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模型戦記  作者: BEL
第2章 異世界戦争
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第10話 メイとコジャの昔話 その1

 その日、隊商のような荷馬車の一団が都にやってきた。

隣のザバック辺境伯領より来たもので、実際には商人が率いる隊商ではなく、ザバック辺境伯より派遣された騎士が率いていた。


6台の荷馬車は東の城門で手続きを終え、都に入る。

集会などが行われる広場を横切り北に向け右折、城の城門前を過ぎたところで引っ張る馬たちは歩みを止める。


 城門には執政官が迎えに出ていた。



「ようこそ、おいで下さった。

執政官のフランク=ビリーユです」


「お出迎え痛み入ります。

ザバック第1騎士団団長コジャ=バンホーデルです。

支援物資を届けに参った」


「感謝いたします」



そして執政官は傍に控えていた騎士に物資の受け取りを指示すると、バンホーデルと副官を城へと案内した。


なお、この時既に戦車や火砲用の格納庫やホムンクルス達の隊舎は完成しており、城門から城までの道行きで「奇妙な物」は大英の家だけとなっていた。

だが、それも隣に建築中の「み使いの館」によってほとんど見えなくなっており、よって外部からの客人を通す上で問題となるものは無くなっている。



 領主は大英達と打ち合わせ中のため、バンホーデル達は応接間のような所に案内された。

そこには太后がいて、客人を出迎えた。



「ようこそおいで下さいました。

そしてこの度は無理をお聞き届けいただき、多大なご支援を賜り、感謝の言葉もありません」


「いえいえ、メーワール太后殿下、お久しぶりでございます」


「そうですね、いつ以来でしたかねぇ」


「前回(わたくし)が参ったのは……お姫様の初お披露目の式典の時でしたかな」


「サファヴィーの生誕祭でしたか、もう17年になりますね」


「本来はもっと早く参るはずでした」


「そうなのですか」


「はい、先代アケメネス2世殿下の葬儀に参列できず、改めて申し訳ございません」


「あぁ……いえ、ザバック辺境伯殿下がいらしたのですから……」


「私も殿下の供として参列するはずでした。

先日いらした際にも会う事叶わず……」


「お忙しい身なのですから、お気になさらず……」


「いえ、こうして直接お会いしてお詫び申し上げる機会がやっと得られて、肩の荷が下りた気分でございます」


「そうですか」


「セレウコス4世殿下もお忙しいようですね」


「ええ、ご支援頂いている件で忙しくしております」



会話が一呼吸ついた所で、副官が声をかけた。



「それでは父上、私は執政官殿とお話があります故、この場を失礼いたします」


「おお、そうか、失礼の無い様にな」


「心得ております」



そしてバンホーデル団長と太后に敬礼の後、執政官と共に部屋を後にした。



「ご子息でしたか、立派になられましたね」


「いやー、まだまだです。

顔だけは妻に似てくれたおかげで美男子なのですが、他は私に似て粗忽者でして」


「ふふっ、お互い子の話をするとは、年を取ったものですねぇ」


「これは参りましたな。

昔からかないませんでしたが」


「そうですねぇ」


「いゃ、そこは否定されるべき流れでは」


「ふふ」



*****



 - 時は29年前、所はザバック辺境伯領の都 -



「ちょ、お待ちを!!」


「遅い!そんなんであたしの供なんて10年早いよ」


「いや、前見ないで走るのは……」



 笑いながら丘を駆ける銀髪少女と、彼女を追い俯いたり顔を背けたりしながら走る少年がいた。

そして二人の走る先、丘が途切れる岬に1人の身なりの良い少年が立っている。



「遅いぞ、二人とも」


「いやーコジャが遅いから」


「ははっ、でもそれはメイが悪い。

城の外とはいえ、もう少し淑やかな服を着るべきでは」


「えー、アッキーまでそんな事言うの。

小言はメディアだけで十分だよ」



 メイと呼ばれた少女はタンクトップにフレアーミニスカートという、本人曰く「涼く楽な姿」なのだが、少年たちにとっては「目の毒」な姿である。

