第13話 おっさんズ、ライバルと出会う その3
「まさか本当に夜攻めてくるとは……」
エリアンシャルは第3騎士団から警備を引き継いだ時、夜に戦いが発生する可能性について説明を受けていた。
だが、有史以来夜に戦ったという記録はなく、そのような事が実際に起きるとは思っていなかった。
想定外の事態に茫然とするエリアンシャルだが、大英にとっては「予想通り」の事なので、特に思う所はない。
夜目が効く可能性がある存在が敵に居るのだから、いずれ発生する事態と想定し、実際その通りになっただけの話である。
そして、直ちに次の指示を飛ばす。
「日本兵は村の東へ、4号と合流して警戒を。 ソ連兵は北側をパトロール、騎士団の方々は南正面と北の街道をお願いします」
「東と北か?」
意外そうな顔をする秋津。
「そ、わざわざ正面から現れて西へ向かったという事は、『西に注目してほしい』からだろ」
「そうか、陽動か」
「可能性は高いよ、ひと月もかけてゴブリン20体とかありえないし」
村中央に向かいつつ、続けて指示を出す大英。
「英兵は南正面広場で待機、M21とハノマークは南正面に進出して攻撃態勢。 あとは……」
そうしていると、村の東より銃声が響きだした。
秋津も悪態をつく。
「来やがったか」
彼は「悪い予想は必ず当たる」というジンクスを持っているが、それを証明する素材がまた一つ増えた形だ。
「どうする、増援を送るか?」
「まだ日本兵は移動中だろう、この暗い中これ以上送ったら同士討ちになりかねない」
「うー、敵も嫌な所を突いてくるな」
状況は見えないが、音から察するに4号の乗員が車外で銃撃をしているのだろう。
だが、中々銃声は止まない。
「何だろう、随分手間取ってるようだが」
「部下に見て来させましょう」
「判りました。 お願いします」
エリアンシャルは偵察のために1名の双眼鏡を持った騎士と1名の従者を派遣する。
ちなみに騎士団では組織改編が行われ、従者・従卒も騎士団の一員として加わっていた。
一行が村の中央まで戻ると、村人たちも起きて、槍や弓を持ち集まっていた。
「なぜこんな夜中に、一体敵は何を考えているんだ」
「こんなに暗くちゃ戦えないよ」
村人は口々に文句を言っている。
まぁ、夜戦という概念の無い彼らにしてみれば、仕方のない話だ。
現代で言えば、テロ攻撃や人間の盾を使われたような話だからね。
「このままって訳にはいかないな」
まるで状況が見えない中、焦りが出てくる。
村人たちは槍を持つ者、弓を持つ者、たいまつを持つ者に分けられ、戦闘態勢がとられる。
一方、騎士団でも剣を持つ騎士と、ランタンを持つ従者という形を取ろうとしたが、ランタンの数がまるで足りなかった。
2つしか無かったのだ。
これでは戦える騎士の数は10人にも満たないだろう。
「警告を本気で受け取っていれば……悔やまれるっ!」
膝をつき、地を殴るエリアンシャル。
だが、悔しがっているだけでは物事は解決しない。
村人は自分らの数少ないたいまつを騎士団に提供する事にした。
とはいえ、そんなに数は無い。
たいまつだって、ただの木切れでは無いのだから。
そこへ偵察に出ていた騎士達が戻って来た。
「報告します! 神獣騎士隊の方々が銃撃を行っていますが、敵は倒れても、また立ち上がって向かってきています!」
「なぬ!? そんな馬鹿な!」
被弾して倒された奴が、また向かってくるという謎事態を示す報告に秋津は驚きを隠せない。
大英は誤認ではないかと問う。
「ドイツ戦車兵には短機関銃を持たせてるけど、この暗がりだから当たった気がしただけとか?」
「いいえ、『ぐえっ』とか悲鳴を上げていましたので、当たっていたのは確かかと。
