第55話 ドイッチュラントと呼ばれしおっさん その1
モリエルは召喚候補者の最終調整を行っていた。
その候補者リストを見てセキエルが質問する。
「今度もニホンからなのですか? 確かインドでも神族に連なる信仰があったはずですが」
「そうだね、確かに信仰上の問題は無い様だけど、言葉が通じなくてね」
「あーそう言えば、ニホン語が通じないのでしたか」
「あそこは言語が複雑で多種多様だからね。 言語担当のタムエル君も苦戦していると聞いている。 それに、歴史的にあの地では大きな戦の経験が浅く、有効な戦士は期待できないんじゃないかな」
「模型に関してはどうなんです? 優れたモデラーはいないんですかね」
「報告によれば、文化的にモデラーが生まれる土壌では無いようだと聞いているよ。 それに人口が多くて探すのにも難儀しそうだという話だ。 唯一の利点は現地の神の力が感じられないため、干渉を受ける事が無い事かな」
「え? 神族に連なる信仰があるのにですか?」
「原因はまだ不明だけど、彼らの時代から数千年前に大きな戦があったようだよ。 その時に断絶してしまったか、ヒトとの混血が進みすぎて神威を無くしてしまったのかもしれないね」
「まさか、神様が自ら戦かわれたのですか」
「ヒトの残した記録が正しければ、そう判断する事になるかな。 詳しい所は実際にその時代を調査して見ないと判らないけどね」
「でも、神が隠れてしまったら信仰は続かない気がしますが」
「不思議な事だよね。 一応レリアル様から、この件についての調査継続の指示はもらっているよ」
「そうだったんですね」
「とはいえ、もうニホンで有力な候補は見つかっている。 今回はかなり有望だと思うよ」
「それは、おめでとうございます!」
「ははっ、まだ早いよ。 慎重に事を進めたい。 これまで僕たちは『のんびりしているとム・ロウ神様の天使が強くなる』という事に囚われ過ぎていた。 拙速に問題のある天使を召喚してしまい、結局相手に経験を与えただけだった。 『相手が強くなる前に』は重要な要素だけど、自分たちの天使が必要な能力を備え、我らと共に戦えなければ、結局は勝利に繋がらない」
「そうですね」
「システムの改良も同じだよ。 完成を急ぐあまり不十分なテストのままリリースしてしまったら、大きな問題につながる事もある」
「はい、反省しています」
セキエルは、以前十分なテストをしないままシステムを更新した結果、戦力喪失につながる問題を起こしてしまった事を思い出す。
「それで、頼んでいた件はどんな感じだい」
「はい、召喚時に元の模型を残す機能は実装出来ました。 現在サンドボックスの中で様々なタイプの模型を対象にテスト中です」
「流石はセキエル君だね。 仕事が早い」
「いえ、実証コードの中に最初からエントリーポイントがコメントアウトされた状態で入っていたんです」
「そうなのか。 最初から想定していたとは、アキエル君らしいな」
「はい。 正直、この間までモリエルさんがあの方……アキエルさんを高く評価しているのが不思議でした。 モリエルさんの唯一の欠点は天使の評価眼じゃないかとマツエルと話した事さえあるくらいです」
「ははっ、僕の評価眼に問題があったら、君やマツエルをスタッフに入れてないよ」
「す、すいませんっ」
「いや、いいよ。 確かに、彼女は理解されにくい所はあると思うし」
「でも、最近考えを改めました。 僕が考えるような事は、全部彼女が先に、先回りして準備してあるんです。 元の模型を残す機能だけじゃなく、いろんな所で……。 余計な事なら準備は見当たらないんですけどね」
「なるほどね」
アキエルに対する認識を改め、システムの改良に真摯に向き合うセキエルであった。
*****
話は少しだけ遡る。 秋津たちの艦隊が王都を出発した辺りまで。
