第1話 プロローグ その2
翌朝、彼は朝食を摂ろうとしたが、用意が無いという事なので、先に戦車の召喚を行う事にした。
5号戦車の模型を手に、練兵場に出る。
ちなみに彼の分の朝食が無いという話ではなく、そもそも朝食を食べるという習慣が無いのである。
なお、ボストル団長も昨夜は屋敷に戻らず詰め所に宿泊した。
天使が来ているという非常事態ですからね。
「天使殿、何をされるので?」
「ふふふ、これから俺の神の御業を見せてやる」
1/35の5号戦車A後期型。
最近見かけるようになった北京ドレイク社のキットだ。
無塗装素組のため、灰色である。
彼は地面にそれを置くと、仰々しいポーズを取り「出でよ」と叫ぶ。
5号戦車の模型は黒い煙に包まれ消える。
そして煙は大きく広がり、それが晴れた時、そこには現物となった5号戦車の姿があった。
「な……」
ボストルを含め、周りにいた騎士たちは言葉を失う。
(こ、これが神の奇跡)
彼はどっと疲労に襲われるも、平気な振りをしてドヤ顔でガッツポーズを決める。
だが、ガッツポーズに馴染みのないボストルは、それを召喚の儀式の一環と理解した。
「よーし、これなら今日中にあと2台はいけそうだな」
「2台ですか」
「そうだ、明日には残りも全部呼び出して戦車軍団の完成だ」
「それで、勝てるのですか?」
騎士たちの疑問はもっともだとボストルも思う。
「うん?勝てるだろ。戦車砲の威力は昨日見た通りだぞ」
「あれはセンシャホウと言うのですか。確かに物凄い威力ですな」
「だろう?」
「ですが、攻城兵器としては使えると思うのですが、騎士相手には当たらないのではないですかな」
「はっはっは、大丈夫大丈夫。よし、それなら戦車の力を証明してやろう。
領主を討つのだろう?宣戦布告の手紙を送ってやれ。準備はしてるんだろ」
「な、確かに用意はしておるが、明日まで待たなくて良いのか?」
「なーに、今日は城は攻めないよ、向こうから来た騎士たちを蹴散らしてやんよ。それくらいならこの5号もいらない。4号1台で十分」
「もしかしたら、それだけで降伏してくるかもよ。それなら城を壊さなくても済むから良くね?」
ボストルは随分な自信だと思ったが、第1と第2の2個騎士団が出払っている今、本格的な討伐隊が来ることはない。
すぐに動けるのは、せいぜい執政官の私兵と城の警備隊くらいだろう。
近衛騎士隊が城から出てくることはないはずだし、城下街の警備隊を動員するにしても編成は1日では無理だ。
ま、センシャがどんなにすごかろうとも、それだけで頑固な若が降伏などすることはないだろうがな。
それがボストルの見解である。
「わかった。すぐに使いを送ろう」
「団長!」
「おお団長!」
「やった!遂に団長がご決断されたぞ!!」
周りの騎士たちがざわめきだす。
この第3騎士団の騎士たちは、騎士といってもそんなに立派な鎧を着ているわけではない。
それどころか、「ナイト」の位を持たない「雑兵」扱いの者がほとんどである。
正式に騎士(世襲騎士)と呼べるのは団長と、彼の嫡男のアラゴン副団長、あとは、数人の隊長格くらいのものだ。
ほとんどの団員はそもそも貴族ですらない庶民の出なのだ。
一方、第1騎士団は全員が貴族だし、第2騎士団は全員が試験に合格した剛腕ぞろいの一代ナイトの兵達だ。
だからか、いつも第3騎士団は格下と侮られ、蔑まれていた。
ボストルは団員たちを不憫に思っていたし、団員たちは団長まで格下扱いされるのを嘆いていた。
そこへ夢のお告げである。
団員全員が同じ夢を見ていたため、団員たちは舞い上がって「この時」が来るのを待ち焦がれていたのだ。
アラゴンも興奮している。
「父上、いよいよですね!」
「あ、ああ」
とはいえ、ボストルはこの熱気に違和感を禁じ得ない。
(確かに団員達は「お貴族様連中」に一泡吹かせてやりたいとは思っていたようだ。
だが、今から始まるのは紛れもない「謀反」だ。
たとえうまく行っても、戦死の危険はあるし、失敗すれば一兵卒といえども悪くすれは死罪の可能性がある。
もちろん、たとえそのような事態になっても自分の首だけで済ましてもらえるよう願い出るつもりだし、あの若が全員に死罪を言い渡す事などないと信じられる。
しかし、戦の中わしが倒れてしまったらどうなる。
まだアラゴンには交渉事のイロハを伝授し切れていない。
皆は判っているのだろうか。これは非常に重い決断だという事に……。
やはり神からのお告げを受け取った事が、皆の心に火をつけてしまったのかもしれぬ……)
考え事に耽っているところへ天使からの声がかかる。
「ところで、手紙の内容はどんなん?」
「お、確認されるか?」
「おお、見せてくれ」
だが、彼には手紙は読めなかった。
話が通じているから読めるかと思ったのだが、書いてある文字はまるで見た事が無いものだった。
