第11話 おっさんズ、進化する敵に対処する その1
森の中、一人の少女と数十人の犬頭の小人が集まっている。
コボルト達は皆毛皮のコートのような物を手に持っている。
この暑い森では全く不要に思われるが、これから必要になるものだ。
白いワンピースを着た青髪の少女は右手を前にかざし、コマンドワードを唱える。
「クリエイト・ゲート」
掲げた手より1m程先に中に渦が見える輪が現れ、大きさを増していく。
やがて輪は半分地面に埋まり、半径2m程の半円になると渦は消え、その中には平原が現れる。
「クール・オフ」
「さて、行きましょう」
「ははっ」
少女の声にコボルト達は臣下の如く従い、後に続いて輪に向かっていく。
輪を通ると、暑い森とはうって変わった極寒の平原に出る。
遠くに見える山々は白い姿をしており、氷河の存在をうかがわせる。
そして振り返って輪を見ると、中には熱帯の森が見える。
「寒っ、ヒート・オン」
「ドロップ・ゲート」
少女の声と共に輪は現れた時とは逆に、次第に縮小し、姿を消した。
「キリエル様、我ら伐採に行って参ります」
コボルトは少女に声をかけ、各々手にしていた毛皮を着る。
一方、キリエルは白ミニワンピのまま、その姿を変える事は無い。
天界より来ている生粋天使は温度調節を衣服では行わない。
コマンドで個人用パッシブエアコン魔法を発動するだけである。
「そう、どのくらいかかる?」
「夕方には完了いたします」
「分った。じゃ夕方に戻るわね」
「行ってらっしゃいませ」
話を終えるとコボルト達は傍に広がる針葉樹林に向かっていく。
そしてキリエルは……。
「エンジェル・オン」
キリエルの頭上に白く淡く光る輪が現れ、背中から数センチ離れた所に長さ1メートル程の白い羽が左右に現れる。
そして、ふわりと空に浮かび上がると、そのまま速度を上げて飛んで行った。
*****
昨日の事である。
ミシエルの秘密基地に皆が集まっていた。
「どうじゃ、対策は決まったかの」
レリアル神の問いにミシエルは力強く答える。
「うん、今度こそやってやるよ」
「へー、大丈夫?」
「もちろん」
「随分な自信ね。
今度はあたしも傍で見せてもらうからね」
「して、準備にはどのくらいかかるかの」
「それなんだけど、キリエルに手を貸して欲しいんだ」
「え、あたしに?」
その依頼のため、翌日彼女はコボルト達を連れて大陸北部の針葉樹林に赴いたのである。
*****
数日後、大英達は朝から皆で前線の村に来ていた。
「久しぶりの村だねー」
「いや、ついこの間来たばかりだと思うのだが」
リディアの発言にすかさず突っ込む大英。
この世界にも慣れ、大分打ち解けてきたようである。
ちなみにこの間というのは、ヤークトティーガー(ヤークトティーゲルとも言うが、ハンティングタイガーのほうがなじみのある人も多いかもしれない)を召喚したときの事である。
やはり愛国心の足りない全装軌車両は、なるたけ戦場に近い現地召喚が望ましい。
まぁ毎度そうも言ってはいられないけどな。
領主は執政官や護衛の騎士を伴い、村長も同行し村を見て回る。
大英達もその行脚に付き添う。
まずは騎士団詰め所に行く。
そこでは第3騎士団のアラゴン=ボストル団長が指揮を執っていた。
「それでは、各所をご案内します」
アラゴンを加え、領主ご一考は様々な施設を見て回る。
療養所を見る。
ここは20人が入院できる程広いが、今入院している者は居なかった。
医師が解説を述べる。
「以前はここが怪我人で溢れていましたが、今は戦いで怪我をして運び込まれる者も居なくなりました。
神獣騎士隊のおかげです」
第1第2両騎士団が撤退した際、それまでに居た患者は都の療養所や両騎士団の詰め所や当人の自宅での療養となったので、ここは空となったのだが、それ以降戦闘によるけが人は一人も運び込まれていない。
次に向かったのは、先ほど話題に出たヤークトティーガーの「車庫」である。
そこにはヤークトティーガーとM21モーターキャリアーが収められていた。
まだ大型戦車1台程度が入る余裕がある。
