第53話 おっさんズと太古の敵 その1
アキエルは太古の記録を調べるが、資料は断片的な上、知らない概念も多く理解が難しかった。
そこで、古い資料に詳しいとされる老天使バタエルを呼びだす。
彼は太古資料研究家であり、禁忌倉庫の管理人も務めている。
「ねぇじいさん、そもそも禁忌倉庫から無くなったモノがあるのに何で気づかなかったの?」
「馬鹿言うでねぇ。 わしはトロンの研究で忙しいんじゃ。 小さな円盤の一つや二つに構ってる暇なぞ無いわ」
「多分、今じゃ小さくないと思うけどね」
「そんな事より、制御系の解析が出来たぞ。 変換魔法を構築すれば、我らでも動かせるようになる」
「ホント? やるじゃない……って、そうじゃなくて」
「判っておるわ。 で、何が聞きたいんじゃ」
・
・
・
「……ざっとこんなもんじゃな。 だがはっきりした事は判らんぞ、そもそも当時の事をリアルタイムで体験した者はおらん」
「それでも助かったわ。 ありがと」
「せっかくだから、わしも戦いを見せてもらおうかの」
「興味出てきたの?」
「同じ魔術体系を使うブツじゃろ。 研究の役に立つやも知れん」
「判ったわ。 指令室に席を用意するわね」
「それは要らん」
「? 何で? 立ってみるの?」
「そうではない。 現地へ行く」
「ええっ? いや、危ないわよ」
「フン、エンジェルシステムの制御すらままならない70万年も前の一般天使と我らを一緒にするでないわ。 今の天使は『当時の基準で言えば』全員戦闘型だろう」
「そりゃそうだけど。 戦場は海の上よ。 ずっと飛んでる気?」
「軍船があると聞いたが。 それに乗れば良いじゃろう」
「あーそうね。 その通りだわ」
ジト目で見ながらアキエルは頷く。
「しょうがないわね。 大英君にも来てもらうか」
「誰じゃ?」
「み使いよ。 天使は直接軍船を指揮出来ないんだから、臨機応変な対応するなら、連れてくる必要があるでしょ」
ただ戦うだけなら艦長に任せればよいだろうが、天使が乗艦するとなれば、そうも言ってられない。
とはいえ、大ボス級の相手との戦いの最前線にみ使いを送るのはハイリスクである。 重鎮級天使とみ使いが乗るとなれば、護衛も必要になるだろう。
「まぁ良いわ。 でも船から出て戦おうとかしないでよね。 こっちの魔法はほとんど効かないんだから」
「情報取るくらいなら良いじゃろ」
「その時は自分の身は自分で守ってよね」
「つれないのう。 年寄りを労わる心は無いのか」
「年寄りだと思うなら、前線に出ないでください」
「ほっほっほ。 まだまだ若いモンには負けぬわ」
「(怒)」
とりあえず、バタエルの地上行きを前提とした作戦計画について考えるアキエルであった。
*****
大英達が戦っていた艦隊が、禁忌倉庫から「脱走」したダゴンに関係する存在由来と見られることは、レリアル神にも伝えられた。
すぐに天使達を招集した会議が開かれる。
「それでは、大英様はダゴンの勢力と戦いながら、私たちの攻撃をはねのけたという事ですか」
「そうなるな」
「……」
我彼の戦力差に、絶句するマリエル。
「かの者達は『敵』との戦いに10隻にも及ぶ軍船と何機もの飛行機械を投入していたそうじゃ。 一方我らの相手は軍船1隻と飛行機械1機のみという話であったな」
「ええ。 海での戦いはそうでしたわ。 陸では10機以上の多数の飛行機械が現れています」
キリエルは改めて戦力の多さに疑問を持つ。
「何か急に増えたわよね。 どういう事なんだろ」
「リアライズシステムで何がしかの特異点を超えたのかも知れないね」
「特異点?」
モリエルが言うには、対応するスケールの向上(分母の数字が大きくなる)によって、武具の召喚できる範囲などが急に拡大する可能性があるという事であった。
「これをご覧ください」
モリエルが示したのは2冊の本。
「20世紀より取り寄せた書物です。 情報的には召喚天使の住む21世紀と近い年代ですので、参考になるかと」
「ふむ」
「まず1冊目、この『ミヤタカタログ』によると、陸を走る武具は1/35、飛行機械は1/48と1/72が中心で、軍船は1/350から出現しますが、中心となるのは1/700である事が判ります」
