第16話 天使達、魔獣軍団を編成する その1
その日、キリエルはマリエルと共に森の中に来ていた。
マリエルは何やら大きな箱状の機器を調べている。
「バッテリーのチェックはOKですわ、安心してください」
「ありがと、だけど毎回全部チェックするの大変じゃない?」
「いいえ、『異世界』へのゲートは特別なのですから、必ずすべてをチェックし、重要事項の説明も省略は出来ないのですよ」
「えー、またアレ聞かされるの? グリフォンの時聞いたじゃん」
「異世界には基地局も衛星も無いんです。 万一基地局が止まった際に、持ち込んた携帯システムまで動かなかったら、戻ってこれなくなるんですからね」
「はいはい」
「いいですか、もし、移動基地局とのリンクが切れたら、何を置いても、直ちに帰還してください」
「切れる事なんてあるの?」
「機器操作用のコボルト2体と、力仕事兼護衛用にオーク2体を付けますが、彼らが倒されるような状況なら、移動基地局が破壊されたり、動作が止められてしまう事だってあり得ますわ」
「それは……まぁ、そうね」
強力な魔獣を捕らえようと、異世界へのゲートを開く。
という事は、現地はオークが軽々と倒されるような魔獣が闊歩している世界と言う事。
運悪く遭遇すればどうなるか。 ……という話だ。
「ゲートは最小化して、こちらの衛星アンテナと移動基地局の接続を維持しています。
もしゲートが閉じてしまうと、魔力供給が途絶えて基地局は機能しなくなります。
基地局が止まると、リンクが途切れるので、それを検知したらアラートが鳴ります。
ゲートが健在でも、移動基地局自体が破壊されたり、故障すると、ゲートが維持できなくなって閉じてしまいます。
その時は、原因や操作員の安否確認は不要ですから、手持ちのバッテリーを使って自力で帰還ゲートを開いて帰還してください」
「2回言わなくても判ってるわよ」
「茶化さない」
ちょっとマリエルの周りに怒りのオーラが見える気がする。
「……すいません」
「続けますね。
ゲートは向こうから強制的に拡張するような干渉を検知したら、自動で閉じられます。
その場合も当然基地局は止まりますが、この場合は止まる前にゲートシステムからアラートが発せられます。
当然ですが、干渉者を排除しようなどとは考えず、速やかに帰還してください。
帰還ゲートは本来異世界ゲートを開けない方でも、簡易コマンドで発動するようシステム設定してあります……」
飛行機に乗ったときの緊急時対応の説明よろしく、色々と話が続く。
やがてそれらも終わり、ゲートが開かれる。
マリエルは両手を前にかざし、コマンドワードを唱える。
「クリエイト・トランセンデンス・ゲート
ターゲット・ユニバース・トウリ」
前方に見た目は普通のゲートと同じく、中に渦が見える輪が現れ、大きさを増していく。
完成状態も同じで、半径2m程の半円になる。
そして、その中には密林が見える。
「さっ、設置作業に取り掛かってください」
「はっ」
2体のオークがケーブルでつながれた装置をゲートの向こうに運び込み、2体のコボルトが調整を行う。
やがて作業が終わると、装置を起動させた。
コボルト達は計器を確認し、正常動作を確認する。
「マリエル様、起動成功です」
「ありがとうございます。 こちらでも確認しました」
ゲートのこちら側の機器である衛星アンテナとゲートの向こう側に設置された移動基地局はケーブルで接続されている。
マリエルは衛星アンテナ側の計器を見て、正常動作を確認したのである。
「準備OK?」
「ええ、これで行けますわ」
「それじゃ、行ってくるね」
「無事なお帰りを」
キリエルはゲートを通って「異世界トウリ」へと進む。
そして、マリエルはゲートを最小化する。
異世界の側から魔獣の類が侵入して来るのを防ぎつつ、移動基地局に対して衛星アンテナからの魔力供給を維持するためだ。
「ミニマイズ・ゲート」
