第55話 ドイッチュラントと呼ばれしおっさん その3
その日、土井忠は仕事帰りにリサイクルショップに来ていた。
「なんだこれはw」
手にした箱を見て笑いがこぼれる。
その箱はSKYFIXの1/600 MOSKVA という艦船のキットだ。
艦の前半がミサイル巡洋艦、後半はヘリコプター母艦というハイブリッドな艦艇。
それだけでも「変態感」があるが、パッケージの箱自体日本メーカーの艦船キットと比べると縦横比が異常という「笑いポイント」もある。
やたら細長い箱を手にした彼は、購入を決断し、買い物かごに収めた。
次に手にした箱は1/72 カモフ Ka-50 ホーカム。
「ヘリか。 そういや作った事無かったな。 いっぺん挑戦してみっか」
彼の在庫と完成品は、主として第二次大戦中のドイツ軍の正面装備ばかり。
あとソ連軍の戦後装備も少しあるが、そちらも戦闘機と戦車、それに大型艦艇しかない。
このため、ヘリは無かったのだ。
こうして、2箱購入した土井は帰宅する。
夕食は仕事の合間に済ませており、この日は帰宅してからの食事はない。
そうして、自宅であるアパートの部屋に入った所、不意にめまいに襲われる。
いや、揺れているのは彼自身に原因があるのではなく、部屋のほうだった。
「うお、何だ? 地震か?」
壁に手を付き、体を支える。
地震のような細かい揺れではなく、ゆっくりした揺れだ。
マンションの高層階ならともかく、4階建ての3階でこのような揺れは経験がない。
間もなく揺れは収まったが、外がいきなり明るくなった。
「何? 何の明かりだ?」
彼が窓に目をやると、見慣れない風景が見える。
「は?」
窓に近づく。 そこに見える光景は見慣れた街並みではない。
何処かの体育館の中にいる様な感じに見える。
そして、窓際に立つと異常事態に気付く。
いや、街並みが変わっている事自体、既に十分異常事態なのだが、その疑問が吹っ飛ぶような状況がそこにあった。
窓の外、直ぐ下に床があるのだ。 部屋は3階なのに、部屋の床の少し下に外の床がある。
つまり、1階と2階が消えて、体育館の床の上にいきなり3階が置かれているような状況なのだ。
「まさか……」
窓を開けて左右を見れば、どちらにも隣の部屋が無い。 上を見れば、4階も無い。
こうなると、「どこぞの体育館の中にアパートが埋まっている」のではなく、体育館の中に彼の部屋だけが「切り取られて」置かれていると考えるべきだろう。
「これは一体」
茫然と外を眺めていると、不意に後ろから声がした。
「説明が必要かの」
土井が振り返ると、一人の黒いローブを着た老人が部屋の中に浮かんでいた。
「な、何者だ!」
「神である。 名はロディニアじゃ」
「か、かみ?」
「左様、其方をここに呼んだ者である」
「まさか、異世界召喚なのか」
「その理解で宜しい」
土井は50を過ぎたオッサンであるが、以前の若者同様、異世界召喚物の作品に馴染みがある。
というか、アニメやコミックで多くの作品に触れている。
そういう意味では、一般のオッサンよりも「この事態」を理解しやすいと言える。
土井は社交的な一般人で職種も営業職である。
「いい年してアニメを見るなどコミュ障のオタクだけだろ」という発想をする人には、理解しがたい現実である。
だが、そういったステレオタイプな考え方は判断を誤る原因になるので、控えた方が良いだろう。
近年の50代は、アニメやゲームを嗜む層もレアな存在ではない。
話を戻そう。
レリアル神は土井に事情を説明した。
「そうですか。 模型を本物にして戦う……と」
「左様、詳しい事は現場の者に説明させる」
「待ってください、まだ引き受けるとは言っていませんが」
「何を申しておる。 能力があるなら、それを発揮するのが当然であろう」
「いえ、『当然』の事ではありません。 自分には養わなければならない家族もいますし、いきなり失踪しては、多くのお客さんに迷惑が掛かってしまいます」
「そこは心配無用である。 全てが終わった暁には、元の場所の元の時間に戻す」
「え、そうなのですか」
「当然である。 別の時間や別の場所に戻しては、其方の住む家も崩れるのではないか? そのような『目立つ事』は、我々は控えるようにしておる」
