第12話 おっさんズ、次に備える その1
やや風のある荒れ地で召喚が行われる。
現れたのはブルドーザー。
元になったキットは「ミヤタ 1/48 日本海軍 コマツ G40 ブルドーザー」だ。
「おー、遂に48召喚成功かー、やったな」
秋津の祝福を受ける大英とパルティア。
二人には少々疲れが見えるが、倒れるほどではない。
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます」
G40を見たリディアは
「あれ、このセンシャ、大砲付いてないんだ」
と不思議そうに問う。
秋津は呆れて
「いや、これは戦車じゃなくて、工事車両だから」
と突っ込むが、
無限軌道だから戦車、砲塔あるから戦車、窓が無いから戦車。
世の中「いや、ソレ戦車じゃないから」な話には事欠かない。
戦車が現存する現代日本でも、この有様なのだから、こちらの人間であるリディアに判らないのも仕方ない。
「ふむ、戦道具だけでなく、この様なものまで召喚できるのでありますか」
ゴートも感心している。
「それじゃ、早速作業にかかろう。
また後でな」
「おう、頼んだぞ」
秋津は第3騎士団の土木担当の面々に都で募集された工夫、それに今召喚したブルドーザーの操作兵に工事の進め方を説明する。
秋津と護衛のビステル、それに秋津の車を残し、大英達は馬車で都に帰る。
「うお、やっぱり馬車の乗り心地は良くないな」
サスペンションも無く、空気の入ったゴムタイヤも使っていないのだから、振動はかなりのものだ。
「魔法でなんとか、ならないもんなのかな」
「そんな便利な魔法なんて無いよー」
リディアは笑う。
「どこぞの竜車は車以上の乗り心地を実現していたらしいが、現実は厳しい」
「リュウシャですと?」
「あーいや、気にしないで」
(素直に馬車に板バネやゴムタイヤ、チューブを採用すべく技術開発をしてもらうのが賢明か。
到達点が判っていれば、アイデアを出すところから省略できる。
青写真って奴だな。
まぁ、チューブは難しいかもしれないが、この近辺ならゴムの木とかあるのではなかろうか。
百科辞典で写真を探そうかな)
さて、馬車に揺られて城の敷地内に戻った大英は、そのまま皆と共に城へ入る。
案内された部屋では執政官と神官その他数名が待っていた。
「大英殿、お待ちしておりました」
「どうも」
「まずは、自己紹介を」
執政官に促され、二人の男性が自己紹介する。
まずは壮年のやや小柄でがっしりしたひげ面男性。
「俺は鍛冶師のパンチャーラ=バージェスだ、こいつには苦労させられたぜ」
続いて若い優男。
「僕は魔導士師見習いのササン=カテドラルと言います」
「見習いと言っても、この辺りじゃ1位2位を争う実力の持ち主ですぞ」
と神官が補足する。
そして、パンチャーラはテーブルの上の木箱を開けて「こいつ」と呼ばれた物体を一セット取り出して立てた。
「これが試作品だ」
「おお」
それは直径57ミリで、先端がすぼまった円筒と、それとほぼ同じ直径(少し太め)の円柱だ。
そう、6ポンド砲弾の試作品である。
本来の6ポンド砲弾では弾と薬莢は一体だが、これは分離していた。
早速手に取る大英。
砲弾は綺麗な造りで、手作りにありがちなでこぼこした様子はない。
「良く出来てますね」
「薬莢には火薬も充填済みです」
ササンの言葉を聞いて、薬莢底部を見る大英。
だが、本来そこにあるハズの雷管は無い。
缶コーヒーのスチール缶の底のような、真っ平な状態だ。
「雷管は無理でしたか」
「使えそうな素材は確保できたのですが、実験してみると不発率が高すぎて、改善が必要です」
「では、どうやって発砲します?」
「しばらくはコレで……」
そう言うと、ササンは「着火」とコマンドを唱える。
ササンの指先から15センチ程離れた所に小さな炎が現れる。
それを見てゴートは感心する。
「ほほう、アウターティンダーですか。
これの使い手は数少ないと聞いておりますが」
「ええ、フレイムストームを習得した際のオマケとして覚えたものです」
魔導士は修行により新たな魔術を覚えるが、大抵その際に「同系統で下位の」魔術が追加でランダムに習得される。
アウターティンダーは習得難易度が高い訳ではないが、使い道に困る「それ、どこで使うん?」な魔術のため、コレを狙って習得する人は余りいない。
日常の点火用なら「ネイルティンダー」があれば事足りる。
だから使い手は少ないのである。
ちなみにネイルティンダーは炎魔術の入門用で、他系統を得意とする人も、大抵は習得している。
「フレイムストームぅ!?」
リディアが目をむく。
「ああ、リディアさん、どうです? コレで僕も『同格』に並んだと思いますけど」
「うーん」
ササンの返答を聞いて頭の両側に両手の拳を当てて「ぐりぐり」しながら唸るリディア。
「どうしたの?」
大英に聞かれたパルティアは苦笑しながら答える。
「フレイムストームはカテゴリー3の魔術で、この辺りでカテゴリー3の魔術が使えるのは父と姉様だけだったんですが、ササンさんも加わったことに」
