に? そんな馬鹿な」と信じないのであった。
大英は「犯人」の予想を立てる。
「という事は、その辺に居そうなモノか、非常に小さく目立たないか、遠く離れた所から出来るか、のどれかって事だな」
「その辺に居るというと?」
「犬猫とかウサギか?」
「目立たないは、ネズミとか虫か」
大英と秋津は村の様子を元に推測するが、どれも術者にはなりそうもない。
「天使が直接って事は無いよな」
「それは無いと思うわよ、相手に気づかれない程離れて石化をかけるなんて、無理だから」
ティアマトは即座に否定する。
「となると……コカトリスか?」
「アレか、たしかに、アレなら見た目は鶏だからな」
「でも、あいつの石化ってどうやるんだっけ?」
「奴を見ても石にはならんだろ、メデューサじゃあるまいし」
「突くか視線だろうと思うんだが、鶏に突っ突かれて気づかないって事は無いよな」
「ねぇな」
「視線での石化だと厄介だな」
その話を聞いてエリアンシャルは疑問を呈する。
「み使い殿、ここの村では鶏の放し飼いはしていないので、畑に鶏が居たら『何事か』と気づくと思いますよ」
「あらら」
「さすがに後ろから近づいてきたら判らないかもしれませんが」
「まぁ、コカトリスがカラスのような姿って事もあるかもしんない……ってその辺どうなんだろう」
と秋津に振るが、それを振られても困るわな。
「わからん、今までは普通にファンタジーしてたからなぁ」
としか言いようがない。
とりあえず、村に「石化能力」を持つ何者かが侵入していると考えられる。
騎士団は正体不明の侵入者に対する警戒態勢を取る事になった。
大英達は用事も片付いたし、村に居続けるのも危険があるという事で、当初の予定通り都に戻る事となった。
ただ、敵に動きが出た以上、近いうちに襲撃があると思われるので、より連絡を密にする事にした。
*****
天使達は定例の打ち合わせを行っていた。
「キリエルさん、どうでしょう。 うまく行きましたか」
「多分大丈夫だと思うわ、村への侵入は出来たから。 その後はリンク切れちゃってるから何をしているかは判らないけど」
「ログを調べれば石化行使を……って、基地局のログを調べるのは大変そうだな」
ミシエルは提案しかけて引っ込める。
「まぁ、石化魔法はレアでしょうから、抽出するのは難しくありませんわ。
ただ、基地局のログ自体が膨大なので……」
「時間がかかるの?」
「ええ、申請と許可をもらうのに。 検索・抽出には大してかかりませんけど」
「そうなんだ」
「まぁ、村の様子の観測だけで十分ですわ。
目的は村人や騎士団を石にする事ではなく、騎士団を疲弊させる事ですから、『石化は順調・騎士団は元気』では作戦自体失敗なので」
「そうね、失敗していたらどっちにしても次の手を考えないといけないし」
「でも、なんで騎士団なんだ? 問題は天使の兵団だろ」
「彼らはホムンクルスですから、精神疲労は受けないはずですわ。 ですが、数が少ない。
騎士団の支援が無ければ任務を全うできないはずです。
騎士団が機能不全になれば、警備などの『雑用』が増えて戦力が分散されるでしょう。
人数の少ない彼らにとっては、それは大きな影響となるはずです。
つまり、戦闘能力の低下につながります」
「中々にバタフライな感じだな」
「十分効果が見込めるので、現実的だと思っていますわ」
「どのくらい続けるの」
キリエルの問いにマリエルは少し考えて回答する。
「あと10日くらいはやりましょう。 4日後に戦力の補充をしたいと思うので、またお願いしますね」
「判ったわ」
*****
数日後。 城で執政官と領主達が報告を受けていた。
「……以上が第1騎士団からの報告になります」
その後も石化事件は発生し、今や毎日ティアマト神が解呪しに出かけているという。
ゲートポイントを設置しているので、ティアマトに限れば行き来自体はすぐなのであるが、さすがに毎日駆り出されて不満顔のようだ。
だが、問題はそこではなく、正体不明の敵が村内で活動していて、被害者が連日出ている。 しかも敵に対する手がかりすら掴めていない。 これこそが問題であった。
