第1話 プロローグ その3
「て、天使殿!」
ボストルは倒れた彼に駆け寄る。
「団長、天使殿は」
団員たちも心配して様子を見ている。
だが、倒れた彼は寝息を立てていた。
「ん、大丈夫だな。寝ているだけだ」
「なんで倒れたんでしょう」
「判らんが、あの大魔法はそれだけ疲れる事だったのかもしれんな。隊舎に連れて行け、ベットに寝かせよう」
「はっ」
翌日になっても彼は目を覚まさなかった。
「団長、どうしましょう」
「うーむ」
「父上、我らだけでセンシャを使って進軍してはどうでしょう」
副団長のアラゴンの提案に、ボストルは6号の車長に掛け合う。
だが……
「残念ですが、我らは天使閣下の命しか聞きません」
「そうか、いや、当然だな」
「ご理解痛み入ります」
戦車は動かせない。
つまり、天使の男が起きるまで進軍は無理という事だ。
「仕方ない。まずは再度降伏を勧める書状を送ろう。
若の元にもセンシャの威力について報告が上がっている事だろうからな」
しかし、ボストルの願いも空しく、拒否の知らせが届くのだった。
結局、彼が起きたのは、さらに翌日の朝であった。
「う、ん……」
「あ、起きた」
「よし、団長に報告だ」
傍にいた団員の報告を受け、ボストルは彼の元へ行く。
彼は何が起きたのかわからない様子だったが、部屋に入ってきたボストルを見てやっと事態を飲み込んだようだ。
「俺は寝ていたのか」
「はい。天使殿は2台の巨大センシャを召喚された直後に倒れられ、そのまま1日半寝ていたのです」
「1日半?」
傍に居た医師が告げる。
「はい、倒れたのは一昨日になります」
それを聞いて彼は驚く。
「大変じゃないか、戦いはどうなっている」
ボストルが答える。
「あの後、再度降伏を勧める書状を送ったが、拒否された。
まだ攻撃してくる様子は無いようだ。
遠巻きに布陣しているが、前進はしていない」
「それだけ戦車が怖いか。この世界の騎士は意外と物覚えが良いんだな」
「ん?そりゃあ対処法も判らん相手に無駄に突撃する間抜けはおらんだろ?それとも天使殿の世界にはそういうボンクラ騎士が多くいるのか?」
「いや、騎士自体がいないんだが」
「なんと、では誰が民衆を守っているのだ?」
「あー、それは自衛隊があるから」
「ジエイタイ?」
「そ、自衛隊」
「では、そのジエイタイは正体不明なものに突撃するのか?」
「いやー、しないと思うけど……」
「なら、当たり前の事であろう」
「……そうだな」
彼が以前読んだコミックでは、異世界に行った自衛隊の戦車隊に突撃を繰り返して壊滅する騎士たちが描かれていたので、それが当然だと思っていたのだが、それを説明するのもややこしい事になりそうなので、やめる事にした。
「よし、先手必勝だ、さっそく戦車隊を差し向けよう」
「大丈夫なのか」
「ああ、一応4号Hを追加しておくか。本当はポルシェタイガーにしたかったんだけど、重戦車召喚してまた倒れたらマズイしな。中戦車で我慢しよう」
本当は天使の体の事を聞いたのだが、戦力の事と勘違いした答えが返ってきた。
だが、本人も無理をしないように考えていることで、欲しかった答えも得られた形だ。
「そうか、なら、作戦再開でありますな」
「その前にメシ、いやトイレトイレ……」
「おお、ずっと寝ていらしたですものな、おい、すぐに食事の用意を」
「はっ」
用を済ませ、特別に用意してもらった朝食を終え、残り2つのうち、小さいほうのキットを手にすると、それを使って召喚を行った。
これで中戦車2両、重戦車2両の合計4両になる。
騎士しかいないこの世界なら、城の一つや二つ楽勝で潰せる戦力だ。
さすがに今度は彼も乗って出撃はしない。
「よーし、敵を突破して、領主の城まで進撃だ!」
4両の戦車は2列縦隊で進軍を開始した。
その後ろに団員たちが続く。
だが、右翼から進軍したタイガー1型が突然火を噴いて止まる。
止まったタイガー1を迂回しようと右に出たタイガー2型も突如爆発を起こし動かなくなった。
続いて左に居たパンサーも動きを止め、炎上する。
「な……」
あっという間に3両の戦車が撃破された。
「ば、馬鹿な……」
彼は絶句した。
「なぜだ!ここは異世界で、俺は異世界召喚された無敵の主人公だろう!」
男は動揺しながら叫ぶ。
彼の目の前では自慢の戦車隊が煙を上げて燃えていた。
数分前まで威容を誇っていたタイガーが、パンサーが、今やただの鉄くずと化していた。
一昨日は中世レベルの騎士を相手に無双していた戦車が、今日は炎上している。
「一体何が起こっているんだ……」
「神はこの力で勝てると言っていたはずだ……無双できると……」
「何か、何か見落としているのか?」
暫し頭を抱えるが、問題点には思い至らなかった。
残った4号Hは進軍をやめて停止している。
「どうなってるんだ、お前の部下が裏切ったんじゃないのか」
「何を言われる。その様なことがある訳なかろう。それより敵にはセンシャを倒す何かがあるのだろう。撤退させるべきではないか」
(どう考えてもおかしい。
こんな中世ファンタジー世界に戦車を倒す方法なんてある訳が無い。
あの神も魔法?マドウとか言ってたか?とにかく通じないと言っていたし。
あるとすれば、後ろからエンジンに火炎瓶を投げつけるくらいか。
やはり裏切り者がいる!)
