第58話 おっさんズとおっさんの戦い その4
話は少し遡る。
土井は模型製作・召喚の傍ら作戦を練り、大英達に向けた「提案書」を作り上げた。
それをマリエルに渡す。
「え、提案書ですの?」
「そう、ここに記した条件に沿って戦いをするなら、陸上兵力と魔獣は村も都も襲わないという提案だ」
「村も都も襲わない……それで良いのですか?」
「ああ。 軍事的に敵軍を壊滅させれば、相手は戦いを継続できない。 別に都を占領しなくても勝てる」
「しかし、直ぐに新戦力を召喚されるのでは?」
「それはこっちも同じさ。 向こうは新規召喚だけで、こっちは残った戦力+新規召喚。 差は埋まらない」
「え? 全戦力が揃ってから戦うのではないのですか?」
「それでは不測の事態に対応できない。 常に予備兵力は必要だよ。 それで完成済みでも未召喚のものを残した状態で戦いを始める」
「そうなのですか? 予め召喚しておいて倉庫に保管でも良いのでは?」
「それ、いきなりゲートで戦場に送って良いの?」
「あ、いえ、森の外に送る訳には行きませんね」
「だよね。 もちろん、倉庫に待機する戦力も用意するよ。 いきなり大戦力は召喚出来ないから、未召喚キットだけで予備にはしないさ」
「あれ、という事は、土井様は戦場に立たれるのですか?」
「もちろん、指揮官として前線に立つのは当然だよ。 まぁ海にはいかないけど」
そう言うと、一つのキットを手に取る。
それは「ドイツ 軽装甲車 Sd.Kfz.222」。 4輪の装甲車だ。
「こいつに乗って戦場の端に陣取る。 姿は見えないから、身バレする事は無い」
「そうですか」
「そこにも司令室同様に映像とか出るんだよね」
「ええ、映像も出ますし、通信もできますわ」
以前西夏がM113で指揮を執っていた時は、映像も通信も無かったため、連携にも齟齬があった。
そこで、システムの改良を行い、生粋天使が同行したり、直接通信を開かなくても、召喚天使に対してシステムが映像提供したり通信を出来るようにしたのである。
召喚兵器に対する指示関係までは手が回っていないので、天界の通信では召喚兵器に指示は出せないのは変わらない。
どの道陸戦では臨機応変な指揮が必要であり、限定的な指示を事前に与えておく方式は向かない。
なので、前線にて装甲車で指揮を執るのは当然のことだったりする。
「と言いますか、私も同行いたしますわ」
「え、危ないんじゃ」
「土井様と違って、自分の身くらい守れますわよ。 それにキリエルさんは身一つで戦場を飛び回ってますよ」
「そ、そうか」
「護衛と思ってくださっても良いと思いますわ」
「はは、それは何か複雑だなぁ」
実年齢や戦闘能力はともかく、見た目的には20歳くらいの女性に「護衛される」というのは、何とも気が咎めるのであった。
とりあえず、車の中でも司令室にいるのと同じ状況が構築できるようになったので、マリエルも外に出られるという事なのだった。
「まてよ、ゲートで完成した模型を装甲車の中に持って来ることは出来る?」
「ええ、召喚前でしたら禁則事項に触れる事もありませんわ」
「それは助かる。 予備兵力の完成キットを装甲車に積んでいくのも大変だからね」
何が必要になるか判らない状態だと、全部持ち込む必要があるけど、ゲートで取り寄せるなら、予め積んでいく必要はない。
それに装甲車は戦場を走る。 舗装道路じゃないから、デリケートな模型が壊れる危険だってある。
ゲートが使えるなら、そんな心配もしなくていい。
こうして、体制を整えたところで、今までの様にいきなり戦端を開くのではなく、提案書を送ったのであった。
*****
提案書を受け取った大英は、領主に報告し会議を開く。
いつものメンツにティアマト、それにリモートでアキエルも参加している。
提案書は日本語で書かれており、そのままで読めるのは大英と秋津だけだが、ティアマトに眼鏡を借り、全員が目を通した。
アキエルの元にもコピーが作られて送られている。
なお、提案書は活字で書かれており、「達筆なので読めない」などという事は無い。
まずゴートが大英に聞く。
「これは、戦の作法を定めるという話であるか」
「そうですね」
「今までにないパターンだよな」
秋津は当惑気味に言う。
そして領主は大英・秋津両者を見て問う。
「この条件は妥当な物なのですか」
「まぁ、微妙に先方が有利になる様、調整された条件なのかなと思います」
「結構ややこしいけど、こっちの利点を無くしたい思惑が見えるな」
「そうなのですか」
「もしかしたら、騙しかもしれませんが……」
その条件は以下のような内容であった。
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・陸の戦場
森とアンバー村の間の平原。1.2キロ四方の範囲内。
これは森とアンバー村・マカン村双方ともに範囲外となるよう設定される。
陸の戦場外からの戦場内への攻撃は禁止。
逆(陸の戦場内からの戦場外への攻撃)も同様。
