第59話 おっさんズvsおっさんの海戦 その4
ミンスクに向かったのは16機の97艦攻であった。
搭載する九一式魚雷改3の射程は最大2キロ。 ただし、遠ければ遠いほど相手に回避する余裕を与えてしまう。
各機は横滑り運動を活用しつつ1キロまで接近し魚雷を投下する。
この時点で雷撃に成功したのは半分の8機。 残りは被弾により6機が墜落、1機は早期投下後墜落、1機は早期投下後離脱となった。
本来は800メートルまで接近する所だが、相手が戦後の艦艇という事で、早めに投下する事としたのであるが、それでも予定通りに投下できたのは半数であった。
流石は冷戦期の艦艇。 戦時中のようなハリネズミではなく、対空火器の装備数が少ないにもかかわらず、8機の攻撃機を退けた。
しかし、絶対的な装備数不足は如何ともしがたかった。
だが、それより問題だったのは、艦隊が密集隊形だったことによる問題だ。
ミンスクの装備する30mm多銃身機銃は自律システムが管制しており、後方の攻撃機ではなく、前を飛ぶ99艦爆を狙ってしまったのだ。
99艦爆は僚艦モスクワに向かっていたのだが、距離が1キロと近かったため、自律システムは自艦に向かって来るものと誤認、そちらを撃ってしまった。
モスクワ自身の対空火器は57mm連装速射砲が片弦1基あるだけなので、有難い話ではあったのだが。
結果、99艦爆は4機のみが攻撃に成功し、12機は撃墜されるか、爆弾を投棄しての離脱を余儀なくされた。
話を97艦攻に戻すと、ミンスクに向かった8発の魚雷のうち、1発が右舷後方に命中した。
ホムンクルスが再現した乗員も、実戦経験は無いし、魚雷の回避訓練もあまり経験がない。
「大祖国戦争」ではまともな海戦など無いため経験を持つ先達からの指導も無かった。
まぁ、4万トンの巨艦なので、回避機動はあまり得意では無かったのかもしれないが、たった8本の魚雷をかわせなかったのは、残念な話に分類されるだろう。
だが、その後早期投下された2本のうち1本が艦首後部付近(艦橋より少し手前)に命中したのは、不運としか言いようがない。
被雷によって右舷側2軸が停止し、艦の制御が狂っていて回避運動がうまく出来なくなっていたところに、遅れてやって来た魚雷が当たったのだ。
被害状況は、船体は右舷側に3度・船首側に5度傾斜。 舵は生きているが、スクリューは左舷側2軸のみ動作。
艦首部で誘爆は無いが浸水が止まっておらず、対空ミサイル弾庫が使用不能になるのは時間の問題であった。
一方、モスクワに対しては反跳爆撃が行われた。
至近距離ともいえる180メートルの距離での投弾に成功したのは、前述の通り4機だけ。
そして各機1発だけの搭載のため、向かって行った爆弾自体も4発しかない。
だが、攻撃隊の執念が勝った。
1発だけだが、艦橋右舷側面に命中した。
モスクワは500キロ弾頭の対艦ミサイルや至近距離での核爆発を想定した防御が施されていたため、250キロ爆弾の威力では艦橋の破壊には至らない。
だが、戦艦の司令塔ほどの防御は無いため、無傷とはいかなかった。
艦長席を離れ、右舷側に立って防空戦闘を指揮していた艦長は戦死、その他数名のクルーが死亡・負傷した。
そして大きな火災が発生し、副長は艦橋からの総員退出を指令した。
艦橋を始めとした上部構造物はアルミ合金製のため、素材自身も燃える。
自艦の消火能力を超える火勢となり、レーダーシステムを始め全てが炎に包まれ、戦闘能力は失われた。
核攻撃を想定していたため、船体自体は戦後艦艇としては重防御であったが、設計時には気づかなかったのか、アルミ合金製の上部構造物は火災に対し脆弱であった。
結果、モスクワはたった1発の、それも250キロ爆弾と言う比較的小型爆弾の被弾で、戦闘能力を喪失した。
対空ミサイルや対潜ロケットは、ランチャー自体は無事であったものの、管制システムは喪失。
唯一57mm連装速射砲だけは、レーダー制御を解除し、手動での運用が可能であったが、周辺はアルミ合金の火災による高温で、鎮火するまで近づく事は難しい状況であり、鎮火後も機能が維持されているかどうかは不明という有様。
「まさかたった1発でこんな事になるとは……」
ヘリ甲板に逃れた副長は、いつ収まるとも判らない火災を見上げながら、呆然としていた。
