第9話 おっさんズ、世界の理を知る その2
昼食を終え、各々は仕事に戻る。
秋津教室も再開された。
集まった騎士達は秋津が手にしていたブツに注目する。
「秋津殿、それはいったい何でありますか?」
秋津が手にしていたのは、棒の上に大きなふくらみが付いた物体。
そう、二次大戦時のドイツ軍が装備していたパンツァーファウストである。
「これは、対戦車兵器で『パンツァーファウスト』という」
「対センシャ……ヘイキ?」
どうもここの騎士たちの間では「兵器」という概念が無いらしい。
剣や鎧と言った武器や武具はあっても、攻城塔や破城槌は無いのだろうか。
そうしていると、近衛騎士隊の騎士が説明した。
「兵器とは、バリスタのような個人用ではない大型の武器の事ですよ」
概念はあったようだ。
まぁ、確かにそれはそうだし、攻城塔や破城槌もその説明ならぴったりだ。個人用ではないからな。
だが、混乱が酷くなりそうだな。
何しろ、パンツァーファウストは個人用火器だから。
秋津と騎士たちの会話は続く。
「あー、ありがとう。
そうだな、個人用だから本来は対戦車武器と呼ぶべきなのかもしれないが、慣習的に対戦車兵器と呼んでいる」
「という事は、それは一人で扱う武器という事でありますか」
「その通り」
「対センシャ……もしかして、その武器はセンシャを倒す武器ですか」
「馬鹿な、剣もハンマーも効かない相手を、そんな貧弱な棒で倒せるものか」
「それが倒せるんだ。
操作法は後で説明するが、この先端の部分が飛んでいき、当たれば戦車を撃破できる。
もちろん、どれでもOKという訳ではないが、このT-34くらいなら、十分倒せる」
「と、飛ぶのか、それが」
「そんなものがぶつかっただけで?」
「これは当たると前に向かって爆発するんだ。
……爆発ってわかるかな」
「ええと、火を吹いたり煙が上がる現象でしょうか」
「まぁ、大体そんなもんだ。
これは、その爆発の力で戦車を倒す武器だ」
「そうか、もしかしてセンシャは火に弱いのでは」
「鋭いね。
こいつの爆発と普通の火は全く違うが、一部の戦車が火に弱いのは本当だ」
「違うのでありますか」
「そうだな、実際に撃破する所を見せられれば良いんだが、壊していい戦車は無いし、コレも撃ったらそれまでだしなぁ」
「1回しか使えないわけですな」
「そう、ここの膨らんだ部分が飛んでいくから、撃てば無くなる」
「しかし、見たところあまり遠くまでは飛ばないのでは?」
「そう、コレだとざっと50メートルほどかな」
「それでは、近づく前にこっちがやられてしまうのでは」
「何もない平地ならな」
「そうか、物陰に隠れて近づくのでありますな」
「そう、市街戦や森の中、山岳地帯のような、敵が射程を生かせない状況下で使う」
「ということは、最後の手段ですかな」
荒れ地を進軍してくる敵の侵攻を止めるのに失敗し、村や街に突入されてから使うという事だ。
柵の陰からでも悪くないが、それは敵も予想しているから、おそらく先に撃たれる。
都や城の城壁ならともかく、村の柵では戦車砲どころか機銃すら防げない。
まぁ、城壁といえども、現用戦車のAPFSDSとか喰らえば木っ端みじんだろうけど。
その後も秋津は戦車に肉薄攻撃する方法や、車長を狙撃する戦術など、「歩兵が戦車と戦う方法」を講義した。
もちろん、秋津自身はそれらの戦術について実践した事は無いし、訓練した事も無い。
だから単なるミリオタの知識でしかないのだが、それを騎士たちに伝える事で、彼らに「対戦車戦術という概念」を持たせることが出来る。
さすれば、「乱世自衛隊」の武田軍のように、近代兵器を相手に戦えるようになるだろう。
時代が違う兵器との戦いで一番問題になるのは、「それが何をして来る物か判らない」という点。
それさえ判れば、意外と対処法はあるものなのだ。
こうして、戦車を話題とした今日の秋津教室は終了した。
「本日はありがとうございました!!」
「ああ、また今度な」
「ハッ!!」
こうして時間は夕方になった。