・空の戦場
陸の戦場を中心に30キロ四方の範囲内。
空爆は陸戦では無いので、陸の戦場の外にも出来る。
・海の戦場
ザバック辺境伯領の東沖30キロから南に向けて60キロ四方の範囲内。
陸から発進した航空機は参戦禁止。
・条件が受け入れられない場合の対応
当方は列車砲を保有しており、条件に従わない場合は、ザバック辺境伯領内を含むすべての施設を戦略攻撃対象とします。
当然、城も対象となります。
天使への攻撃は禁則事項ですが、事故は禁則に含まれません。 列車砲の精度はご存じかと思われます。
・回答期限と開戦時期
回答期限は5日以内。 条件を受け入れる場合、開戦時期は回答の5日後、日の出を持って開戦とする。
拒否する場合は、こちらまたはそちらの任意のタイミングで開戦時期とする。
回答が無い場合は、拒否したものとみなします。
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補足すると、条件に記載はないものの、この空の戦場の範囲には双方の航空基地は含まれていない。
また、ザバック辺境伯領も含まれない。
これを聞いてゴートは「何故そう思われる」と聞く。
大英は根拠を説明する。
「まず陸の条件ですが、これは、射程の長い装備の利点を生かせない様に設定されています」
以前村の中から野砲を放って、森を出たばかりの敵を粉砕した事があった。
こういった「長射程砲撃」を阻止したい考えが見える。
後方に置いた砲やロケットによる攻撃を無効化する条件だ。
「遠くを撃てる砲も、敵と向かい合う戦場に入らないと撃てない。 これは相手に長距離攻撃能力が欠けている可能性が推測されます」
「ふむふむ」
「遠くを撃つための砲だけでなく、戦車の場合でも、現代の10式戦車であれば2キロ先の戦車を撃破出来ますが、大戦中の戦車では1キロ以上先だとあまり当たりませんし、当たっても現用戦車の装甲は抜けません」
「でも、この指定だと1.2キロ四方なので、大戦中の戦車でも『速攻で有効射程内』になります」
「そうか、それで敵方にとっても不利な点を減らしていると言う訳なのであるな」
「はい。 ですが、こちらが『そう考える』事を想定したミスリードかも知れません」
「それは、どういう事であるか」
「相手が大戦型装備だと『油断』させておいて、実は最新鋭で固めているという可能性も考えられます」
「うーむ、正々堂々とした戦では無いという事であるか」
「『戦いは、戦場で相まみえる前に始まり、敵を目視した時には勝敗が決まっている』という格言もあります。 もう戦いは始まっているのです」
「なるほどのう」
「次に空の条件ですが、この範囲ですとどちらの航空基地も範囲外です。 なので、航空撃滅戦は禁止という事ですね」
「こうくうげきめつせんとは何じゃ」
「あぁ、すいません。 飛行機で相手の航空基地を攻撃する戦い方です」
「おお、そうであるか」
「これは、敵側の対地攻撃力が乏しい可能性を示します。 こちらは敵の航空基地を殲滅出来る戦力を確保できますが、相手にその能力が無ければ、一方的に自身だけが破壊される訳です。 もちろん、これもブラフで、実際には高度な対地能力を持っている可能性は否定できません」
「敵はこちらの戦力を把握しておるのかのう」
「正確に把握していなくても、『実績』があるので」
「そうであったな」
近代戦の知識は大英や秋津の戦いを見ただけのゴートであるが、元々戦士であり騎士団長でもあったためか、飲み込みは早いようだ。
「そして海ですが、陸、つまり航空基地から発進した航空機の参加を禁止しているという事は、2つの理由が考えられます」
「ほう」
「一つは、自身に強力な洋上航空兵力がある。 もう一つは、こちらの陸上機による対艦攻撃を阻止したい」
「ふむ。 先日の円盤を破壊した爆撃のようなものであるか」
「そうですね。 もしかしたら、対艦ミサイルを警戒しているのかもしれませんが、こちらにそれがある事をどこまで認識しているのかは、わかりません」
ここで、秋津が「うん?」と首をかしげる。
「F-1やスェーデンのなんだっけ、あれらがASM撃ってた情報って、マリエルさん達に行ってないか?」
「どうだろう。 説明した事は無いけど」
「そうか、そうだったな。 ところで、敵さん空母が主力なのかな」
「そこなんだよ。 空母って皆デカイからな。 うちらだってまだ中型空母までしか召喚出来てない。 新しく来たみ使いに大型空母が喚べるとは思えないんだが」
「だよなぁ」
「だけど、可能性はあるから、対策は考えないと」
そして、ハイシャルタットが列車砲について問う。
「このレッシャ砲とはなんなのですか」
「あー、かなり厄介なモノです。 おそらく森の中のどこかにあるのでしょう。 見つけるのは難しいと思うので、使われるとその攻撃は防げないでしょう」
「そうなのですか。 それはマズイですね」