*****
第1機動艦隊に向かう9機のYak-38。
「敵機に向かって行った同志によれば、敵機はレーダーを持つ艦艇からの誘導を受けていたと考えられる。 高度は上げるなよ」
編隊長の指示の下、対空ミサイルが健在である事を想定し、低空を飛行していく。
だが、低空では見通しが悪く、目標の確認に手間取ってしまった。
ようやく敵艦隊を確認し、攻撃態勢に入る。
「目標確認! 第2隊と第3隊は敵大型艦を攻撃、第1隊は後方の近代的艦艇を狙う!」
編隊長機を含む3機はミサイル駆逐艦デュケーヌへと向かい、残り6機は飛龍へと突進していく。
接近に気がつかないのか、各艦艇の対空砲火は沈黙したままだ。
「ふっ、所詮は旧世代の艦だな、ここまで近づいているのに気づかないとは」
だが、目視で見える程近いのに気づかない訳はない。
その事に疑問を持つべきであった。
突如編隊後方の1機が爆発四散する。
空対空ミサイル「ファイアストリーク」の直撃だ。
更にもう1機が撃墜される。
Yak-38にはミサイルやロックオンに対する警戒システムは無く、着弾して初めて判るという……。
通信のノイズで異常事態を察知した各機は周辺を見回す。 そして後方から迫る戦闘機を確認した。
「隊長! 敵機です!」
「くそっ、ここまで来てかっ」
普通航空機による迎撃はもっと手前で行われるもの。
敵艦を目視できる距離での迎撃など「大戦中かよ」と突っ込みたくなる事態であった。
「止むを得ん、第2隊・第3隊は爆弾を投棄して敵機を迎撃! 我ら第1隊はこのまま敵艦を攻撃する」
指示を受け、爆弾を捨てて回避機動しつつ空戦に突入する4機のYak-38。
だが、既に後ろを取られており、形勢は悪い。
有体に言えば「爆撃を成功させるための囮役」でしかない。
相手はYak-38と比べれば旧式機なのだが、如何せんVTOLと普通の艦上戦闘機では能力が違う。
だが、今度は R-60 AAM が通用するジェット機が相手だ。 爆弾も捨てて身軽になったので、機体性能だけで全てが決まる訳では無い。
とは言うものの、最初から相手が高度が上で、後ろに付かれている状態からの逆転は難しい。
結局、4機のYak-38は同じく4機のシービクセンFAW.1との空戦に突入し、善戦虚しく全滅した。
シービクセンの損害はゼロ。 完敗であった。
そして、デュケーヌへと向かった3機であったが、2基の Mle.53/64 100mm単装砲 により先頭の隊長機が撃墜され、1機は 20mm機関砲 F2 により被弾して制御不能となり墜落。 爆撃に成功したのは1機だけであったが、無誘導の水平爆撃はそうそう当たるものではなく、2発の FAB-500 500キロ爆弾は虚しく水柱を上げるだけであった。
そして離脱直後、追撃してきたシーベノムFAW.21の 20mm イスパノ Mk.V 機関砲によって撃墜された。
*****
第3特務艦隊と第1機動艦隊が交信している。
「騎兵隊は間に合ったようで、良かった良かった」
「危ない所でした」
「レギュレーション上、ビクトリアス自身が海域に入らないと発艦させられないから、冷や冷やでしたよ」
そして、両艦隊は合流する事を決めた。
一方第2機動艦隊はもう一つの敵艦隊を発見し、攻撃隊を発進させる。
だが、敵艦隊の位置は近く、航空決戦で片が付く事は望めそうになかった。
海域は狭く、具合の悪い事に敵艦隊は南西側に位置していた。
東も北も海域から外れてしまうため、逃げ場はない。
そして、この距離では、向こうもこちらの存在を認識できているか、まだだとしても認識するのは時間の問題だろう。
「空襲でどこまで削れるか次第だな」
旗艦大淀では事態を楽観できない空気が漂う。
何しろ、この艦隊には戦艦がいないのだ。
最強の水上戦闘艦はボルチモア級重巡洋艦ピッツバーグ。 戦艦と殴り合うのは荷が重いのであった。
用語集
・九一式魚雷改3の射程は最大2キロ
ちなみに、その後登場する九一式魚雷改5は、重量増のため射程が1.5キロに短くなったとのこと。
・対空火器の装備数が少ない
AK-726 76mm連装速射砲が船体前後に各1基。 AK-630 30mm多銃身機銃が右舷側に4基。
左舷側にも同じく4基あるが、こちらは撃てない。