第51話 おっさんズと海中の敵 その2
ザバックの城は海岸に沿って建てられている。
その北側には港街が広がっている。 さらに北には丘があり、海に突き出す岬となっている。
城の南側は平地はあるものの、近くまで丘が迫っており、狭いため街は無い。
そして、さらに南に進むと、こちらも岬となって海に接している。
ちなみにこの南側の丘は、先代スブリサ辺境伯のアケメネスが若き日に海と都を眺めた場所でもある。
この岬と城の間に面する海岸は、現在召喚軍の艦隊が休む基地となっていた。
そんな基地の桟橋に駆逐艦より小型の艦が停泊している。
千鳥型水雷艇の友鶴である。
これまで召喚してきた艦艇の多くは、岸からかなり離れた所に錨を下ろしていたが、この千鳥型は喫水が浅く、桟橋まで来ることが出来たのである。
ところで、水雷艇と言うのは魚雷艇とは名前が似ているが全く異なる艦艇だ。
魚雷艇はモーターボートのでかい奴に魚雷や機銃を積んだ船。
水雷艇は駆逐艦の小さい奴。
……と思っておけば、大体合っているだろう。
実のところ魚雷を放つ船としてではなく、小型駆逐艦としての活躍を期待しての召喚だ。
元キットはウイニングラン社の1/700コントレイルシリーズ「初雁」だ。 1箱に2隻入っている。
大英も満足げだ。
「良い感じだな。 午後にもう1隻召喚しよう」
午後には同型艦の初雁が召喚された。
その艦容を見てハイシャルタットは疑問を持った。
「同型艦というのは同じ形の船と聞きましたが、こちら大砲でしたか? 一つ少ないように見えますが」
「ああ、初雁は改装後なんで主砲が一つ減っているんだ。 代わりに機銃と爆雷が多い」
友鶴は最初の改装を受けた後の1935年の状態。 初雁は1945年の状態だ。
これはキットが標準でサポートしている年代で、特に(指定以外の)改造はしていない。
「機銃と言われますと、あの小さくて弾が沢山出る武具ですね。 『ばくらい』と言うのは?」
機銃は自身も昔マルダーから撃たれたので、どんな装備かは判るようだ。
「爆雷は水中にいる敵を攻撃するための装備。 まぁ、今対峙している敵に潜水艦はいないようだけど、今後出てくるかもしれないからね」
「そうですか。 判りました」
そう言うハイシャルタットの目は、直ぐ近くで佇む潜水艦「L-4」「M-200」へと向けられる。
「そういえば、以前仰られていましたね。 姿を見せずに船を沈める敵……と戦うための船なのですね」
大英の方針は「最適化はしない」である。
バリエーションが用意できるなら、可能な限り対応する。
最適化は効率が良く見えるが、想定外と遭遇すると脆い。 目的外に使う事も難しくなる。
大艦巨砲主義に則り、戦艦と戦う事に最適化された「中速戦艦」大和。
格闘戦に最適化された「軽戦」零式艦上戦闘機。
いずれも開戦前に想定していた状況とは異なる戦いに苦しめられた。
航空機決戦時代になり、空襲に苦しめられ撃沈された大和・武蔵。
非力なためパワーと速度を生かした一撃離脱戦法に対応しきれなかった零戦。
昭和の三大なんとかと語る者もいるが、その者達は予知能力でも持っているのが当然だと思っているのか。
何が出てくるか、何がどう転ぶかも判らないのが戦場。
開戦前からどうなるかを予見していた者はいない。
だからこそ、最適化はせずに、余裕を持たせなければならないのである。
まぁ、持てる者には関係ない話なのだがね。
大英の召喚軍は大抵の敵を撃破しているが、万能では無いし、どんな敵が現れるのかを確実に予測する事も出来ない。
可能な範囲に限られるものの、出来るだけ多様な状況に対応できるように揃える。
後は、特定の装備の必要性が高まったら、その時こそ、それに見合う装備に重点を置いて召喚すればいいのだ。
翌日、大英達は第3騎士団の詰め所にいた。
敵の艦隊と戦わなければならないからと言って、船ばかり召喚している訳にはいかない。
そんな訳で、この日の午前の召喚は車両だった。
「88mm FLAK18」2門、8トンハーフトラック2両、土嚢2組、ヤークトパンサー(ヤークトパンター)4両、ハノマーク2両が一気に出現する。
元キットは1/700コントレイルシリーズの「ドイツ機甲師団」という戦車などが入ったキットだ。
コントレイルシリーズだけどウイニングラン社(WR)製ではなく、ブルーベスト社(BB)の製品。
コントレイルシリーズがウイニングランに移管される前の時代のキットだ。
残念ながら絶版のため、現在では入手出来ない。
無事召喚を終え、大英もほっとする。
「とりあえず、ここら一帯の防空も改善するだろう」
もちろん、ヤークトパンターやハノマークは防空とは関係ない。 防空部隊を護衛する駆逐戦車と騎士団が使う兵員輸送車である。