「そう、精度の事を書いてあるのは、要は私の家を直撃する可能性があるという事です。 当たれば一発で全壊なので、模型在庫も大きな被害を受けるでしょう」
「それは大変って、それより御身が心配ではありませんか」
「それはまぁ、その時に家にいればですが」
「城に当たれば城も危ないのでしょうか」
パルティアの問いに大英は「当たったのが3階でも、1階まで破壊されるでしょう」と答えた。
城はフロア部分は3階建て。 上に行くほど狭くなっていくピラミッド型だ。 ついでに素材も石である。
「それでは、一方的にこちらを潰せるという事なのではないのですか? なぜわざわざ封印するような事に?」
ビステルも疑問を示す。
「それは判る。 模型由来だとすると、弾数が少ない。 1発か2発、多く見積もっても精々3発くらいじゃないかな」
「そうなのですか」
「しかも、精度はそんなに良くない。 本来は一つの目標に何発も撃ち込むもの。 なので、コレを頼りにすると、『全弾ハズレ』という結果にもなりかねない。 なので、『脅迫』の材料として使った方が有効だと判断したんだろう。 本当にあるのかどうかは判らないけど、模型は存在するから、あってもおかしくない」
「そうですか」
「ちなみに、海戦で負けて、相手に戦艦があったりすると、ザバック辺境伯領は全滅するかもしれない」
「ええっ」
「戦艦なら弾数問題は無くなるからね。 何門もの砲から何十発も撃たれれば、沿岸部なんて更地になる」
「そんな……」
そこで、領主が問う。
「それで、どうされますか。 受けられますか。 拒否されますか」
「そうですね。 今回の相手は戦力の殲滅を想定していると思います。 地上部隊を村にも都にも送らないという事は、決着として占領を想定していない」
「爆撃による被害はあるかも知れませんが、それを防げれば、民衆にも被害は及びません」
「では」
「私は受けようと思います」
「俺も同意見だ」
事前に相談を受けた秋津も大英に同意する。
「アキエル殿は、何か意見はありますかな」
ゴートに話を振られたアキエルも賛意を示す。
「問題ありません。 望む所です。 受けて立ちましょう」
「判り申した」
「殿下、 神獣騎士隊として受け入れる事を進言いたす」
「わかりました。 では、それでよろしくお願いします」
こうして翌朝、アキエルからマリエルに受諾が伝えられた。
用語集
・コピーが作られて送られている
正確には遠隔でスキャンしてコピーを生成し、司令室に届けられた。
・活字で書かれており
原稿は土井のノートパソコンで書かれたのだが、彼はプリンターを持っていない。
文章データを天界にて解析し、天界にて印刷を行ったものである。
なお、土井の「部屋」には100v・50Hzの給電も行われている。
・長射程砲撃
1キロちょっとの先を砲撃なんて第二次大戦の常識からすれば、全然長射程ではない。 むしろ短射程。
・当たっても現用戦車の装甲は抜けません
当時の戦車でも(128mm砲や122mm砲なら)現代の砲弾が使えれば、そんな事は無いのだけれど。
どっちも規格どころかサイズすら合わないから、開発チームと研究施設・生産工場ごと転移したとか言うのでなければ、無理な話。
あ、側面なら普通に抜けるでしょう。 あくまで正面装甲の話です。
・戦いは、戦場で相まみえる前に始まり、敵を目視した時には勝敗が決まっている
実際にこう言う文言の格言はありません。
大体そんな感じの意味の事はよく語られていますが。
似た概念に「どんな戦術も優れた戦略の前には勝てない」なんてのもあるかと。
某国が得意とする三戦なんかを調べると、より理解が深まるでしょう。
・航空撃滅戦
実際には空戦による敵航空兵力の殲滅も含まれるのですが、ここでは「空爆によって地上で航空機を撃破したり、航空基地を使用不能にする」という狭い範囲の定義として使っています。
・空母って皆デカイ
護衛空母や軽空母はでかくないですよ。
・全弾ハズレ
たとえハズレでも、砲弾自体はそれなりに大きいので、近隣の被害は小さくない。
城の敷地に2発落ちれば、大英の家を直撃しなくても窓ガラスは割れるし、建物が傾いたり、壁が凹んだりする可能性はあるし、み使いの館は倒壊するかもしれない。
(至近弾なら、大英の家も木造なので、確実に倒壊するな)
敷地内の兵器小屋も崩れるだろう。 城は石造りなので、弾片による被害は多少あるかも知れないが、建物自体は無事だろう。
爆風の入り方次第では中にいる人の被害はあるかも知れないし、積んでいる石がずれたりして安全性が損なわれる可能性は否定できない。
城壁の外で街中に落ちれば、死人も出るし火災も発生するだろう。
信管が動作しないと言った不具合が無い限り、都が撃たれれば、たとえハズレでも被害は出るのだ。
・弾数問題は無くなる
もちろん無限にあるという意味ではない。
でも、6~12門の巨砲があり、それぞれ100発くらいの砲弾が搭載されていれば、1門数発とは比較にならない弾数になる。
そんな戦艦が何隻もあれば、山の形が変わるような攻撃だって出来るのだから。