第59話 おっさんズvsおっさんの海戦 その9
ティルピッツ艦橋は混乱していた。
「ありえない! 敵艦6隻が一斉に魚雷を放って、全部失敗など」
「しかし、全艦同じ海軍の同時期の艦であれば、装備する魚雷も同じ。 条件が同じなら、同じ結果になる事もあるのでは?」
「動作の話ならそうだが、全魚雷故障とかおかしいだろう」
「だが、実戦での使用は今回が初めてであれば、魚雷の調整が不適切という事もあり得ない話ではない。 召喚兵器なら訓練弾も無く、ぶっつけ本番ではないか?」
士官たちの認識・解釈はバラバラだった。
艦長は部下たちを鎮める。
「とにかく、雷跡が無い以上魚雷の脅威は無い。 今、その理由を考える必要は無い」
「はっ!」
「迎撃は疎かにするなよ、第二撃もあり得る。 今度も失敗してくれる保証はない」
「承知しました!」
だが、彼らの判断には重大な誤りがあった。
それは、彼らに向かって放たれた酸素魚雷は「航跡を残さない」という事であった。
間もなく、それは魚雷発射を確認してから4分後、彼らは予想外の悲劇に見舞われた。
6隻の巡洋艦・駆逐艦から放たれた九三式魚雷は実に77本。
砲戦中故不規則な機動をする敵艦を捕らえるべく、距離6千で扇状発射されていた。
先行するティルピッツの左舷に次々と水柱が上がる。
「な、何だ!?」
被雷による振動はさらに続く。 そして、艦は急速に左に傾き始める。
「ば、馬鹿な。 こんな事が……」
ティルピッツは左舷に4本の魚雷を受け、回復する間もなく4分後、左に転覆する。
目の前で次々と水柱が上がるティルピッツを見て、後続のシャルンホルスト艦橋も慌ただしくなる。
「ティルピッツ被弾! 魚雷です!」
「くそっ、面舵いっぱい! 総員衝撃に備えよ! 右舷注水用意!」
自艦にも魚雷が迫っていると判断した艦長は、魚雷を回避すべく回頭を指示する。
だが、見えない相手を回避する事などできない。 そのため、同時に被雷への対処も指示する。
努力のおかげか、それとも努力虚しくか、シャルンホルストに命中した魚雷は3本であった。
すぐにダメージコントロールが行われ、なんとか転覆を免れたものの、最大速度は28ノットに落ちる。
速度を別にすれば戦闘能力はほぼ維持されている。 そして旗艦を司令官ごと失い混乱していた艦隊を立て直す。
「Z37、Z38に連絡、以後本艦艦長が艦隊の指揮を執る」
まだ負けた訳ではない。 彼らは戦闘の継続を決めた。
そして、そんな彼らに朗報が届く。
「主砲弾敵戦艦に直撃!」
「おお」
「煙が上がっていますが、敵戦艦健在!」
「射撃継続!」
彼らの士気は高い。
*****
ウォースパイト艦橋に伝令が駆け込み、電話に続いて被害報告第二報が届く。
「被弾の影響で第3砲塔旋回不能です!」
「ちっ、ここでもか、呪われてるな」
報告を受けた士官の言葉は、史実でのウォースパイトも第3砲塔が使えなくなっていた事に由来する。
そして艦長は伝令に問う。
「それより、弾火薬庫は無事か?」
「はっ、現時点で被害報告なし。 ただし、近傍で火災発生の模様。 消火作業中」
「そうか、首尾よく消し止めて欲しいものだな」
「よし、戦闘続行! 敵さんにもお礼を届けろよ!」
「イエス!サー!」
そして、次に被弾したのはシャルンホルストであった。
第3砲塔後方で艦尾との中間位置付近に着弾した15インチ砲弾は上甲板と主甲板を貫通する。
機関部に損傷が発生し、速力は25ノットまで低下し、火災が発生する。
なんとか消火に成功し、火災拡大からの弾薬庫誘爆という最悪の結果は避けられた。
