第58話 おっさんズとおっさんの戦い その1
その日、土井の元に偵察情報が届けられた。
先日無理をしてまで召喚した潜水艦(TYPE XXIII)に、ザバック辺境伯領の港を偵察させたのだ。
無事帰還した潜水艦の艦長は、小型の空母とミサイル駆逐艦らしき艦影を見た事を報告する。
「そのミサイル艦は前方に砲塔が2つ、後部甲板に砲は無くて、ミサイルランチャーがあるという感じかい?」
「はい閣下、仰せの通りの艦が1隻見られました。 似たようなデザイン・サイズの艦も数隻ありましたが、ミサイルランチャーは無いようです」
「そうか、ありがとう」
TYPE XXIII は第二次世界大戦末期に登場した艦であるが、例によって乗員のホムンクルスは現代兵器についても理解している。
ただし、その理解度は召喚元キット制作者である土井の理解度が上限となる。
土井は「あまつかぜ」の事は「ぼーっとした感じ」で知っていても、艦名までは出て来ない。
なので、艦長も「『あまつかぜ』らしきミサイル護衛艦を確認した」とは言わないのである。
土井は横に立つマリエルに語る。
「となると、1/700はまだミサイル艦を召喚出来ないみたいだね」
「そうなのですか?」
「向こうはこっちに偵察機を出したから、こっちにモデラーが来ている事は判っているはずだ」
「え? 偽装しましたのに?」
「そもそも偵察機を飛ばしてきたって事は、例のリークがうまく行ったって事だろう」
「はい、あの『レリアル陣営では土木工事を盛んにやっている』という情報を流すというお話でしたね」
「そう、だからこそ確認の為に偵察機、それも精度の高い写真を撮るため、新しいタイプの機体を使った」
「そういう事でしたか」
「なら、慎重派の英ちゃんなら、確実に最新型の軍拡をする」
「最新型とは、最も強い武具という事でしょうか」
「一概にそうとは言えないけど、大体その理解であってる」
「なら、常にその最新型を投入するのでは?」
「そうでもない。 これまでの戦いの記録を見せてもらったけど、極力『古い・弱い』装備を使っている」
「ええっ!? そうなのですか?」
自分たちが苦戦しつづけた「未来の武具」が、実は「弱い方から召喚された」武具だった。
それはマリエルにとって驚きの事実である。
「そんな、その弱い武具を使う事にどんな意味があるのですか?」
「その前に、最初から強い装備が出てきたとして、結果に変わりはあったと思う?」
全戦全敗という不名誉な実績を考えれば「何も変化はない」が答えになる。
「そうですわね。 結果は同じだったと思います」
「そして、それは単に戦いの結果だけでなく、マリエルさん達の『戦意』でも同じだと思うけど、どう?」
「確かに、最初に出会ったセンシャが最近見かけるセンシャだったとしても、変わりは無いかと」
「そうだよね。『もう駄目だ。勝ち目ない』なんて戦意喪失にはならないよね」
「はい」
「召喚システムは新しい装備程負荷が高い。 難易度も上がるし、数も揃えられない。 なら、古い装備を召喚して揃えた方がマシ」
「そうですわね」
「それに、強い装備が先に出したとして、それに対抗策を取られたら、後から弱い装備を召喚しても役立たずじゃん。 これじゃ解決策が無い」
「はい」
「つまり、英ちゃんはそういう『ハマリ』状態を恐れていたんだと思う」
「逆に、弱い装備に対抗策が出てきて通用しなくなったら、強い装備に切り替える。 これなら先に進める」
「そういう事でしたか」
「彼は『勝つ』事より、『負けない』を優先する性格だからね」
「だけど、こちらに『同類』がいると判れば、そんな悠長な事は言ってられなくなる。 つまり『可能な限り強い装備』を召喚する筈と言う訳さ」
「ですが、それでは大英様が強くなってしまうだけなのでは?」
「それはそうなんだけど、向こうの強さが判らない状態ではこっちの作戦も立てられない」
「しかも、召喚だから『これはヤバイと思って開戦直後に温存していた最強装備を召喚』なんてコトが出来てしまう」
「それをやられると、こっちは戦場で『想定外の強力装備』と対峙する羽目になってしまう。 なら、先に『用意可能な強力装備』を召喚させて、その情報を得た方が良い。 対抗策も検討できるからさ」
「なるほど、それで今回の情報だと『1/700はまだミサイル艦を召喚出来ない』と判る訳ですね」
「ああ、英ちゃんが持ってる1/200とかの1/700より大きいスケールでミサイル艦は1隻しかないのが判っているから、もしミサイル艦が出てきたら、1/700でそこまでの召喚が可能になった事を示すし、無いなら、まだそこを召喚出来ないって判る」
「つまり、単に相手の武具が判るだけでなく、どこまで召喚できるかも判る訳ですね」
「そ。 情報は力だよ。 兵器の性能より重要なものさ」
それを聞き、大英達が自分らの魔獣について、なぜか初見なのに能力を把握しているという疑問が出ていて、それに対し未来の書物(ドラゴンミッション2 最速攻略)に能力が記載されているという話を思い出した。
まぁ、それを頼りに作戦を立てたけど、うまく行かなかったりしている。
その事を土井に話すと。
「スライムが最弱? それ、英ちゃんが聞いたら笑っちゃうだろうな」
「そうなのですか?」
「自分や英ちゃんの世代はドラゴンミッションが出る前からファンタジー知ってるからね。 スライムが凶悪で強敵なのは百も承知してるよ」
「そうでしたか。 と言いますか、なぜ土井様や大英様は魔獣の能力を知っておられるのですか?」
