第54話 おっさんズと北の島々と後始末
ザバックの港へと向かう艦隊。
多くの艦がダメージを受けているが、中でもウォースパイトの被害は大きく、主砲第3砲塔は完全に破壊され、第4砲塔も動かなくなっていた。
船体も左舷側にいくつもの溶融した穴が開いており、大量の浸水が発生している。
右舷注水によってバランスを回復させているものの、左舷側に1度の傾斜が残っていた。
艦首や艦尾にも被害があり、最大速度も18ノットまで低下していた。
ただ、戦闘中では無いので艦隊は16ノットで航行しており、ウォースパイトが落伍する事は無い。
そんな満身創痍な戦艦を見ながら、秋津はため息をつく。
「これは修理に相当時間かかりそうたな」
横に立つ大英の表情は暗くない。
「いや、通常だと再召喚600日だから、それが伸びたら2年越え確実なんだろうけど、リセットだからゼロ」
「ああ、そういやそんな話だったな」
「まぁ、ゼロと言っても、自力召喚はまだ先だろうけど」
被害なし扱いの代わりに得た経験も無くなる。 それがレリアル陣営天使を召喚に使うための条件。
ただし、失われたものは復活しない。
18機のTBFアベンジャー、そして戦艦大和。
巡洋艦や駆逐艦など、他の艦艇に喪失は無い。
「大和は残念だったな」
「仕方ないさ。 天使の防御が無い時点で無傷とはいかないし」
「そうだな」
司令塔から甲板に出ていたパルティアは、そんな二人の会話を聞き、横にいるモリエルに聞く。
「モリエルさんはあの光を防ぐ魔法は使えなかったんですか?」
「うーん、使えなくは無いけれど、2つばかり問題があるんだ」
「2つ?」
「ああ、一つ目は範囲が狭い。 船全体を守れるだけの大きさで展開出来ない。 そして二つ目、こちらの攻撃まで吸引してしまう」
それを聞き、一緒にいたリディアも会話に加わる。
「そうなんだ。 エミエルちゃんて実は凄いんだ」
「ああ、天界でも一番の守り手だよ」
戦闘中は気が回らず、今になってモリエルに質問をしたのであった。
港に着くころ、天界から連絡があり、近隣はもちろん、地球全土で他に円盤や同類のモノは無い事が確認されたと報告された。
一行は艦を降り、港へと上陸する。
「それじゃ、作戦は終了。 戦艦を逆召喚するわね。 普通は大英君達にやってもらうのだけど、今回は私のほうでやるから、戻し先、用意して」
港に停めてあった車から白い半透明の 1/600 の模型が取り出され、海岸に置かれる。
アキエルはコマンドを唱え、大和Ⅰとウォースパイトは洋上から姿を消し、白かった模型は本来の色に戻る。
「そうか、アキエル君のシステムだとこういう事もできるんだ。 元が消えていては難しいかもしれないな」
「そうね、何か無いと難しいわね。 でも残す処理を実装したのは Ver 0.3 だから、残す動作自体は難しいものでは無いと思うわよ」
「なるほど、戻ったら実装の検討をしてみよう」
「使う予定、あるんだ」
「はは、どうだろうね。 僕はいつだって可能性がある事には備えてるよ」
こうして、両陣営協同の作戦は終了し、モリエル達は帰って行った。
*****
戦いから数日後。
秋津とゴート、それにシュリービジャヤの3名は冬月に乗り、王都へと向かった。
冬月は今回の戦いで被弾が無く、無傷であった。 敵駆逐艦が大型艦を優先して攻撃していたため、巡洋艦はそれなりに被害があったが、駆逐艦は皆無事だったのだ。
まぁ、駆逐艦が光線砲を受けたら、大破か轟沈だろうけど。
で、冬月は単艦で行動しているのではなく、新たに召喚された二等輸送艦と、LCI(歩兵用上陸用舟艇)を伴っていた。
その二等輸送艦には特二式内火艇が3両、九七式中戦車が2両搭載され、LCIの兵員室は空だった。
艦隊は途中ヌヌー伯領の都に立ち寄り、そこで現地に駐留していた九七式中戦車2両を追加搭載し、40名の騎士がLCIに乗船した。
