第51話 おっさんズと海中の敵 その1
海から天使が飛び出して海岸まで飛行し、着陸する。 キリエルだ。
「あー疲れた」
ここの所キリエルは多くの水棲魔獣を指揮して戦闘訓練を続けていた。
海岸ではマリエルが出迎える。
「水中での指揮はどうですか」
「うん、問題ないわ。 状況把握用のスクリーンが沢山出るから、色々大変だけどね。 なんとか慣れたわ」
「では、仕上がってきたという事ですか」
「そうねぇ、もう少しかな。 自然に指揮できないと臨機応変な対応は難しいし」
「判りました」
海中では直接的な視界が制限されるため、衛星で捉えた三次元情報を元にCGが作成されて、リアルタイムでスクリーンに投影される。
見ないといけない範囲が広いため、スクリーンも沢山現れると言う訳。
十分な時間をかけて数を揃え訓練を積んでいるが、まだ「指揮の為の指揮」といった様相だ。
空気のように自然に対応出来るには、もう少し時間が必要なようだ。
そして、ミシエルも軍団を再編成していた。
「今度はなんとかなるかな」
演習を実施している軍勢を見ながら、何度目かの「必勝」の感覚に浸る。 と、同時に毎度してやられている事もあり、不安はぬぐえないのであった。
*****
ザバック辺境伯領の都では、新たな巡洋艦「サフォーク」が姿を現していた。
「これは……体に力が入りません、うわっ」
フラフラになったハイシャルタットは、立っていることが出来ず従卒に支えられる。
「無理すんなよ、後は任せて寝ててくれ」
「そうさせて頂き……ます」
秋津の指示でハイシャルタット、それにパルティアと大英も城へと運び込まれて眠りにつく。
「さーて、これからどうしたものかな」
実は艦船の追加が打ち止め状態になってしまったのだ。
現状1/600までが召喚可能なのだが、残っている1/600は戦艦と戦後艦艇しかない。
それらを召喚するには、他の物を召喚して経験を積む必要がある。
だが、現状その余裕があるとは思えない。
先日の戦いでは「何の偶然か」北の海軍と南の軍勢に連携が見られず、北の海軍とだけ戦ったのだが、北の海軍が強化されれば、現有海上戦力では抑えるのが難しくなる。
もちろん、航空戦力をもっと大々的に動員すれば十分勝てるだろう。
敵の対空光線が射程1キロなら、マーベリックやブルパップでも十分戦えるし、ロケット弾も射程外から攻撃可能だ。
だが、そんな事をした時に南からの侵攻があれば、そちらの航空支援は乏しくなってしまう。
大英的には「勝利の保証が難しくなる」という話だ。
まぁ、世間的には「まず負けないだろ?」レベルの事なのだが、万一って事もある。
リスクを最小限に抑える方策を、彼らは考えるのであった。
翌日。
どこから聞きつけたのか、ティアマト神がザバックに現れた。
「これが船なんだ」
エミエルと共にサフォークに乗り込み、見て回る。 秋津もそれに付き合わされる。
「コレは何?」
そう聞かれても秋津は答えようがない。 主砲くらいなら判らなくもないが、質問は次々と出てくるのだ。
仕方ないので、艦長に後を任せる事とした。
「承知いたしました。 お任せください」
お守りを任せて解放された秋津の元へ、大英達がやって来た。
「おお、もう起きたのか」
「思ったより早かった。 結構経験積んだ効果があったようだ」
度重なる巡洋艦の召喚による成長は、想像よりも大きかったという事だ。
とはいえ、戦艦を召喚できる程にはなっていない。
そして周りでは一緒に来たリディアとパルティア、それにハイシャルタットが物珍しそうに艦の装備品を見ていた。
「ねぇねぇ、コレ何?」
「いや、聞かれても判らん」
いかに大英でも巡洋艦の装備品については、判らない事の方が多い。
対空砲とかカッターくらいなら答えられるだろうけどな。
「おう、あっちにティアマト神が来てるぞ、一緒に行けば艦長が説明してくれる」
「そっかー、じゃ行こ」
イマイチ行きたくない感じのパルティアの手を引いて、リディアは紫色の髪の神へと向かう。
そして、入れ代わりでエミエルが大英達の元へやって来る。
「お、いいのか?」
「とりあえす危険はないみたいだから」
秋津の問いに答える「休み上手」のエミエルであった。
それを見て大英が声をかける。
「そうだ、丁度いい。 アキエルさんに通信繋いでくれるかな」
「うん? いいですよー」
エミエルは通信をアキエルにつなぐ。
「どうしたの」
「1/700の規制について一部解除をお願いしたいのです」
「一部? 一体どういう事かな」
「実は……」
大英は現状の問題について伝え、その解決策として「1/700 の小型艦」について召喚制限を解除して欲しいと告げた。