「そうなのですか。 ところで、戦う相手は現地の人達ですか。 人を犠牲にする戦いに参加したくはありませんが」
「それは其方次第である。 敵も模型を本物とした武具であるが、奪取する村や都には人間が住んでおる」
「え、それでは敵もモデラーなのですか」
「そう聞いておる」
(なら、相手も現代人。 話が通じるなら、やっても良いか……)
「わかりました。 判断の前に詳しいお話を聞きましょう」
「よろしい。 では、ついて参れ」
そして二人が玄関から出ると、近くの床の上に簀の子のような物が置かれ、その上に幾つもの段ボール箱が積み上がっていた。
その箱は土井が見覚えのあるものだった。
「これは……、ウチに送った段ボール?!」
「そうじゃな。 其方の家より取り寄せた。 2か所からの転送には難儀したぞ」
いつものように転送前に「応えよ」が無かったのは、他所で転送作業をしていたからであった。
「模型が手元に無ければ、作業できないであろう」
「それは確かに。 でもいきなり段ボールが無くなって、ウチじゃびっくりする……あ、しないのか」
「問題なかろう」
二人は地下倉庫から廊下に進むと、会議室に入った。
部屋には三人の天使が待っていて、出迎えた。
「ようこそいらっしゃいしまた。 私、ここで総指揮を執っているマリエルです」
「私はキリエル、モンスターの統率と前線指揮が担当よ」
「僕はミシエル。 亜人の開発と製造をやってる」
すかさず土井も自己紹介をする。
「自分は土井忠。 妻と3人の子供がいる中年です」
「土井殿はまだ天使になる決心がつかぬそうじゃ。 お前たち、説得して見せよ」
こうして、天使達との話が始まった。
早速土井が話を切り出す。
「それでは、話に入る前に感覚を確認したいのだけど、いいかな」
「感覚といいますと?」
「皆さんの『職場』は堅く真面目な感じなのか、フランクな感じなのか。 どちらかなと」
「それでしたら、フランクな感じですわね。 見た目も若く見えますでしょうから、堅苦しい対応は要りませんわ」
「あー若く見えるのは見た目だけだから、私もそこのミシエルも80歳過ぎてるし」
「ええっ、マジですか」
「マジですよ」
急に会話の様相が変わるのであった。 話は続く。
話題は戦いの内容に進む。
「それじゃ、これまでの戦いについて簡潔にまとめた資料なんかはあるかな」
「そうですわね、まとめたものはありませんわ。 映像資料そのままだと見るだけで何日もかかってしまいますわね」
「映像であるんだ。 じゃあ戦いの要点とか、決め手になった辺りを見せてもらえばいいかな」
「そうですわね、準備いたしますわ」
続いてモンスターについての話となる。
「それじゃあワイバーンが飛んでいるんだ。 これは現物を見てみたいな」
「じゃあ、会議が終わったら魔獣舎に行こっか」
「OK」
世間にファンタジーRPGが普及する前からファンタジー作品に親しんでいた土井にとってみれば、現実にファンタジーモンスターがいるというなら、「これは見ねば」という所なのであった。
こうして、話し合いは3時間越えの長丁場となった。 次から次へと話題が途切れず、思いの外長引いた感じだ。
そして、土井は決断する。
「天使の件、引き受けるよ」
召喚天使土井忠の誕生である。
用語集
・多くの作品に触れている
本編で2話前に話題になっていた「ニート転生」だけではない。
「異世界オッチャン」という作品があり、これはアニメ化される前から注目している。(本編中ではアニメ化のニュースが出た頃である)
「魔人様再挑戦!」という作品のコミックも愛読しており、アニメ化の際には「『続け!』って言ったって、こんなデキじゃ続編作られないだろ」と嘆いていた。(まさか5年後に続編が作られるとは、予想だにしない展開だが、現時点の彼は与り知らぬこと)
というか、毎期ごとに注目作があるようだが、毎期何本も見る様なアニオタではない。
ゲームに関しても、大英や秋津から廃人呼ばわりされる事はあるが、世間的に言う「廃人」の域には全く届いていない。
(自由時間がニート並みにあれば、廃人どころか廃神になれる集中力と分析力・行動力は持っているものの、彼の仕事はとても忙しく、使える時間は大変短い)
・二人
正確には一柱と一人。