第60話 おっさんズvsおっさんの陸空大決戦 その10
大英達から見て右翼、土井から見て左翼の戦線では、8両のヤークトパンサーが巨大なカバのようなモンスターであるベヒモスを圧倒し、早々に決着が付いていた。
一方、中央はヒュドラとキングタイガー4両が激戦を繰り広げていた。
ヒュドラのブレスは射程距離が短く届かない、ヒュドラを支援するオーガの魔法もキングタイガーには届かず、ヒュドラの前方に魔法防壁を展開するのが精いっぱいだ。
もっとも、その防壁ではキングタイガーの88mm砲を防ぐことは出来ず、勢いを弱める効果しかない。 それでも、ヒュドラへの致命傷を抑止していた。
だが、これでは戦車隊を倒すことは出来ず、じり貧となる。
そこへ土井軍右翼から進み出たカノーネンヤークトパンツァーが90mm砲を持って殴り込みをかける。
すぐにキングタイガー1両が撃破され、状況は土井軍優勢に。
元々ヒュドラを倒す想定だった銀河とBf109G-6は土井軍との戦いの中で、被弾し撤収していた。
双眼鏡で事態を見ていた大英は荒れ地の草の動きを見る。 動きが無いのを確認すると、指を濡らして手を上に挙げた。
「うん、風がやんだな」
大英はシュリービジャヤにある作戦の決行を依頼する。
「判りました。 お任せください」
「シュリービジャヤ様も出撃されるのですか?」
マリの問いに、シュリービジャヤは「はい」と答える。
「そんな、神獣や巨大な魔物が戦っている中に、騎士が出来る事なんてあるのですか?」
「あります。 戦は皆が力を合わせる物です。 まぁ、見ていてください」
「……」
どう言って見送れば良いかも判らず固まっているマリの横にリディアが立つ。
「心配?」
「え!? あ、はい。 とても心配です……」
「あたしは心配してないよ。 だって、信じてるから」
「信じている?」
「そ、あの人は必ず無事帰って来るって」
「そんな、魔物や神獣が争う戦場なんですよ」
「きゃはは、ごめんね。 『信じてる』って言うのは嘘。 何処へ何をしに行くか。 それを知っていれば、どのくらい危ないかは判るんだよ」
「判る……んですか」
「そ、判るんだ」
リディアは戦士ではない。 武器を持って戦場を駆けまわったりはしない。
しかし、リディアは魔法が使える神官。 そしてこれまで幾度も戦いを近くで見てきた。
戦いの概要、大英の作戦、そして出陣するシュリービジャヤの表情と瞳。
それらを総合判断する事で、危険度を読み取っているのだ。
そんなリディアの直感が告げている。
この任務、シュリービジャヤは無事帰って来る
と。
そんな自信に満ちたリディアの横顔を見て、マリは何か「敵わない」という感覚を覚えた。
シュリービジャヤはスブリサ第1騎士団の面々に号令をかけ、騎士や従卒たちは数台のGMCトラックに乗り込んで行く。
そのトラックは、何かの台車のようなものを牽引していた。
さらに、数人のアメリカ海兵隊兵士も別のGMCトラックに乗り、同行していく。
「第1騎士団前進!」
シュリービジャヤの掛け声と共に数台のGMCトラックと2両の装軌車両が戦域へと突入する。
少し進んでトラックが停止すると、シュリービジャヤは指示を出す。
「総員降車! 台車切り離し! 発煙準備にかかれ!」
「然り!」
騎士や従卒たちは台車状のものをトラックから外す。 海兵隊兵士はライターを使い、松明に火をつける。
そしてその火を、今度は台車の上に積まれた草に移す。
着火用の草は燃え上がり、その下に隠された青々とした木の葉、濡れた苔を加熱し、その下にある油で濡れた枯草と樹皮にも熱が伝わる。
やがて「発煙装置」はその真価を発揮し、辺りを煙に包む。
海兵隊兵士は煙の前に出て敵の位置を確認する。
そして、煙の後ろでは、2両の自走榴弾砲が砲撃準備を進めていた。
「よし、煙幕展開完了です。 皆さま後はお願いします」
「イエス・サー」
2両の「M40 155mm自走榴弾砲」は敵の方向に狙いを定める。
海兵隊兵士からの連絡を元に向きと仰角を定めると、砲撃を開始する。
随時誤差を修正し行われる155mm砲の砲撃は、ヒュドラを瀕死に追い込んだ。
カノーネンヤークトパンツァーはその気になれば、M40を撃つことは出来る。
現実の戦場であれば、直接照準の90mm砲が届かない距離から撃たれる訳だが、ここの戦場は狭い。
しかし、展開された煙幕のため、射撃は不可能なのであった。
少なくとも、キングタイガーを無視して、煙幕が薄れた撃つタイミングを狙うような暇は無い。
そして、残り3両のキングタイガーによって、カノーネンヤークトパンツァーも被弾沈黙した。
戦後の駆逐戦車であるものの、数の劣勢を覆すことは出来なかった。
残ったオーガ隊も重戦車には敵わず、壊滅。
そしてヒュドラも止めを刺されたのであった。
*****
左翼と中央、そして航空隊が壊滅し、目の前のコロッサスも倒されるのは時間の問題。
ここ、この期に及び、土井は決断する。
「ここまでだね。 すまない。 申し訳ない」
