第12話 おっさんズ、次に備える その2
ミシエルの洞窟で会議が開かれている。
「どうするの、センシャ相手じゃ重盾も効かないみたいじゃない」
「ああ、あれが魔法なら、カテゴリー5。 達人クラスだよ。
地上に居るはずない」
「そうよねー、あ、そうだ」
キリエルは何か思いついたらしい。
「ライン・オープン モリエルー」
キリエルの目の前に立体映像が現れる。
映像には白衣を着た長身男の後ろ姿が見える。
その男は振り返ると応えた。
心なしか掛けている細身の眼鏡の端が光ったような気がする。
「おや、キリエル君かい、あ、それにレリアル様にミシエル君か」
レリアル神も右手を上げて挨拶する。
「今大丈夫?」
「ああ、問題ない」
「モリエルに何を聞くんだ?」
やや不機嫌そうなミシエル。
「マギ・システムの事よ。
ねぇモリエル、地上でカテゴリー5の魔法って使えるの?」
「カテゴリー5?
いや、それは難しいと思うよ。
そこまで行くと基地局からのエネルギー転送じゃ間に合わない。
衛星からの転送も必要になるから、衛星の使用権を持っている者でないと、コマンドがパーミッションエラーになって発動しない。
今の地上で使用権持ってるのは……ちょっと待ってくれ、えーと、リアルタイムサーチの結果だとレリアル様だけだ」
「だよねー」
「じゃ、あの天使のセンシャはそんなレベルの攻撃をバンバン連射して来たって事になるんだが……」
改めて敵の強さを理解して青ざめるミシエル。
「バンバン連射? 何の話だい。 聞かせてもらえるかな」
ミシエルとキリエルはモリエルにこの間の戦闘について説明する。
「なるほど、センシャですか」
「後で映像も送るから見てね」
「ありがとう。解析させてもらうよ」
「コレって衛星ハッキングしてエネルギー盗んでんじゃないよな」
「それは無いはずだ。 侵入アラートは出てないし。
まぁ、あとでログを確認しよう。
正規のルートでエネルギーを取っている可能性もある」
「もし衛星が使われていたらどうなるんだ」
「システムに何かセキュリティホールがあるのかも知れない。
その時は一時的に衛星を封鎖して対策する事になるだろう。
構いませんね、レリアル様」
「カテゴリー5以上が一時使えなくなるだけであろう。
問題ない。
ゲートを使うのにそんな大魔法は要らんしな。
天使召喚でもせん限りカテゴリー5以上など使う事は無い」
念のため補足しておくが、天使召喚はカテゴリー5どころの話ではない。
カテゴリー8の複合大魔法※であり、神のみ可能な超大魔法である。
ちなみに核爆発級の攻撃魔法ですらカテゴリー7で8には届かない。
※
「時間移動」「時空超越衛星直リンク」「権能授与(複数)」「対妨害対応」「対魔力探知(隠蔽機能)」「病原体浄化」「帰還保証予約(時刻同期転送)」その他諸々、からなる多数の魔法の組み合わせ。
このうち時間移動と帰還保証予約がカテゴリー8、他はそれ以下。
一応レリアル神もモリエルも、模型からの現物召喚の仕組みから、魔法に頼らずより強大な力の行使が可能な事は理解している。
というか、以前レリアル側の天使による現物召喚で使われたシステムを組んだのは、外ならぬモリエルである。
現物召喚は低レベルであるカテゴリー2の魔法として実装されている。
そこから現れた物体(この場合戦車)の力がカテゴリー5相当という、魔法にだけ着目していると「理解不能な逆転現象」になってしまう。
たとえば、100円入れると缶ジュースが1本出てくる箱(自動販売機)なら理解できるが、100円入れると満漢全席とかフランス料理がフルコースで出てくるなら「なんじゃそりゃ」となる。
それ故ミシエルは衛星の不正使用を疑っているので、システムの検査は彼を納得させるためにも必要である。
レリアル神の了解を得たモリエルは映像通信を終了し、部下にシステムチェックを指示する。
ミシエルがため口をきいていたので判りにくいかもしれないが、立場上はモリエルはミシエルとキリエルより上役だったりする。
