第58話 おっさんズとおっさんの戦い その3
新年祭からひと月、何の戦いも無い日々が続いた。
とはいえ、休戦している訳では無く、前線の村では緊張の日々であった。
しかし、こう平穏が続くと緊張も途切れがちになる。
それが悪影響を及ぼさないよう、騎士団長であるシュリービジャヤは頭を悩ます。
なお、ホムンクルスにはそういった心配は無用なので、マカン村のロンメル、アンバー村のドイツ将軍共に悩む事は無い。
そんなシュリービジャヤにマリが声をかけた。
「小さいころに一緒に遊んだおままごと、楽しかったですね」
「え……そうですね。 あの頃は何の心配事も無く日々を過ごしていられました」
「知っていますか、おままごとは家によってやっている事が違うんですよ」
「と言いますと?」
「私たち貴族の子は晩さん会の真似事なんかをしましたが、農民の子は農作業、狩人の子は狩をするそうです」
「ああ、なるほど。 親の真似をする訳ですね」
「子供は親の背中を見るだけでなく、真似をする事で、大人のやる事を学んでいくのです」
「大人の真似ですか……」
「ところで、近いうちに現れる敵の方々は、神獣と共に現れると聞きましたが」
「そうですね。 新しい神獣使いが来て、戦力を蓄えている様です」
「騎士団の方々は神獣の相手をされたことがあるのですか?」
「!」
「演習でしたか、騎士の方々も戦いの真似のような事で、腕を磨くとお聞きした事がありますが」
「そうですね。 ええ、そうです! ありがとうございます!!」
シュリービジャヤは立ち上がると、詰め所を出てロンメルに会いに行った。
「なるほど、合同演習ですか」
「はい。 今度の敵は召喚軍と同様のもの。 神獣との共同についてはこれまでも幾度となく行ってきましたが、対戦はほとんどありません」
以前戦車隊に襲われた時も、騎士団は出る幕が無く、村人と共に避難していた。
如何に精鋭でも、近代兵器相手では、太刀打ちできない。
第3騎士団にはライフルが配備され、数名の銃士が生まれていたし、第2騎士団にはパンツァーファウストやバズーカ砲が渡されている。
だが、伝統を重んじる第1騎士団には、召喚装備は渡されていなかった。
とはいえ、剣と盾では戦車とは戦えない。
自軍の戦車と協同作戦はあっても、それは敵の亜人や魔獣を相手にする戦いだ。
「演習は構いませんが、戦車相手に戦う術はありますか」
「いえ、残念ながら我が騎士団には全くありません。 まずは、その手立てを手に入れる所から始まると思います」
「わかりました。 閣下に相談してみましょう」
連絡を受けた大英は、少々頭を悩ます。
「うーん、足りない人員の代わりって訳にもいかないよなぁ」
どういう事かなのか。
一例を挙げると、M151という対戦車ミサイルを搭載したジープがあるが、これ、ドライバーしか付属していない。
ミサイルランチャーの操作員はいないのである。
一応ドライバーのホムンクルスはミサイルの操作が出来るのだが、移動・装填・射撃を全部一人でこなさないといけない。
そこで、ミサイルの操作はともかく、ジープの運転を覚えてもらうという話だ。
だが、それならコマンドスを始め、最初から車を知っているホムンクルスにやってもらった方が早い。
「歩兵用対戦車装備ってのも数が足りない……」
パンツァーファウストやバズーカ砲の類は、そんなに数がある訳では無い。
第2騎士団に回したもの以外は、普通にホムンクルスの歩兵が使う分しか在庫が無い。
ちなみに現在騎士団は1/3が村で任務に当たり、1/3が都で任務に当たり、1/3が休息などでローテーションしている。
第2騎士団はアンバー村を担当しているので、「第2騎士団が留守の時に第1騎士団が使う」という方法はとれない。
