第57話 おっさんズと貴族のお家事情 その2
その日、大英達は例によってザバック辺境伯領に来ていた。
午前の召喚は軽巡洋艦大淀である。 艦船の数も増えてきたので、艦隊旗艦として活用する。
召喚は問題なく行われたのだが、今日もリディアは調子が悪そうだ。
秋津も気にしている。
「大丈夫なのか、リディアちゃんは」
「ええ、家でもあの様子なので……」
パルティアも心配顔だ。
そこに大英が斜め上の発言をする。
「うーん、アキエルさんに相談してみようか」
「なんでだ?」
「いや、彼女の不調は召喚システムの根幹に関わるじゃん」
「いやいや、その考え方はどうかと思うぞ」
常識人秋津的には、苦言の一つも言わずにはおれない。
とは言え、精神的な悩みや落ち込みを和らげるような天界の医療があるなら、それを活用するのもアリだろう。
午後に重巡洋艦青葉を召喚してスブリサに帰還後、神官に頼んで天界に取り次いでもらった。
秋津が一通り説明し、アキエルも事情を理解した。
「そこは専門外だけど、詳しい天使に話をつけておくわ」
そう言いつつ、アキエルは首をかしげる。
「あれ、何か忘れている気が……」
「どうかしたのかい」
「あ、何でも無いわ、気にしないで」
2日後、アキエルの紹介で天使エキエルが城に現れた。
西洋の神官風の衣装に身を包んだ中年男性の姿をした天使だ。
彼は医学の他、大昔神々が母星に住んでいた頃に発達した心理学などを研究している。
この地の人々にそのまま適応できるものでは無いだろうが、一応最も詳しい存在だ。
そして城に用意された部屋で、エキエルはリディアと二人きりで話を聞く。
彼のカウンセリングによって、少しだけ元気を取り戻したリディアであった。
天界に戻った彼は、アキエルにある報告をする。
「精神的な問題のほかに、慢性的な疲労の兆候が見られます」
「そう、ありがとう。 こっちでも調べてみるわ」
アキエルは改めて状況を確認するのであった。
*****
その日の朝、土井は建設されたばかりの第1格納庫に来ていた。
滑走路の横で、エプロンを挟む形で屋根付きで建てられた。 工期短縮のため壁は無い。
ちなみに第2以降はただの更地になる予定。
滑走路の進捗も含めて確認した彼は、家に戻って召喚に臨む。
現地召喚をしないのは、大勢の亜人魔導士を引き連れて移動するほうが大変なためだ。
「それじゃ、今日は確実な奴で行こう」
召喚されたのは「Fw190A-8」。 確実な機体という事で、試作機や計画機ではなく普通に活躍した戦闘機だ。
召喚元はミヤタ 1/72 ウイングコレクション No.28 フォッケウルフ Fw190 A-8である。
問題なく現れた戦闘機から、操縦士が降りてきて挨拶する。
「閣下、ドイツ空軍Fw190A操縦士であります」
「おう、ご苦労さん」
午後にも同じく「MC. 205 VELTRO」を召喚。
こちらはボロラエリの1/72キットだ。
着実に戦力を強化する土井軍。 天界も全力でサポートする。
マリエルの元に、モリエルからの連絡が届く。
「オノエル棟梁のつてで、新たに工事に参加する天使が2名参加してくれることになったよ。 ドタエル君とグナエル君だ。 明日から地上に赴くので、よろしく頼むよ」
「ありがとうございます。 お二人はどのような方々なのでしょうか」
「基地建設にも参加した、地上の事情にも通じている天使だと聞いている」
「それは心強いですね」
「ああ」
飛行場、港、線路とインフラ構築が進む。
魔法での戦闘の様に攻撃元が仮想化され、直接ビームやら光線やらが出てくるものと異なり、模型から召喚された「近代兵器」は、それを運用するだけでも大きなインフラを必要とする。
小規模な戦車隊ならともかく、航空機や艦艇、列車などは使えるようにするだけでも一苦労なのだ。