王都。 エリアンシャル家の館。
「こ、こちらの方は……あ、いや、失礼」
父の命で応接室にやって来たシュリービジャヤは、長椅子に座る見知らぬ美少女の存在に動揺していた。
「若様、いかがされましたか?」
椅子の脇に立つメイドは不思議そうに問う。
シュリービジャヤは長髪イケメンという、いかにも女性慣れしている第一印象を持たれる人物であり、実際その通りである。
もちろん、彼の幼少期から知っているメイドも、その事実は認識している。
この地では、見知らぬ女性に名を問うのは失礼な行為とされている。
現代日本で言えば、初対面の女性に対し、名前を聞く前にSNSアカウント名を聞く様なものだろうか。
さらに、女性が男性相手に自己紹介することはない。
適切な紹介者に紹介してもらうのが、貴族の淑女である。
なので、本来なら従者が彼女の横に立っているべきなのだが、見当たらない。
「とりあえず、若様はそちらにお掛けください」
メイドはシュリービジャヤを女性の正面の長椅子へと座らせる。
彼は何が起きているのかと落ち着かない様子である。
女性に慣れているハズの彼らしからぬ反応だ。
対する女性はにこやかな表情で彼を見ていた。
そこへ、シャイレーンドラと彼の弟ドゥマク=エリアンシャルが入ってきた。
それを見て、シュリービジャヤと女性は立ち上がると挨拶を行う。
「父上、叔父上」
「伯父様、お父様」
「え?」
驚いて彼女の方を見るシュリービジャヤ。 そして、そんな息子を見て呆れるシャイレーンドラ。
「何を驚いておる。 マリを見忘れたか」
「え??」
「お久しぶりです。 シュリービジャヤ様」
「そ、そんな、え?」
「何を呆けておるか。 挨拶も出来なくなったか」
「あ、申し訳ありません」
「久しぶりだね、マリ」
「ふふっ」
何とも間の抜けた姿をさらした従兄妹を穏やかな目で見るマリであった。
だが、これも仕方の無い事。 シュリービジャヤとマリは10年ぶりに顔を合わせたのである。
そして、シャイレーンドラ、ドゥマクも座ると、話が始まった。
その内容は……
「ええっ、いやそれは……」
「どうした、マリ殿ももう14だ。 結婚するのに問題はない。 それに、今すぐという話でもない。 まずは婚約をという話だ」
「いえ、私は……」
シュリービジャヤは困った顔をする。
「まぁ、兄さん、突然の事だし戸惑っておられるのでしょう。 今日は顔合わせだけで十分です。 シュリービジャヤ君もしばらくは王都に滞在されるのでしょう?」
「そうだな。 神獣騎士隊の艦隊が戻るまでは滞在する事になろう」
「よいな、シュリービジャヤ」
「は……い、父上」
話も終わり、ドゥマクとマリは帰って行った。
シャイレーンドラはシュリービジャヤに語る。
「お前、神官の娘の事を考えておるのか?」
「……」
「ならんぞ、あの娘は神官家の跡継ぎ。 他家の嫁にはなれぬ」
「し、しかし!」
「判ってると思うが、お前もエリアンシャル本家の跡取りだ。 他家の婿には行けぬぞ」
「ううっ」
突如困難な事態になったシュリービジャヤであった。
*****
現代日本。 東京某所。 2021年6月某日。
その日、東京に単身赴任しているサラリーマン「土井忠」のスマホに、自宅に住む彼の奥さんである吏子からのストリーのチャットが届いた。
[吏]「段ボール届いたよ。いつも通り部屋に入れとけばいい?」
早速返信を送る。 なお、[吏]は実際はアイコン画像である。
[忠]「悪いね、頼む」
彼が自宅に送った段ボールの中身は完成した模型である。
彼の趣味はいくつかあるが、その一つがプラモデル作りだ。
だが、東京で彼が住む部屋はあまり広くなく、完成した模型を展示・保管するにはちと狭い。
このため、最新作や特に気に入ってる作品は手元に置いているが、それ以外は自宅へ送っていた。