「あー、読んでもらえるか?」
「ふむ」
その内容は
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ム・ロウ神は領主の行いに、お怒りを示された。
ム・ロウ神は領主と執政官が邪神レリアルへの対策を怠り、防備をないがしろにしている事を見抜いておられる。
ム・ロウ神は第三騎士団団長ゴート=ボストルに領主と執政官に罰を与える権限を付与された。
現領主、伯爵セレウコス4世ことセレウコス=オーディスはゴート=ボストルの忠言に従うべし。
本日日没までに善き回答無き場合、神より授かりし力を持って従って頂く。
受け入れる場合は投降の印を示されよ。
投降の印無きまま進軍の儀これある場合、我らの求めを拒絶したものとみなし、刻限を待たず実力行使を開始する。
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であった。
「うーん、ぬるいなぁ」
「そうであるか」
「もっとこう、『地位を譲れ』みたいな感じの方がよくね?」
「それはどうも気が引けるが」
「いや、神の意志に忠実に従うなら、そうしないとダメじゃん」
「わかった」
夢で天使より受けた指示では「領主と執政官を排除」となっていたから、確かに目の前の「天使」が言う通りではある。
だが、現実問題として王の了承も取らずに辺境伯の地位を譲ることなど、できない相談。
ボストルが執政官の地位につき天使の力を背景に、名目上領主はそのまま傀儡化、という所が落としどころだろう。
かくして手紙の内容は以下の如く改められた。
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ム・ロウ神は領主の不道徳な行いに、お怒りを示された。
ム・ロウ神は領主と執政官が邪神レリアルに傾倒し、防備をないがしろにしている事を見抜いておられる。
ム・ロウ神は第三騎士団団長ゴート=ボストルを新たな領主となる定めを示された。
現領主、伯爵セレウコス4世ことセレウコス=オーディスは速やかに領主の地位をゴート=ボストルに譲渡すべし。
本日日没までに善き回答無き場合、神より授かりし力を持って譲渡頂く。
受け入れる場合は投降の印を示されよ。
投降の印無きまま進軍の儀これある場合、我らの求めを拒絶したものとみなし、刻限を待たず実力行使を開始する。
---
「果たして若は受け入れてくれるだろうか……」
手紙を届けに行く部下を見送るボストルの心は晴れなかった。
彼にとって待ちに待った昼食の後、使いが戻ってきた。
城は大混乱になっているようだ。
外を監視している兵から連絡が入る。
「団長!討伐隊です!近衛騎士隊です!」
「な、なんだと」
ボストルは自身でも確認するため、監視塔に登る。傍にいた天使たる彼もそれに続く。
報告に誤りはなかった。
やってきたのは、まさかの近衛騎士隊だった、
「投降の印は見えんな。やはり討伐を決意したか」
日没まで猶予を与えたが、投降の印を示さなかったという事は、要求は拒否された事になる。
ただ、数は少ない。2個小隊だけが来ている。
おそらくは偵察任務なのだろう。
「ちょうどいい。予想通りじゃないか。まぁ見てな」
彼の指示を受け、詰め所に入ってきたのとは反対側の街側出口に4号が移動する。
1両での出撃だから、通信する相手はいない。
彼が乗ろうとするので、例によって通信兵が降りようとすると……
「いや、お前は良い。戦況をパンサーに伝えて騎士団のメンツにも届かせてやれ」
そして、代わりに操縦手に降りるよう指示し、空いた操縦席に彼が乗り込んだ。
「よし、出発だ」
一応動かし方は判るらしい。
「ここをこうして……」
4号は前進を始めた。
「おお、おお」
彼は操縦席で感動に打ち震える。
「いやー、少戦道見てから一度やってみたかったんだよなぁ」
実は数年前に見た少女戦車道(略称:少戦道)というアニメがきっかけで、グラプラモデラーだった彼は戦車模型の道に進んだのだ。
あ、いや、戦車模型のアニメではないですよ。戦車で戦うアニメである。
ちなみに主人公の乗る戦車は4号D型。そう、今彼が乗っている戦車と同型である。
後日手に入れたムック本に操縦方法が書いてあったので、動かせるのだ。
そして詰め所の出口より外へ向かう。
出口の外は所々に小さな丘陵と低木がある緩い下りの傾斜地となっている。
街道はその丘陵の間を曲がりくねって伸びている。
4号は時速15キロという自転車並みの速度でゆっくりと降りていく。
それでも人間が歩くよりはずっと速い。
「おおおおお、え、お、お」
一応街道の上を進んでいるのだが、平地ではないためかそれまでの街道より平坦さが足りず、かなり揺れるようだ。
