第14話 おっさんズ、幼女と知り合いになる その2
城に入ったティアマトは翼を消すも、頭上の輪はそのままにしている。
「明るくていいでしょ」
「そ、そうだね」
確かに照明の無い城の中はあまり明るくはない。
壁にはランタンもあるが、現代の照明との能力差は明らかだ。
だが窓がある場所なら、その光だけでも歩くには全く困らない程度には明るい。
なのでまぁ、無いよりは良いのだろうが、輪はティアマトの頭上数センチの位置に浮かんでいるため、本人以外にとっては無駄に眩しいのであった。
道中、遅れて様子を見に来た執政官とウエルク隊長とも合流する。
やはり感涙にむせぶ……以下同文。
さらにリディアとパルティアも合流するが、二人は別に感涙にむせぶ事は無かった。
仮にも神官のはしくれと巫女だと言うのに、それはどうなのだろう。
その代わり「可愛いぃ~~」と違う方向で盛り上がってしまい、ティアマトからうざがられる始末であった。
一行は神殿部屋に入るが、特に変わった様子はない。
ティアマトはテーブルの傍に進むと、コマンドを唱える。
「ライン・オープン アキエル」
「遅ーい!!」
小さなスクリーンに現れた女性にいきなり怒鳴られるティアマト。
「うー、そんな大声出さなくても聞こえるわよ」
ティアマトは両手で耳を塞ぎながら横を向き、片目を閉じつつ応える。
「ティアちゃん、昼前には着くんじゃなかったの」
「こっちにも色々あるのよ、誘拐されそうになるし……」
「え、大丈夫だったの?」
「問題ないわ、魔法耐性も無い雑魚よ、石にしといたわ」
「なっ……」
何やら問題発言をする幼女。 凍り付く一同。
執政官は直ちに近衛騎士隊に、街中を捜索して「石像」を回収するよう指令を出した。
「どうも、お手数おかけします。 直ぐに元に戻させますので、よろしくお願いしますね」
「いえ、驚きましたが、戻せるのであれば問題ありません。 今のお話ですと犯罪者のようですので、解呪は牢屋の中だと楽ですが……」
「もちろん、牢屋でも地下でも何処でも行かせます」
「ティアマト神に、そこまでしていただけるのですか」
「神と言っても、まだ子供ですから」
「痛み入ります」
スクリーンの映像相手に馴染んで会話している執政官と、不機嫌な顔でそっぽを向く幼神。
大英は執政官に問う。
「もしかして、よく使っているのですか」
「いえ、このような会話手段は初めてですし、この方とも初対面です」
そういえば、最初にこの地に来た時も執政官は大英達にフレンドリーに話しかけてきたような。
初めての事態にも動じないスキルとかあるのだろうかね。
「あ、申し遅れました、私アキエルと言います。 よろしくお願いしますね」
映像に映る深緑のロングポニーテールに大きな丸眼鏡の若い女性は、そう自己紹介して微笑んだ。
つられて秋津、大英も自己紹介した。
「そうそう、忘れるとこだったわ。 ティアちゃん、転送OK?」
「オッケーよ、いつでもどうぞ」
すると、テーブルの上に光が集まり、それが消えると、紙袋が現れた。
ティアマトは椅子の上に上がると紙袋を引き寄せ、中を確認する。
「うん、ちゃんと届いてるわ」
「このくらいは問題ないわよ。 それよりそこに転送シンボル置いといてね。 忘れると毎朝ティアちゃんに行ってもらわないといけないからね」
「はいはい」
ティアマトがコマンドを唱えると、小さな魔法陣が現れ、何かの印のようなものをテーブルの一角に刻むと、消えた。
それを見届けたアキエルは大英達に説明を始める。
「えーとね、これから毎朝、み使い君の住む世界……21世紀でしたっけ? そこにある手ごろなサイズの物品を、基本的にひとつ、複製召喚したものを送ります。
これで、物資不足を少しだけ解消できればと思います」
「それは、接着剤とかも届くんですか」
「それがねぇ、そう上手くはいかないのよ。