マリエルのコマンドを受け、ゲートはケーブルの直径分まで縮小される。
「それじゃ、帰りましょう」
そうしてマリエルは徒歩でその場を去って行った。
数時間後、マリエルの元に連絡が入る。
「こちらキリエル、大漁よ、まもなく帰ります」
「了解しました、迎えに参りますわ」
マリエルはゲートの元へと行く。
「レストレーション・ゲート」
コマンドを受け、ゲートは元のサイズに戻る。
まもなく光輪を頭上に頂き、白き翼を広げたキリエルがゲートの向こうに降りてくる。
「たっだいまー」
「おかえりなさいませ」
キリエルがゲートをくぐり、こちらの世界に戻る。
コボルト達は移動基地局をシャットダウンし、撤収準備を行う。
だが、その時、バサバサと羽ばたく音が近づいて来た。
「オウッ?」
オークの1体が音のする方を見る。
だが、それが彼の最後の行動となった。
「オオォオオォォオ!!」
聞きなれない叫び声を上げるオーク。
その体や身に着けている装備が石に変化していく。
「何事です?」
事態を飲み込めていないマリエルの問いに、キリエルが反応する。
「下がって、マリエル、貴方たちも早くこっちへ」
基地局の機器を運搬すべく持ち上げていたオークに、急ぐよう言う。
コボルト2体も慌ててゲートを通るべく走り出す。
そして、完全に彫像と化したオークの陰から、鶏のような生物が姿を現す。
いや、鶏ではない。
その生物には蛇のような尻尾が付いていた。
そして、コボルトの1体に追いつくと、その嘴を背中に突き立てる。
「ぎゃぁ」
犠牲者となったコボルトはぴくぴくと痙攣している。
そして横の運搬中のオークを無視してキリエルに向かう。
「しょうがないわね、えぃっ」
キリエルはコマンド無しで攻撃魔法を発動させる。
相手に向けた指先より小さな炎の弾が連続して4発撃ちだされ、鶏のような姿の生物に向かって行く。
だが、生物はその弾を悉くかわし、ゲートを抜けてこちらの森に侵入する。
「やばっ」
生物はキリエルを睨む。
動きを止める生物とキリエル。
だが、何も起きない。
生物は何か必死に睨みつけるが、何も起きず、何やら興奮状態となる。
「ホールド・ステイシス」
横から唱えられたマリエルのコマンドで生物は静止する。
「はーっ、助かったわ、ありがとマリエル」
「後を付けられましたわね」
「そうみたいね、失敗したわ」
「とりあえず、受け取ってくださる?」
「あ、ごめんごめん。 ホールド・ステイシス・ストア」
キリエルはマリエルから引き継いでその生物を捕縛し、格納する。
格納しないと、ずっと魔法発動状態を維持しないといけないのでね。
「はぁ、効かないって判ってても焦るわね」
「あの鶏みたいなのは何ですの?」
「コカトリスよ」
「あれが……、判りましたわ。 貴方たち、二人を回収して」
「はっ」
マリエルは残ったオークとコボルトに命じて異世界にて石化したオークと、毒に倒れたコボルトを連れ戻す。
「どうです、治せますか?」
「コボルトは大丈夫。 解毒魔法が効いてる。 だけど、こっちはダメね、ディスペルが効かない」
「それじゃミシエルに治してもらいましょう。 その前に、ドロップ・ゲート」
マリエルはゲートを閉じる。
「え、石化? 向こうで?」
「そうなの、治せる?」
基地に運び込まれたオークの彫像を前に、ミシエルは頭を抱える。
「うーん、コレをやった奴は捕えてる?」
「もちろん」
「じゃそいつから始めるか」
「?」
「犯人を支配下に置いて、解呪させるしかないな」
「そうなんだ。 高級なディスペルとかじゃ治せないの?」
「それは無理。 ロジックが違うから、こっちの魔法は効かないんだよ」
「あぁ、そっか」
「なので、手なづけたら一旦向こうに戻って解呪だね」
「戻んなきゃ駄目なの?」
「そりゃそうさ、石化出来ないって事は、解呪も出来ないっしょ」
「ああ、それはそうね」
異世界トウリとこちらの世界では理が違っている。
コカトリスの石化がキリエルに効かなかったのは、こっちの世界に来たため。
