第56話 おっさんズとインフラ整備 その2
その日、土井はティルピッツのキットを出して制作していた。
横ではマリエルが見ている。
「マリエルさんは、大和に乗った事があるんだっけ?」
「はい、とても大きな船でしたわ」
「その大和が6万トンなんで、コイツはそれより少し小さい感じだね」
「そうですか。 よく判りましたわ」
マリエルは1/700の大和を見たのは、召喚直前と逆召喚直後だけで、じっくり傍で見た事は無い。
なので、今机の上に置かれているティルピッツの船体を見ても、サイズ感はあまり判らないが、実寸の大和は乗ったので、それなりに理解できる。
船着き場と言うか「海軍基地」は、大和ほど大きくはないが、少し小さいだけで似たようなサイズのものが2隻現れるという事を前提に考えなければならない。
そんな事を思っていると、土井はあと2箱持って来る。
「戦艦はティルピッツとビスマルクの他に、シャルンホルストとグナイゼナウがあるんだ。 この2つは4万トンだから少し小さいけどな」
2隻ではなく、4隻だったようだ。
今まで書いてなかったが、土井の場合も完成しているキットより、「積み」の方が圧倒的に多い。
召喚や打ち合わせ、各地の視察のほか、このようにキット制作も精力的に行う必要があるのだ。
なお、彼は塗装を行わないので、組み立てが終わる=完成である。 このため、大英と比べればずっとハイペースで制作を進める事が出来る。
ここへ来てからの短い時間で、戦車など6両、戦闘機など3機、駆逐艦2隻、潜水艦2隻を完成させている。
モリエル達が「追いつく」ために努力しているのに、肝心の召喚元キットが不足しては申し訳ない。
そんな責任感も、彼の手を早めていたのであった。
*****
この日大英達は先日の海岸に来ていた。
大英はその海岸線から200メートル以上離れた場所に、長方形の物体を置いた。
「これから行う召喚はちょっと大規模なんで、今日はこれだけになると思う。 寝込むほどではないけど、かなり疲れると思うので、皆もそのつもりで」
そうして現れたのは駆逐艦クラスを対象とするドックとクレーン、それに工場や燃料タンクなどで、地面は舗装・整地されている。
「これは、確かに疲労が大きいですね」
ハイシャルタットは現れた施設よりも、自身と大英やパルティアの疲労のほうに目が行っている。
「うわー、これは凄いねぇ」
疲労の無いリディアは感嘆し、秋津も「おお」と見入っていた。
今回の召喚はジオラマセットと呼ばれるタイプの模型を使用していた。
このため、建物だけでなく土地ごと召喚となるので、ひらけて何もない場所で行ったのだ。
で、今回のドックも制限は工場と同じである。
駆逐艦の修理は行えるが、建造は出来ない。
「とりあえず、これで一通りは揃ったかな」
「ん? 家は無いだろ。 あと、ここにも司令部が必要なんじゃないか」
「あー欧風建物か。 別に家屋は無くても良いけど、司令部は必要か。 スペースはあるから、今度建てよう」
「アレはどうなんだ? 沿岸砲台」
「市街戦か? いや、必要か?」
沿岸砲台は「市街戦」というジオラマセットに付属している。 大英の場合、セットに入っていたランナーの元キット「ドイツ機甲師団」も持っているため、ジオラマ以外にも沿岸砲台がある。
「何が海から来るか判らんだろうよ」
「そうは言っても、アレはアレで場所を探さんと」
ジオラマベースに山や川があり、砲台は山に収まっている。 なので、この場合山や川ごと召喚となる。 いや、別に繋がってなくて池状態でも構わんのだが。
「ま、急ぐ物でもないな」
「だな。 戦力整備に戻らんと」
とりあえずインフラ整備も出来た事で、整備補給など多くの課題が解消されて、一安心の大英であった。
今日の召喚はこの1回で終わりという事で、撤収しようとホルヒ1aに乗ろうとしたところ、リディアがふらついた。
「あれ?」
「姉様、どうされました」
「いや、大丈夫大丈夫」
そう言うと、リディアは作り笑顔をパルティアに見せる。
実際、特に問題は無いようで、いつも通り車に乗り込む。
そして一行はスブリサへと帰って行った。
*****
その日の午後、土井たちはフッケバインの召喚を行ったが、これは失敗した。
「なんかおかしい。 召喚されない」
「なぜでしょう。 モリエルさんに聞いてみますわ」
「お願いします」
仕方ないので、代わりに完成しているキットから「8トンハーフトラック37mm対空砲」を召喚する。
こちらは問題なく召喚されたので、リアライズシステムに障害が起きている訳では無いようだ。
連絡を受け、モリエル達が調査を始める。
ログを見ていたマツエルが問題が起きた所を特定した。
「モリエルさん、ここです。 ここで『err:403』か出て強制終了しています」
「ほほう、このエラーは何を意味しているのだろうね」
「サンドボックスを使って再現実験をして追ってみます」
「頼む」
間もなく、問題の箇所を特定する。
セキエルと二人で問題の原因を考察する。
