第10話 メイとコジャの昔話 その2
メイとアッキーの婚約から数か月が過ぎ、いよいよ婚儀の時となった。
スプリサへ向かうメイ。
住み慣れた城と侍女たち・騎士たちとの別れの時が来た。
花嫁修業を指導したメディアが声をかける。
「メーワール様も妃として失礼のない程度にはなったかと思います。
ですが、まだまだ不十分。
お輿入れの後は、現地にて教育係が付く事でしょう」
「まーかせて、メディア程の先生は居ないでしょうけど、かーるくこなして見せるわ」
なんとも心配になるコメントである。
メディアでなくてもため息が出るだろう。
「メーワール殿、お幸せに!
我ら一同心より願っております!」
一緒によく遊んでいた騎士(見習い)達を代表してコジャが叫ぶ。
「ありがとう!ありがとう!」
メイは笑顔で応える。
そして、領主と妃に向かい挨拶する。
「領主様、お妃様、これでお別れですが、御恩は一生忘れません」
「ああ、達者でな」
「ここはあなたの実家です。
何かあったら、いつでも声をかけてください」
「ありがとうございます」
既に両親を失い、兄弟姉妹も従兄妹も居ない彼女にとって、本来の「実家」は存在しなくなっている。
それ故、妃の言葉は本当にありがたいものであった。
そして、彼女を乗せた馬車はスブリサへと走っていくのであった。
次期領主に嫁ぐともなれば、本来は侍女の2、3人くらいは付いていそうなものだが、「平民」である彼女に侍女は付いていない。
もちろん、平民でも豪商レベルの家なら侍女くらいは付くが、世間的には普通の平民なので、一人で向かうのだ。
……いや、御者は居ますよ。別にメイが自分で馬車を走らせている訳では無いからね。
ちなみに馬車自体と御者はスブリサからの迎えである。
こうしてメイは故郷を離れ、隣の辺境伯領の住人となった。
*****
「あの頃は毎日楽しかったですね」
「はい、皆メーワール様の事が大好きでありましたから、居なくなられて大いに嘆いたものです」
「まあ、お上手ですね」
「いえ、本当の事でございます」
などと二人が語らっていた頃、大英の家では領主とみ使い担当執事が大英達とお茶の時間を持っていた。
「村へ行く予定ですか?」
「ええ、私も常々前線の村を見てみたいと思っていたのだけれど、これまでは危ないからと止められていたのです。
ですが、やっと皆の許しが出ましたので。
み使い殿と一緒なら安全でしょうという事です」
「なるほど、それなら明後日などはどうでしょう。
村まで出向いて召喚を行いたいと思っていたところです」
「おお、ならその召喚の儀式も見せてもらえますか」
「もちろんです」
まぁ、お茶の時間と言っても打ち合わせ的な事はやっている。
だが、全くの雑談もある。
話題は執事のプライベートに移っていた。
「ということは、バメスさんは隣の辺境伯領から引っ越してきたんだ」
秋津の問いにバメスと呼ばれた執事は答える。
「ええ、10歳くらいの頃になります。
太后殿下のお輿入れの時期ですね。
当時はよく判っておらず、何故か引っ越し先に近所に住んでいたお姉ちゃんが居て、『一緒に引っ越したの?』
みたいな感覚で接して、母に叱られたものです。
ザバックに居た頃は単なるお姉ちゃんでしたが、こちらでは次期領主様のお妃様に変わっていたのですから」
「バメスの御母堂殿は厳しい方でしたからねぇ。
私もよく叱られました」
領主もしみじみと語る。
大英はふと思い立ったように聞いた。
「その……お話によれば60歳くらいの方だと思うのですが、それらしい方は城では見かけませんね」
「母はもう隠居しております。
とはいっても、時折登城しては家令殿や執事、メイド達を震え上がらせています」
「私もその一人だよ。忘れてもらっては困る。
平気なのは母上くらいのものだ」
笑いながら領主も付け加えた。
*****
メイがスブリサに来てから数日が過ぎた。
大きく環境が変わる中、妃としての日々は中々にストレスだったが、それなりにうまくやっていた。
とはいえ……
「まぁ、若のお妃様は暑いのが苦手のようでございますわね」
「私、ザバックに参った事はございませんが、きっと涼しい所なのでしょう」
城には時折貴族のご婦人方・ご令嬢方がやって来る。
狙っていた魚を横から泥棒猫にかっさらわれた気分の人も少なくなく、晩さん会の類は居心地の良いものでは無い。
もちろん、いくらメイでも、フォーマルな場では、それ相応の格好をしている。
といっても、完璧に慣習に則っているとも言えなかった。
未婚女子が肩にかけるケープ状の布こそやめていたものの、ワンピースについては以前のままなので、かなり脚が出ている。
ちなみにワンピースはザバック流のため、やや形が違う。
スブリサ流ではノースリーブなのだが、彼女のは半袖になっている。
その辺りも周りの貴婦人方が眉を顰める原因となっていた。
え?肩の露出が少ないのになんでって?
