第2話 おっさんズ、異世界へ行く その1
とある6月の日曜日、アラフィフ一人暮らしのおっさん「大英」の家に、同い年で長年の親友の、やはり独り身のおっさん「秋津」が遊びに来ていた。
二人で見ていた録画番組が終わり、停止ボタンを押す。
そして録画済み一覧から抜け、TV放送の画面になる。
TVではアナウンサーが「東京オリンピックまであとひと月余りですね」と語っていた。
二人ともオリンピックには興味がないのか、すぐに電源を落としてしまった。
というか、そろそろ昼飯時のようだ。外で食べるのかもしれない。
だが、飯の前に「おっさんとは何か」の話題で盛り上がる二人。
秋津は言う。
「あの主人公まだ若いだろうがよ。
大体アラサーごときで『おっさん』を名乗るとか10年早いわ。
つーか、俺らに言わせれば20年早い」
今さっきまで見ていたアニメ番組の主人公の話のようだ。
アラサー男が異世界転生して10代の若者になって大活躍。
という、よくある、故に人気のある異世界転生モノの小説がアニメ化された作品だ。
一部では太郎系とか言われているがな。
大英も応える。
「はっはっは。そうは言っても世間的には十分『おっさん』なんじゃないか。
30過ぎて『お兄さんと呼びなさい』ってダメだろう」
「うーん」
秋津は納得致しかねる表情で唸る。
そんな彼に大英は
「尾張昭って俳優いたじゃん、あの人が俺らと同じくらいの年の時、20代女性から何て呼ばれたか知ってる?」
「尾張昭って、エクストリーマンの何かで隊長やってた?」
「イチロウの時の隊長役だね。その前はナレーションもやってたけど。
で、アレの数年後に青春寮長ってドラマに男子寮の寮長役で出ていて、そこでこんなセリフが……」
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「ま、まて、なんとか君、彼がおじさんなら、わしはどうなるんだね」
「えー、男子寮長は初老でしょ」
「しょ、しょろう~」
初老と呼ばれて大いに落ち込む男子寮長であった。
******
「おっさん通り越して初老だという」
「うーむ」
「役の上での年齢は知らないけど、本人はまだ50前だったんだけどね」
「俺らより若いだろう」
「まぁね、5歳くらいは誤差のうちさ。……オヤジギャグじゃないぞ」
「誰も何も言っとらんぞ」
「でだ、『おっさん』は年齢だけで決まるモノじゃないかもな」
「というと?」
大英の語りが始まる。
「おっさんとは、自然になるものではない。変わらない事と変わる事がおっさんになる原因だ。
第一の男、これをおっさんタイプAと呼ぼう。
若いころと同じことをやり、同じことを言う。
昔流行ったが今の若者は誰もやらない趣味を続け、若者が唖然となるつまらない『ナウなヤングにバカウケ』なギャグを言う。
時代の流れについていけない奴がおっさんタイプAだ」
この解釈だと、オヤジギャグを語る奴は第一のオッサンになるようだ。
吾輩も気をつけねば。
大英はさらに続ける。
「そして第二の男、これをおっさんタイプBと呼ぼう。
おっさんが歌う演歌を歌い、おっさんがプレイするゴルフをやる。
若いころは見向きもしなかった、おっさん嗜好の趣味に走る奴がおっさんタイプBだ」
話はさらに続く
「多くの奴はリア充になって趣味から遠ざかり、結婚して『在庫処分』を迫られ、子育てに忙しくてブランクが開く。
一段落して趣味の時間を持とうと思った時には、若いころにやっていた趣味でも、もう『今時』のモノは『訳わからん』になってしまう。
だから『年相応の趣味』を探して、『オッサンの趣味』を始める。
まぁ、仕事が忙しくて趣味を離れて、仕事に追われて結婚もままならないまま、おっさんになってしまった場合も結果は同じだけどな」
在庫処分もブランクとも無縁な大英だが、それは別に理解のある奥方が居たという話ではない。
単にリア充では無かっただけの事である。これが彼だけの特殊事例なら「変わった奴」で済むのだが、そうではない所に誰も語りたがらない少子化問題の闇がある。
特殊事例ではなくなった原因の一つが70年代青春ドラマが喧伝した「セーフティーネットは有難迷惑」。
これを真に受けた世代が「おばちゃん」になったとき「近所のおばちゃん」や「親戚のおばちゃん」が見合い話を持ってくる事は無くなった。
そのうち「結婚していない人が普通」で「結婚している人が『リア充』という特殊な人」という状況になるのではないかな。
おっと、脱線が過ぎましたな。話を戻そう。
大英の熱い語りは続く。
「アニメなら若いころに見た『銀河戦艦ヒュージ』だって1作目で知識が止まっていてはおっさんになってしまう。
最新作の『ヒュージΣ』も見ないとだめだ。
『銀河戦艦ヒュージ』という『単体作品』ではなく『ヒュージシリーズ』という『シリーズ』を維持するのだ」
「いや、アレ訳わからん。俺の中では『ヒュージ2』以降は存在しない」
「だから見ないと判らんのは当たり前だろう。作品に問題があるわけではない。
そんな事ではおっさんタイプAになるぞ。
俺らは第一の男でも第二の男でもない、第三の男になるのだ。
第三の男は古を知り、最新も知る。
デジタルしか知らない若造や、アナログしか知らないジジイとは一線を画した存在。
今の事しか知らない若い『オタク』共に負けない、真の『ヲタク』を指すのだ」
「いや、待て、なんだその真の『ヲタク』って」
……この二人は『オタク』と『ヲタク』を聞き分けているのだろうか?