警戒と捜査に当たる第1騎士団の面々も疲労がかさみ、その任務にも差しさわりが出始めていた。
領主はため息と共に執政官に質問する。
「いかがしたものだろうか。 このままでは村の防衛体制も維持できないのでは」
「はい、この件については大英殿が対策をすると聞いております」
「おお、そうですか。 して、大英殿は今どこに?」
「本日は飛行場に行っております」
「飛行場か、一度見てみたいな」
「そうですね、今は難しいですが、村の状況が改善したら調整してみましょう。 私も一度飛行機を見てみたいですし」
その頃飛行場では戦闘機の召喚を行っていた。
実は先日天界のアキエルから連絡があり、1/72においてフィギュアの補完機能が実装されたとのこと。
それで早速試してみようという事になったのである。
という訳で、今回の召喚対象は HOBBY LEADER社 1/72 D.520 Fighter 当然パイロットフィギュアが付属していないキットだ。
なお、このキット、「EASY ASSEMBLY AUTHENTIC KIT」と称されており、このD.520の場合は主翼と胴体下部が一体成型されている。
これに、やはり一体成型の胴体上部を重ねただけで、全体のカタチが出来る。
召喚が終わると、コクピットからパイロットが降りてきて敬礼する。
「閣下、フランス空軍D.520操縦士であります」
大英と秋津は敬礼を返し、新機能が正しく動作していることを確認した。
すると、飛行場に1台の大型車両がやってきた。
GMCダンプカーである。
コンクリートの材料となる石灰岩を積載している。
GMCダンプカーは工事中の2000メートル級滑走路傍へ向かい、その積み荷を降ろす。
秋津は基地司令であるマッカーサーに問う。
「状況はどうだい」
「予定通りです。 工事車両がこのダンプとG40ブルドーザーだけなのが残念ですが」
「そこは我慢してくれ」
「承知しております」
舗装のコンクリート厚は1mで行っている。
別にジャンボが降りてくる訳ではないから、これで十分だと考えたようだ。
まぁ、B52クラスを運用したいなら、もう少し厚みが欲しい気もするが、足りないのは厚みより長さだろう。
あと1000メートルは欲しい。
なお、アスファルトは材料が入手難なので、使っていない。
「それで、こちらに不審者が現れたり、作業員が石像になったりはしていないのだね」
大英の問いにマッカーサーは、そのような事例は無い旨報告する。
「オークでしたか、都の外縁に現れて破壊活動を行っていたのは」
「ああ、最近は見ない様だけど」
「こちらでも報告はありません」
まだ飛行場の存在に気づいていないのか、攻略目標と思っていないだけなのかは判らないが、村と違い、敵は現れていないらしい。
飛行場での用事も済み、一行は都に戻って行った。
夕方の召喚はミヤタ 1/35 「機甲歩兵セット U.S.ARMOURED TROOPS」であった。
ベトナム戦争の頃の米兵である。
これはそのまま城と都の防備に使われる。
そして翌日、再び大英達は村に向かう事とした。
問題解決の一助とするためのブツと共に。
用語集
・パスかかってない
天界が用意している魔法による石化時の処理は以下の通り。
対象を亜空間ステイシスフィールドに転送。 対象は時間停止状態に置かれる。
対象が居た位置に対象の姿と大きさを再現した石像を生成。
術者は暗号キーを生成(通常はランダム生成)し、それを使って対象を保持している亜空間ステイシスフィールドの情報を可逆暗号化。
暗号キー自体を術者の秘密鍵を使って(通常は別の方法で)可逆暗号化。 これをパスフレーズと呼称する。
ティアマトは「パスフレーズが判らない」と言っていたが、正しくは「パスフレーズから暗号キーを取り出せない」である。
ホログラム記録で石像自体にそれらの情報を保管。
なので、石像が破壊されると術者でも情報を読み取れなくなり、普通は解呪不能になる。
