第7話 おっさんズ、新たな敵を見る その2
「な、何なんだ!
何が起きたんだ!」
ミシエルは混乱していた。
完璧な作戦だった。
敵は強力な飛び道具を持っている。
コボルト部隊を一掃出来る強力な飛び道具だ。
だが、この飛び道具には欠陥があると推測される。
威力は大きいが射程は短く、かなり近づかないと使えない。
おそらく、離れると急速に威力が低下するのだろう。
それでも危険なので、盾を用意した。
これであの飛び道具を防ぎつつ接近し、弓の曲射で先制攻撃。
混乱したところに新戦力のゴブリン部隊を突入させる。
コボルトと体格は同じながら、より強い個体戦闘力を持ち、統率の取れた行動で組織的戦闘力も向上したゴブリンなら、容易に敵の防壁を突破し、勝利に貢献する事だろう。
……そうなるはずだった。
だが、現実は違った。
敵の飛び道具は弓の射程外から撃ってきて、しかも盾を容易く貫通……いや、破壊して、その後ろのオーク達をも倒してしまった。
しかも、その飛び道具を撃ってきた「自力で走る箱」の機動性はすさまじく、ゴブリンの俊足を持っても全く追いつけない。
車輪がついている所が違うが、機能的には天界で見た「車」と同じような物だろうか。
あんな物をニンゲンごときが持っているなど聞いたことも無い。
敵の天使が関わっているに違いない。
敵を凌駕する対策を施したつもりが、敵はさらにその先を進んでいたという。
この事実は、ミシエルの自尊心を甚く傷つける事となった。
「こんな事があって良いはずがない!!」
「荒れてるわねー、また失敗?」
彼の研究室に場違いな少女の声が響いた。
声の主に向け振り返るミシエル。
「キリエル!」
「はーい、元気してた」
「首尾は良くないようじゃの」
白いワンピースに身を包むキリエルと呼ばれた少女と、レリアル神がそこに居た。
キリエルの姿は、現代人なら輪とか羽を付ければ天使だと思う事だろう。
髪はボブ、スカート丈はミニなので、人によっては「これが天使か?」となりそうではあるが。
ま、レリアル神が連れているのだから、実際ミシエル同様天使で間違いはないのだが……意味違うよな。
「神様……えーと、敵の新兵器が予想外の強さで……」
「そのようじゃな」
「『的なもの』で見せてもらったわ、無様ね」
「えーい、うるさい!」
「して、どうする」
「策を考えるよ」
「大丈夫~~?」
「大丈夫!」
挑戦的な言動のキリエルに怒りながら応えるミシエル。
ま、「喧嘩する程仲が良い」と言う言葉がハマるのではなかろうか。
レリアル神は特に気に留めるでもなく、二人を眺めるのだった。
*****
一通り状況を確認した所で、秋津は語る。
「こうなると、次に敵が来たときは、また何か手を打ってきそうだな」
「だな、正しく『軍拡競争』だ」
「こりゃ飛行場適地捜索を急がないとならんなぁ」
「そうだな、帰ったらすぐに執政官に掛け合おう」
「ヒコウ……何ですと?」
聞きなれない言葉にゴートが戸惑う。
大英は簡単に説明する。
「飛行場です。飛行機を使う為の詰め所ですかね」
「飛行機ですと!そんな、神の乗り物まで召喚できるのでありますか」
「?神の乗り物って、神は飛行機に乗るのですか?」
何か翻訳に誤りがあるような気がするが、間違ってはいない。
飛行機は英語で airplane である。
Flying machine とは普通言わない。
だから日本語の「飛行機」は彼らの言葉では「ヴィマーナ」と訳されたのだ。
まぁ、空を飛ぶ物の概念が無ければ、Flying machine 的に分解されて伝わるのだろうけどな。
ちなみにヴィマーナは垂直離着陸なので、「滑走路を持つ飛行場」を必要としない。
だから「飛行場」には適切な訳が無く、音がそのまま伝わったようだ。
逆に大英には「ヴィマーナ」の音は届いていない。「ひこうき」と聞こえている。
「ここ百数十年、神が直接お姿を現された事は無いため、昔の記録しかありませぬが、ム・ロウ神がユマイ様を迎えにいらした際に乗ってきたと伝わっておる」
「ユマイ様?」
「ユマイ=マタラム様という方じゃ。
ム・ロウ神とご結婚された人間で、今は神の一柱『ユマイ・ゴンドワナ』の名で知られておる」
「百数十年も前って事は、もう亡くなってるのか。
というか、ム・ロウ神って一体何歳なんだ?
