第57話 おっさんズと貴族のお家事情 その1
その日、大英は城の敷地にある自宅の隣にて召喚を行った。
現れたのは「欧風建物」の一棟。
「これで色々便利になるかな」
「召喚された家」のため、工場と同様水道や電気が通っている。
とはいえ、時期が1940年代の想定のため、あまり大電力は使えない。
何しろ、家の中の家電と言えば裸電球とかトースター、それにラジオくらいしか無かった時代である。
電子レンジやホットプレートを持ち込んで使ったりすれば、一発でヒューズが飛ぶだろう。
……なのだが、コンセントの規格が合わないと、召喚された家に無い機器を使うのは難しかったりする。
実は電圧や周波数という根本的な問題もあるが、周波数については50Hzの規格になるように召喚したので、そこはクリアできている。
「コレを使う日が来るとはな」
大英はジャンク箱というか、使わなくなった小型家電の箱から、変換プラグを持ち出す。
元々は充電式シェーバーの付属品で、コンセントの規格と電圧を変換する。
一つしかないが、そこは仕方ない話だ。
こうして、欧風建物に液晶テレビとハードディスクレコーダー、パソコンと液晶モニタを持ち込んだ。
冷蔵庫は持ち込みを断念した。
大きく重い件については力自慢の騎士達がいるから問題無いのだが、消費電力を考えると、他の物が使えなくなる。
実のところ、コンセントだけは召喚時に指定すれば現代日本と同じ仕様に出来るのだが、電圧は100Vにならない。
このため、家そのものをもう一つ召喚しても変換プラグが一つしかない以上、問題は解決しないのである。
そんな訳で、今まで「置物」でしか無かった機器が本来の機能を発揮した。
だが、いつもなら大はしゃぎで興味を示すリディアが、何か上の空である。
「リディアちゃん、どうかしたのか?」
秋津がパルティアに聞くと、どうも困った事になっているらしい。
「実は姉様、シュリービジャヤ様と会ってはいけないと言われてしまいまして……」
「エリアンシャル卿と? なんで?」
「先日、シュリービジャヤ様の『婚約者候補』とされる方がいらっしゃった事で、父上様が……」
「あー、あの人たちか」
先日秋津がエリアンシャルと軍務卿らと共に王都から帰って来た際、同行していた人たちだ。
「えーと、どゆこと?」
「あの人たち」の事も事情も全く判らない大英が聞く。
パルティアは事情を説明する。
それによれば、リディアとシュリービジャヤは相思相愛なのだが、そこへシュリービジャヤの結婚相手として従兄妹のマリ=エリアンシャルが現れたという事である。
まぁ、まだ婚約はしていないのだが。
そして事を面倒にしているのは、シュリービジャヤはエリアンシャル本家の跡継ぎであり、リディアも神官家の跡継ぎという事である。
互いに家を背負っており、どちらかが家を捨てるという選択肢は認められない。
「そうなんだ。 両家を同時に継ぐことは出来ないの?」
「どういう事だ?」
秋津の問いに大英は「同君連合」と答える。
簡単に言うと、同君連合とは2つの王国が同じ王を頂いている状態。
王と王妃が、王はA国国王、王妃はB国女王というパターンもあるようで、こちらの形式がより近いだろう。
「つまり、エリアンシャル本家が神官家を兼務するか、リディアさんが結婚後も神官の地位を保持すればいいのでは?」
「そんな事が? あまり聞いた事は無いのですが」
そこで、大英は室内の備品を検分していたゴットルプ=バメスに話を振る。
「こっちではそういう事は無いのですか?」
「そうですね。 私の知る限り、一つの家が複数の大きなお役目を持った事例は無かったと思います」
「そうですか」
王の様に権力の拡大が問題とならない立場ならともかく、家臣が必要以上に大きな権力・権限を持つのは好まれないという事かも知れない。
それに、いくら家事は使用人が行う貴族であっても、神官と騎士団長夫人・本家伯爵夫人を兼務するのは仕事量が半端ないかもしれない。
「とりあえず、話だけでもしてみてはどうだろう」
そんな訳で、シュリービジャヤ一人を呼び出す。
み使いが呼んでいるとなれば、誰もこれに逆らうことは出来ない。
呼び出されたシュリービジャヤ=エリアンシャルが大英の家に来た。
事情を聴いた彼は、まず謝罪した。
「我が家の事とは言え、み使い殿のお手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「ですが、ご心配の通り、リディアさんの負担が大きすぎると思います」
「そうかぁ。 じゃプランBかな」
「プランB?」
「神官の地位相続って嫡子限定なのかな」
「いえ、嫡子に万一の事があれば、弟・妹でも受け継ぐ事が出来ます。 ですので、姉に何かあれば、私が受け継ぎま……え?」
「その『何か』として婚姻アリ?」
「いえ、それは……」
答えに窮するパルティア。
通常は病や事故、戦などで命を落とす・行方不明になる・職務が行えない状態になるという事が想定されている。
死亡したなら、弟妹の嫡子昇格。 行方不明や職務困難だと当人の廃嫡となるだろう。
この場合、他家の嫁になった事で廃嫡だろうか。
だが、通常廃嫡にはマイナスのイメージがある。 婚姻のような祝うべき行いで廃嫡というのは、駆け落ちでもしない限り考えずらい。