(どっかに情報をバックアップしておけば大丈夫だが、普通はそんなことはしない。大体暗号キーだって覚えちゃいない)
通常はパスフレーズを秘密鍵で復号しないと暗号キーが取り出せないが、今回の「石像」はパスフレーズが「空」という状態で記録されていた。
これは秘密鍵を使っていないし、暗号キーも使っていないので、情報は平文で記録されている。
このため「術者」でないティアマトでも解呪出来た。
解呪時は石像からデータを読み出し、石像を消去し、亜空間ステイシスフィールドに閉じ込められている対象者を転送すれば良い。
・コカトリスがカラスのような姿
さすがにそれはない。
だが、某古典テーブルトークでは体の形は鶏だが、翼はコウモリ風で、そもそもサイズが七面鳥並みある。
鶏と間違う事は無い。
なお、この間キリエルを襲ったトウリのコカトリスは翼もサイズも鶏である。
大英は気づいていないが、尻尾が蛇のような形状なので、目の前に現れたら、やっぱり鶏と間違う事は無いはずだ。
……そんな尻尾で飛べるのか? 飛行が安定しないと思うのだが。
(田舎の鶏は飛ぶそうです。普通の鶏が飛べないのは単純に意思と筋力の問題ですかね)
・ティアマトに限れば行き来自体はすぐ
ゲートは誰彼構わず通れるわけではない。
神による必要以上の介入を抑止するという建前もあり、ティアマトのゲートを通過出来るのはティアマト本人とその衣服と所持品のみ。
(というか、ティアマトは他人も通れるゲートを開く魔法をまだ習得していない。 もう20歳なのにねぇ)
なお、石像状態なら生物扱いされないからティアマトが運べば所持品扱いで通過できるが、解呪したらゲートを通過できなくなるから、解呪は村で行うのが妥当。
なお、裏技ではないが、通れなくても向こうは見えるし話もできる。 電磁波と音波は通過するのだ。
行き帰りでいちいちゲートを開閉するのも面倒なので、解呪中は第1騎士団と都の直接会議が出来たりする。
アレだ、リモート会議って訳ですわ。
あと、ティアマトが台車みたいなものを用意して運べば武器弾薬も通過できるから、急ぎの補給をするのに使う事も出来るが、乗員が必要な車両は通過できない。
仮に通れたとしても、セキュリティ機能が働くので、
戦車は通過した。 アクセルを踏む足が無くなったためか、やがて動きを止めた。 ひき肉で血まみれになった車内ではティアマトが車長席で茫然としていた。
などという事にはならない。 最初から入れない。
言うまでも無いが、ティアマトは体格的にも技量的にも戦車などを操縦する事は出来ないから、「ドライバーを降ろしてティアマトが操縦すればよい」とはならない。
そもそもサイズ的にアウト。 ティアマトのゲートは個人用ゲートなので、戦車はもちろんのこと、ジープすら大きすぎて入れない。
・D.520
大英にとっては、ドボワチンD520と認識しているのだが、某wikiによると日本ではその社名は「デヴォアティーヌ」と呼ばれているらしい。
大英の認識が異なる原因はAirStrikeという空戦ボードゲームの拡張セットにてドボワチンと表記されていたためである。
なお、キットでは会社名の記載がないが、そもそも日本製ではないので、書いてあったとしても日本語では無いから参考にならない。
機体自体がどんなものかは、リアルでも同じ名前なので、検索すると良い。
・HOBBY LEADER社
中国の模型メーカー。
「EASY ASSEMBLY AUTHENTIC KIT」のシリーズは安価だったが、他のシリーズは例によって高価である。
なお、今回のD520は児友社が輸入販売している商品だったりする。
(え、児友社とは? 解説に解説は付けない方針なので、本編で出番があったらその時に解説します)
・足りないのは厚みより長さ
ある資料ではB52の離陸滑走距離は2,896m(最大離陸重量時)だそうである。
もっとも、爆撃任務では最大離陸重量より少し軽いから滑走距離も少し減ると思われる。
なお、離陸より着陸のほうが必要な距離が長いと思うが、大抵は降りる時の方が軽いから、話は単純ではない。