すると、朝から石灰岩の取れそうな場所を探して、近くの山に出かけていたビステルが城に戻ってきた。
「ただいま戻りました!秋津様、お探しのモノ、ありましたよ」
「おお、ご苦労さん。……うーん」
「どうされました?」
「いや、その『秋津様』ってのがどうも慣れなくてな」
「そうですか」
「だってビステル君だけだよ『秋津様』って呼ぶの」
「確かに、ゴート様や他の騎士達からだと様付けでは呼ばれないですよね。
一般の兵からだと、そもそも直接呼ばれることもありませんし」
「それに、最初君『秋津殿』って呼んでただろ」
「あ、それはお恥ずかしい限りです。あの時はみ使い様のすごさが、まだ判っていなかったと言いますか……」
「うーん、とりあえず様は無しでな」
「はい、判りました秋津殿」
「よし」
ちなみに、石灰岩は炭酸カルシウムを調達するために探していたのだ。
炭酸カルシウム+火山灰で、あるブツが出来る。
コンクリートである。
コンクリートを何に使うのか。
それは滑走路の舗装用だ。
二次大戦の機体なら、たとえB-29でも無舗装で運用出来ると思われる。
実際に見てきた地盤は十分な強度があると推測されたし。
だが、将来的に重量のあるジェット機を運用するつもりなら、舗装が必要となるだろう。
まー、そんな機体が必要になる事態というのも如何なものかと思うが、準備しておくに越した事は無い。
そんな訳で、コンクリートを作るのに必要な素材を探してもらっていたのだ。
そして飛行場建設計画そのものについては問題ない。
秋津は建築業界に居た事もあるので、その辺はお手の物である。
そうしていると、夕方の召喚の時間が来たようだ。
大英があるキットを手に家から出てきた。
「おっ、遂に戦車隊もカタチになりそうだな」
「ああ、これで枕を高くして寝られるよ」
大英の今日の作業はテントセットの組み立てとブルドーザーの予備塗装、それに指揮通信車の組み立てに、対空戦車の予備塗装、それにあるキットの最終工程などが並走していた。
ま、塗ったら乾くまで触らないとか、パーツを付けたら固まるまで触らないみたいなやり方なので、数件同時進行なのはデフォである。
それで今手にしているのは、午前中にトップコートを行ったM41軽戦車である。
昨日の4号もそうだが、迷彩していないと塗装が楽でよい。
程なくしてリディアとパルティアが現れた。
「今日もセンシャ?」
「そ」
「じゃいくよー」
「はい」
リディアの問いに大英の返事が1文字というのも如何なものかと思うが、1文字で伝わるなら効率的である。
そうは思わないかね?
無事召喚は完了し、M41がその姿を現した。
「それじゃメシにしようか」
秋津の声で一同は夕食へと向かう。
今日は皆城で夕食となった。
さて、夕食後リディアは行く所があるようだ。
「じゃあ、あたしこれからチョット用事があるから、パルティアはみ使い様のところで待ってて。
日が暮れてしばらくしたら迎えに来るから。
じゃお疲れー」
と、何やら上機嫌で城の外へ消えた。
パルティアはゴート・秋津と共に大英の家に入った。
ちょっと落ち着かないパルティア。
大英の家に入るのはこれが初めてである。
「借りてきた猫」という言葉があるが、元々物静かな彼女が、さらにおとなしくなっていた。
「ま、その辺でくつろいでいておくれ」
と大英は手を向けてソファーを勧める。
「は、はい」
と、ちょっと裏返った声で返事をすると、急にパルティアの頬に赤みが広がる。
声が裏返ったくらいでそんなに恥ずかしがらなくても……と思いつつ、年頃の少女の行動は判らんと思う大英であった。
そしてパルティアはソファーの向かって右端の前に行くと、くるりと向き直り、スカートのすそを後ろに広げつつ座った。
「わぁ、柔らかい……」
「そうであろう、ワシも初めて座ったときは驚いたものだ」
そう言うと、ゴートはパルティアの隣に座った。
というか、ここのソファー自体定員2名である。
最初俯いていたパルティアだが、まもなく周りをきょろきょろしはじめる。