複製召喚は自動装置でやるんで、何が来るかは全く判らないの。
神様に行ってもらえば、ターゲットビーコンを設定してもらえるから正確にできるんだけど……」
「そ、そうなんですか」
「質量を特定すると場所とか大きさ、形状が判らなくなるし、
サイズを固定すると、重さは適当になっちゃう。
あちらが立てば、こちらが立たないって話なの」
「アレですか、電子の位置は特定できないみたいな話ですかね」
「電子雲? そうねぇ、イメージとしては近いかな。 というか、不確定性原理知ってる?」
「あー、名前は聞いたことありますね、 一方を特定しようとすると、もう一方は不定になるみたいな話ですよね」
「そう、それ、21世紀じゃあ一般人でも知ってる話になってるのね」
それを聞いて秋津は「いや、一般人はそんなの聞いたことも無いぞ」と突っ込みたいところだが、黙っておくことにした。
「まぁ、こっちではもう少し違う理論だけど」
「というと?」
「そっちはまだ量子論でしょ、量子論だと近似理論だから」
21世紀の住人秋津、天界の住人ティアマトの2名を含め、話をしている大英とアキエル以外は何の話をしているのかまるで分からない。
「あー、それってニュートン力学だと相対論の近似みたいな話ですか」
「そーそー、理解が早くて助かるー」
いや、早いも遅いも無い、判る人にはわかるけど、判らない人は何時間かかっても判らんて。
「そっかぁ、じゃ超弦理論も完成してるんですか」
「そうねぇ、そこの知識は出していいのかな、ま、口で言える範囲なら問題ないか」
二人の理論物理学の話はこの後10分ほど続くが、誰もついてこれないと思うので、省略する。
ただ、大変楽しそうに会話をしていたという事は添えておく。
「随分饒舌で、大英殿にしては珍しいですね」
「そうだな、俺もこんな大英見るの初めてだわ」
「退屈だわ」
執政官も秋津も、普段の寡黙な大英とは随分違ったテンション高い姿に、戸惑うのであった。
そして置いてけぼりのティアマトは不満を漏らす。
そして、大英とアキエルの様子を複雑な面持ちで見るパルティアと、そんな妹を見て何かを納得するリディア。
「という訳で、説明に戻るけど、大抵はあまり役に立たない物が届くと思うのよ。
でも、危険なものは届かない様にチェックしてから転送するんで、安心していいわ。
もし、食べ物だったら食べても安全よ」
「そうですか、とりあえず楽しみですね」
「そうね、こっちに来て2か月以上経ってるし、そろそろ『元の世界成分』を補給しないとね」
「ありがとうございます」
「あ、それでね。 そこのお土産なの。
ソレはディー君に21世紀まで行って来てもらったんで、ピンポイントに必要なものを用意したわ」
「ディーくん?」
「あぁ、ディヤウス神ね。 ティアちゃんのお兄ちゃんよ」
「そうなんだ」
(君付けって事はそっちも子供なのかな)
そこへティアマトも加わる。
「兄様も大概よね。 『もう行きたくない』って怯えちゃって」
「しょうが無いわよ、車に轢かれそうになったんだから」
「下手に道路に飛び出すからよ。 向こうの車はヒトを避けないのは判ってたのに、何やってんだか」
「いやー、新鮮な景色に囲まれて我を忘れちゃったのよ」
「ダメダメだわ」
掌を上に両手を開いてため息ポーズのティアマト。
この兄妹、アニキの威厳はまるで無いようだ。
それにしても、車にって、神の一柱ともあろう者がうかつなものである。
「あー、脱線しまくりね、とにかくお土産を渡して、ティアちゃん」
「はいはい」
そう応えると、ティアマトは大英に紙袋を渡す。
中には……
「おお、紳士カラーうすめ液(大)。 それにミヤタセメント大小に流し込みじゃないか。 助かったぁ」
一番の懸念事項が解消され、ほっとする大英であった。
そこで、ティアマトはある事を思いだしたようだ。