「これは大きい……」
ヤークトティーガーを見て領主は感嘆の声を上げた。
城の敷地内には軽戦車や中戦車、それに61式戦車が置かれていて、領主も目にしたことはあるのだが、そのいずれよりもヤークトティーガーのダークイエローの車体は大きい。
「まぁ、大きすぎて動かすのも大変なので、使いづらいですけど」
と大英は苦笑する。
「そうか、物には限度という物があると言う事ですね」
「はい」
領主も勘が良いようだ。
続いて村外れの広場に出る。
第3騎士団の騎士に指導を受け、村人が弓や槍の訓練をしていた。
以前は村人手製のサイズや品質がまちまちの武器だったが、今彼らが使っているのは、ザバックより提供された一級品である。
領主達ご一行の姿を見た教官役の騎士は皆に号令する。
「総員、訓練休め!領主閣下に敬礼!」
領主は右手を挙げ「ご苦労様さん」と労う。
村長は
「このような素晴らしい武器を提供いただき、感謝に堪えません」
と礼を述べ、村人たちも口々に感謝の声を発した。
領主はその声に
「これはザバック辺境伯閣下よりご支援頂いたものです。
閣下には私が代表して謝意を表しましたが、皆さんの感謝の気持ちを聞き、改めて支援を求めてよかったと思います」
と応えた。
村人が訓練している場所は、すぐ南側に木の壁がある。
高さが120センチ程度なのは変わらないが、所々壊れていた部分も今では修繕され、しっかりした壁となっていた。
それを見て秋津は「おーここも復興進んでるね」と感想を口にした。
ちなみに、壁の一部は高さが増しており、上端には時々三角の山が連なったものが付いていて、射撃の際に銃身を安定させるのに寄与するようになっている。
そして、監視塔からヤークトティーガー車長が降りてきて敬礼する。
「領主様、み使い閣下、いらっしゃいませ」
彼が領主を見るのは初めてだが、予め領主一行が訪れると聞いていたので、このような挨拶が出来る。
「彼が、ここで召喚軍の指揮を執っている者です」
大英が領主に紹介する。
「おお、不思議な装束ですが、これがみ使い殿の世界での騎士の服装なのですか」
「彼らは騎士ではありませんが、そうですね。戦う者は概ねこのような姿でしょうか。
所属などにより色やデザインは違いますが、皆このような服装です」
すると、歩兵が集まってきて整列・敬礼した。
その数8名。
アメリカ歩兵とドイツ空挺兵が各々4名である。
車長が彼らを紹介する。
「現在はこの8名で基本の防備を行っております」
大英は彼らの軍服を指し示し「見ての通りでございます」と領主に示す。
「おお、確かに。2種類の装束はかなり違っていますね。
だが、防備はどうなのです。
素材はよくわからないのですが、見たところ普通の布のように見えるのですが」
「仰せの通り、普通の布です。
防具を付けていても、銃弾には耐えられないので、動きやすさを重視しています」
「そうなのか」
現代では防弾性能を持つジャケット……ボディアーマーと呼ばれるものも普及しているが、召喚されているのはほぼ第2次大戦時の兵なので、その手の物はヘルメットを除きほぼ無い。
「それにしても、8名とは少ないのですね。
これから増えるのですか」
「えーと、増える事は増えますし、ここに居ない兵も別の所で控えていますが、8名は十分な人数です」
「なんと、敵は30名以上の数で攻めて来ていると報告を受けましたが、大丈夫なのですか」
驚く領主に、執政官が答える。
「彼らの武器はとても強力です。
以前秋津殿が戦われた際、15名の魔物を一瞬で倒しました。
兵としての教練を受けた事のない秋津殿でもこれだけの力を発揮したのですが、そこに並んだ8名は皆訓練の行き届いた兵ですから、その力は言わずもがなです」
「なんと、それではこの8名だけで騎士団に相当する……いや、それ以上の力があると」
「そうなります。神獣騎士隊は実質、神獣騎士団。いや神獣騎士軍と言っても良いでしょう」
「確かに、大英殿が『召喚軍』と呼んでいるのは、本当に『軍』規模の戦力を意味していたのですね」
