第59話 おっさんズvsおっさんの海戦 その1
その日、夜明けを持って戦いは始まった。
海では、既に夜明け前より発進した艦隊が交戦海域へ向け進んでいた。
海域西方から南下する第1機動艦隊。
旗艦 重巡洋艦 摩耶 艦橋では、司令官と艦長が話をしている。
「間もなく作戦海域だな」
「ええ」
「海域は非常に狭い。 閣下が言われていた通り索敵を厳にしなければならない」
「そうですね。 うかうかしていると、戦艦を主力とした艦隊に肉迫されかねませんものね」
「ああ」
「その時は足止め担当を置いて反対側への離脱となるな」
「ええ」
海域は60キロ四方。 戦艦の主砲は40キロ程度の射程距離を持っていると推定されるため、互いに10キロ進めばもう交戦圏内である。
敵が高速戦艦や巡洋戦艦でない限り、理論上は引き離せるはずだが、海域の外へ出てしまった場合、日付が変わるまで再侵入は禁止される。
それは搭載する航空機も同様。
この制限のため、海域外で発艦させて艦隊と航空隊の同時突入もNGである。
旗艦摩耶より発光信号が送られ、艦隊に所属する重巡洋艦である最上、利根は海域突入と同時に水偵を出すべく最終確認を行う。
そして、事情は海域東方から南下する第2機動艦隊でも同じであった。
旗艦大淀の指揮の下、所属する重巡洋艦、軽巡洋艦は水偵の発進準備を整えていた。
夜明けと共に海域に突入する2個艦隊の後方に、海域外に留まる艦隊が一つあった。
第3特務艦隊と命名されたその艦隊は、戦況に応じていずれかの艦隊を支援する。
第1と第2の両機動艦隊は艦隊所属艦の運動性能をある程度考慮して編成されていたが、この第3艦隊はその点に着目すると雑多であった。
何の事は無い、上手く協調が取れなさそうな艦を引き受けたという事である。
なので、実のところ「航空艦隊」としては第1、第2に引けを取らない戦力だったりする。
というか、質的には最強の航空部隊を擁するので、温存されているともいう。
空母「R38 ビクトリアス」の飛行甲板では、DH.110 シービクセン、シミター、スカイレーダーが何時でも発艦できる様待機していた。
元々キットに付属していたのは僅か14機に過ぎないが、別途シービクセンやA-4Fなど12機を追加し、26機体制としている。
第3特務艦隊旗艦セーラムでは、いつでも第1、第2両艦隊との連絡を取れる体制で待機している。
無線封鎖しているので、それが解除されてからだけどな。
夜が明ける。
前衛の2個艦隊は交戦海域へと突入し、直ちに索敵機を上げる。
カタパルトから次々と飛び立つ水上機を見送り、各旗艦は報告を待つ。
だが、報告は水偵からではなく、ミサイル艦から届いた。 それもすぐにだ。
「ハルゼーから報告! 航空機と思われる飛翔体接近! 速度は……」
「どうした」
「速度は、時速2000キロ以上!」
「何!」
「ハルゼー、デュケーヌ対空戦闘開始しました!」
リーヒ級ミサイル巡洋艦ハルゼーから4発のテリアが相次いで発射される。 テリアは高度4000メートルを飛翔する目標へと向かう。
同時にシュフラン級ミサイル駆逐艦デュケーヌからマズルカ2発が同じく向かう。
「次発装填急げ!」
ハルゼーの艦長は冷や汗を流しながら命じる。
「艦長、この速度、目標はP-500なのでは?」
「ああ、そうだろう。 ウチの4発、フランスさんの2発、この6発でも当たるかどうか……」
テリアもマズルカも飛行機を対象とした「対空ミサイル」である。 ミサイルを対象とするモノではない。
もちろん、ミサイルも飛行機も空を飛ぶ普通の飛行物体である事には違いはない。
UFOのような機動はしない。
ただ、ちょっと小さくて速いだけである。
「どうやら索敵機を上げたのが仇になったか」
P-500 はソ連製の対艦ミサイル。 ミサイル自身が目標を識別し、攻撃する。 つまり、おおざっぱに方角と距離さえわかれば、対象を特定しなくても攻撃が出来る。 ミサイルがHVUと護衛艦艇を特定して、適切な配分をする機能まで持っている。
そう、配分である。
「旗艦に警告。 P-500なら、下にあと7発飛んでいるはずだ。 本艦やデュケーヌの装備では、低空を飛ぶミサイルは迎撃できない」
P-500 は8発1セットで運用される。 1発が高い高度を飛び、目標を捜索し、残り7発に目標を指示する。