「うーん、それは判らない。 自分もキリエルさんやミシエル君から説明を受けて『一致』している事に驚いたくらいだし」
「そうだったのですね」
連戦連敗の原因の一つが「こっちのスペックがバレている」ため、初見殺しが無理という事が判っただけでも収穫なのかもしれない。
今後も、マリエル達の投入する魔獣の能力を、大英達が知っている前提での作戦立案が必要だろう。
ところで、潜水艦を使っていたのは土井だけでは無かった。
*****
「港が出来てる?」
「はい。 想定地域内に海軍基地となるであろう施設の建設が進んでいました」
南の海岸近辺に派遣され、帰還した伊-1艦長からの報告を受け、大英は相手が海軍の建設を目論んでいる事を理解した。
秋津もなるほどと思う。
「懸念が当たったな」
「ああ。 今度の相手は陸海空揃っているらしい」
「どうする、先制攻撃かけるか」
「うーん」
場所を特定できている航空基地や、今回確認した海軍基地を破壊しても、勝負はつかない。
そして時間を置いて復活するだろう。
戦いで相手に負けを認めさせるには、
敵地の占領
敵軍の撃破
のいずれかが必要。
もちろん、普通の戦争なら基地の破壊によって運用能力を奪う事は「敵軍の撃破」にも繋がるし、軍施設以外のインフラ破壊。住民の殺傷も効果的だろう。
だが、この戦いではレリアル陣営に軍施設以外のインフラは無いし、住民もいない。
基地を破壊しても、その隙に潰すべき「敵の主力部隊」は何処にいるか判らない。
つまり、「開戦」にならないのである。
結局、燃料弾薬を消費して決戦を先送りするだけ。
そしてそれを実施するという事は、
指揮官が燃料弾薬の消費を気にしない間抜け
か
燃料弾薬の消費を気にしなくてよい「何か」を持っている
という情報を相手に与える事になる。
相手が「推測が得意」で「悪い方に考える」タイプなら、こっちはロジスティクスが確立している事をわざわざ教える事になりかねない。
(実際は大英の性格を知っているので、悪い方に考えなくても気づくだろう)
まぁ、気づかないレベルの人も普通にいるから、考えすぎかもしれないが「敵は名将」という前提で戦略を立てなければ、戦いには勝てない。
なので、余計な情報は与えないに限る。
結局のところ、敵戦力が見つかっていない以上、攻撃しても敵軍は減らない。
迎撃して来れば話は違うが、相手も馬鹿ではないだろう。
戦力不十分な状態で迎え撃ちはしないだろうし、航空基地にも飛行機は置いてないだろう。
海軍基地に船が見当たらないのも、どこかの地下にでも艦艇の保管場所があるのかもしれない。
なにしろ、ゲートを運用する者達なのだから、艦艇が常に海に浮かんでいる保証はない。
それが大英の見立てだ。
「やっぱ難しいな」
「そうだなぁ」
「攻撃しても、単なる嫌がらせにしかならないからな」
「無駄に怒らせるだけか」
「そう、実際に戦う時には冷静に戻ってるから、怒りで判断ミスする効果も期待できない」
倒すべき敵戦力が登場しない事には、出番がないという事なのであった。
それが「防御側の制限」なのかもしれない。
イニシアチブは攻撃側にあるという事だ。
だが、攻撃側は攻撃側で、悩みはあるのである。
用語集
・リーク
有名なものとしては「ミッドウェーが水不足」がありますね。
暗号解読で「日本軍がAFを狙っている」所までは掴んだのだけど、固有名詞は解読できない。
AFとは何ぞや?
そこで、試しに「ミッドウェーは水不足」という情報を平文で流して日本軍にキャッチさせた。
そうすると「AFは水に困っている」という暗号が。
これでAF=ミッドウェーと特定されたというお話。
・ミサイル艦は1隻しかない
ここで言うミサイル艦とは、防空用の長射程誘導ミサイルを搭載した艦のこと。
トマホーク巡航ミサイルやハープーン対艦ミサイルを持つ艦(1/350 ミサイル戦艦ニュージャージー)は含まない。
・未来の書物に能力が記載されている
彼らは「第47話 おっさんズと新戦力整備 その2」にて「ドラゴンミッション2 最速攻略」というTVゲームの攻略本を取得している。
・こっちのスペックがバレている
レイスのようにバレてないケースもあるのだけどね。
あ、効果はバレているような物か。 対策がバレてなかっただけで。
・敵地の占領
これはあくまで一要素にすぎない。
旧日本軍はこれに拘り過ぎたという説がある。
敵軍を撃破する事より、土地の占領を優先したとか。
敵を追い出しても、深追いせずに勝利を祝ったと。
だが、軍が健在なら、奪還される危険が残るので、ある程度の追撃は必要だろう。
・住民の殺傷も効果的
現代のニュースを見ていれば、諸国から批判されたり、戦争犯罪に問われるように思うかもしれない。
だが、批判は口だけで別に武力制裁(武力介入)する国など無いし、戦争犯罪に問われるのは敗戦国になったときだけ。
勝てば官軍。 何十万人殺そうが、勝った国がその行為に見合う罰を受ける事は無い。
費用対効果ならぬ「罰対効果」で言えば、非常に「効果的」なのである。
・その隙に潰す
航空基地を潰せば、空戦しなくても航空優勢が取れる。
本来なら敵空軍の居ぬ間に戦車隊を叩く……となるのだが、この戦いでは、その戦車隊は何処にいる? となる。
・ロジスティクスが確立している
ここでは工場の稼働用原資の確保、弾薬/燃料の製造、消費地への運搬辺りまでが範囲。
・戦力不十分な状態で迎え撃ちはしないだろう
敵がそれをやらかした前例があるが、そういう事が毎回起きる事を期待する訳にはいかない。