若い女神様に見えたんだが」
「いえ秋津殿、ユマイ神は今もご健在であられますぞ」
「え、そうなのか」
「神になられたので、ヒトとは違う長命な存在になられたのですじゃ」
「うち等の『老化しない権能』みたいなものか」
「そうですな、大英殿。おそらく似たような物でありましょう。
そして、ム・ロウ神が何歳かは、直接語られたことが無いため判りませぬが、人が文明を築く前より存在されていたと言われております」
「流石神。とんでもない長命だな」
「まぁ、大抵の神話じゃ人類誕生以前とか、天地開闢より前から存在して年取らん。なんて話だからな」
「うん?大英殿、神話とは何です?」
「え、文字通り『神についてのお話』ですが」
「ああ、『言い伝え』の事でありますか」
「あー、なるほど」
「どういう事だ?」
「いや、うちらの世界じゃ神が居ないから『神話』なんで、ここじゃ神が実在していているから、ただの『昔話』なんだよ」
「なるほどな」
「おお、理解しました。それで『神話』ですか」
さて、話が明後日の方向に流れているが、途中は省略して流れが戻ったところから再開しよう。
「敵さん、今度はジープと機関銃に対する対策をしてくるだろうな」
「秋津殿の言う通りですな。いかがいたしましょうか」
「とりあえず分けて考えよう。
まずは機関銃への対策の推測と、それへの対策だ」
大英の見立ては以下の通り。
盾の能力不足は明らか。
よって、増厚や、素材の見直しをしてくると思われる。
とはいえ、無制限には出来ないだろう。
ゲームみたいな金属盾はいくらオークでも重すぎて運用できまい。
となると、防ぎながら近づくのではなく、盾が有効な距離を維持したまま攻撃する手段を考えてくると思われる。
「機関銃を超える攻撃?」
「こっちは盾が無いから、機関銃を超えてなくても有効な攻撃ならあり得るだろう」
「じゃ盾でも作るか?」
「何が来るか判らんからなぁ。
とりあえず、次、ジープへの対策を考える」
ゴブリンの足ではジープには追い付けない。
というか、不整地とはいえ、ジープに追いつける兵はそうそう簡単に用意できないだろう。
よって、追いつくより足止めする方法を考えるのではないか。
「どうやって足止めするんだ」
「地雷的なもので前後を塞ぐと動けない」
「それって可能なのか」
「無理じゃないかな。誰が地雷置くって話だ」
「おーい」
「はは、まぁそれは冗談として、魔法が実在している世界だから、何か手があるかもしれない」
「結局そこか」
「で、両方合わせると、ジープの機動力と火力をなんとかするって話なのだが、足止めできる方法があるって事にすると、それはジープの周辺に『攻撃が届く』って話に集約される」
「そうだな」
「なら、基本的な対策は、戦車と同じだ」
「うん?」
「『一人で突出するな』って事」
「ああ、なるほど」
「どういう事でありますか」
「ジープが無双できるからと言って、単独で敵に突っ込めば痛い目を見る危険があるから、歩兵と協同しろという事です」
「なるほど、しかし可能なのですか。
ジープと兵士では速度が違いすぎますが」
「敵地に攻め込むのであれば、問題ですが、村を守るのが目的なら、あまり離れないようにすれば良いでしょう。
目の前の戦場は剣と弓で戦うには広く見えますが、歩兵の持つ小銃や機関銃の射程を考えれば、十分いけます」
「だな」
そして大英はヤークトティーガー車長に指示する。
「もし、形勢に問題が生じたら、M21を投入するか、手りゅう弾を解禁してくれ。
曲射弾道の迫撃砲なら、ジープを超えて敵を叩けるだろうし、手りゅう弾を使えば敵も散開を余儀なくされ、連携も難しくなるだろう」
「了解しました」
こうして、対策会議は終了し、大英達は都へ帰っていった。
用語集
・単独で敵に突っ込めば痛い目を見る危険
有名な逸話として第四次中東戦争でのイスラエル戦車隊の話がある。
戦車隊だけで突撃したら、対戦車ミサイルに撃たれて壊滅したという話。
第二次大戦中でも、敵歩兵の肉薄攻撃への対処のため、歩兵との協同が重要だった。
何しろ戦車は周りが良く見えない。いつの間にか接近されているのに気が付かないなんて事は良くあるのだ。
ま、ジープは周りが良く見えるが、逆に装甲とかは無いからねぇ。
一つの無敵兵器で無双するってのは、ファンタジーだけの話ですから。
って、このお話はハイファンタジーに分類されるんだったか……。