ただ、88mm砲で言えば、これまではマカン村に1門あるだけだった。
だが、実のところこれまで88mmが活躍した状況は無い。
今までの所、飛ぶモノでも森からいきなり現れるのだが、1キロ程度しか離れていないため、撃てないのである。
あまり知られていないのだが、この手の「大砲」型の高射砲には「最短射程」がある。
時限信管やVT信管なら、ある程度離れないと起爆しない。
あまり近い目標は運動の角速度が大きく、大型の砲は追随できない。
結果、1キロと言う「至近距離」では撃つ機会が無かったのだ。
とはいえ一応最前線だし、遠くから何か飛んでくることもあるかも知れないし、なんなら水平射撃での活用もあり得る。
なので、無駄では無いし、他所へ移す必要も無いだろう。
第3騎士団の詰め所の場合、どこから飛んでくるにしても十分距離があるので、普通に役に立つと見られる。
「重高射砲」が村と飛行場に各1門だけという状況だったので、これは大きな改善と言える。
午後は似たような召喚をザバックの都で行う。
「88mm FLAK18」2門、8トンハーフトラック2両、土嚢2組、タイガーI4両が出現した。
艦隊の拠点を守るための対空砲と戦車という事になる。
こうして戦力の整備を進めると共に、「決戦兵器」の召喚に向けて経験を積むのであった。
*****
円盤からの艦隊派遣は北の島々に留め、西の陸地は狙わなくなった。 大きな損害を受けた事で、危険であると認識したのかもしれない。
そして拡大しつつも、戦力の整備を進める。 いずれは再び侵攻するのだろう。
用語集
・(指定以外の)改造はしていない
説明書では船体にモールドされている砲座を削るという「改造」が指定されている。
なお、その後出た鴻型水雷艇のキットでも同じ様に1945年仕様では主砲を1つ減らす指示があるが、こちらはこの「改造」が不要なように設計されている。
・目的外に使う事も難しくなる
日本人は思考が固い。 アメリカじゃ中速戦艦を空母の護衛に使っている。
でも、やっぱり駄目だったらしい。
それは、空母自身を含む他の艦艇に「ついて行けない」から「邪魔だ」と言われたという話。
実のところ速度が遅いと言うより、機動力の問題。
邪魔と言われたのは、空襲を受けて回避運動をした時の事だそうである。
・予見していた者はいない
航空機決戦時代を語っていた者も探せばいるだろうが、世界中のどこの海軍でも主流派ではないし、それなりの立場の人物にはいない。
・余裕を持たせなければならない
全然関係ない話だが、車のハンドルにも多少の余裕があるそうだ。
余裕ゼロだと車は真っすぐ走らないそうである。
・持てる者には関係ない話
新たな「常識」に合わせて「全部作り直す」だけの話。
アメリカが航空機決戦時代に対応できたのは、予め知っていたからではなく、大きな工業力があったから。
開戦前の主力である戦艦と、今後に期待できる空母。
どちらに転んでも、判明してから「大量生産」すればいい。
アメリカにはエセックスを23隻量産する工業力があったが、日本には大鳳をそんなに量産する工業力は無かった。
それだけの事である。
・「ドイツ機甲師団」
大英はこのキットを一つだけ持っている(全内容制作済み)のだが、アイテムとしてはもう一箱分持っている。
それはジオラマセットで同じパーツを含むものを持っているため。
ちなみにそちらもすべて制作済み。
・ブルーベスト社
大英的には1/700コントレイルシリーズの創始者だが、世間一般では鉄道模型の会社。
社名のブルーとブルートレインという昔あった鉄道車両に関係があるのかどうかは知らない。
まお、ここの社長とウイニングラン社の社長は親戚同士だそうだ。
・時限信管やVT信管なら
ドイツ空軍の砲には、対空用の「着発信管」があると言う。
空を飛ぶモノを相手に直撃させるという凄い運用である。
これなら当たりさえすれば、距離に関係なく起爆するだろう。
ただし、マカン村にあるFLAK37は国防軍(陸軍)の砲なので、空に向けて直撃させる事は想定外。
でも、榴弾を空に撃てば大体似たような事になるかも知れない。
(wikiによると歩兵師団所属の砲は対空射撃不可。 キットでは普通に対空砲として運用している姿で、所属は全て機甲師団または空軍)
・1キロと言う「至近距離」では撃つ機会が無かった
AirStrikeというボードゲームでは重高射砲は12ヘックス以内は射撃不可。
これだと約5キロ以内はアウトになる。
そこまで近づかれたら、あとは軽高射砲、つまり高射機関砲の出番。
・村と飛行場に各1門
村のは本文にある通り88mm砲。 飛行場のはソ連の85mm高射砲 52-K というもの。