彼は単身赴任が終わって自宅に戻ったら、書斎に模型を並べるつもりでいる。
年に何度か帰宅した際に開けて見る事もあるが、埃を避けられる棚がまだ無いため、出して飾る事はしていない。
「さて、ホルテンとマウス送って場所も空いたし、次はヘンシェルいっとくか」
部屋の隅に積みあがった箱のタワー、その一番上に「富士山模型 1/76 キングタイガー ヘンシェル型」と書かれた箱が乗っていた。
彼はもう一つのチャットアプリを開くと、彼と二人の親友、合わせて3人だけのグループチャットに書き込んだ。
[毒]「次はヘンシェルだ。 これで英ちゃん陸軍は付いてこれぬわ」
先ほどの[忠]と違うが、これはアプリ自体違うため、アイコンも異なるためそれを表現したものだ。 間もなく、返信が来る。
[英]「愚かな、たかが戦車、B-25Hの75mm砲で粉砕してくれる」
[毒]「マテ、まだ完成して無いだろ。 完成してから語れw」
すると写真が送られてきた。 長谷部の 1/72 B-25H MITCHELL のパーツが塗装されている様子が写っている。
もっとも、パーツはランナーに付いたままだ。
[英]「既に予備塗装は終わっておる。 完成は近い」
[毒]「遠いって」
[英]「なんと、ならば今度の土日で工事を進めねば」
なんてやり取りの中に、もう一人が割り込む。
[秋]「英ちゃん、ニート転生の3話あるか?」
[英]「ちょっと待て」
そこで土井も話題を切り替える。
[毒]「3話か、あそこであいつが登場する話だな」
[秋]「待て、ネタバレすんな」
[毒]「え、コミックで見てるだろ」
[秋]「アニメ版は初回から違ってるだろ」
[毒]「俺はコミック見てないが、アニメはコミックより原作に寄せてるって話だっけ。 じゃ原作見れば」
[秋]「スマホの画面で小説なんか読めねぇ とか言ってたの誰よ」
[毒]「俺だ俺w。 でも秋やんは違うだろ」
[秋]「いや、俺だってドロじゃ読まねぇよ。 PCでも滅多に見ねえし」
そこへ待てと言った「英ちゃん」が復活する。
[英]「3話あるぞ」
[秋]「おーけー、次の日曜、英ちゃん家に行くわ」
[英]「りょーかい」
[毒]「あー一緒に見てえな ビール飲みながら」
[秋]「毒はいつ帰って来るんだ」
なぜアイコン表記を[毒]にしたのかと言うと、彼が「毒」と呼ばれているからだ。
[毒]「お盆には戻るけど、仕事入ってるから会えないかもなぁ」
[英]「休みじゃないんかい」
[毒]「休みだよ 仕事が入ってるだけで」
[英]「それは世間一般では休みと言わん」
[秋]「定義がおかしいな」
[毒]「俺の会社では言うのだ」
彼らの楽しいチャットは続く。
用語集
・インド
実は模型メーカーの工場がある地だったりする。
・戦力喪失につながる問題を起こしてしまった事
「第36話 おっさんズ、現用兵器と対峙する」で戦車が勝手に出撃してしまった件ですね。
・名前を聞く前にSNSアカウント名を聞く
昭和の人気アニメなら、名前を聞く前に住所と電話番号を聞くような話かな。
そりゃあライトニングボルトを食らっても仕方ない。 < いや、それが理由じゃない
・女性が男性相手に自己紹介することはない
年齢や身分が大きく異なる場合はこの限りではない。
当主クラスに「其方は誰か」と問われれば、自己紹介するだろう。
ただ、同年代の男性に対しては、問われてもホイホイ語るのは、貴族社会では「はしたない事」だとされている。
・ストリー
広く普及しているチャットアプリ。
アプリ名だけど、動詞のように使われる事もある。
・ニート転生
web小説原作のアニメ。 書籍版・コミック版もある。
なお、メタな話として、現実世界で3期が予定されている某作品とはスケジュールが違うと言い添えておく。