しかもその格好で走り回るのだから、コジャと呼ばれた少年はその後ろ姿を直視できずに、よそ見をしながら走るという「苦行」を余儀なくされている。

しかも、騎士見習いとして色々武具を身に着けているため、体も重い。



「うわ」



苦行中のコジャは脚を取られて倒れたようだ。

やはり走るときは前を見るべきだ。わき見は危ない。



「おーい、大丈夫かー」


「は、はい……」



立ち上がると、再び走り出すが、やはり顔は背けたまま。

既にメイは目的地に到着していて、動き回る事無く棒立ちしているが、岬の先は風が強いので見てはいけないという状況に変更はない。



「うーん、いい気持ち」



風に吹かれ、長いツインテールをなびかせながら伸びをするメイ。



「それにしても、本当に良い眺めですね。

何より海がいい。

港や浜で見た海も感動的でしたが、こうして高い所から眺める海もすばらしい。

つくづく、スプリサに海が無いのが残念でなりません」



アッキーと呼ばれた少年は、メイではなく岬から見える街並みと港、そして海を見て語る。



「そーでしょー、ここからの眺めは最高なんだから。

でも、連れてきて紹介するはずが、先に着いてるんだもんなぁ」


「すいません。

ですが、昨夜お話を聞いてから、すぐにでも見てみたくなったものですから」


「全く、アッキーこそ辺境伯嫡男としての自覚が足りないんじゃないの。

一人で出歩いちゃダメでしょ」


「はは、領内に居ると自由に動けないからね。

ここに来たときは気楽に一人で歩けるから」


「いやいやいや、尚更ダメでしょ。

あたしですらお供が付いてるんだから」



そうしていると、やっとお供が到着した。



「はー、やっと着いた」


「全く、そんなんで騎士になれるの?」


「なれます!僕は騎士団長になる男です!」


「うんうん、良い修行になってるね」


「いやそれ、どういう意味?」


「大変な賓客の護衛は重要な仕事であります」


「言ったなー」


「「はっはっは」」



 3人は仲良く談笑しているが、その立場はバラバラである。

それは、ひとしきり遊んだ後、城に戻った所で明らかとしよう。

まぁ、既に一人は明らかになっているが。



「メーワール!メーワール=アーリア!」


「げ、メディア……」


「『げ』じゃありません。

またそんな恰好で外へ出かけたりして」


「いいじゃん、城の外なら。

というか、領主様だって『町娘っぽい格好が良い』って言ってたじゃん」


「確かにそう仰られていましたが、物には限度というものがございます。

それに、そこまで開放的な姿の町娘など、私は見た事がございません。

ご両親も草葉の陰で嘆いておられるでしょう」


「ぶー」


「とにかく、早く着替えてらっしゃい」


「はーい」



 メイと呼ばれていた少女の名前はメーワール=アーリアという。

彼女が教育係の侍女メディアに小言を言われるのは毎度のことだったりする。

着替えが終わると、領主が呼んでいるとのことで、謁見の間に向かう。


 その姿はまるで侍女のようである。

現代人の目には、やや生地の少ないメイド服(亜熱帯仕様)を着ているように見えるだろう。

実際、侍女の中に紛れると、顔を見ない限り見分けは付かない。



「メーワール入りまーす」



そう言うと、扉を開けて謁見の間に入る。

中には領主と奥方、執政官、アッキーと呼ばれた少年、第1騎士団の団長バンホーデルとその息子コジャ、そしてアッキーのお供として来ている若き騎士ボストルが居た。



「来たか、ちこうよれ」


「はい」



領主の前にはアッキーが立っている。

他の面々は左右に控えている。

メイはアッキーの左横まで進み、領主に一礼する。



「メーワールよ、そなたいくつになったかの」


「16になります」


「そうか、そろそろじゃな」


「そろそろ?」



すると、横に立つアッキーことアケメネスがメイに向き直り、語りかけた。



「これを、受け取ってもらえますか」


「え?」



その手には指輪があった。



「そんな、まさか……」


「私ロード・スブリサ辺境伯アケメネス=オーディス、メーワール=アーリア殿を妻としたく、これを用意致しました」