「は、はい……」
マリエルはキリエルに撤退を指示すると、空間投影で通信を開く。
大英達の近くに巨大なスクリーンが展開される。
「戦況を確認致しました。 こちらの負けですわ。 戦闘を終結し、撤収致します」
「そうですか。 了解しました。 こちらも作戦行動を終了しましょう」
「ありがとうございます。 それでは、失礼いたしますわ」
大英は全軍に戦闘終結を告げ、航空隊に撤収命令を出した。
*****
翌日、正式にマリエルからアキエルへ「提案書に則って戦われた此度の戦いについての敗北宣言書」が送られた。
アキエルは大英達の元へ赴き、勝利確定の報告をする。
それを聞き、大英は確認する。
「これは、あくまで今回来たみ使いが参加する一連の戦いに限定した話ですね」
「ええ、そうね。 最後に『大変遺憾な事に今回も破れるという結果となりましたが、次の戦いこそ、勝利して見せますわ』とあったから」
「まだ戦意は旺盛なんだな」
秋津も半分あきれ顔だ。 とはいえ、大昔のロボットアニメでは、侵攻して来る敵軍が毎回毎週負けるのは既定の展開だ。
大英は次が気になる。
「次は何を持って来る気だろう」
「さぁてな。 ドラゴンや石像って事はコロッサスかな。 あれより強いファンタジーモンスターなんてそうそうないよな」
「だよなぁ……あ、恐竜ってのもアリなのかな」
「恐竜? あーF&Fでパーティ崩壊したのって恐竜だったけか」
「そうそう、恐竜の島、俺らのレベルじゃ行ってはいけないシナリオだった」
「無茶するよなー」
「えーと、何の話?」
勝手に大英と秋津が盛り上がっているが、アキエルやゴートをはじめとしたここの人々には何の事か判らない。
「おー、すまんすまん。 F&Fというロールプレイングゲームで……」
何のバックボーンも無い人々に対する秋津の説明は数分かかる事になる。 長いので、省略する。
とりあえず、何が来るか不明なので、これまで通り特定の戦力に偏ることなく、整備を続ける方針が確認された。
*****
地下の基地では、お別れのセレモニーが執り行われた。
召喚された「召喚天使」が元の世界に帰るのは、実は初めての事である。
「此度は期待に応えられず、申し訳ありませんでした」
土井が頭を下げる。
それに対し、レリアル神は意外と満足そうである。
「よい。 そなたが精いっぱい力を尽くしたのは判る。 勝利出来なんだは残念じゃが、皆もこれまでで最も充実した戦いが出来たと申しておるしな」
「恐縮です」
三人の天使も各々声をかける。
「楽しかったわよ」
「悪くない戦いだった」
「色々勉強になりましたわ。 ありがとうございます」
土井も笑顔で答える。
「ああ、皆さんもお元気で」
そして土井は部屋へと戻り、別れの時が来る。
レリアル神は天使帰還の大魔法を発動。 倉庫に鎮座していた土井の部屋は姿を消す。
「うおっ、も、戻ったのか……」
窓の外の天使達に手を振っていたら、瞬きの一瞬で外は真っ暗になる。
窓から顔を出し、下や横を見る。
そこには見慣れた風景が広がり、外壁にも継ぎ目やひびは見られない。
TVを付けてみると、そのまま6月の日付で天気予報をやっていた。
「本当に全然時間経ってないんだな」
そして部屋に臨時に作られた棚を見る。
そこには僅かな数の模型が並んでいる。
数隻のUボート、いくつか穴が開いた壊れかけのヘリコプター、1個のトーチカ、1両の対空自走ハーフトラック、1両の装輪装甲車、そして1両の軽戦車。
土井軍を構成していた軍団は僅かな戦力を残して壊滅。
逆召喚でキットに戻ったのは、これだけなのだ。
「やれやれ、これを再建するのは大変だぞ」
そうは言いつつも、どこか嬉しそうな土井。
ちょっと普通の人には体験できない経験が、その理由だろう。
そして、スマホを取り出すと幾つかの写真をセレクトする。
魔獣舎でワイバーンと共に写る土井。
倉庫の中、タイガーIの前に立つ土井。
航空基地でスツーカ、Go229を向かい合わせに並べ、その間に立つ土井。
湾内に浮かぶビスマルクの威容。
3人の天使と共に写る記念写真。
「よし」
その写真は土井と大英と秋津のグループチャットに送信される。
[毒]見て驚け、異世界俺様だ! 来た!見た!負けた(笑)
用語集
・アメリカ海兵隊兵士
召喚元は SKYFIX 1/72 WWII US MARINES。 第二次大戦期の海兵隊キットだ。
・F&F
Field and Fighters という古典テーブルトークRPG。
多くのRPGの元祖的作品。 後に続く諸メーカーの作品はこの作品を真似て*&*という略称を持つ事が流行った。
ちなみに大英が持つMEはこのF&Fシリーズの商品である。
・恐竜の島
正しい名称は「ジ・アイル・オブ・ドレッド」。 「恐竜」ではなく「恐怖」だ。
大英も秋津もプレーヤーとして参加しただけなので、正確な情報は覚えていない。
・僅かな数の模型
セキエルが開発中だった「召喚時に元の模型を残す機能」は実装前だったため、白化模型が並んでいる事は無い。