実は、実戦投入していない歩兵用対戦車装備がある。 吸着爆雷である。
とはいえ、肉薄特攻が必要な装備であり、その利用は余り推奨されない。
要は対戦車戦闘要員の人員だけ増えても装備が無いという事だ。
そうは言っても、せっかくの申し出を断る道理はない。
対戦車戦闘でも、市街戦となれば有効な戦術もある。
何も全ての事態に対応したり、ざっくり戦車を撃破する武器があれば良いという事でもない。
と言う訳で数日後、大英は皆を連れてマカン村へと赴いた。
村に到着すると、シュリービジャヤとマリ、そしてロンメルが出迎えた。
「お待ちしていました」
頭を下げるシュリービジャヤとマリ。
そのシンクロした行動はすっかり様になっていた。
「うーん」となるリディアだが、同時に「今はそれは置いておこう」と思ったようだ。
現地で召喚したのはドイツの小火器。 ライフルや短機関銃、手りゅう弾といったものだ。 一応吸着爆雷も召喚したが、これはオマケだ。
そして、召喚装備とは別に手りゅう弾を模した摸擬手りゅう弾も持ち込んでいる。
これはサイズと重さを近づけたもので、鍛冶屋に依頼して作ってもらったものだ。
「これは、どうやってセンシャと戦うのでしょうか」
「戦車というのは、単独では使われないものなんだ。 なぜかと言うと、単独でいれば、容易に撃破されてしまう」
「そうなのですか」
「例えば、歩兵や第2騎士団が持ってるパンツァーファウストは、近づいて撃つ訳だけど、戦車が複数で連携していたり、近くに歩兵がいて協同していたら、近づけない」
「なるほど」
「これが単独でいたら話は違う。 戦車は視界が悪い。 死角が多いから近づく事が出来る訳さ」
「うんうん」
「もちろん、相手も馬鹿じゃない。 単独行動になってしまったら、車長が頭を出して周りを警戒する事もある」
「でも、不用意にそんな事をすると、撃たれる」
「だけど、撃つ者がいなければどうなる?」
「警戒されて、センシャと戦う兵は近づけませんね」
「そう。 だけど対戦車火器は大きくて重いから、それを運用する兵が戦車の周りにいる敵兵の処理までする余裕はない」
「という事は、我らがそれを担うと」
「そう。 そして状況と相手次第では戦車を無力化する事だって出来る」
そもそも、今の話は市街戦に限定の話だ。
1キロ先にいる戦車に直協歩兵の有無なんて関係ない。
そして、市街地なら「上」からの攻撃も可能になる。
まぁ村にビルは無いから、上と言ってもたかが知れているが、オープントップの車両なら2階から手りゅう弾を放り込むという戦術もある。
(肉薄突撃で地上から放り込む猛者もいるし、中には戦車に取りついてハッチを開けて……という映画もあるが、これは現実とは違うだろう)
3階とか4階があれば銃撃でもいけるが、村の建物にはあまりないし、2階からだと射角の問題で効果は薄い。
「つまり、天井が無いセンシャであれば、センシャ用の武具でなくても倒せる訳ですね」
「そう、戦車の車体自体は無事でも、操作する兵員が倒されたり、内部の機器が破壊されれば機能を失う」
「そのためには、実際の戦車の構造を知り、移動能力を体験するのが良いかなと思う」
「と言う訳で、秋やん、例のブツ頼む」
「おお」
秋津は輸送用の箱を開けると、一つの戦車を取り出す。
それは見た目は普通の戦車だが、砲塔に天井が付いていなかった。
スケールは 1/35。 このサイズの戦車を召喚するのは久しぶりだ。
実は元々大英の在庫には無かったもので、毎朝届くブツが「当たり」を引いたものだ。
それは「ミヤタ 1/35 M18 ヘルキャット」。 ヘルキャットと言っても、米海軍の戦闘機では無い。
厳密にいうと戦車ではなく駆逐戦車である。
