第53話 おっさんズと太古の敵 その6
円盤の内部、本来造船ドックと補給処、それに艦艇通路となっている場所に9メートル級の小型艦がひしめいている。
その数は次第に減っていくが、まだまだ辺りを埋め尽くしていた。
今、造船ドックは艦を建造するのではなく、解体・吸収する施設として稼働していた。
これにより、円盤は膨大な「エネルギー貯蔵庫」を有しているカタチとなっていた。
無限にも見える再生力はここから供給されていたのだ。
早い話が、「小型艦は艦隊戦で役に立たないから、電池代わりにした」という事だ。
抵抗する艦隊と戦う円盤は、前方だけでなく後方からも艦隊が現れたのを検知する。
しかし、その戦力は乏しく脅威ではない。 そう判定し、現状の行動は変更せず後方の光線砲だけで対処する。
*****
大英達の主力艦隊に通信が入る。 円盤に飛び越えられた形になっていた前衛艦隊が、ようやく戦場に到着したのだ。
「よし、前衛艦隊はとにかく駆逐艦を始末してくれ。 円盤の事は忘れていい」
「あー、いやそうだよな。 大和に撃たれて平気なんだから、巡洋艦や駆逐艦の主砲じゃ効果ない」
「あと、各艦に通達、高角砲と副砲は円盤ではなく、駆逐艦を狙って」
「うん? どうすんだ? 殲滅速度が奴の再生速度を上回らないと、敵の火力が上がっちまうぞ」
大英の指示に秋津は疑問をぶつける。
「光線砲を幾ら潰しても円盤は落ちない。 元を絶たなきゃ駄目だ」
「だが、戦艦の主砲にすら耐える奴をどうやって?」
「アレは自分から突っ込んできた。 それはなぜだと思う?」
「光線砲を撃ちたいからじゃ無いのか?」
「それなら10キロ先でも良いはず。 駆逐艦を乱戦に突入させても消耗するだけで良い事無いのでは?」
「うーん、そこ気にするかなぁ」
「思うに、撃たれたくないからだと思うんよ」
それを聞き、キリエルが口を開く。
「それって、接近する前に光線砲がやられちゃうって事?」
「いや、あの再生力なら、そこは気にしてないと思う」
「じゃ何で?」
「秋やんなら、ビスマルクと言えば判るかな」
「ビスマルク? ドイツの戦艦だよな。 防御が固い戦艦だって聞いてるが」
「ああ、イギリス艦隊の戦艦が寄ってたかって撃ちまくっても、全然沈まなかった」
「そのビスマルクがどうかしたのか?」
「実はアレ、防御構造は旧式で、横からの攻撃には強いけど、水平防御はザルなんだ」
「なぬ? ザルとは?」
「上から落ちてくる砲弾に対する防御は二流って事。 一次大戦の敗戦のため、ジュトランドの戦訓についての対策が足りないんだ」
「どんな戦訓だっけ」
「思ったより砲戦距離が遠かった。 だから砲弾は横からじゃ無くて、上から降って来るという話」
「ほーほーなるほど。 という事はあの円盤も同じという事か」
「敵が得た戦訓は『物理打撃』『水平線の向こうから攻撃』『火薬の爆発』だけ。 十数キロ程度じゃ砲弾は斜めから飛んでくるから、水平防御なんて考えは浮かばない」
「ん? それなら気づかず突っ込んでくるのではないか?」
「そこなんだけど、敵のシステムは『AI』の思考と『自動進化』の2本立てだと思う」
「というと?」
「システム自体が進化するのは、そういう機能が組み込まれているからだと思う。 だけど、それだけでは魚雷を無力化した事が説明できない」
アキエルも話に加わる。
「そこは私も疑問に思っていたところだわ」
「作戦を立てて行動する以上、指揮を執るAIがいるはず。 そして水平線の向こうから飛んでくる砲弾が放物軌道なのは容易に気づくだろう」
「でも、指揮AIはシステムの進化には関わらない。 起こり得る未来は想定できても、進化は『実際に起きた事』にしか対応していない」
「何の縦割り行政だよ」
秋津は呆れている。