「私もそのような前例を、聞き及んだことはありません」
「バメスさんが知らないなら、無さそうだけど」
現代なら嫡子という概念自体無いから、余程の名家とか言うのでない限り兄弟姉妹のうち、誰が本家を継いでも問題はない。
弟が家を継いだからと言って、兄が無能とか何か悪い事でもしたかのように思う人はいない。
だが、この地は「しきたり」が重い古代中世のような社会である。
正当な跡継ぎがいるのに、下の者が跡を継ぐことは許されない。
下の者が継ぐには、本来の跡継ぎが「不適格」である事を世に示さなければならない。
それが廃嫡だ。
しかし、リディアに落ち度は無く「廃嫡という処罰を下す」のは不自然。
物事を円満に進めるなら、廃嫡という選択肢は選べないだろう。
シュリービジャヤも難しい顔で、名案は思いついていないようだ。
貴族社会の難しさに、さすがの大英も事は容易ではないと思い知らされるのであった。
*****
その日、土井は線路についてマリエルと相談していた。
「と言う訳で、直径400メートルくらいの円周状の線路が欲しい。 最低半円があれば運用は出来るけど、円になっている方が使いやすいかな」
「そうですね、飛行場、港湾施設の建設もあるので、それらが片付いてからになってしまいます」
「やっぱそうかぁ。 うーん」
何に使うのかと言えば、ドイツ列車砲K5というブツが使う。
ざっくり60kmの射程を持つカノン砲であり、スブリサの都どころかザバック辺境伯領の都も砲撃出来るだろう。
つまり、王都などを除けば、大英軍の施設全てを射程に収める事になる。
土井はその列車砲キットの巨大な箱を見せながら語る。
「こいつがあれば、敵のどの拠点でも砲撃できる。 海軍基地や航空基地を一時的にでも無力化できる」
「ええっ、それでは最優先ですか?」
「そうもいかない。 飛行機が守ってくれないと、空爆受けたら簡単に潰されるし、敵の海軍艦艇自体は多分沈められない」
適切な着弾観測と修正指示が無ければ、船には当たらない。
戦艦がでかいと言っても、飛行場の滑走路や、海軍基地の港湾施設のほうが的としてはずっと大きい。
それに滑走路の被害は短時間で復旧できる。
たった1門で状況を変えられるほどではない。
まぁ、味方にすると手間とコストがかかる問題児、敵にすると何処にいても撃たれる最悪の相手。
土井はするつもりがないが、城を撃たれればその被害は計り知れない。(おそらく1発の直撃弾で崩壊する。 直撃できればだが)
「円形の線路の他に、地下への引き込み線と地下格納庫があれば、効果的なんだがな。 実戦では山にあるトンネルの中に隠れていたし」
「それなら、引き込み線は無くても、ゲートシステムを用意すれば良いと思いますわ」
「あぁ、そんな事が出来るんだ」
「はい、空港と同じでシステムで用意出来ますので」
「そういやそうだったね」
「とにかく、工事能力を強化できないか相談してみますわ」
「頼む。 となると、このデカブツも頑張って作らないとな」
「大変そうですね」
「マリエルさんの苦労と比べれば、大した事は無いよ」
スケールは1/72なのだが、その箱はめちゃくちゃでかく、中身も箱に負けず、完成すれば全長44センチオーバーだという。
とりあえず、今制作中のヴィルベルヴィントが終わったら、次にこの巨砲を作ろうと思う土井であった。
用語集
・ラジオ
現代のように電池式ではなく、電灯線を使っている。
・50Hzの規格
1940年代のヨーロッパではこの辺りはバラバラだったらしい。
そして周波数はドイツでは50Hzが多かったらしい。
戦後日本が輸入したドイツ製発電機は50Hzの仕様で、これは北日本が50Hzになった原因と言われている。
(西日本はアメリカ製で60Hzだったりする)
・電圧は100Vにならない。
建物がヨーロッパの住宅なので、低いほうを指定すると127Vになるらしい。 ちょっと冒険したくない電圧だ。
PCだと115Vと230Vの切り替えがあり、多少の違いは気にしなくても良いが、他の機器もそうなのかは不明。
ネットも繋がらず、家電に詳しい相談相手もいない状況ではチャレンジできないだろう。
2025年の現代なら、AIさんに聞くという手もあるのだけどね。
・同君連合
本文に挙げた定義以外にもいくつかパターンがある。
王だけでなく、統治機構まで共通化するパターンもあり、もしアメリカが君主制なら、合衆国政府と州政府のような関係になる。
史実だと、オーストリア=ハンガリー二重帝国が該当する。
・み使いが呼んでいるとなれば、誰もこれに逆らうことは出来ない。
人はそれを職権濫用と言う。
・シュリービジャヤ=エリアンシャル
最初シュリーヴィジャヤ=エリアンシャルと書いていて、原稿内で文字列検索に引っかからないからおかしいと思ったら、元々は「シュリービジャヤ=エリアンシャル」だった。
「ヴィ」と「ビ」ね。
「第42話 おっさんズと海の戦い その1」の用語集など何度か「ヴィ」になっていた。
まぁ、発音の問題なので、同一の名前という事にして置く。
今回は公開前だったので直しましたが、公開済みの話では、気が向いたら修正します。
・嫡子
ここで言う嫡子は正室が生んだ子全員(嫡出子)ではなく「正室が生んだ長子」の事。