第57話 おっさんズと貴族のお家事情 その3
その日、セキエル達はサンドボックス環境にてフッケバインの召喚に成功した。
「よし、うまくいった」
「ちゃんと機能しますかね」
「試してみよう」
召喚されたフッケバインに指示して、飛ばしてみる。 無事離陸し、飛行した。
その飛行が本来のスペック通りなのかまでは判らないが、飛んだという事は大丈夫なのだろう。
召喚に問題があれば、それは「性能が下がる」という形ではなく、そもそも「飛ばない」という形で現れるだろう。
召喚成功は早速モリエルに報告される。
「ご苦労さん、それでどうやったんだい」
セキエルは行った対処について説明する。
「はい、戦歴が無い事に対処するため、他の要素で補う形で処理しました」
詳細は省くが、開発の進捗度や土井の知識量・好み、知名度・人気といった情報を元に補完を行ったという事であった。
まぁ、キット化されている以上、それなりに知名度と人気はあるだろう。
「総合的に見て、『ゆらぎ回避』に十分な精度が出せたものと思います」
「そうか、ありがとう。 早速本番環境に反映してくれ」
「了解しました」
「ところでマツエル、土井氏から話のあった機体についてはどうだった」
実戦に参加していない装備は他にも色々あるため、土井にリストを出してもらって召喚テストをマツエルがやっていたのだ。
「計画機と分類された『Me P-1111』『LIPPISCH P.13a』はゆらぎが収束できず、駄目でした」
「そうか、残念だな」
「開発中の機体『Me-328』はテストをパスしたんですが、召喚された機体には武装が無く、戦闘機としては使えないものになりました」
「実戦仕様には出来ないのかい」
「どうやら、実在した開発中の機体と、計画にある戦闘機型の相違が大きすぎて無理だったようです」
「そういうパターンもあるのか」
「戦闘機型を想定した文様が描かれていたのですが、駄目でした」
「『Ho-229』『マウス』については問題ありません。 以上になります」
「ありがとう。 早速フッケバインの件と併せて土井氏に連絡するよ」
連絡を受けた土井は試しにHo-229を1機召喚し、無事成功して安堵したのであった。
そして、翌日には Ta-183フッケバイン の召喚にも成功した。
*****
その日、アキエルは地上にいた。
当然のように関係者が招集され、城の一室に来た彼女の元へと集まる。
そしてメンツが揃ったところでアキエルは話を始めた。
「まず、謝らないといけない事があります」
「リディアさんの体調についてですが、これはリアライズシステムの影響が原因の一つです」
「それは、どういう事ですか」
大英の問いにアキエルは説明を続けた。
「リアライズシステムでは、召喚時に大きな魔力を消費します。 これは皆さんが日々経験している事ですね。 一方、召喚された装備の維持には召喚用魔力提供者は関わっていません。 大英君もパルティアちゃんも、ハイシャルタット君も誰もね」
これを聞き、秋津は首をひねる。
「うん、と言うか、『維持費』ってかかっていたのか?」
「召喚者が亡くなれば召喚装備が消えるのは知ってるわよね」
「ああ、敵さんの戦車とか、あっという間に朽ち果てたな」
「あれは『維持』用の魔力供給が途絶えたのをシステムが検知して、自己崩壊プログラムが稼働した結果ね」
「という事は……」
「当然こっちのシステムでも同じ。 そう、維持はリディアさんが担っています」
「それって、ほとんど負荷は無いって話じゃなかったか?」
「そうねぇ。 この間まではそうだったのよ」
「この間まで?」
「インフラ召喚を始めてから、一気に負荷が爆上がりしてたのよ。 盲点だったわ」
「それじゃ」
「そう、彼女の不調には、恒常的に魔力を消費していた事が関係しているわ」
周りに重い空気が漂う。
それを破り大英が口を開く。
「解決策はあるんですよね」
「もちろん、そのために来た訳だし」
「良かった……」
パルティアは胸をなでおろす。
「と言う訳で、秋津君。 頼んだわよ」
「何を?」
「維持費の負担をリディアさん一人から分散化します。 半分を秋津君に負担してもらいます」
「おう、そういう事か。 ……任せてくれ」