召喚制限は召喚者が限界を超えて精神エネルギーを消費するのを防ぐために掛けられている。
これは一般的にスケールが細かいほど大きくなる。
だが、1/700に関してはサイズの範囲が大きいため、現状MP的には召喚OKなものも少なくない。
もちろん重巡なんかを召喚すれば命に係わるが、航空機や車両、そして艦艇でも海防艦クラスなら十分可能なのだ。
ただ、一律でスケールによる規制がかかっているため、召喚は出来ない。
「なるほどねー、ここまで大英君達を苦しめるとは、多数の自立艦隊とその基地とは、ミシエル君も大したものを発明したものね」
「どうでしょうか」
「判ったわ、ちょっとシステムを見直してみる」
「お願いします」
翌日。
早くもアキエルから連絡があった。
「とりあえず手動で例外設定を入れたわ。 システム化してないから、1/700だけの例外処理ね」
「ありがとうございます」
この結果、航空機・車両については40年代までのもの全て。
艦艇については、
40年代 全長100メートル以下、排水量1000トン未満
30年代まで 全長130メートル以下、排水量2000トン未満
が召喚可能となった。
もっとも、多くのキットは開戦時かその後の姿なので、30年代の条件に合うケースは少ない。
だが、これで事態は大きく改善するだろう。
車両と航空機が召喚可能になっただけでも大きな前進である。
光線を放つ敵と戦うのは厳しいかもしれないが、南の軍勢を抑えるには十分なのだ。
まぁ、航空機の多くは機外装備が無いため、戦闘機と爆弾倉を持つ機体以外はしばらく使い物にならないだろうけど。
早速、1/700の召喚を試してみる。 魚雷艇ボスパー2型だ。
問題無く召喚でき、負荷もそんなに大きくなかったので、もう1隻同じものを召喚する。
ちなみに最初の1隻は停泊状態で次の1隻は走行状態だが、召喚された魚雷艇は両方とも停泊状態で現れた。
ま、飛行機も飛行姿勢のキットから駐機状態が召喚されるから、そこは一緒と言う訳だ。
魚雷艇が北の艦隊と戦う上で役に立つかと言えば、イマイチ役に立つ気はしないが、1/700のテストとしては悪くないアイテムだろう。
港湾施設が整備されれば、タグボートセットも重要になるが、現状はまだ優先順位は低い。
そんな訳で、遂に限定的とはいえ「陸海空統一スケール」である1/700の扉が開かれたのであった。
*****
円盤の直径は320メートルに到達し、資材蓄積可能量も増え、艦艇の製造能力も向上している。
だが、一番の注目点はそこでは無かった。
開口部から姿を現したのは、これまでの大型艦より一回り大きな全長120メートル級の駆逐艦。
量だけでなく、質的強化も進んでいるようだ。
用語集
・勝利の保証が難しくなる/まず負けないだろ?
「勝率85%」ならどう判断するだろうか。
大英的には「とても心配」、世間的には「いや、勝ったようなもんだろ?」では無かろうか。
だが、負ければ村人の命にかかわる。スポーツの試合と違い、次勝てば良いという話ではないのだ。
ここは「男が戦うからには、一片の例外なく勝たねばならない」という格言を思い出すべきだろう。
・ミシエル君も大したものを発明したものね
いえ、ミシエル製ではありません。
残念ながら誰も気づいていませんけど。
・30年代まで 全長120メートル以下、排水量1500トン未満
艦艇の場合改装される事がある。
このため、建造されたのが30年代でも、キットの再現している年代が40年代の姿なら「40年代」と判定される。
・航空機の多くは機外装備が無い
近年のキットだと爆弾や魚雷、増槽がパーツ化されていたりするが、古いキットではその辺りはほとんど付属していない。
・しばらく使い物にならない
格納庫や基地関係、そして航空母艦が召喚できる様になれば、真の力を発揮するだろう。
・走行状態
召喚元はコントレイルシリーズの「高速魚雷艇」。
魚雷艇は高速航行中は姿勢が変わるため、キットは停泊状態と走行状態の2種類の船体が付属している。
・イマイチ役に立つ気はしない
小型艦や中型艦には魚雷はオーバースペック。大型艦は光線を撃って来るから近づける気がしない。
魚雷以外は機銃だが、こちらは小型艦相手でも効果は乏しい。
ま、ボスパーはともかく、Sボートなら37mm機関砲を持ってるから、これは意味があるだろう。
魚雷を積まない砲艇(MGB:機動砲艇)なら、大英君の在庫には1隻だけだがフェアマイルC型機動砲艇がある。
こっちのほうが、使えそうだな。 まだ組んでないのだが。