第13話 おっさんズ、ライバルと出会う その7
総勢12匹の巨大なハエは高度1.5メートルで手当たり次第に突進する。
「うおおっ」
飛んでいるハエを狙って、騎士が剣を振り上げて叩き切ろうとするが、かわされる。
エリアンシャルはすぐに指示を出す。
「敵は速い。 横からでは当たらない。 向かってくる敵を斬れ」
「はっ」
騎士達は自分に向かってくるハエに正面から立ち向かう。
また、敵が向かって来ていない騎士は、村人に向かうハエを見つけると、かばう様に割って入って剣を構える。
そして、1匹落とすのに成功する。
「よし! いけるぞ!」
だが、それを見たキリエルは「ふーん」と言いつつニヤリとし、何やらコマンドを唱えた。
すると、ハエ達の動きが変わる。
「な、なにっ!」
剣を振り下ろす瞬間、ハエは軌道を変え、素早く右に回避したかと思うと、90度旋回し騎士の右肩を直撃する。
「うおっ」
体当たりを受けた騎士は受け身を取る間もなく、前のめりに左肩から地面に倒れ、肩と額をしたたかに打つ。
兜が無ければ、流血沙汰である。
「ふふっ、真っすぐ飛ぶだけが能じゃないんだから」
そうつぶやくと、すぐにキリエルは何かに集中しているような無表情となる。
心なしか、目が光っているような気がするが、きっと気のせいだろう。
いくら天使でも、眼に発光機能なんて無いだろうからな。 ……あ、魔法か……。
ハエ達の動きはさらに複雑化し、体当たりしか攻撃手段が無いにも関わらず、騎士や村人は一人、また一人「倒れる」。
そう、倒されるのでは無く、物理的に転倒するという状態だ。
もちろん、大けがというほどのダメージは無いが、村の中は大混乱となった。
「村人は戦わなくて良いから、家に入れ!」
エリアンシャルは指示を飛ばす。
一方、ホムンクルス達もうかつに銃器は使えない。
ハエは村内を低空で高速移動しているため、同士討ちの危険が高いからだ。
ドイツ兵は大英と秋津、それにゴートを囲むように円陣を組み、英兵と日本兵はハエに立ち向かう。
秋津は大英に問う。
「どうするよ」
「しょうがない、各自銃剣か短銃で対応。 誤射に注意!」
小銃で狙いをつける暇はない。 短機関銃では同士討ちになりかねない。
それ故の指示だ。
「了解!」
そして日本兵のうち一人は軍刀を抜いた。
「閣下、自分はコレで構いませんね」
「もちろん、存分にやってくれ」
それでも、素早いハエに翻弄され、中々戦果は上がらない。
そして、対空火器はそんなハエ相手には無力だった。
至近距離だから当たる気がしないし、そもそも、撃とうとすれば水平射撃になるから、何もしないより悪い結果になるだろう。
それに、彼らには外に警戒しなければならない相手が居る。
対空機関砲は離れた空を飛ぶ存在を追い続ける。
だが、その砲身の動きは、相手には伝わらなかったようだ。
「そろそろね」
村の混乱状態を見て、キリエルは切り札を切る。
「グリフォン達、出番よ」
キリエルの後ろにいたグリフォン4体は一旦高度を上げ、村に向かって前進する。
その動きを見た大英は無線機に向かい指示を出す。
「各対空砲、グリフォンを撃て!」
使わずに済むならそれに越した事は無いが、向かってくるのであれば様子を見ている場合ではない。
指示を受けた3両の対空火器はそれぞれ射撃を開始する。
辺りに発砲音と獣の断末魔の叫び声が響く。
相手は第2次大戦中の飛行機より小型で、飛行機より近い(角速度が大きくなる)所を飛んでいたが、飛行機よりはるかに遅い「標的」を撃つのは、対空戦車や自走対空砲にとって「簡単な仕事」だった。
左翼(西側)より突入を図った個体は2門の20ミリ砲からの弾を受け、空中で絶命し墜落。
右翼(東側)より突入を図った個体も2門の40ミリ砲から撃たれ、空中で四散した。
中央に突入した2体のうち、1体は2門の20ミリ砲で撃たれ、バランスを崩し墜落し、動かなくなった。
最後の1体は仲間たちがあっという間に落とされたことに驚き、逃げ出すが、高度を上げた所で東西から40ミリ砲と4門の20ミリ砲による全力射撃を受け、被弾し飛行能力を喪失。
地面に叩きつけられて死亡した。
「え……うそ……」
ハエで攪乱し、混乱している所にグリフォンを突入させて敵を倒すという作戦は脆くも崩壊した。
「くーっ、やってくれたわねー」
怒り心頭のキリエル。
このまま帰る気にもならず、優勢なハエ達に望みを託す。
「全然当たらん」
「くそっ、動きが早すぎるっ」
たとえピストルと言えども、誤射は怖いので、中々撃てない。
たまに発砲しても、単発の弾は全然当たらない。
剣を振り回す騎士達も、軍刀や銃剣を振るうホムンクルス達も空振りが続く。
大英達と周りを固めるドイツ兵達はハエの襲撃を避けるため、南壁よりに移動し、監視塔の真下まで来ていた。
別に壁際なら後ろからは襲撃を受けないという事ではない。
壁の高さは1.2メートル程なので、ハエの高度(1.5メートル)なら、普通に超えてくる。