いや、シロウトが操縦しているからかもしれない。揺れるためレバー操作などが雑になり、速度も不定になっていた。
しばらく進んだところで一旦停止する。
前を見れば、馬に乗った騎士が近づいてくる様子が見えた。
「よーし、主砲、榴弾装填。目標前方の騎士。足元に着弾させてやれ。準備出来次第撃て!」
目標までの距離100メートルで主砲が放たれた。
砲弾は進んできた騎士達の数メートル手前に着弾。
触発信管が作動し、榴弾が炸裂する。
1列縦隊で進んできた4人とその乗馬4体はその1発で倒された。
少し離れて続いていた4人の騎士が乗っていた馬は驚き、騎士たちは振り落とされる。
騎士たちは何が起きたのか判らず、茫然としている。
「おし、前進だぁ!」
そう叫ぶと、再び前進を始める。
騎士たちは我に返り、動かなくなった仲間の元へ駆け寄る。
「馬鹿が!車体機銃で奴らを撃て」
車体前方機銃が発砲するが、当たらない。
「もう少し近づくか、停止する必要があります」
機銃を討った通信士からの声に彼は
「判った、射撃中止、近づいたらまた指示する。随時状況をパンサーに実況してやれ」
と指示した。
4号は車体を前後左右にぐらんぐらんさせながら、騎士たちに近づいていく。
騎士たちは動かなくなった同僚と4号の間に立ち、剣を抜く。
そして突撃を始める。
「は、本当に馬鹿だな」
だがその直後、4号はがくんと左に傾いて前進できなくなった。
左側が街道から外れ、しかもそこの土が柔らかく陥没したため、埋まってしまったのだ。
彼はレバー操作で前進後進を試み、なんとか脱出をしようとしたが、無理であった。
本職の操縦手なら難なく出られたはずなのだが、本で読んだだけの「ペーパードライバー」の操作では、事態を悪化させるだけだった。
そこへ4人の騎士が斬りかかる。
彼は運転操作に忙しく、指示を出していなかったため、機銃は沈黙したままだったのだ。
しかしハッチはすべて閉じられているため、何の損害も与えられない。
ただ、ガンガン音がするだけである。
「えーい、うっとおしい!車長、拳銃で撃て」
「了解しました」
騎士たちは車体に斬り付けている。
車長は砲塔上のハッチを開け、拳銃を抜き騎士に向け発砲した。
一人の騎士が倒れる。
残り3人は上に居る敵を認識すると、車体によじ登ろうとするが、間髪を入れず車長は発砲し、二人を続けて倒した。
最後の一人は、攻撃をあきらめ、逃げ出した。
「逃がすか!車体機銃討て!」
走る騎士は背中を撃たれ、倒れた。
「やった、やったぞ、はぁはぁ」
自分では1発も撃っていないが、彼は異常な興奮状態になっていた。
平和な現代日本のサラリーマンが最前線を体験したのだから、無理もない。
先行した8人が不可解な力で全滅したのを見た騎士たちは前進をやめ、後退していった。
「はっはー、主砲だ!撃て撃て!奴らに戦車の強さを思い知らせるんだ!」
車体が傾き動けないまま、砲塔を回して騎士たちの居る方角に向けて撃つ。
だが、傾いているためかうまく狙えないようだ。
それでも、発砲音と着弾した砲弾の炸裂音と巻き上がる土埃は、騎士たちを怯えさせるには十分だったようだ。
遠くに見える街の城門そばに着弾した榴弾は騎士たちの士気に止めを刺したようで、彼らは城壁内に退避していった。
「ふはははは、見たか!コレが戦車だ!無敵の鉄の城だ!」
ひとしきり笑った後、動けない4号はその場に放棄して、彼と乗員たちは詰め所に歩いて帰った。
一応、戦車の威力は示せたといえよう。
鉄の城と言うにはちと小さいがな。
その後も街の門は閉ざされたままで、誰も近づく様子はない。
1両喪失という予想とは少し違う結果になったが、戦車はパンサーを含めあと5両もあるのだから問題ない。
詰め所に戻ると、当初の予定通り2両の戦車を召喚する事とした。
「天使殿、あのセンシャは使えなくなったようだが、大丈夫なのか」
「ヘーキヘーキ、アレは一番弱いやつだから。これからやるのが本番よ」
彼は2つのキットを10メートル程話して地面に置いた。
「よぉーし、タイガー1とキングタイガー、一気に行くぜ」
両方の模型は黒い煙に包まれ消え、煙はそのまま大きく広がり、やがて晴れて2両の重戦車が姿を現した。
だが、それと同時に彼は意識を失い倒れた。
用語集
・北京ドレイク
ドレイクと言っても、スキンヘッドのおっさんの事ではない。
中国の模型メーカー。
中国製だから安いかと言うと、そんな事はない。
現物の解説は無い事が多い。というか、吾輩は解説がある製品を見たことが無い。
・一代ナイト
世襲出来ない本人限定の騎士称号。
貴族ではない騎士の事。
・少女戦車道
戦車に乗る人が全員女子高生というかなり突飛な設定のアニメ。
制作側の想定を超えた大ヒットを遂げ、あまり戦車を知らない人にも戦車の魅力を伝えたとされる。