そんな語らいの中、突如体が宙に浮く感覚が二人を襲う。
「うお、なんだ?」
感覚が収まると、いつの間にか目の前に人が現れ浮かんでいた。
「誰だ?」
秋津の問いに、浮かんでいる人物が答える。
「私の名は『ム・ローラシア』これから貴方方が向かう世界の神です。
人々からは『ム・ロウ神』と呼ばれています」
(神?向かう世界?)
「私が預かる世界は今邪神の手先による侵略を受け、危機に瀕しています。
そこで、貴方方の力を使って、守ってください」
大英が問う。
「えーっと、なぜ?」
「貴方方には、そのための力を受け取る資格があるからです」
「いや、何故その様な事をしなければならないのでしょうか。
私たちには私たちの生活や仕事があるのですが」
「それは心配いりません。
貴方方が無事世界を救い、自立できる様になれば、元の世界に戻して差し上げます。
その時、元の世界では全く時間は経過していません。
明日の仕事の事は戻ってから考えても大丈夫です」
「それで、その自立できる様になるまでどのくらい時間がかかるのです?」
大英に続き秋津も返す。
「というか、俺毎週薬もらわないといかんのだが」
アラフィフの健康状態をなめてはいけない。
「それも問題ありません。神の権能の一部を貸し与えます。
私が預かる世界にいる間、貴方方の体の老化や病的な変化も停止します。
定期的な薬は不要ですし、持病が悪化したり、新たな病気にかかる事もありません。
不死ではありませんが、不老な身となります。
また、傷つけようとする行いに対しても、それを和らげる加護を与えますので、怪我をすることも減るでしょう。
唯一心配すべきは、『明日』職場の皆さんは貴方方との話を前日の事として記憶していますが、
貴方方にとっては何か月や何年も前の事ですので、『昨日何をしていたか』を思い出すのが困難な事でしょうか。
それと、たぶん髪の長さや肌の色が違っていて不思議に思われるという点ですかね」
どうやら、何か月いや何年もかかるらしい。
って、髪の長さはともかく肌の色って?
「ところで、その力とは?」
・
・
・
と長々と神を自称する相手と問答が続いたが、それが終わると、家ごとどこかの平地に移動していた。
まぁ、神だけに人間の価値観は通用しない。
世界を救う能力を受け取れるのだから、それを振るうのは当たり前。という事らしい。
人間の都合はお構いなしだ。
後顧の憂いは無いから、前だけ見ていれば良いというのは、何か都合が良すぎる気がするが、犠牲とするものがあっては、協力も得られないという判断をしたのかもしれない。
彼らがリビングのベランダから家の外を見回すと、そう遠くない距離に塀が見える。
塀?