それと、ゴブリンと思しき小人やオークらしき敵は倒れたままのようでした」
「そうか……」
そこへ東からエンジン音が近づいてくる。
ライトは東を照らしているので、4号が後退して来ているようだ。
日本兵も一緒に後退している。
秋津も焦った様子だ。
「ここまで侵入を許すか」
「第1騎士団迎撃用意!」
エリアンシャルの号令で騎士達は敵に向かい整列する。
4号は既に村の中なので、主砲はもちろん、機銃すら撃てない。
視界が効く昼間ならともかく、今撃てば流れ弾で村内にどんな被害を及ぼすか判らない。
これでは戦車も単なる動く照明装置でしかない。
4号が広場まで後退した所で、大英はウィリスを東に向けライトをつけさせた。
やっと敵の姿が明確になる。
「ゴブリンでもオークでもないな」
そのサイズは人間と同等……いや、少し大きい気がする。
顔が特徴的なゴブリンやオークと違い、この相手は見ただけでは何者かはよく判らない。
すると日本兵が撃った拳銃弾が敵の胴体に当たり、うめき声をあげてうずくまった。
明かりが増え、敵の数も減った所で、エリアンシャルは突撃を指示する。
ライトが照らしている所はそのまま戦い、範囲外はランタンやたいまつの助けを借りる。
だが、さっきうずくまった敵がなにやら動き出した。
さっきの報告から、大英はその様子を注視している。
そして、その敵は何事も無かったかのように立ち上がった。
出血も止まっている。
大英は全員に警告する。
「まずい、敵はすぐ回復するぞ、首をはねて、切り口を焼いて確実に止めを刺せ!」
日本兵とイギリス兵、さらにドイツ下士官たちが銃撃して倒れた所で、騎士達が駆け寄って首を斬る。
その後、たいまつを持った村人が胴体と頭の両方の斬られた首部分を焼く。
そのかなりえぐい戦いを見て秋津は気分を損ねる。
「こいつは……」
「見た目からは判らんけど、この特徴、トロールと呼ぶことにしよう」
「そうだな」
なんとかトロールに対して戦える体制が出来たと思ったら、後方……つまり西から銃撃音が発生した。
「今度はなんだ?」
「今のは74の機銃か」
秋津と大英が顔を見合わせた時、砲撃の音が響いた。
「主砲? 一体何が来た?」
そう言ってる間にさらに砲撃が行われる。
ただ事ではない。
そうしていたら、フンクワーゲンから兵が一人走って来た。
「閣下、74式戦車より報告です。
敵兵約50数体が散開・分散して出現せり。
至近距離まで接近されてからの発見のため、対処時間少なし。
多くは機銃弾を受けても構わず接近してくるため、主砲榴弾にて殲滅中。
ただ、数が多く、分散しているため効率悪し。
当方を無視して村の中央に向かっているため、一部は抜けていくものと思われる。
以上です」
「そっちもか」
いくら74が投光器を持っていると言っても、レーダーじゃないんだから点けっぱなしと言う訳にもいかない。
それ以前にエンジンも切っていた。
囮が来たから、もう西には来ないかと思ったら、普通にやって来るとはな。
「監視塔! 敵影は?」
大英が叫ぶ。
「敵影無し!」
監視塔からも大声で返答が来る。
「ちっ、本番は中央は通らないって訳だな」
「どうするよ」
「ここはもうドイツ兵だけで大丈夫だろう、英兵と騎士団はトロールの残敵掃討へ、日本兵とウィリスは西からの敵を迎え撃て。 M2の使用を許可する」
「はっ、了解であります!」
日本兵の指揮官はウィリスの後席に乗り込み、M2重機関銃を撃つ準備を行う。
対空射撃も可能な装備は大英の許可が無ければ使えない様に指示しているが、74式の車載機銃では容易に倒れない敵という事であれば、温存している場合では無いという判断だ。