毒に侵されたコボルトはこちらでも解毒が出来たが、これは別に薬草の類でも可能で、両世界で差異が無かったため。
例えば、ニミッツ級空母が異世界に飛ばされたとする。
その異世界では軽油(正確にはジェット燃料)が「燃えない別の液体に変化してしまった」とする。
そうすると、搭載機は飛べなくなり、その空母の戦力価値はほぼ0になってしまう。
精々やばそうな爆撃機が飛んできたら、貴重品の対空ミサイルを撃ち込むとか、20mmCIWSを発砲するくらいだ。
19世紀の海軍相手でも勝てる気がしない。 いや、19世紀なら飛行機は飛んでこないから、ますます無能だな。
石化が出来ないコカトリスはただの毒持ち鶏でしかない。
では、そんなものを何故わざわざリスクを負ってまで捕まえてくるのか。
地球上でも、もっと強そうな猛獣だって沢山いるであろうに。
それは、彼らにはある技術があるためだ。
「世界適応はどれくらいで終わりますか」
マリエルの問いにミシエルは概算して答える。
「今回は基礎適応だけじゃ終わらないから、14日間くらいかかるかな」
「そうですか、キリエルさん、魔獣舎の空きはどのくらいです?」
「まだまだ十分空いてるわよ、全部入れても3割くらいにしかならないし、増築も進めてるから」
「それでは、4日後にまた『ハンティング』に行きましょう」
「りょーかい」
グリフォンの時は基礎適応だけで終わっていた。
グリフォンは空を飛んでいるが、アレは翼で飛んでいるのではない。
あの体格にあのサイズの翼(と筋肉)ではとても飛べない。
実際は固有スキル(アビリティとでも呼ぶべきか?)で「浮遊」し、翼で移動している。
要は、「飛行船」と同じなのだ。
飛行船の動力は浮かぶためには使われず、移動にのみ使われる。
浮かべているのはヘリウムガスの浮力だ。
グリフォンも同じなのだが、こちらの世界ではスキルが効果を発揮しない。
大気中にマナとか魔素の類が無いため、魔力生成が出来ず「エンジンはあるが燃料が無い」状態。
つまり、先ほどの例で挙げたニミッツ級の搭載機と同じ状態になる。
ここで、基礎適応手術で、基地局からの魔力を「受信」して自身の魔力に変換する器官を組み込む。
これで浮遊スキルに魔力が供給され、グリフォンは飛べるようになる。
ニミッツ級の搭載機の話なら、機体に「謎の液体」を「ジェット燃料に変換する装置」を組み込めば、エンジンが動作するようになり、飛べるわけだ。
これが「基礎適応」。
ては、コカトリスはどうか。
基礎適応を行えば、魔力が供給されて石化スキルが発動可能になる?
確かに発動はするが、効果は無い。
それは石化シーケンスが、こちらの物理法則では動作しないため。
この問題に対応するのは「拡張適応」と呼んでいる処置である。
用語集
・石化シーケンス
よくあるファンタジーでは、以下の2種類のどちらかであることが多い。
a.肉体や装備品が石に変化する
b.肉体や装備品が石に覆われる。
aタイプだと、叩くと壊れて、壊れた場所によっては死亡したり、解呪しても色々大けが。 壊さず解呪すると元に戻る。
bタイプだと、叩いても傷一つ付かず、解呪すると石が崩壊脱落して中から出てくる。
異世界トウリのコカトリスはaタイプであり、炭素をケイ素に置換するという方法で実現されている。
残念ながら、こちらの世界では「手の数」が同じ4本とはいえ、ケイ素では炭素のような高分子は作れない。
そのため、適切な物質が無く置換が出来ないため動作しなかった。
なお、ケイ素ベースのアミノ酸・タンパク質では酵素が機能しないため、生命活動は停止する。
解呪で元に戻った際に、単に体の構造が戻るだけでなく、生き返っている。
つまり、石像から死体に変わるのではなく、生命活動まて復活するのだ。
なぜ? そこは魔法だからねぇ。 そういう世界だとしか言えない。
まぁ、コールドスリープみたいなものだと思っておこう。