大英軍はそれを少しづつ時間をかけて構築して来たが、土井軍は短期間に一気に並走でやらなければならない。
それについて、召喚天使と生粋天使の関係はこれまでとは違うという点がある。
今までは余り良い関係ではなく、力は集約されずに、勝てる戦いも負けに終わった感があった。
だが、今回は最良の関係と言っても良い。
間違いなく、これまでで最良だ。
天使達は「これで勝てなければ、天使召喚で勝つのは無理」という共通認識を持ち、背水の陣にも似た感覚で事に当たるのであった。
*****
ドゥマク=エリアンシャルとその娘マリは、到着して以来スブリサの街と城を見て回っていた。
「ふむ、さすがは長年本家が守った街であるな」
「今はシュリービジャヤ様が守られているのですね」
「ああ、よい青年だ。 兄者も安心しておる事だろう」
そうして随所を見回っていた二人は、城の敷地で奇妙な建物を見つけた。
いや、最初に登城した時から見かけてはいたのだが、その時は案内に従わねばならず、近づくことは出来なかった。
今、近寄って見ると、彼らは見れば見る程不思議な建物だと思う。
ドゥマクは護衛の騎士に問う。
「あの建物は何を行うものですかな。 王都では見かけぬ様式でありまするが」
「あちらは、み使い様のお屋敷であります」
「おお、するとあの秋津殿の住まいか」
「正確にはみ使い様方は隣の建物に住まわれております。 あの変わった様式のお屋敷は仕事場として使われております」
「ふむ、かの神獣を生み出したみ使い殿所縁の屋敷でありますか。 なるほど、不思議な佇まいですな」
「はい」
「折を見て内装も見てみたいものですな。 話を通していただけぬか」
「お父様」
何か人の家をのぞき見するような下品な行いに感じたマリは、父親に対し抗議の目を向ける。
「いや、お前も嫁げばこの街に住む事になる。 シュリービジャヤ君とも共同で戦に臨まれている方々について、知っておく事は大事であろう」
「そ、そうですか。 そうですね」
マリも納得したようだ。
それに、いきなり「今見せろ」とかいう失礼な話でもない。
「では、頼みましたぞ」
「はっ、お任せください」
後日、日程が設定され、二人だけでなく、シュリービジャヤとその父軍務卿シャイレーンドラも合わせて訪問する事になった。
秋津と大英のほか、現地の者がバメス一人というのは、対応も大変なので、ゴートとビステルも参加する事にした。
いや、大英の家は普通の民家なのだが。
大邸宅とかいうものでは無いので、ちょーっと人数多すぎないか?
というか、途中で領主も顔を出すと言っている。
掃除やらなにやら、受け入れ準備をする大英達なのであった。
いや、ほとんどは執事のバメス氏とメイドたちがやるから、模型製作への影響は最小限に抑えてるけどね。
制作中のキットは説明のためにも必要だから、作業机自体はそのままだけどな。
*****
数日後、アキエルはシステムの点検中二ある「問題」を見つけた。
「あー、あ、そっか。 見逃す所だったわ」
アキエルはステータスパネルを見ながら、どうしたものかと頭を悩ます。
用語集
・大淀
1/700喫水線シリーズ旧金型の大淀なので、旗艦用に改修後の姿。
・常識人秋津的には
我輩的には「好感度下がるから控えよ」と言いたい。
サイコパスじゃないんだから。 ……大英君はサイコパスでは無いはずですよ。 そのばすです。 多分。
・専門外
地上の社会制度と、ヒトの心身の健康。 2つともアキエルの専門外。
・大勢の亜人魔導士を引き連れて移動するほうが大変
この場合質量的には大差は無いが、大人数でぞろぞろ移動するより、動かない飛行機をゲート側を動かす方法で転送するほうが楽という話。
・MC. 205 VELTRO
イタリア空軍の戦闘機。 第二次大戦中で言えば、最終型。 つまりイタリア最強の戦闘機。