「なるほどね」
「という訳で、コレで直接装薬に点火しようと思います」
「という事は、壁の向こうにも着火できる訳ですか」
「はい」
「なるほど、キャンプマンより優秀な訳か」
聞きなれない言葉にササンも興味を示す。
「キャンプマンとは?」
「ああ、キャンプという屋外で宿泊する遊びの際に、バーベキューという料理をするのですが、その時薪に火をつけるために開発された先の長い特殊なライターがありまして、それの商品名がキャンプマンと言うのです」
「ライターとは、ネイルティンダーを使う道具という事ですか」
「そういう解釈で間違いないと思います」
「で、ただ長くて少し離れた所に火をつけられるだけなので、壁越しには使えません」
「なるほど、了解しました」
「じゃ、実際に撃ってみようや」
待ちきれない感じでパンチャーラが皆に声をかける。
一同は同意し、場を外の広間に移す。
6ポンド砲が格納庫から引き出され、射撃体勢を取る。
砲口が向いた先には、予め用意されていた「標的」が見える。
イギリス兵に試作砲弾と試作薬莢が渡され、装填される。
ササンは砲尾の横に立つ。
「では、行きます」
大英は頷き、同意を示す。
ササンは砲尾に手を伸ばし、コマンドワードを唱える。
「着火」
爆音と共に砲弾が打ち出され、標的は木っ端みじんになる。
「おお」
「やった」
ゴートは驚愕し、パンチャーラは歓声を上げる。
発砲が終わった砲口からは白い煙が漂う。
砲尾を開けると薬莢が出る。
「まだ熱いのでお気を付けください」
イギリス兵の警告もあり、そちらは冷えるのを待つ。
「砲身の中はどうだろう」
大英に問われ、6ポンド砲指揮官が中を覗く。
「報告します。これは清掃が必要と判断いたします」
「なるほど、ありがとう」
一番作りやすそうなのは黒色火薬だが、これだと燃焼速度が早すぎて圧力過多となって、砲自体を破損する恐れがあるため、大英は改良型の褐色火薬を用意してもらっていたようだ。
だが本来の装薬と違い火薬滓と呼ばれる燃えカスが残る。
無煙火薬が用意できればベストなのだが、ちよっと難易度が高い。
そんなわけで、1発撃つたび昔の大砲よろしく掃除が必要なようだ。
連射は出来ないが、そもそも連射するほど弾は用意できないだろうから、今はこれで十分だろうね。
後で秋津が戻ってから、二人で薬莢も見てみた結果、何回かは再利用出来そうだという結論を得たようだ。
まぁ、雷管も付いてないただの筒だから、崩壊しなければ使えるだろう。
砲弾側のフタは無くなるから、これは毎度新品が必要となる。
弾と一体なら要らないのだが、正確に接続できる工作は生産性を悪化させるようなので、これで良いのではないかな。
話を発射実験直後に戻そう。
「量産はできそうですか」
「そいつは難しいな。
弾は型を取ってあるから、鉛を流し込むだけでカタチにはなる。
もちろん、磨いたりするが、大した手間じゃない」
本物の6ポンド砲弾は鉛ではないが、戦車を撃つのでなければ十分だろう。
「やはり薬莢ですか」
「ああ、どうにも難しい」
現代では薬莢は深絞プレスで作られているが、その技術が開発されたのは近代以降の事。
中世レベルの金属加工技術では不可能である。
過去には底部のみ金属板で、円筒部分を紙で作るという事例もあったらしいが、紙自体貴重品のこの地ではそれも難しい。
結局金属板を丸めて作ったようだが、再利用に十分な強度を持たせるために接合部分が判らなくなるまで密着し、溶接に近い処理を行って磨き上げるという手間をかけたそうな。
これでは確かに量産は無理だね。
「遺憾ながら数が揃うまでは袋入りの装薬で代用するしか無い」
「なるほど、了解しました」
雷管も無いのだから、薬莢のカタチにこだわる必要も無いだろう。
こうして、着々と次への備えが進んでいる大英達だが、それは彼らだけではない。
レリアル神の天使たちも、いつまでも呆けてはいないのだ。
用語集
・どこぞの竜車
「Fw:チートレスな異世界冒険」という人気小説では、加護のおかげで「全く振動が無い」というとんでもない代物として描かれていた。
・青写真
あるシミュレーションゲーム(というか、最近ではストラテジーと言うらしいな)では、コレがあると技術開発にかかる時間が半分になるという便利なアイテム。
・ゴムの木
確かに暑い地域の植物だが、残念ながら雨の少ない地域には生えていない。
つまり、スブリサ近辺には生えていない。
百科辞典を漁っても、無駄な努力である。
・キャンプマン
リアル世界のチャッカマンの事。 wikiによれば、初代の商品名は「BBQ」。 まさにバーベキュー用。
筆者の実家には仏壇用の類似品(他社製かもしれない)があるが、母曰く「スイッチが重くて使いづらい」とか言ってどこかに仕舞ってしまっている。
おかげで帰省した際もマッチを使う事に。
せめてガスを使い切るまでは我輩専用で良いから見える所に置いておくれ。
もったいないじゃないか。