残り3名の日本兵も乗り込み、ウィリスは西に向かって走りゆく。
そしてフンクワーゲンの兵に伝言を告げる。
「74へ指令。
日本兵を乗せたウィリスをそっちへ送った。
後方に抜けた敵は無視して、前方・側方の敵をせん滅せよ。
上部対空機銃の使用を許可する」
こうして、夜が明けた頃には東西からの襲撃部隊を壊滅させることが出来た。
東の果樹園に倒れる敵を見ると、報告通りオークやゴブリンであった。
トロールは回復して中央に迫って来ていたため、こちらには1体も倒れていない。
そして、西側の草原をみると、そこには異様な姿をした人型の死体が倒れていた。
遠くの敵は105ミリ榴弾で爆散しているため、原形を留めていなかったが、近くの敵は機銃や小銃の集中射撃を受けて手足や胴体ががちぎれて倒れていた。
その中にはまだ息があるのか、呻いている者まで居る。
だが、その皮膚は腐敗し崩れている。
「こいつは……ゾンビかよ」
*****
作戦では以下の様になる予定だった。
[前哨戦としてゴブリン集団(20体)による村ヘの夜襲]
[その混乱に乗じ、夜間の内に村の東西の平原にトロール集団(30体)・ゾンビ集団(30体)を展開]
[両集団には20体づつのオークを直衛に付け、先導用に5体ずつのゴブリンを配置する]
[村の東西に展開した部隊は夜明けと共に攻撃開始]
予定とは違い、夜が明けた時には戦闘は終わっていた。
しかも各個撃破というよろしくない形で。
「あら? あらら、夜が明ける前に戦ってしまってはダメじゃないですか。
まともに目が見えてないゾンビはともかく、トロールは夜戦向きではありませんわよ」
「そう言われても、見つかっちゃったからには、戦うしかないじゃん。
大体ゴブリン集団があんなにあっさり全滅するから」
「せっかく敵には夜戦能力があるって警告したのに……。
まぁ、仕方ありませんわね。
敵も疲弊している事ですし、想定の範囲内でしょうか。
ここは『本隊』の仕事に期待しましょう」
「ああ、そっちは順調だよ、敵は気づいてない」
「それじゃ、村にも最終作戦ですね。 キリエルさん、出番ですよ」
「まーかせて」
そう応じると、キリエルは外へと出て行った。
どうやら研究室から離れないミシエルやマリエルとは違うようである。
というか、今まで裏方作業を別にすれば、ただ「的な物」を見ていただけだと思ったのだが、彼女には外にやる事があるのだろうか。
用語集
・機銃弾を受けても構わず接近してくる/車載機銃では容易に倒れない敵
1発当たって腕が飛んでも気にせず進んでくる敵。 こんなのが相手では大変だ。
と言っても、もしこの74式が陸自のものなら、こんな馬鹿な話にはならない。
5発10発の射撃(命中弾数ではなく、発射数)では倒れなくても、7.62mm弾なのだから20~30発もぶち込めば、半分外してもハチの巣になって胴体真っ二つとか、首から上が四散してオシマイだろう。
機銃弾の補給が無いから、節約するためこう言う事になる。
まぁ、12.7mmのM2なら、数発で倒せる訳なのだがね。 とはいえ、砲塔上部のM2では暗視装置は使えないから、使いづらいかもしれない。
ウィリスも同じM2を持っているから、それを送った訳だ。
でも、コレ、日本兵に扱わせれば、機関銃を狙撃銃の如く運用しそうだな。
大英君もそこまで考えてM2を日本兵に任せた訳では無いだろうけど。
(貧乏性と言う。 いや、ちゃんと現実の日本軍にも機関銃はあったし、ちゃんと機関銃として使ってましたよ。 代表的な九二式重機とか見ても銃剣とか付かないし)
脱字修正
もう西には来ないか思ったら
↓
もう西には来ないかと思ったら