もちろん、現場はミシエルに任されているので、作戦や戦術に口を出した事は無いけどね。
会社で例えれば、
ミシエル:営業部主任
モリエル:システム部部長
部署が違うから、上司部下ではないけどな。……という感じの関係だ。
でも普通の会社で主任が他部署とはいえ部長にタメ口とか無いだろ。
「レリアル商事」はフランクな人間関係が特徴です。
……オカシイが気にしないでおこう。
「それにしても、模型からの現物召喚には謎が多いな。
というか、彼女のやり方が謎なのか」
システムを組んだのはモリエル自身であるが、大元は別にあった。
天界のシステムバンクであるコモン・ハブに上げられている「リアライズシステム実証コード」を元に、仕様を少し変更して短期間に仕上げたものだ。
動作原理の不明なブラックボックスも多いが、解析している時間は無かったので、結果は判るが「どうしてそうなる」のかは分かっていない。
「彼女」とはその実証コードの作者である。
そして、対立するム・ロウ神の天使として、天界にて向こう側のシステムを統括している。
つまり、モリエルのライバルという事になる。
まぁ、モリエル同様裏方だから大英達と話したことは一度も無いけどな。
「やはり一番の謎はエネルギー増幅ロジックだな」
たとえカテゴリーが低くても、別途エネルギーを与えて増幅をかければ、より強大な力を発揮する事は可能である。
ただ、現物召喚ではその供給元も原理もどちらも判らない。
時折ム・ロウ陣営によると思われる「こちらが詳細を確認する権限が無い」魔道反応を観測していたので、それが召喚の実施だと推測されるが、異常なエネルギーの流れは観測されなかった。
(まぁ、向こうの天使の召喚についてはログの閲覧権が無いから判らないが、基本は同じコードを使っているのだし、記録を調べるとこちらの天使が召喚したセンシャもカテゴリーを超えた力を発揮していたと推測できている)
「コードを直接追っかけてみないとダメか。
本人に聞ければ早かったんだろうがなぁ」
とはいえ、質問するわけには……行かないよねぇ。
とりあえず、コレに関して昔のことを思い出してみるモリエル。
色々ヒントになる事もあるような、ないような……
*****
数年前。
そこは大学の研究室のような所。
まぁ、大学というシステムは無いが、研究室には違いない。
そこにはモリエルと、彼を先輩として慕うアキエル……そう、彼女が居た。
大きな丸眼鏡をかけた彼女は、長いポニーテールを揺らしながら、彼にある物を見せる。
「コレを見てください」
「これは、本? 紙の本かい?」
「ええ、遠い未来からコピー転送する実験をしていて、偶然手に入れたものですけど」
モリエルは渡された本を開いて見てみる。
「ほほう、これは何だろう。
ヒトが乗っているから、乗り物なのかな。
いや、何だろう何か違和感があるのだが……」
違和感の正体は間もなく判明する。
アキエルはあるページを開いて載っている写真を指す。
「これを見ると答えがわかると思いますよ」
そこには、筆や塗料、カッターやニッパー、それにランナーがいくつも入ったプラモデルの箱が乗った机と、それを背に椅子に座り1/35のM3ハーフトラック(制作途中)を手にして、何か語っているオッサンの写真が載っていた。
「なんと、これは乗り物を小さくした物か」
そう、その本を21世紀に生きる我々が見れば「模型誌」として認識するだろう。
「そうなんです。
で、この言語の解析もできたんで、読んでみたんですけど、皆さん熱いです」
「熱い?」
「愛です! この小さいものは模型と言うんですけど、『模型愛』が凄いんです!」
「そ、そうなんだ」
熱く語るアキエルを見て、やや引き気味のモリエル。
「愛は力です!
これは新しい魔法に応用できると思うんです!」
「なるほど……」
熱意に押され、同意するのが精いっぱいのモリエルであった。
それからしばらく後、コモン・ハブに「リアライズシステム実証コード」がアップされた。
*****
「そうか、モデラーの『模型愛』か!
……模型愛って何だ?