その後、艦隊は王都に入る。
一行は女王に謁見するため王宮へと向かう。
「よく来てくださいました」
女王は久しぶりに会う秋津とゴートを労う。
そして、彼らを呼んだ件については軍務卿シャイレーンドラ=エリアンシャルが説明を行った。
「……と言う訳で、マウラナ伯領の鎮圧を決定した。 兵は連れて来ていただいたヌヌー伯の騎士と、王立第2騎士団を用いる。 兵達の指揮は第2騎士団団長ユーリヒ=ドラミアンが執る。 み使い殿とボストル殿はドラミアン卿を補佐して頂きたい」
「承知仕りました」
ゴートは話を了承した。 もちろん、今初めて聞いた話でなく、出発前に書簡にて知らされていた。
秋津は艦隊の指揮だけでなく、戦車隊も指揮する。 実務は各々ホムンクルスに任せているが、総指揮は彼が行う。
本来であれば、地上の問題に召喚軍が関わる事は無いのであるが、王宮では混乱の原因は円盤の艦隊による襲撃にあると理解しており、シャイレーンドラは事態の収拾に神獣騎士隊が参加するのは当然の事だと考えていた。
状況について報告を受けた大英と秋津も、召喚軍の力を認識していない事が「現地の増長」の要因の一つという認識を持ち、アキエルの了承を得て、今回の派遣を実施したのであった。
ところで、シュリービジャヤはここで別れる。 今回の鎮圧作戦には参加しない。
「それでは失礼いたします。 ありがとうございました」
彼は別件で父であるシャイレーンドラに呼ばれ、王都に来たのであった。
*****
LCIに乗船した鎮圧部隊は、マウラナ伯領で反乱軍の拠点となっていた港町に、いきなり上陸する。
上陸用舟艇であるLCIは、乗せている兵員を降ろすのに近代的な港湾施設を必要としない。
普通の海岸から上陸させることが出来る。
そしてLCIは島の人々も驚きはしないサイズであったが、同様に海岸に現れた二等輸送艦は、彼らがあまり目にしない大きな船であった。
さらに、沖に見える冬月は都でも見かけない程の大型船であった。
だが、実のところ島民たちを一番驚かせたのは、二等輸送艦そのものではなく、そこから出てきた戦車であった。
轟音と共に、馬も引いてないのに自力で動く物体。
さらに反乱軍の首領がいる館に向かうと、火を吹いて館が爆発したのである。
騎士団を率いるドラミアンは、島民達に戦車の事を「神の意を受けた神獣」と説明し、大公は神の意に反したため、その地位を追われたと話した。
「島の民よ、謀反者に加担するのをやめよ。 さもなくば、斯様な神罰が下るであろう」
燃える館と、弓を射かけても全く効果が無い戦車の強さに、抵抗は無駄であると理解するのであった。
その後、艦隊は沿岸の町や村を周る。
所によっては冬月が姿を見せるだけで仰天し、逆らう事の無意味さを悟る事もあるが、時には艦砲射撃を行い、時には戦車を上陸させて「島民を説得」する必要があるケースも少なくなかった。
一通り反乱が収まった頃、新しいマウラナ伯として、ある現地の貴族が任じられることが決まり、使者が都にやって来た。
武力による鎮圧だけでなく、外からの支配者を連れてくるのではなく、現地の者に統治を任せる姿勢を見せた事で、事態は収拾へと向かって行った。
バヤン辺境伯領では謀反こそ起きていなかったが、こちらにも艦隊が周遊し、王国と神の意を人々に示した。
まぁ、不満が完全に消える事は無いが、分断を意図する外部の活動家みたいな者がいないため、状況は好転するのであった。
こうして、ム・サン王国は円盤が引き起こした問題を解消し、大英達も後顧の憂いなく「本来の業務」に戻る。
用語集
・落伍する事は無い
まぁ、ウォースパイト自身はほとんど全力運転状態だがな。
他の艦は巡航状態。
・新たに召喚された二等輸送艦
1/700での1000トン未満などの限定解除は、円盤を倒した後もそのままである。