単に同士討ちを避けるため、端に移動したという事に過ぎない。 元々壁の近くに居たしね。
とは言うものの、キリエルは大英と秋津を狙わないので、むしろ兵の傍に居る方が間違って攻撃を受けかねないのだが、まぁ「決めごと」に対する信頼感が乏しい(疑い深いとも言う)大英は「自らの指揮官を守ろうとする」兵達の動きを止めるつもりは無い。
ハエに苦戦する兵を見て秋津も唸る。
ゴートは剣を持たず、ダガーを2本抜いて二刀流状態で構えながら、後ろに居る大英達に語り掛ける。
「なんとかなりませぬか」
そう言われても、名案がすぐに出るものでは無い。
秋津も嘆く。
「うーん、連射できないと飛んでる奴には当たらんからなー」
「全くだ」
「下から撃てれば同士討ちも気にしなくて済むんだが……」
「人の頭ぐらい低い所飛んでるからなー……ん? まてよ……」
「どうした?」
秋津の問いには答えず、何か思いついた大英は周りを固めているドイツ兵達に問う。
「MP40持ってる奴居る?」
「閣下、自分が所持しております」
一人の兵が向き直って応える。
そして、大英は新しい戦い方を命じた。
「すぐに監視塔に登り、上からハエを撃て!」
「はっ、了解しました」
「45度以上になると跳弾が怖いから、あんまり遠くは撃たないでな。 近くを撃つ時も誤射しないように気を付けて」
「心得ました」
敬礼を返すと、短機関銃を下げたドイツ兵は監視塔に登る。
大英は登っていくドイツ兵を見送ると、向き直って叫ぶ。
「外にも、連射できる火器を持ってる奴は2階とかに上がって撃ってくれ!
他の者は、撃たれないよう気を付けて!」
気を付けてと言われても、どう気を付ければいいのかはよく判らないが、まぁ、村人以外は皆戦いのプロだから、なんとか気を付けるでしょう。
「なるほどな」
「これでなんとかなると良いんだが」
数人の兵が付近の民家に入っていく。
多くの家は平屋だが、時々2階建ての家もあるので、2階に登り屋根に出て撃ち始める。
1匹、また1匹と銃撃を受け墜ちるハエ。
ゴートも目を見張る。
「おお、効果アリですな」
「当たってるぞ、うまく行ってるぞ!」
興奮気味の秋津。
「まさか下に向かって『対空砲火』を撃つ事になるとはなぁ」
自分で言いだしておきながら、あきれ顔の大英であるが、2次大戦の爆撃機なら、旋回機銃が下を撃つのはよくある事である。
別に珍しくもなんともない。
そしてハエの被害が6匹に達したところで、マリエルは撤退指令を出した。
「ここまでですわ、キリエルさん撤退してください」
「えー、ハエ達に上に居る連中を始末させれば……」
「向かって行ったら、なおさら墜とされますよ」
「うー……判ったわ。 覚えてなさいよー」
そして、残ったハエ達を引き連れキリエルは森の方へ飛び去って姿を消した。
……ハエと共に去りぬ。 やな絵面ですね。
「どうやら、終わったようですな」
「そうですね」
ゴートとエリアンシャルは、ほっとする。
秋津も疲れた様子で「やっと休めるかな」と口にする。
大英達や村の人々は深夜2時頃に起こされてこの方、一睡もしていない。
「その前にモントゴメリーに連絡して来る」
そう告げると大英はフンクワーゲンに向かう。
「あぁ、そっか、向こうにも何か飛んでたか」
秋津も後を追う。
大英はモントゴメリーと通信で話すが、意外な情報を受け取る。
「え? 居なくなった? どういう事だ、オーバー」
「はい閣下、つい先ほど南の方に飛び去りました、オーバー」
「了解、じゃ昼の正餐までには戻るんで、皆によろしく、オーバー」
「承知しました、オーバー」
「通信終了」
都上空を旋回していたグリフォンも帰ったらしい。
対キリエル空中機動軍戦の後始末を付け、後をドイツ軍将軍と第1騎士団に任せて大英達は都へと帰っていった。
本当は一休みしたいところだけど、都に居る騎士団の被害も気になるし、まずは領主に報告しないとね。
用語集
・左翼より突入を図った個体は2門の20ミリ砲からの弾を受け
4門の誤記ではありません。
20ミリ4連砲(2 cm Flakvierling 38)は2門づづ交互に射撃する通常モードと、4門全て使う緊急モードを切り替えて使えます。
最初は無警戒の相手、2度目は全力で逃げようとしている相手と言う事で、モードを変えたのです。
・オーバー
電話のような双方向同時通話なら必要ないが、話すか聞くかのどちらかしか出来ない場合、「話はここまで」を示す必要がある。
それで、末尾に特定の言葉を付ける。 それが「オーバー」。
ちにみに、末尾がオーバーなら、通信終了はアウトと言う。
だから大英が「通信終了」と言っているのは、本来は変。
最後を「通信終了」とするなら、末尾は「どうぞ」とか「送れ」だろうねぇ。
そう、ちゃんと日本語にもあるのだ。
そういやテスト時の会話を見ると、こっちの騎士達はまだこの方法(無線交話法)を学んでいなかったようだね。