メイが当惑して固まっていると、右を向いた結果彼女の後ろに位置する事となったコジャが叫ぶ。



「メーワール殿、おめでとうございます!」



そして二人を除くその場にいる全員が拍手を送った。



「あ……あたしで良いの?」


「もちろん」


「あ、でも、まずいよ、あたしは……」



動揺しながら何か言いかけるメイ。

それを遮るように領主が声をかける。



「メーワール、彼は全ての事情を理解しておる。

ついでに言うと、厄介払いではないぞ。

そなたの祖父と両親が眠るこのザバックこそ、そなたの安住の地だと確信しておるが、若きロードの決意は固い。

それに、この地では平民のように暮らさねばならぬ。

私も送り出す決意を固めたのだ」


「領主様……」


「私の子は男ばかりで娘がおらん故、そなたを実の娘と思って見守って来た」



そう言うと、領主は目頭を押さえる。



「いえ、身に余る幸せです」


「スブリサでは嫡子の妃となる。

本来の身分からすれば、まだまだであるが、少しは近づくだろう」


「そんな、そんな事は……」



メイの目に涙がたまる。

そしてアッキーが語りかける。



「受けてくれますか」



メイは向き直ると一言



「はい」



と告げた。


その後ろではコジャが泣きながら「おめでとうございます、おめでとうございます」と繰り返していた。



 騎士見習いの宿舎に帰ったコジャからメイの婚約を聞いて、見習い達は驚愕の事態に大騒ぎとなった。



「なんだって!メイちゃんが婚約!!!」


「おい、コジャ!本当かソレ!」


「あーなんとした事じゃー」


「おぉぉぉ、俺は明日から何を希望に生きていけば良いんだ!!」


「お前ら、泣きすぎだろ」


「うるせー」


「おーん、もうあの情熱的な姿を拝めないのかぁぁぁ!!」


「貴様!どういう目で見ていた!!許さん!」


「そうだそうだ、騎士ならそんな目で見てはならん!」


「馬鹿言え、騎士たるもの一瞬たりとも警護対象から目を離してはいかんだろ!」


「いやいや、お前のは単なる欲望だろ!」


「心頭滅却すれば、見えてはならぬ物だけ見えなくなるっ!」


「なるか!」


「それしか見えなくなるわ!」



さらにここに記すのを憚られるような、女性の前では話せないような事まで含めて大声で語る少年たち。

男女を分けて集団を作ると、こういう弊害があるよね。

その後も宿舎では少年たちの慟哭が響いた。

露出多めの快活美少女というアイドルを失い、嘆き悲しむ若者達であった。



「あいつらー、何を大声で語ってるのやら」


「まー大目に見てやれよ、彼らには衝撃の知らせだったんだから」



宿所の隣、教官室で業務に当たる騎士達も、今日は見習い達の騒ぎを見て見ぬことにした。



 世間一般ではこういう縁談を「玉の輿」と言う。

平民が将来の領主の妻になるという事例は、側室としては普通にあった。

正妻としては珍しい話だが、あり得ない事では無かった。

権力闘争や外戚による干渉を避けるため、有力貴族の娘を避けて、敢えて平民を選ぶというケースもあったらしい。

全体的におっとりしている風土のためか、政略結婚ではない事例もそれなりにあったようだ。

それ故、この婚約に疑問を抱く者は誰も居なかった。


領主の息子が外遊先で見かけた美人メイドを伴侶に選んだ。


ただそれだけの事なのだ。



「殿下、勘弁してください。

黙って出かけられると困ります」


「あぁ、今朝のことかい。

すまないね。

だけど、せめて外遊中くらい一人で歩きたいものだよ」


「いやいや、尚更なりません!」



どこかで聞いたような話をする領主の息子とお付きの騎士。



「ゴートももう少し融通がきけばよい騎士なんだけどなぁ」


「いえ、騎士とは常に厳しくあるものです」


「固いなぁ」


「殿下が自由過ぎるのです」



フリーダムな上役を持つと部下は苦労する。

そんな感じですかね。

用語集


・ロード・スブリサ辺境伯アケメネス=オーディス

アケメネスが辺境伯なのではない。

頭に「ロード」が付いているので、辺境伯嫡男という意味になる。


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