その一方、北上指揮下の水雷戦隊はその砲撃で2隻の駆逐艦に致命的損害を与えていた。
口径こそ劣るものの、3倍以上の砲門数の差は大きかった。
2隻とも被弾し戦闘継続は困難となって、戦線を離脱していく。
シャルンホルストは単艦となってしまったが、単艦行動はドイツ海軍では珍しい事ではない。
そして駆逐艦を排除した水雷戦隊は、そのままシャルンホルストから距離を取って後方へと回り込んでから回頭し、今度はシャルンホルストを追いかけるコースに入る。
続いてドイッチュラントの28cm砲弾が右舷船体中央、煙突の横に飛び込む。
ボイラー1基が損傷を受け、速力はさらに低下し23ノットとなる。 速力の低下は未来位置予測の精度が上がる事に繋がる。 シャルンホルストにとっては好ましくない。
だが、もっと好ましくない事態が迫っていた。
重巡洋艦ピッツバーグ率いる臨時第22戦隊がシャルンホルストを攻撃可能圏内に捉えたのだ。
ピッツバーグと重巡洋艦サフォークは砲戦体制に入り、駆逐艦マルソー以下4隻の駆逐艦は魚雷戦のため、2隻の重巡と分かれて増速する。
1対14という「最早これまで」な戦力数差になったが、シャルンホルスト艦長は今だ希望を捨ててはいない。
ウォースパイトさえ撃沈または戦闘不能にすれば、逆転の目はあると考えていた。
運が良ければ1発の命中弾でそれは実現する。
しかし、世の中そんなに甘くはない。 事情はウォースパイトも同じなのだ。
そして運命の女神は、ウォースパイトに微笑んだ。
15インチ砲弾が1発、艦橋司令塔天蓋を直撃した。 運悪く200mmの装甲は貫通され、艦橋要員は壊滅。 一時的に指揮と操艦が止まる。
各砲塔も中央の統制が消失となり、各個射撃となる。
そして後部艦橋が指揮と操艦を引き継いだ時には、事態はさらに悪化していた。
ピッツバーグとサフォークからの8インチ砲弾2発が艦中央部に命中し火災が広がり、後部艦橋は黒煙に包まれる。
そして、北上の右舷側発射管から放たれた20本の魚雷が襲い掛かる。
指揮能力の低下したシャルンホルストは有効な対応をとれず、2本が命中する。
こうして、最後まで善戦健闘したシャルンホルストは海に没した。
そして事情はミンスクも同じだった。
軽巡洋艦エイジャックス、ベルファストと駆逐艦エスキモー、コサックⅠの4隻は、大破したミンスクとZ23を撃沈。
この海戦は大英側の勝利で幕を下ろした。
*****
勝利の報告が統合作戦本部の大英達にもたらされる。
大英はほっとする。
「なんとかなったか」
「一時はどうなる事かと思ったぞ」
秋津も汗を拭きながら応えた。
「だけど、本番はこの次だね」
「ああ」
実は向こうの天使から「まず初日に海戦を行い、翌日陸空戦を行う」という通知が来ていた。
だから初日は海戦に集中できたのである。
*****
司令室にいる土井達は衛星からの映像で状況を確認した。
「うーん、やっぱ海じゃ英ちゃんに勝てないか」
「想定内という事ですか?」
「そうだね。 運が良ければ……とも思ったけど、そうは問屋は降ろさないって事だね」
「残念です」
「いいさ、明日が本番。 空と陸で勝てば、総合的にこちらの勝ち」
「勝てますか?」
「正直空はきついけど、なんとかするさ。 手伝ってくれるね」
「はい、お供します」
マリエルを傍に置き、前線に出て直接指揮を執る。 土井は負けるつもりは無い。
用語集
・口径こそ劣る
Z37とZ38は、あろうことか巡洋艦である北上より大きな主砲を積んでいる。
だが、その防御能力は主砲のサイズには見合わず、他の駆逐艦と変わらない。