「ここですね、アカシックデータベースから戦歴を取得した際に、データエラーになっています」
「DBやレコードは合っているよな」
「それは間違いありません、そこから違ったら、外形データも材質も取得できません」
「となると、現物特定はできているはずだよな」
「事象ゆらぎでしょうか」
「いや、ゆらぎの影響を排除するのがリアライズシステムの基本機能だから、そこが動いていないとは考えづらいな」
リアライズシステムは「未来」の物体の情報を取得し、生成している。
だが、未来は不確定であり、複数の可能性が存在しているため、確定的に情報を取得できない。
これを「事象ゆらぎ」と称している。
これに対処するため、リアライズシステムは物理的に完成された模型と召喚者の「模型愛」を利用して「一つの確定した未来情報」に収束させて「ゆらぎ」を回避している。
このため、「自分で制作」する必要があるし、ある程度の「再現性・精密性」が求められているのだ。
スケールが小さい(分母が大きい)キットの召喚負荷が高いのも同じ理屈。 「再現性・精密性」が低くなるためだ。
なお、年代の問題はアカシックデータベースの検索用にインデックスアンカーを打ち込んだ年代が1900年だった事に由来している。
現代だから大戦中より難易度が高いのではなく、1900年から離れている程難易度が上がるのだ。
なので、実は17世紀の武士のキットなんかは、現代同様、いや現代以上に難易度が上がる。
どういう事だと暫し悩む面々。
だが、「未成兵器」であるフッケバインに戦歴があるハズも無い。
そして、その事実を彼らは知らない。
ちなみにアキエルのシステムではこのエラーが出た時に「開発情報」を参照して、「未成兵器ワーニング」を出し「戦歴情報をカットして強制召喚」するか、中止するかを選択できるようになっているが、こちらは初期のコードのままなので「err:403」などという意味不明なエラーになっていたのだ。
なお、「戦歴情報をカット」と言っても、何でも出来るわけではなく、試作品の完成度や召喚者の模型愛・現物愛などを総合して、可否の判定が行われる。
そして、この場合は召喚したモノにも影響が出る。
具体的には、搭乗員の練度が低い状態になるだろう。
考えても結論が出なかった二人は、現状をモリエルに報告した。
「なるほど、戦歴が取れないという事なのだね。 ふむ、一旦この事を土井殿に報告しよう」
夕方、土井と通信が繋げられ、モリエルは状況の報告を行った。
その報告は土井にとって、思いがけない事であった。
「そこ引っかかるの?」
「はい。 召喚するには、戦歴も必要な情報となります」
「そっかー。 いや、無いんだよ」
「え?」
「そもそもフッケバインは1機も完成してないんだよ」
「完成していないとは、どういう事なのですか」
土井はフッケバインが開発中の機体で、工場が占領されて完成しなかったことを説明した。
「その様な物の模型もあったのですね」
「ああ。 先に伝えておけばよかったかな」
「いえいえ、私共もそこが原因で召喚が止まるとは気づかなかったので」
「じゃあ、コレの召喚は無理なんだね」
「いえ、まだ出来ないと決まった訳ではありません。 エラーを回避したり無視して先に進められないか調べてみます」
「そう? それは助かる」
実のところ、土井が持つ戦闘機の半数近くは「試作機」「未成機」「計画機」なのである。(流石に「架空機」は無い)
これらが全て召喚不能だと、戦力的にかなり厳しくなるだろう。
とはいえ、モリエル達が頑張っても、流石に影も形もない計画機は無理では無いだろうか。
用語集
・戦艦はティルピッツとビスマルクの他に、シャルンホルストとグナイゼナウがあるんだ
「シャルンホルストとグナイゼナウは巡洋戦艦」
そういう突っ込みはいいですから。 土井も承知してますが、無駄に細かい情報はマリエルを混乱させるだけ。
ちなみにキットの表記は「巡洋戦艦」。ドイツは「戦艦」と呼んでいた。 そこまで説明させるかね?
・組み立てが終わる=完成
将来的には塗装したいと思っているようで、大英にエアブラシについて聞いたりしているのだが、当の大英はエアブラシを持っていないので、聞かれても困るのであった。
そんな訳なので、デカールも「塗装後に貼る」という想定で省略している。
塗装した頃にはデカール死んでんじゃね?
・ホルヒ1a
これはキットでの名前。実際は「ホルヒ108 Typ 1a」と言うらしい。
ドライバー以外に5名乗車できるので、大英・秋津・リディア・パルティア・ハイシャルタットの5人がこれ1台で移動できる。
(ジープだと2台になる)
ゴートやビステルが同行する場合は、流石にもう1台必要となるが。
・「試作機」「未成機」「計画機」
土井の保有機でそれぞれの一例を示す。
試作機:Horten Ho-229 A-1(Ho-IX)
未成機:FOCKE WULF Ta-183 "Hückebein"
計画機:Messerschmitt Me P-1111