「あと、インフラの維持コストを最適化して一部を天界のシステム側で負担させるので、二人の負担は半分じゃなくて1/10くらいにはなるはず」
「システム側?」
「機械だって魔力を生成できるのよ。 全部任せることは出来ないけどね」
ティアマトのヴィマーナやミシエルの基地のゲートシステムなんかもそうだが、機器も魔法を使う。 と言うか、魔力で動作している。
リアライズシステムを稼働させているシステムでも同じ事である。
「じゃ、さっそくやるわね」
「準備出来てたのか?」
「当然。 出来る事を確認してから話に来てるんだから。 話を通しておいて『やっぱ無理でした』じゃカッコ付かないでしょ」
「そりゃそうだけど」
「いや、全くその通り」
先に話をしてくれと言いたげな秋津と、うんうんと納得する大英。
人と会う仕事をしている秋津と、技術者の大英の違いであった。
そして、アキエルはその場でバーチャルコンソールを出してシステム設定の切り替えを実行。
早速効果が現れ、会議の間ずっとボーっとしていたリディアの顔に生気が戻っていく。
こうして、リディアの「魔力不足」による体調不良は解消された。
「いやー、調子良いわ。 うん何か乗ってきた」
あまりの変わりように、パルティアはシュリービジャヤの事を忘れているのかと思う。
「姉様、シュリービジャヤ様の事は……」
「諦めたりしないわよ。 見てなさい」
忘れていなかったようだ。
落ち込んでいるように見えたのが気のせいだったのか、体調不良が解消された事で考えがポジティブに変わったのかは判らないが、確かにライバルが現れたくらいで落ち込むなど、リディアらしくない事だ。
一段落した所で、アキエルは大英に向き別の話題に進む。
「それでね。 向こうの現況について動きがあったの」
「え、どんなです?」
「大量の工事をやってる」
「工事……」
「キリエルちゃんの魔獣も、ミシエル君の亜人も工事が必要な戦力体系じゃない」
「工事の内容までは判らないけど、向こうで工事関係者の動員が進んでいる情報を掴んだの」
「近代兵器ですか」
「だと思うわ。 そして現物召喚なら、沢山の人が現れるはず。 人には食べ物が必要だけど、天界から大量の食料を運びだせば、それを隠し通す事は難しい」
「向こうの基地では食料を生産できないのですか?」
「出来なくはないけど、多分基地局か衛星の使用量が増えるわ。 内訳は判らなくても、いつどれだけ消費したかは判る。 今のところ、食料生産してる様子は見えない。 逆に土木工事の時の魔力消費と同じパターンは観測できてる」
「となると模型召喚ですかね」
「可能性はあるわ。 と言うか、高いと思う」
それに対し、秋津が疑問を出す。
「今から『新人』が来たところで、英ちゃんには追い付かないんじゃないか?」
つまり、スケールや年代的に太刀打ちできないのではという事だ。
確かに、1/35の第二次大戦型車両が数両あるだけの軍では、大英召喚軍とは戦いにならない。
しかし、大英はその考えに否定的だ。
「でも、この間の敵さんはいきなりM1とか出してきたからなぁ」
「そういやそうだな」
これにはアキエルも思う所があるようだ。
「結局は魔力次第よ。 機械任せは出来ないけど、向こうは魔法使いの素養を持った亜人が『作り放題』だから」
「となると、オークの魔法使いとかを人数揃えば……」
「そう、十分な人数がいれば、リアライズシステムを使いだしたばかりの新人でも、この間の1/700の戦艦だって召喚出来る」
「おいおい、やべーだろそれ」
秋津も事態の深刻さに気付く。
「ま、インフラ召喚はシステム側が対応してないと出来ないから、まだやれないと思うけど、一応『召喚軍』と戦う心づもりはしておいてね」
「了解です」
新たな召喚天使が呼ばれたという想定で、今後の対応を考える大英達であった。
用語集
・文様が描かれていた
キットにはドイツ空軍デカールが付属している。
空軍という事は、実用機を想定しているデカールですね。
・ほとんど負荷は無いって話
おまけの「資料:模型召喚システム[5章30話時点]」では
> 召喚された現物の維持には魔力が必要であるが、極めて微量であり、通常の運用で術者(システム実行者)の負荷などを気にする必要性は想定されていない。
と記述されている。