「あーそうだ、アレ回収しといて」
「うん? あぁ、オッケー」
「ティアちゃんの 飛行機自動操縦で回収しといて、うん、お願いね」
傍に居るスタッフに指示するアキエル。
ティアマトは街の近くに飛行機で降りてきて、そこから歩いて街に入り、ここまで来たのであった。
帰りはゲートを使うから、飛行機は要らない。
「自動操縦で回収」とか言ってるが、来た時も自動操縦である。
4歳児の体格で操縦とかできる訳がありませんよ。
「えー、 飛行機ってどんななの? 見せて~」
リディアが妙な事に興味を示すが、街はずれという事で、パスしてもらう事とした。
「あれ? じゃ、どうやって街に入ったの?」
説明を聞いてリディアは疑問を呈す。
執政官も、これは見過ごせない話だと思ったようだ。
「確かに、その通りですね。 飛んできたのであれば、見つかっているはずですが……」
街は城壁に囲まれているし、城門には衛兵が居る。
もし飛んで超えたとしても、城壁の上にも兵は常駐しているから、誰にも見つからずに超えるのは簡単ではない。
「飛ぶまでも無いわよ、神には城壁なんて効かないんだから」
さらっと問題発言をするティアマト。
驚く執政官。
行政を担い、領主を別にすれば治安や防衛の最終的な責任者でもある彼にとっては、聞き捨てならない発言である。
まぁ、別に神と戦う訳ではないが、目の前の幼い神にできる事なら、レリアル神の天使にも出来るかもしれない。
「それはまさか、天使達にも出来たりしますか。 天使に率いられた敵軍団が突入して来るようなら、防衛態勢を考え直さないと……」
「あはは、いや、そんな大した事ではないわよ。 個人レベルの壁通り抜け魔法よ」
アキエルが笑いながら補足する。
「基本一人だけ。 すぐ勝手に閉じちゃうから頑張っても精々数名しか通れないから、大軍の運用には向かないんでご心配なく。
もちろん、キリエルちゃんにも出来るはずだけど、一人で侵入して来て何かするなんて事は無いわ。
それこそ、戦時協定違反を疑われる様な事になるから」
「そうですか、安堵致しました」
ちなみに、ティアマトはこの「壁通り抜け」を2回行っている。
もう一回は、城の城壁を超えた時である。
この場合も街の城壁と事情は同じ。 飛ぶと目立つが、コレなら大丈夫と言う訳だ。
その後、ティアマトは領主や呼び出された第2・第3騎士団長、それにゴートとビステルにも会い、皆を感激させて上機嫌で帰っていった。
石像が回収・復元されたのは、後日の事である。
なお、帰り際「たまに来るから、よろしくね」などど言っていたが、実際はほぼ毎日入り浸るのであった。
子守りの仕事が軽くなって喜んでいる天使が居ると言う話は、ここだけの秘密である。
用語集
・超弦理論
超ひも理論とも言う。
ここではその発展一群であるM理論をはじめとしたモノたちの総称と思っていただければ十分である。
え、ドレも全然わからない?
そこはそれ、検索と言う文明の利器をお使いなされ。
・紳士カラー
長く言うと、「ギンザ商会紳士カラー」。
日本のプラモデル用塗料の世界では最もメジャーなもの。
ラッカー系塗料である。
・ミヤタセメント
セメントと言っても、建築に使うコンクリートの材料ではない。
ミヤタ模型が出している接着剤である。
我輩も使用しているが、蓋に付いている接着剤を塗る筆が根元から折れて使用困難になったことがある。
一応ビンの底に倒れこむ事は無かったので、狭くなっている口に寄りかかっている筆を、ピンセットで引き上げて手で持って使用していた。
え、買い替えなかったのかって? まだ接着剤残ってるんだからもったいないじゃん。
・壁通り抜け魔法
アレですね。 丸く結んで壁に貼り付けると、そこを通れるという紐を某猫型が持っていたと思います。
こっちは別に道具は使いませんけど、イメージとしてはソレに近いかと。