路上最高速度が時速80キロという現用戦車もびっくりの高速車両であり、大英も注目の車両だが、彼にはこれがミヤタから発売されていたという記憶はない。
ところが、箱や組み立て説明書を見ると「2021」と表記されている。
なので、大英は7月以降に発売になったのだろうと推測している。
そんな訳で、召喚されて現れたのは砲塔を見ると第二次大戦、車体を見ると車体機銃が無くトーションバー方式を採用した戦後戦車っぽい姿の車両が現れた。
早速演習を開始する。
村の中を進むM18。 騎士団は先回りして民家の2階に布陣する。
「気を付けろ! 見つかったら先に撃たれるぞ!」
騎士達はM18の死角になるよう姿勢を低くしたり、壁に隠れたりする。
だが、ただ隠れていては接近に気付けない。
音を頼りに接近を捕らえようとするが、M18は空砲を撃ち、演習に敵側で参加しているドイツ兵も短機関銃の空砲を撃つ。
このため、騒音も激しくなるが、その中でエンジン音や履帯の音を聞き分けて判断する。
「これは難しい。 実際に対峙してみないと判らない事が多い」
騎士や従卒たちは最接近した時を狙って、摸擬手りゅう弾を投げる。
だが、その多くは砲塔には入らず、逆に姿を現した騎士が空砲を撃たれて「被弾判定」となる。
「くそっ、これが戦いなのか」
目の前で剣を交えるのではなく、爆発物を投げたり、見えない速度で飛来する弾に撃たれる。
何度も目にしてはいるが、自分たちでやって見るとなると、全く考え方の違う戦い方は困難を極めた。
そんな中、ある従卒が投じた摸擬手りゅう弾が砲塔に飛び込む。
「おお、やったぞ!!」
「よし、続け!」
騎士達は歓声を上げ、士気が高揚する。
その後、条件を変更し、戦車に追随する歩兵を排除し戦車を孤立化させる訓練なども行われた。
こうして、日が暮れるまで演習は続いた。
実のところ、これによって対戦車能力が大きく向上したりはしない。
だが、精神的な疲労が溜まっていた騎士達の士気を回復させるには役立ったようだ。
実際の効果としては、銃器を使う気になった事と、その扱いに慣れる事が大きい。
敵が模型由来という事は、兵員の数がそう多くない可能性がある。
もし、その通りであれば、兵同士の撃ち合いで大きく優位に立てるだろう。
逆に敵兵が多い場合は、劣勢なこちらの兵員をサポートできる頼もしい味方となる。
なんと言っても、1/35~1/72・1/76の兵員在庫はもう無い。 召喚できる歩兵はもういないのだ。
そして、その翌日。
単独で飛来したキリエルが書状をロンメルに手渡した。
それは大英宛のものであった。
用語集
・一緒に遊んだ
近くに住んでいたという訳ではなく、シャイレーンドラがシュリービジャヤを連れて王都を訪れた時に遊んだという話。
・M151
ミヤタのM151A2トウミサイルランチャーのこと。
本来は2名乗車である。
・ミヤタ 1/35 M18 ヘルキャット/発売されていたという記憶はない/7月以降に発売になったのだろうと推測
発売されたのは2022年1月。 まぁこれなら色々印刷されたのは前年だろう。
記憶に無かったのは召喚された時期(2021年6月)が発売前だったため。
・現用戦車もびっくりの高速車両
ちなみに陸自の10式は時速70キロ。 つまり10式より速い。
流石に装輪式の16式(時速100キロ)よりは遅いけどな。
なお、装甲は軽戦車(M5)より薄い。
・戦後戦車っぽい姿
だが駆動輪は前にある。 戦後戦車では駆動輪が後ろにあるのがスタンダード。
・召喚できる歩兵はもういない
1/144の食玩はあるが、完成品扱いのため召喚対象外。
それより細かくなると、兵員セット自体無い。
1/700のトラック(GMC兵員輸送車)やハノマーク(装甲兵員輸送車)、輸送艦を召喚しても、歩兵は乗っていない。