その7発は50メートル程度の超低空を飛翔する。
もし、指揮者たる高高度飛翔の1発が撃墜されたなら、7発の内1発が高度を上げて代わりを務める。 以後同様だ。
1950年代~60年代のテクノロジーで作られているテリアやマズルカでは、そんな低空を飛ぶミサイルは落とせない。
上を飛ぶミサイルですら「運が良ければ」落せるだけなのだ。
6発の対空ミサイルは直撃こそ出来なかったものの、目標の正常動作を阻害する事には成功した。
P-500は軌道を外れ、異常な回転をしながら落下、撃墜は確実である。
「迎撃成功!」
報告を受けハルゼー艦橋内に歓声が上がる。
だが、直ぐに当たってほしくない予想が当たる報告がなされる。
「新たな飛翔体を確認! 方角・進行方向同じ、高度を上げています!」
「間違いないな。 P-500の狼群だ。 次発発射までどれだけかるか?」
「まだです!」
テリアは現代のミサイルのように連続して発射できるものでは無かった。
なにしろ、弾庫からランチャーへ装填する前に、組み立て工程があるのである。
これはマズルカも同様であった。
報告は摩耶に送られ、無線封鎖は解除となる。
「全艦に警報、大型対艦ミサイル来襲。 数は7。 各艦は対空戦闘用意! 確認次第順次交戦に入れ。 飛龍、葛城は全機緊急発進」
索敵結果を待って発進する想定で飛行甲板で待機していた艦上機に発進命令が出る。
時速2500キロのミサイルは、そのままだと着弾まで残り1分も無い。
だが、低空では空気抵抗も大きく、発生するソニックブームはミサイルの接近を派手に知らせてしまう。
このため、本隊たる低空のミサイルたちは、実際にはもっと遅い飛翔速度となる事が推測され、各艦に通達された。
それでも、数分で到達するだろう。
ハルゼー、デュケーヌからは、次弾の迎撃は困難との連絡も届いた。
艦隊司令は摩耶艦長にこぼす。
「敵との距離が近すぎたな。 これが狙いか」
「そうかもしれません」
「しかし、これは覚悟をせねばならんかもな」
「え、どういうことですか長官」
「この間ハルゼー艦長から聞いた話が本当なら、P-500は8発一組で運用されるが、そのうち1発は核弾頭の可能性がある」
「まさか」
「今の艦隊は『核時代』の常識で言えば『密集隊形』だ。 飛龍か葛城が核で撃たれれば、艦隊丸ごと全滅だ」
艦隊は輪形陣を取っており、中央に飛龍と葛城が並走。 その手前に巡洋戦艦レパルス、後方にハルゼーとデュケーヌがいる。
これを中核とし、周りを6隻の巡洋艦が取り囲む。 そして最外周に8隻の駆逐艦が取り囲み、さらに一番前に1隻のフリゲートが配置されていた。
僅か数分では輪形陣を散開する組み換えは出来ない。
「目標確認! 各艦対空砲火始まりました!」
各々目標を定め、最終コースへと進むミサイル。
第二次大戦の雷撃機とは比べ物にならない速度で飛来するミサイルを、光学照準で迎撃するのは無理な相談である。
それでも、運よく飛龍に向かっていた1発が途中で爆発し、海中に突っ込んでいく。
また、デュケーヌに向かっていたミサイルは誘導システムの故障でもあったのか、軌道を外れこれも海面に激突した。
そして、利根に突入したミサイルは不発であった。
2発が撃墜、1発が外れ、1発が不発。 半数が無効となったものの、残り4発は直撃してその破壊力を発揮する。
「ハルゼー被弾!」
ミサイルは戦後仕様の76mm連装速射砲の砲火をかいくぐり、ハルゼーの船体後部ミサイルランチャー付近を直撃する。
弾頭のTNT500kg相当の爆弾の威力は絶大である。 これは2,000ポンド爆弾の炸薬量を超えているのだ。
約7500トンという大戦中であれば軽巡相当のリーヒ級はその破壊力の前に耐えられるはずもなかった。
耐えるどころか、後部テリア格納庫を直撃されたハルゼーはそこで船体が折れ、あっという間に轟沈するのであった。
「最上被弾!」
ハリネズミのような12.7cm砲と25mm機銃の砲火だが、音速のミサイルには通じなかった。 上空から船体中央左舷に命中したミサイルの威力の前には最上の装甲も役には立たず、大きな爆発が起きる。
大戦後期の米軍機ヘルダイバーが運用した爆弾は1000ポンド爆弾。 その2倍以上の破壊力がある弾頭は、最上の船体に致命的な損傷を与える。
左舷側に傾いた後、爆発と共に船体が2つに折れ、沈んでいく。