アキエルは質問をする。
「そう思う根拠は?」
「上を飛んでるB-24とカタリナが無事。 あんなに届く対空砲なら、撃たれてもおかしくない。 でも、大きな脅威を感じないから撃たない。 むしろ撃つ事で自分の射程を知られる方が宜しくない。 本当に脅威のある航空機に警戒されて対策されてしまう」
「脅威度の判定や情報隠蔽。 単なる戦術指揮だけでなく、作戦レベルの判断が出来る存在だと思う」
「確かに、だけど上からの攻撃にも耐える防御って可能性は無い?」
「オーバースペックにはならないんだと思う。 艦艇を撃っている光線砲は強化されてない。 それは駆逐艦は一撃で沈められるし、巡洋艦にも大ダメージ。 戦艦相手だと手間取ってるけど、これは『もっと大きな敵艦』は初見なのと、『改良の必要の無いものは改良しない』という事かと。 だから、進化上は『見た事無い巨砲の砲弾が上から落ちてくる』事は想定外。でも、指揮AIは見た目だけで『大きな砲=より大威力』を見抜いたと思う」
それを聞いてアキエルも納得したようだ。
「なるほどね。 まだ学習してない攻撃方法に気付いたという訳ね」
「はい。 ASMのポップアップはありましたが、あれは対空火器をかわす程度で、斜め突入なので連中の学習範囲に『真上』は無いでしょう」
「それで、どうやって上から攻撃するの?」
「戦艦が遠くから撃てば、最終的にはほとんど真上から砲弾が落ちる形になるのですが、残念ながら敵の足が速く離れられません。 上からやるには上空からやるしかないでしょう」
それを聞き、秋津も理解した。
「つまり、爆撃だな。 それで対空砲が邪魔だと」
「そう。 敵の対空砲の射程がめちゃくちゃ伸びてるから、せめて駆逐艦だけでも殲滅しないと」
それを聞き、ミシエルが補足する。
「あの飛行機械への攻撃、君たちの単位で言えば8キロ先に当てて来ているよ。 初撃命中の精度と一発で粉砕した威力を考えれば、有効射程はもう少しあるだろうね。 確かに、上の飛行機械は撃てると思うよ」
「判った。 ありがと。 駆逐艦は沈めれば再生しないから、とにかく先に潰そう。 あと、念のためB-24とカタリナは一旦下げよう」
各艦は対駆逐艦を優先し、戦艦の主砲以外、魚雷も含めた全戦力を振り向ける。
円盤の光線砲はウォースパイトを撃ち始めており、あまり時間的余裕は無い。
「ところで、あの円盤を空から攻撃するって、どうやるのですか。 今から飛行機械を呼んでも間に合わないのでは?」
マリエルの問いに、大英は答える。
「最初から呼んであるよ。 使う予定は無かったんだけど、備えあれば憂いなしさ」
艦隊後方を飛ぶ3機の4発機「アブロ ランカスター」。 そのうちの1機は機内に収まらない巨大爆弾を抱えていた。
大英が万一に備えて用意した切り札であった。
「とはいえ、円盤自身も対空砲を持ってるから、出来るだけ離れた所から落としたい。 でも、ランカスターはそんなに高く上がれないし、高度を上げれば爆撃精度も下がる」
「えーと、これがスペックね。 なるほど、これは心配ね。 でも、なんとかなるでしょ。 天使もいるんだし」
作戦も決まり、大英は指示する。
「ランカスター隊に通信を。 出番が来た。 詳細を説明すると」
説明を受け、3機のランカスター隊は爆撃体制に入る。
一旦下がったB-24とPBY-5カタリナ飛行艇はランカスター隊と合流する。
爆撃隊の数を増やし、巨大爆弾搭載機への攻撃を逸らそうという考えだ。
ランカスターの残りの2機は4千ポンド爆弾を各々2発搭載している。 重量だけなら真珠湾で有名な800キロ爆弾の倍以上なのだが、残念ながら装甲目標に使う爆弾ではない。
なので、光線砲は叩けても、装甲を抜けるかどうかは怪しいところである。