いや、未婚女性に近いスタイルだからではないですかね。
領主やその奥方、そして夫はその姿に何も言わないどころか、むしろ可愛いと喜んでいる始末。
なにしろ現在生きている領主の子はアケメネス一人だけ。
領主も奥方も「娘が出来た」と大喜び。
メイも「子供は10人は産みたい」と言って、二人の期待に応じる。
もう夫であるアケメネスより溺愛状態。
一方、衣装の着付けなどを補佐する侍女達は、言いたいことがあっても立場上意見は言えない。
結果、どんな服を着るかはメイの自由になっている。
「ええ、ここは風も弱くて、暑いと思いますわ」
真っすぐに返すメイに、貴婦人たちは苦い顔。
領主の跡継ぎに嫁ぐのだから、メイもこの程度の事は織り込み済みなのである。
とはいえ、味方の少ない環境はそれなりに堪える。
そんなある日、城内のメイの自室に一人の侍女が訪ねて来た。
その姿を見たメイは驚き叫ぶ。
「ちょ、なんで!?」
「この度、お妃様の教育係を拝命致しました。メディア=バメスにございます」
「やっと自由になれたと思ったのにぃ……」
そう言いながらもメイは嬉しそうである。
夫以外知らない人たちに囲まれる中、旧知の人物が傍に居てくれるというのだから。
「メーワール様をお一人にするのは大変心配でございました。
そう案じておりましたところ、こちらで教育係を必要とされているとのこと。
私の天命と思い、お受けいたしました」
「もう、なら最初っから言ってよ」
「いえいえ、糸の切れた凧のごときメーワール様がどのように振舞われるか。
暫し拝見させて頂きました」
「ぶーぶーぶー、『糸の切れた』は無いでしょ」
「ふふっ、これは失礼をば。
思いの外貞淑に過ごされているようで、安堵いたしましたが。
そろそろ限界だったようですね」
そう語ると上から下までメイの姿を見やるメディア。
領主の息子の嫁としては、少々……常識から外れた格好である。
とはいえ、以前と比べれば随分おとなしくなったものであり、町娘と思えば年相応の姿ではある。
「いや、たまには息抜きも必要じゃない?」
「いいえ、息抜きは民の目の無い所でだけにしてくださいませ」
「えー、それじゃ街に出られないじゃない」
「さっそく教育が必要なようですね」
「あう……。っ、はははっ、はははは」
涙目になりながら笑い、メディアに抱き着くメイ。
それを優しく受け止めるメディア。
本来なら、お付きの侍女として一緒に来るところであったが、「平民」故そういう訳にもいかなかった所、スブリサ領主のはからいにより「募集・採用」という形を取ったのだった。
メイも心細さが解消され、将来の領主に相応しい妃として成長していくのであった。
二人の主従を超えた関係は29年の時を超え、今も続いている。
*****
くつろぐメーワールとバンホーデルの所に伝令が来る。
「お客様、太后様、殿下が戻られました」
「そうですか、ご苦労様です」
「では、参りましょう」
二人は部屋を出ると別れ、別々の入り口から謁見の間に向かう。
謁見の間。椅子に座る領主と、その横に立つ太后。
二人の前にはバンホーデルとその息子が跪く。
領主が声をかける。
「この度は多大なるご支援を賜り、大いに感謝しております。
後ほどお礼の親書をお渡しいたしますので、ザバック辺境伯閣下によろしくお伝えください」
「過分なるお言葉痛み入ります」
支援物資は弓と弓矢、槍と兵糧、それにバリケード用の材木や縄に各種薬草という戦のための物資であった。
それらはいずれも馬車から降ろされる。
馬車自体は支援物資では無かったので、指揮官たるバンホーデルと共に帰路に就いた。
バンホーデルは視界から消えつつある都の城壁を見ながらつぶやく。
「メーワール様、次にお会いする時には戦が終わっておるとよいのだが……」
次の機会が先か、戦争終結が先か。
それは誰にも判らない事だろう。
用語集
・現在生きている領主の子
この世界、魔法がある世界なので、現実の古代や中世と比べると乳幼児死亡率は低めである。
それでも、生まれた子のうち2割くらいは7歳までに亡くなる。
(魔法が無ければ、これは5割になると見積もられる)