3発目はレパルスを直撃した。
第2砲塔付近に被弾したレパルスは火災を発生し、黒煙を上げる。
それでも見た所被害はそれだけのようだ。 巡洋戦艦の耐久性だろうか。
「消火いそげ!」
レパルスは第2砲塔が稼働不能となったが、そこで被害は終わらない。
「ここで食い止めろ! 火が弾火薬庫に入ったら終わりだぞ!」
当たり方が良かったというか、後世のミサイルのようなポップアップすることなく突入してきたため、今のところ弾火薬庫は無事であった。
水平防御が第1次大戦期レベルのレパルスなので、上からの攻撃には弱いが、ミサイルは斜めに当たったのであった。
そして最後の1発は葛城を直撃する。
もし、これが核弾頭を搭載していたなら、当たる前に起爆していたかも知れないが、そのまま舷側から格納庫下の船体に突入して爆発した。
たちまち大火災が発生する。 爆発の影響は飛行甲板にまで及び、待機中の艦爆や艦攻も次々と誘爆を始める。
もはや復旧は不可能と判断した葛城艦長は総員退艦を指示した。
核は飛龍を狙っていたのか、それとも、全て通常弾頭だったのか。
いずれにしても、1回の攻撃で艦隊はその戦力を半減させられてしまった。
「これで終わりか……」
「でしょうね」
摩耶の艦橋では重苦しい会話が行われた。
それは、次に狙われるのは無傷の第2機動艦隊だろうという予測であった。
*****
「次弾装填急げ」
「はっ」
土井軍空母ミンスクは初撃で2つ確認された敵艦隊のうち、一つに対し先制攻撃を成功させた。
正確な戦果は不明だが、7発のミサイルが敵艦隊に突入したので、主要艦艇に大きな被害が与えられたものと推測された。
次弾が発射可能になるまで約1時間。 その間に何を成すべきか。 艦長はその判断のため、戦果の確認報告を待つ。
「まぁ、概ね予想通りだろうな」
「しかし、核弾頭であれば、確実に敵主力艦を撃沈出来たと思うのですが……」
副長は全弾通常弾頭だったことを残念に思っているようだ。
艦長は作戦前に土井からの指示を受けていた事を思い出す。
「仕方あるまい、閣下は核兵器の使用を禁止されたのだ。 我々は閣下の命に従わなければならない」
「なぜ禁止されたのですかね。 やはり日本人の核アレルギーという奴でしょうか」
「それもあるのかもしれんが、閣下は『この海を余り汚したくない』と仰せであった」
「そうですか……」
目的の為には手段は選ばない彼らにしてみれば奇異な指令であったが、天使の命令は絶対なのであった。
「哨戒ヘリより敵艦隊の状況が届きました。 黒煙を上げている大型艦2隻確認。 敵空母らしき大型艦1隻健在」
「そうか。 よし、追撃だ。 Yak-38を出す。 直ちに全機発進させよ」
「ははっ」
ガンポットと2発の500kg爆弾を搭載した12機のYak-38は、次々と滑走し発艦していった。
用語集
・運動性能をある程度考慮
防空戦での回避運動についてという話。
もちろん、専門家ではない大英が「互いに他艦の性能をよく理解していない」別の国や別の時代の艦艇を指揮する艦長たちと話し合って決めた割り振りなので、完ぺきではない。
史実ではアメリカで中速戦艦(ノースカロライナ級かサウスダコタ級)が空母から回避運動についてこれないから「邪魔」と呼ばれたり、アラスカ級が「全然曲がらない。使えない」とか言われた話を調べると良いかもしれない。
ちなみに、最大速力よりも運動性のほうが大事という事なのよ。
(最大速力が問題なら、27ノットしか出ない中速戦艦を空母機動部隊に随伴させないし、33ノット出るアラスカ級が「使えない」とか言われる事も無い)
・R38 ビクトリアス
元キットは SKYFIX の1/600である。 このため、何とか間に合ったもの。
・シービクセン
元キットはデジタルホビーの 1/72 である。
・A-4F
元キットは 長谷部製作所 の 1/72 である。
・HVU
高価値ユニット。 この場合、空母など「護衛される側」の艦艇を指す。
・空母ミンスク
キエフ級軽空母の2番艦。
空母だが、大型対艦ミサイルを運用する。
元キットは赤島文化教材社の1/700喫水線シリーズ。
・滑走し発艦
STO発艦と言う短距離離艦方式を利用した発艦。
Yak-38にとっては難易度が高いが、気温が高く離昇用エンジンの性能低下が発生するこの海域では、必須の運用方法であった。