そんな爆撃隊に向けて、一人の天使がエンジェルシステムの翼を広げ、高度を上げつつ向かう。
「なるほど、ここまで上がると空気も薄いですわね」
マリエルは爆撃隊の下1000メートル、高度で言えば約6千メートルに到達し、円盤と爆撃隊の間に位置を取る。
「では、展開しましょう」
マリエルは防御用のゲートを展開する。 相手は光線砲なので「見てから」では対処できない。
なので、予め展開しておく。
弾道の強制歪曲範囲は、エミエルのそれと比べるとかなり狭い。 それでも、密集隊形の爆撃隊はカバーできる。
自身の上空に迫る爆撃隊を脅威と見た円盤は、予想通り対空光線砲を放つ。
その光線はマリエルによって曲げられ、転移させられる。
効果が無かった事を検知し、全対空光線砲が爆撃隊を撃ち始める。
「これは大変ですわね」
滞空出来る自身はともかく、爆撃機は前進しているし、飛行機と比べると遅いとはいえ円盤も移動している。
エミエルのように広範囲を守れない以上、ピンポイントに正確に両者を結ぶ線上に位置して守らなければならない。
海上では艦隊の活躍のおかげで駆逐艦群が壊滅状態となり、防御範囲外から撃たれる事は無かった。
そして、2機のランカスターは円盤に向けて投弾した。4発の4千ポンド爆弾「クッキー」は円盤に向けて落下する。
マリエルは爆弾が防御歪曲場に巻き込まれないように注意しつつ、防御を継続する。
「リハーサルはうまく行きましたわ」
本番の前に、まずは別の爆弾でリハーサル。 何事にも万全を期す大英らしいやり方だ。
クッキーは通常の投下高度より高い所から落とされている。 そして高さが高いほど命中精度は低下する。 通常であれば、必要な精度が得られず、命中は期待できない。
だが、そちらにも対策が用意されていた。
「来たわね。 4個まとめても本番より軽いって話だったけど……これはなかなかね」
高度3千メートル付近を飛ぶキリエル。
砲弾を誘導した要領で、爆弾を誘導する。 以前誘導した巡洋艦の主砲弾より速度は遅いが、重量はずっと重い。
「でも、大丈夫。 行きなさい! 爆弾たち!」
円盤は落ちてくる爆弾の存在に気付くが、小さな爆弾を落とすには遅すぎた。
対空光線砲を撃ち始めたものの、駆逐艦を殲滅した大和Ⅰを始めとする艦隊がその砲火を集めてきたため、迎撃どころではなくなっていた。
4発の4千ポンド爆弾が円盤中心から半径20メートル圏内に全弾着弾する。
中央の塔状構造物と近隣の光線砲は破壊され、円盤中央部は崩壊状態になる。
内部の被害は判然としないものの、装甲にも結構なダメージがありそうだ。
そして、間髪を入れず、10トン地中貫通爆弾グランドスラムが落ちてくる。
「重いけど、1個だけだし、いけー」
クッキー4発の被弾で対処能力が低下したうえ、中間部から周辺部の光線砲も攻撃を受けて被害が大きく、再生が追い付かない。
結果、グランドスラムはそのまま中心を直撃する。
「よし!」
命中を確認するとキリエルは退避行動に入る。
そして、円盤は大きな爆発を起こす。 それは単に中央部が破壊されるにとどまらず、爆発は6条の火線として円盤全体に広がり、バラバラになる。
その様子を見て秋津が叫ぶ。
「よっしゃー!」
大英は冷静に海面を見ながら、「止め……は要らんな」とつぶやいた。
機能停止を想定し、距離を取って戦艦の主砲弾を撃ち込むつもりだったが、何か誘爆するような物があったのか、円盤は四散して沈んでしまった。
「弾火薬庫がある訳でも無し、何でこんな大爆発をしたか、わかりますか?」
大英に問われたアキエルも、答えは持っていない。
「うーん、私にも判らないけど、無尽蔵な再生をしていた魔力の出元と関係ありそうね」
反応炉が破壊されたとしても、そこまでの爆発はしない。 実のところ、小型艦を魔力変換しやすいように調整していたのが仇となった。