何やら落ち着きのない様子だが、見た事も無い家具・調度品が並ぶ部屋なのだから、無理もない。
そんな彼女にゴートは話しかける。
「アルサケス殿は何歳になられましたかな」
「え、あ、パルティアで良いですよ」
「おお、判り申した」
「えーと、16になりました」
「16ですか、早いものですな。
神官殿に二人目のお子が生まれたと聞いたのが、ついこの間の様に感じておったが、今や立派な巫女殿に……」
「いえ、まだまだです」
「という事は、リディア殿は……」
「姉は18になりました」
「そうでありますか……」
ゴートは何やら神妙な顔になる。
「この間……姉の友人が遊びに来て、赤ちゃん可愛かったです」
「そうですなぁ、もうそういう年でありますな」
「でも、この戦いが終わるまでは……」
「早く終わると良いですな」
「はい」
予想は付いていると思うが、この世界では18歳の女性なら子供が居るのも珍しくない。
日本でも江戸自体は13歳くらいで結婚しはじめ、「20歳過ぎたら行き遅れ」なんて言われていた。
現代じゃ20歳で子供が居たら「ヤンママ」ですよねぇ。
と言う訳で、21世紀の日本の感覚なら、リディアは36歳くらいのキャリアウーマンで、「このプロジェクトが終わるまで結婚は控える」とか言ってる様なものですかねぇ。
この換算だとパルティアも30過ぎてる事になるが……。
大英は客に出すべく水をグラスに入れる。
彼の生活感覚だと、ここは水ではなく炭酸飲料となるところだが、生憎既に在庫切れである。
冷蔵庫が大きなクーラーボックスと化した後、早い段階で処理してしまったのでね。
そして、一般の感覚だとお茶を出すところだろうが、茶葉はあるが「火問題」が未解決なので、お湯は無い。
故に汲み置きした「ぬるい水」しか無いのだ。
もっとも、麦茶のパックは在庫があるのだが、ちょうどタイミングが悪く麦茶ポットは午前中に空になり、まだ洗っていなかったのだ。
それを見た秋津は声をかける。
「俺が洗っとくか」
「それは有難いが、間に合わないよね」
洗浄が数分で終わっても、麦茶が飲めるようになるまで2時間はかかるだろう。
「まー、それはそうだが、やってしまおう。明日メイドさんたちの仕事が増える」
「わかった、悪いね」
「なーに、いいよ」
秋津は洗い物(とか仕事とか)が残っているのが我慢できない性分のようだ。
大英は水を入れたグラスを居間に持って行き、二人に出す。
「おお、かたじけない」
「ありがとうございます」
既に日は落ち、辺りは次第に暗くなりつつあった。
天体望遠鏡の出番はもうすぐである。
用語集
・乱世自衛隊
戦国乱世に自衛隊が行ったらどうなる。というアイディアで書かれた小説。
ただし、本編で想定しているのはその最初の映画版。
この映画、近代兵器対策を取り入れた武田軍対ボンクラ指揮官の自衛隊。
という印象しか無いのだがな。
まー、一般的にはミリタリーの知識が無いから、ボンクラぶりは感じなかったのかもしれない。
平和な昭和の男たちだから負けたのではなく、装備の特性を無視して利点を生かさず、燃料弾薬が無いと何もできない欠点を突かれるという「ドシロウトぶり」を晒した指揮官が敗因。
だまし討ち的に信玄の首を取ってなんとか合戦は勝ったが、装備全損でただの野郎集団と化した挙句、潰された。
最後は自衛官が刀振るって、武士が銃を撃つというシュールな展開。
そりゃあ負けるよね。という結末だったが、小説はもっとマシで現代の戦術を駆使して天下統一手前まで行ったらしい。
ラストは同じようだけど。
ただ一見同じ結末でも、「使い道が無くなったから処分」と「天下を取らせてなるかと襲撃」では随分違うんだが。
ちなみに映画にはリメイク版もあるが、こちらも微妙なものだった。同時期のTVドラマ版のほうがずっとデキが良い。
やはり某小説家が参加したリメイク作(この乱世~のほか海賊や戦艦の作品がある)はどれも地雷のようだ。
(オリジナルや新作なら快作を書くのにねぇ)