いや、これは塀じゃないな。
城壁だ。
反対側のキッチンの内窓を開けてみると……
うん、城だ。西洋風とは少し……いや、かなり違うが石造りの城が見える。
形状は中米のピラミッドにも似ているが、3段しか無いから印象としてはピラミッドというより城だな。
尖塔もあるし。
つまり、ここは城の敷地の中だ。
ところで水は出るのだろうか。
ドリーミーアドベンチャーじゃ水は出るし電気も来てるし、新聞や牛乳まで配達されていたが……って大英は新聞も牛乳もとっていないがな。
出ませんね、水。
蛍光灯はつかないし、冷蔵庫も止まっている。つまり電気も来てない。
さすがにそこまでファンタジーではないらしい。
この世界、神の説明によれば多少は魔法があるらしいが、城の敷地とはいえ水道は無い様だ。
というか、あったとしても繋がってる訳ないか。
二人は外へ出てみる。
敷地ごとここに来ている。
家だけでなく、車庫も一緒だ。玄関前に停めてあった秋津のスペーシアもそのまま鎮座している。
車庫を開けてみれば大英のN-BOXもある。
とはいえ、敷地の外にあったものは無い様だ。
家から伸びた電線も電柱が無いから途中で切れて地面に落ちている。
そして何より気温が違いすぎる。さっきまでの涼しい6月の気候から打って変わって真夏になったような暑さだ。
まさしく、異世界に来たという事だろう。
異世界という事は、コンビニもガソリンスタンドも無い。
さぁて、困りましたな。
大英の調理スキルではインスタントラーメンより難しいものは作れん。
秋津はもう少しスキルが高いが、電気もガスも無い中では何も作れない。
……と思っていたら、城のほうから何人か人がやって来るのが見えた。
ま、そうだろうね。
突然こんな見たこともないカタチの家が城の敷地に現れたら、ねぇ。
用語集
・今さっきまで見ていたアニメ番組
録画のため今季作品とは限らないので、(掲載時)来季の放送予定を見ても特定は不可能である。
というか、来季のタイトル一覧でタイトルだけを見る限り該当はなさそうだねぇ。
・エクストリーマン/イチロウ
エクストリーマンは日本人なら誰もが知る巨人ヒーロー。
第1作は大英達がまだTVを見る年齢に達していない頃に放映されていた特撮作品。
のちに数えるのが面倒になるくらい再放送が繰り返されたため、大英達はおろか、多くの年齢層になじみが深い。
イチロウとはエクストリーマンイチロウの事で、これは5作目に当たる。放映当時小学校低学年だった大英の評価は「おふざけが過ぎる」。
小学生から「おふざけが過ぎる」と評価されたというのは、相当なものだと思う。
ちなみにエクストリーマンの2作目はエクストリーズィーベン。巷ではシリーズ最高傑作と言われている。
だが、女子はあまり見ていなかったようで、こんな逸話がある。
小学校の給食の時間の校内放送でクイズをやっていた。
回答者は女子生徒。
司会:問題です。エクストリーマンのヒーロー中で、2作目のヒーローは誰?
ヒントはライトタイマーが無い人です。
1組の回答:お兄ちゃんが見ていたからわかるよ。答えはエクストリーマンジーベン
だが、2組3組の回答者は答えがわからなかったのであろう。それを聞いて皆同じ答えを出した。
2組の回答:エクストリーマンジーベン
3組の回答:エクストリーマンジーベン
司会:残念。みんなはずれ。正解はエクストリーズィーベンでした。エクストリージーベンならおまけで正解にしたんだけどねー。
それにしても、前の人の答えを聞いてから答えられるというシステムには欠陥があると思う。
先に答えを紙に書いて、それを読み上げるべきだ。
なお、大英限定でこのシリーズの最高傑作は「エクストリーC」だそうである。
エクストリーマンの前番組(この場合、0作目となるのか?)で白黒放送なのだが、ある日再放送を見て、怪しげな巨人に頼らず人間だけで問題を解決する様を見て感動したらしい。
だが一般的には巨人ヒーローが居ないマイナー作品と評されている。
とはいえ、近年「エクストリーC DarkSide」とか、「ノイエ・エクストリーC」などが制作されているから、ある層には人気があるものと思う。
・青春寮長
大英達が中学生の頃放映されていた若者向けドラマ。
アイドルなどが出るモノなので、ストーリーや演技を見るモノではない。
好評だったようで、続編の「青春寮長 海」というものも作られたが、アレは失敗作だと思う。
いわゆる「もっと過激にしたらウケル」と思ったら、ウケなかったという典型例。(個人の感想です)
よくある「二作目は失敗」とも似ているが、3作目以降は無いから例としては少し違うかもしれない。
ちなみに、記憶というのはあんまりアテにならない。
本人もキャラ名は忘れているから適当に説明していたのだが、正しいセリフは
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「ま、まて、高野君、大山君が中年なら、わしはどうなるんだね」
「えー、寮長は初老でしょ」
「しょ、しょろう~」
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じつは「おっさん」とか「おじさん」ですら無かった。ま、「中年」だから意味的には合ってるかもしれないが。
・銀河戦艦ヒュージ
大英達が高校生の頃放映されていたアニメ作品。
それまでは戦闘物はバトル一辺倒でアクセント的に主人公とヒロインのロマンスがあるというのが普通だったが、アイドルと三角関係を持ち込んだことで、後世には画期的という評価を賜った作品。
だが、当時は無理な放送期間延長に由来する作画崩壊のほうが話題となっていた。
後日ハイクオリティな劇場版が作られ、スタッフのリベンジ(うわ~死語……)が果たされた。
後にザリガニやレタスのおかげでヒュージが作画崩壊の代名詞では無くなった事については、川林監督も安堵しているに違いない。
・ドリーミーアドベンチャー
大英達が高校生の頃公開された大ヒットアニメ映画。
ストーリーの中盤に主人公の家の周辺が隔離された廃墟だらけの世界になるが、その家では普通にインフラが生きていた。