円盤内部にひしめいていた小型艦が次々と誘爆し、円盤の構造体まで破壊してしまったのであった。
そして沈んでいくのを確認した所で、大英はアキエルを通して帰投中のキリエルにある依頼を出した。
「えー、天使使いが荒いわね」
「まー、水中活動はキリエルが一番得意だと思うから、お願いね」
アキエルはなだめつつ遂行するよう念を押すのであった。
海中に潜ったキリエルは魔力探知で反応を探す。
生きているパーツ類が無いかチェックするのだ。
「あー、一つあるわね。 これを予想するんだ。 心配性というか、でも実際あったんだから大した者なのかもね」
感心しつつ、反応のある物体を回収するキリエル。
「コレ、あると思って探さないと見つからないわよね」
キリエルは直径30センチの円盤状の物体を持って大和Ⅰへ帰投する。
「あー、これは問題ね」
「やっぱりありましたか」
「ええ、機能を止めるわ」
アキエルは物体の魔力生成器の動作を止め、さらに外部からの魔力供給で再起動しないようにエネルギーシステムを破壊する。
「これは卵みたいなものね。 円盤本体が破壊されるような事態でも、耐えられる造りになってる。 まぁ、耐魔力は無いから魔法で『加工』すれば一発で『殺せる』けど」
「こんなのがあるって、よく気づいたものね」
キリエルが感心する。
「そりゃ、こういうのは定番だし。 総帥Yみたいな事態は未然に防がないと」
「あー、それか」
秋津は何を言っているのか一発で理解した。
「総帥Y?」
帰投命令を出したのち、大英は周りの天使たちに総帥Yについて解説するのであった。
*****
ダゴンの宮殿。
円盤からの信号が途絶えたのを検知した天使ジブリールは預言者ジューダと歓談中の預言者モーシェに報告する。
「そうですか。 偶然とはいえ自立兵器が稼働していたので、期待していたのですが……」
残念そうにしているモーシェにジューダは問う。
「モーシェよ、これは直接手を下さないと難しいのではないか?」
「ジューダもそう思いますか。 そうですね。 勇者達も音信不通ですし、卿の言う通りかもしれません」
「どうする?俺は暫く手を離せないが」
「そうですね、ところでジブリール、君の主人の帰りはいつ頃でしたか?」
「あと8千年は戻らないと思います。 それに次の予定も入っています」
「そうですか、ありがとう。 私も今はレムリアに行ってる余裕はありませんね」
「じゃ、しばらくは放置か」
「ええ、今の仕事も3万年はかからないと思いますし。 レムリアの件は急ぎませんので、その後でいいでしょう」
「おいおい、そんなにはかからないだろ」
「そう言わないで。 ダゴン様に提出したスケジュールではそうなっていますから。 もちろん、数千年は早く終わらせるつもりですどね」
「どっちにしても、だいぶ先の話だな」
預言者達は、しばらくはレムリアに手を出さないようですね。
用語集
・戦艦が寄ってたかって
そこまで言う事ではない。
その攻撃に参加している戦艦はキング・ジョージ5世とロドネーの2隻だけ。
・3機の4発機「アブロ ランカスター」
元となったキットには4機入っている。 残り1機はダムバスター搭載となり、今回の作戦には参加していない。
まぁ、この世界の何処にもダムは無いけどな。
(例によってこちらに来てからの制作であるが、何が起きるか判らないからね)
・総帥Y
現代忍者隊ハンカクサマンというアニメの敵組織ポムコーツの大ボスが「総帥X」という超大型コンピューターであった。
それが破壊された時、パーツの一つが生き残っており、それが残骸を集めて再生したのが「総帥Y」。
バラバラになっても、復活する可能性に注意しなければならない。という逸話である。