「ええ、それ故運用は細心の注意が必要だと思っています」
「そういえば、今日は何かこちらで召喚を行うと言っていましたね」
「はい、それでは、ここでは目立ちますので、村の西端で行いましょう」
村長など村の人々と別れ、一行は村はずれの草原にやってきた。
途中車に寄って、ある1/35の完成したキットを拾っている。
「じゃこの辺でいいかな。
始めよう」
大英は模型を地面に置くと離れる。
リディアが告げる。「リアライズ・セットアップ」
大英が告げる。「我求む74式」
パルティアが告げる。「コール・エクゼ コントラクト・スタート」
白き煙と光が模型を包み、やがて本来のサイズで実体化したモノが現れる。
そしてパルティアが告げる。「コントラクト・コンプリート」
締めにリディアが告げる。「リアライズ・シャットダウン」
かなり精神力を持って行かれたのか、大英とパルティアはややフラフラとしている。
「おー、大丈夫か」
秋津の声に大英はゆっくり語る。
「あー、ま、なんとか。
ふぅ。……とりあえず想定通り。
やはり……今日はこれだけにしよう。
予定通り夕方の召喚は……ナシという事で」
それに対し、「りょーかい」と元気なリディアと、「わかり……ました」と眠そうなパルティアが答えた。
「す、凄いな、このような巨大なものが一瞬で現れるとは」
領主は初めて見た召喚に目を見張る。
いや、執政官も少なからず驚いている。
今回喚ばれたものは、これまでで最も強力な戦力である。
その名を……ってもう一部出てるよな。
そう
74式戦車
である。
間違っても74式自走りゅう弾砲ではない。
確認したところ、特に想定外の装備は無いようだ。
ちなみに、もしこの74にAPFSDSが搭載されていたら、二人とも意識を失っていただろう。
それは93式装弾筒付翼安定徹甲弾を積んでいるという事となり、90年代の装備になってしまうからだ。
まぁ迷彩していない時点で、この車両は結構初期タイプと言えるはずだ。
ちなみに74式を選んだ理由は大したものではない。
単に「既に(何十年も前に)完成していたものが、召喚可能になったから」である。
そして村で召喚した理由は燃料の節約。
航続距離の短い陸自の戦車は、可能なら現地召喚が望ましいという事だ。
とりあえず74式はそのままそこに置き、食事のために一行は村中央に戻る事にした。
用語集
・この間
その話は書いてません。
なので一覧に戻ってリディア達が村に入った話を「そんな話あったっけ?」と探す必要はありません。
・ヤークトティーガー
あろうことか、ヤークトティーガーとヤークトティーゲルが本編中(今回という意味ではない)でも混在していることに気づいた。
とりあえず、修正せずそのままにしておく。一応一般的にはティーゲルよりティーガーが使われているのではないだろうか。
なお、プロローグでの「タイガー」表記は、プロローグ中心人物の知識基準に合わせてあるので、ノーカンである。
・愛国心の足りない
所謂「燃費が悪い」という意味である。
・軍・団・隊
この世界では近代軍隊のように厳密な定義は無いが、強さや規模は 軍>団>隊 くらいの感覚で理解してもらえばよい。
近代なら 方面軍・軍>師団・旅団>連隊・大隊 みたいな感じ。
ま、ここだと騎士団でも中隊に届くかどうかという規模だけどな。
・74式自走りゅう弾砲ではない
そもそも74式105mm自走りゅう弾砲のキットで安価かつ容易に手に入る物は無い。
というか、今検索したが、1ページ目には見つからない。ガレキであったような気はしたんだが。
一方、75式155mm自走りゅう弾砲なら、かなり高額だが1/35が普通に売っている。
・93式装弾筒付翼安定徹甲弾
APFSDSである。
配備前のキットなので、乗員は「未来知識」としては知っているが、そのものを扱った事は無い。
なお、大英・秋津両名共そんなトリビア的細かい事は知らないので、APFSDSの有無を確認する事はあっても、93式の名が出てくる事は無い。
という事で、劇中では今のところ登場しない。