無敵なはずの戦車を一気に3両も失い、彼の思考は斜め上へとずれていく。
そう、火炎瓶がガソリン車に有効だなんて知識は、この世界の人間には無い。
もちろん、タイガーやパンサーがガソリンエンジンの車両という事だって誰も知らない。
というか、火炎瓶の作り方すら知らないだろうし、作る材料だって用意できまい。
そもそも、団員と戦車は全く連携が取れておらず、徒歩の団員たちは先行する戦車からどんどん離されており、炎上した時点で100メートル以上の距離があった。
たとえ火炎瓶を手にしていたとしても、届かない。
とはいえ、戦車までは彼が居る詰め所の監視塔から500メートルくらい先の様子なので、望遠鏡も双眼鏡も持たない彼に、正確な状況把握は困難かもしれない。
ボストルは前線に撤退の伝令を送ろうとしたが、もう遅かった。
残っていた4号Hは炎上している3両を避けて道を変えて進軍を試み、撃破されてしまった。
戦車隊の全滅という予想外の事態に、戦車の後ろにいた団員たちは指示を受けずとも詰め所に撤退を始めた。
「誰だ!誰が裏切ったんだ!」
「落ち着くのだ、天使殿。誰も裏切ってなど居ない」
「そうか、そうだな」
(そうだ。どの戦車もあいつらから離れたところでやられた。
なら、敵に魔法使いが居るに違いない)
やっと戦車と団員が離れていたことに気づいたようだが……
「何だよ、魔法は戦車には通じないとか言ってたのに、神の嘘つきめ」
「なんと、何を言われる。神が嘘などつかれる訳が無かろう」
「いーや、あのクソジジイ、なんか胡散臭かったんだよな」
それを聞いたボストルの顔色が変わる。
「……なんですと?今なんと言われた?」
「は、なんだよ、胡散臭いと言ったのがそんなに気に障ったか」
「そこではない。その前だ」
「クソジジイ……がどうかしたのか」
(な、ム・ロウ神は女神。老人の男性神という事は……まさか)
「その神の名は……」
「ロディなんとか言ったぞ、そのジジイ」
(何という事だ。それはまさしく邪神レリアル・ロディニアではないか。
わしは邪神の天使に騙されて謀反を起こしたのか。
おお、神よ!邪神の手先となってしまったワシをお許し下され!
いや、ワシは許されなくてもよい。だが部下たちを、部下たちを許してくだされ!)
そして悪態をついて暴れる彼に、邪神の天使に向いて剣を抜き、振り上げた。
「お、おい、何をする気だ……」
「邪神の手先め、よくもワシをたばかった!」
ボストルはそう叫ぶと、そのまま剣を振り下ろした。
「むん!」
「ぎゃあああぁぁぁ」
異世界での俺TUEEEEEEを夢見た彼は、こうして絶命した。
もちろん、死んだからと言って元の世界に帰れたりはしない。
ただ、一人の男が命を落としただけであった。
暗闇の中、姿なき者がつぶやく。
「やはりダメであったか。他の神の真似事じゃうまくいかんか。
それにしても手早いな、ム・ロウめが、まぁそれなりにデキる奴を選んだようだな。
やれやれ、まっとうにやるしかないかのう」
ではいつもの用語集など。
……って、特に解説すべき用語は無いですね。
とりあえず別に解説しなくても判る言葉を無理にでも解説しましょう。
・異世界召喚された無敵の主人公
いわゆる異世界召喚物の物語では、召喚された人は主人公とされることが多い。
たくさん召喚者が居れば、主人公とは限らないが、1名ならほぼ主人公と思って間違いない。
普通はね。
まぁ主人公だからと言って無敵であるとは言い切れないがな。
つーか、コレ初出は1回目だったな。