「つまり、軍船が現れているという事は、1/700に到達しているという事なのかな」
ミシエルの意見にモリエルは同意しつつ、補足する。
「問題は、この2冊目にあります。 こちらの『WINNING RUN CATALOG & GUIDEBOOK』によると、この1/700には陸を走る武具や飛行機械も多数含まれています」
「それじゃ」
マリエルが何かに気付いた顔をする。
「そう、1/700の陸上武具や飛行機械を制作する手間は1/35や1/72と比較してずっと少ないでしょう。 これが『大量の飛行機械』が現れた原因であると考えられます」
「つまり、1/700が特異点と言う訳じゃな」
「はい」
状況を理解したレリアル神は、続いて指示を出す。
「ひとまず、ダゴンに関係する存在を討伐するまでは休戦とする。 数の問題にどう対応するかは、後で考えるとしよう。 また、キリエルとミシエル、それにマリエルの3名は、召喚天使の元へ向かい、アキエルの指示に従い『作業』をせよ」
「作業……ですか?」
「左様。 何、難しい事は何もない。 モリエルも同行し、補助する。 頼んだぞ」
天使達は命令を受諾し、準備にとりかかる。
*****
この日、大英達は2隻の潜水艦と1隻の駆逐艦を召喚した。 午前に1/700の「UボートVIIC型」、午後に1/400の「U級潜水艦 HMS UNDINE」と1/600の「HMS コサック」である。
ところで、1/600のコサックは既に召喚済みだと思った方もいるかも知れないが、以前召喚して出撃もしているコサックはSKYFIX社の製品だが、今回のコサックはmorze ŻYWICA (モザズヒサ)と言うポーランドの会社の製品だ。 スケールは同じでパーツ精度や形状もよく似ているが、配置は異なるので別の金型である。 船体の舷窓が凸で表現されている謎仕様のキット。(SKYFIXではもちろん普通に凹である)
「うーん、とりあえずここまでかな。 後はアキエルさんの提案の実行か……」
アキエルから作戦計画を伝えられた大英は、それに向けての召喚を進めている。
同時に敵の根拠地についての情報も伝えられている。
敵の正体に気付いた天界は、洋上をスキャンして見つけたのである。
それは直径350メートル程の巨大な円盤で、場所と移動の様子も特定された。
そして、敵の特性から、実体弾や対艦ミサイル或いはその発射母機に対する対抗策を追加して来る可能性が示唆された。
つまり、次の戦いでは「これまで使わなかった装備」または「これまでと同種なら段違いに能力が高いモノ」が必要という事だ。
そして、やるなら1回で撃破しなければならない。
取り逃がせば、対抗策が生み出されてしまう。
決戦に向け準備を進める大英達であった。
*****
直径350メートルにまで成長した円盤の周囲には、120メートル級の新型艦を始め、多数の艦艇が艦隊を組んで遊弋している。
一見以前と同じに見える90メートル級や30メートル級の艦艇も、運動エネルギー弾や爆薬に対する耐性が強化されている。
9メートル級の小型艦も、もはや37mm戦車砲では容易に倒せないだろう。
そして艦隊を引き連れた円盤は、ゆっくりとした速度であるが、着実にム・サン王国へ向けて進んでいた。
用語集
・リアルタイムで体験した者はおらん
天界最高齢はレリアル神で60万歳。70万年前から生きている神はいない。
本来の神の平均寿命からすれば、70万歳どころか80万歳や90万歳の神がいても良さそうなものではあるが、故郷の星を追われ、慣れない地での生活のストレスや、そもそもレムリア到着時でも30柱に満たない神口のため、当時を知ってそうな高齢の神はいない。
・『当時の基準で言えば』全員戦闘型
脱出船団を運営し、その後もいつダゴンの勢力が現れるか判らない「準戦時体制」の天界なので、「戦いが苦手」な天使であっても、その戦闘能力は「母星にいた一般天使」より高い。
「勉強が苦手」な大学生と小学生の学力を比較すれば、大抵は大学生が勝つだろう。 それと同じ事。
なお、70万年経とうとも、天使の基本スペックは変わっていない。
天使を改良できる神は天界にはおらず、天使自身も自己の改良は禁止されているためだ。