それは精神エネルギーとして取り出せるものなのか?」
答えに届いたような気がしたのだが、それはモリエルには理解できない事象だった。
後日、ミシエル達に調査結果が報告された。
「あのセンシャは召喚で現れたものだと思われる。
向こうの魔法内容はこちらにログ閲覧権限がないため直接は調べられない。
そのため、衛星側のログを参照して向こうの天使が姿を現してから、あのセンシャが戦場に現れこちらの部隊が全滅するまでを調べたが、エネルギー転送どころか衛星へのアクセス自体観測されていない。
衛星エネルギーの使用は見られなかったという事になる。
それにセンシャ自身の動作原理に魔法が関与していないという点も重要だ」
「そんな馬鹿な、たとえ魔法以外でもカテゴリー5の潜在力があったら、その召喚だって失敗するんじゃないのか?」
「いや、そうとも言えない。
魔法にはエネルギー増幅や存在力圧縮のロジックが組み込まれる事がある。
本件にもそれが入っていると思われる」
「そうじゃな、モリエルの言う通りじゃ。
効率よく戦力を揃えるシステムがあると考えるのが妥当じゃろうて」
報告を終え、モリエルの映像は消えた。
「まぁ、気を落とさずな」
「なんとかなるわよ」
レリアル神とキリエルに慰められるミシエル。
「大丈夫さ、方針は考えてある。
予定通り正常進化のオーガは用意する。
ただ、オーガじゃおそらくセンシャには敵わない。
だからオーガに加えて、あと2つ投入するよ」
「ほう、流石はミシエルじゃな。
転んでもただでは起きぬか」
「で、何なの? あと2つって」
「超回復のトロールと、ダメージ受けても無視するゾンビさ」
用語集
・マギ・システム
魔法のコマンドワードを検知し、指定の魔法を確定し、使用者の特定と権限の確認、物理現象発動のためのエネルギー転送と、結果である現象の発生といった各処理を統括するシステム。
インフラである基地局・衛星と天界のサーバシステムで構築されている。
なので、基地局が無い場所では基本的に魔法は発動しない。
これを一般のファンタジー的に説明すると、オド(術者体内の魔力)だけで魔法が発動している訳ではなく、外部のマナ(大気や大地の魔力)も使っていて、そのマナは適当にその辺に存在しているのではなく、管理者が居る。マナが無い所では魔法は使えない。となる。
・時空超越衛星直リンク
基地局も衛星も無い場所で魔法を使う事を実現する魔法。
別の時空にある衛星と直接エネルギー転送リンクを確立する。
マギ・システムの基地局も衛星も使えない現代日本にやって来て「天使」を連れ帰るといった大魔法の行使には必須の魔法。
・パーミッションエラー
いわゆる「権限がありません」というエラー。
・侵入アラート
不正アクセスがあると、警告が出るというもの。
・システムバンク
銀行の事ではない。
魔法を実装するプログラムコードが保管・公開されているもの。
・コモン・ハブ
システムバンクの一つ。誰でも利用できる。
公開範囲の指定は無いので、一般公開してはいけない物を載せてはいけない。
・実証コード
特定の機能を実現するプログラムの一部分として試作されたもの。
エラー処理やインターフェイス(入出力操作系)は無いので、そこは自分で用意する。
想定外の事が起きるかもしれないが、何が起きても自己責任で。
・こちらが詳細を確認する権限が無い
普通の地上の人間が魔法を使ってもログは残る。
そしてそれは天界の者なら誰でも詳細を確認できる。
だが、レリアル陣営とム・ロウ陣営に所属する者が使った魔法に関する詳細ログは、各々自陣営でないと確認できない。
つまり、モリエルが確認できるのは
レリアル陣営の使った魔法
地上の人間などが使った魔法(天使/み使い は陣営所属なので除かれる)
天界にて中立の立場の者(機械類も含む)が使った魔法
に限られる。
・何か語っているオッサン
余談だが、HMF(HOKKAIDO MODELER'S FESTIVAL)にて何度か講演をされている方である。
なので、もしその写真を大英が見たら「どこかで見た事あるような気がする人」と思うかもしれない。
だが、失礼な事に人の名前を覚えない男なので、記事を読んでも彼がHMFに来ていた事は思い出さないだろう。
・ログ閲覧権限
魔法の使用により基地局や衛星がエネルギーを送出すると、そのログが残る。
ただ、使用者の所属する陣営で無いと、「何時」「何処で」「誰が」「どのカテゴリーの」「どんな魔法」「消費量」といった情報を記したログ(詳細ログ)は取り出せない。
これは「こちらが詳細を確認する権限が無い」で記した通り閲覧権限が無いため。
なお、「何時」「消費量」だけのログなら陣営に関係なく閲覧できる。
これは基地局や衛星は共有インフラなので、最低限の情報は取れるようになっているため。
そのため、詳細確認不可能なログを検索抽出すれば、相手陣営が「いつどれだけ消費したか」だけは把握できる。
・存在力圧縮
魔法のエネルギーをカプセルに閉じ込め、サイズや重量を減らしたとしても「存在力」は変わらない。
だが、魔法以外の原理を使うエネルギーなら、発動条件を満たさないよう制限すれば、「存在力」はその総エネルギー量より小さくなる。
エポキシ接着剤なら、2種類の液体が分れていれば、ただのゲル状物質。
だが、混ぜるとそれまで存在していなかった強力な「接着力」を発揮する。
極端な話、核爆弾も起爆しなければ、ただの「ちょっと重い金属の塊」に過ぎないが、起爆すればとんでもないエネルギーとなる。
このように分離等の方法で「存在力」を低減する技法を「存在力圧縮」と呼ぶ。
科学文明の我らからすれば、「概念が逆」なお話。