第50話 おっさんズと海の魔物 その10
海岸の村から街道を通って南に数キロ離れた森。 その中を村から逃れて来た避難民を乗せた馬車が南へと進む。
やがて森を抜け、街道も太くなると、大勢の騎士達と共に村人の見慣れない車が待っていた。
村を出る時に見た「戦車」と比べれば、まだ理解しやすいそれには、彼らが普段目にしない人物が乗っていた。
「皆さん、ここからは我々が護衛します。 都まで進んでください」
多くの村人には貴族の少年に見えたが、村長は違う事を知っていた。
「殿下がこのような危険な場所に来られるとは……」
「ええっ?」
「皆の者、あれなるはご領主ララムリ様であるぞ」
ララムリ=オルメカはジープに乗り、村人を迎えに来ていたのである。
「此度は不便をかけてすまない。 迫る敵は強大で、村を守り切れないと判断した」
「何を言われますか、北の島で村々が襲われている話は我らの耳にも届いております。 我らの命を救ってくださる決断に感謝いたします」
こうして、騎士団は避難民と合流し、都へと進む。
ララムリは村の方を見てつぶやく。
「頼んだぞ、神獣だち」
浜に上陸してきた小型艦は水上では全長約9m、幅約4m、高さ約3mの「船」だったが、上陸すると「立ち上がる」ため、高さは増えた。
立ち上がると言っても、寝ている人間が立ち上がるのとは違う。
船首側がやや高くなりはするものの、基本的にはそのままの姿で中央付近に「脚」が現れて、立つ。
つまり、ティラノサウルスのように、横から見ればT字型の姿となる。
そんな異様な者が、走りにくい砂浜を時速にして20キロを超えるスピードで走る。
街道に出たら戦車並みの速度になるかも知れない。
これでは人間が走って逃げるのは無理なのも道理である。
だが、事前に村人には避難命令が出ており、浜や家には人の姿はない。
異形の船に対峙するのはM5軽戦車だけである。
16隻の小型艦が次々と上陸してくる。 4両のM5はその主砲で上陸阻止をはかる。
サイズだけなら重戦車よりも大きいが、その防御力はM5の37ミリ砲が通用する程度のものだ。
まぁ、ボートサイズで10センチとか20センチの装甲があったら、重すぎて沈みそうではあるがな。
だが、M5にとっては一つ問題があった。 それは機動力だ。
速度自体は本来M5が相手にしていた戦車や装甲車両と大差ないが、急な方向転換や急停止・急発進、そして回避運動は、船でも車両でもなく、まるで生物のようであり、命中精度を著しく悪化させた。
「ちっ、なんて野郎だ! あんな巨体であんな動きとか、ありえねーだろ」
機械ならバランスを崩して転倒するような動きを、平気な顔で……いや、顔は無いか。 口はあるがな。 とにかく、涼しい顔でやってのける。
そのうち、1隻がM5に肉薄して側面から体当たりする。 衝撃で敵艦は転倒するが、すぐに立ち上がる。
M5は横転し、行動不能となる。 普通の戦車なら幅の方があるから横転状態で止まる事は無いだろうが、M5は結構背が高く幅が狭い。
「やべぇ、3号車がやられた。 気を付けろ! 敵はこっちを倒せるぞ」
乗員たちは横転したM5から出ることなく、エンジンを止め様子をうかがう。
「迂闊に出るなよ、食われるぞ」
いつ炎上するか判らないガソリンエンジンの車両であり、横転状態のまま中にいるのは気が休まらないが、食われるよりはマシだろう。
横倒しになったとはいえ、別にエンジンを撃ち抜かれたり潰されたわけではないしな。
いや、そうなったら即炎上してるだろうけど。
「近づかせるな! 車体銃も撃て!」
流石に7.62mmの機関銃ではダメージはほとんど無いだろうが、それでも撃たれるのはイヤなのでは? という推測だ。
だが、あまり効果は無いようだ。
命中しても気にしている様子はない。
まぁ、顔が無いから表情も判らないのだがな。
「よし、次!」
1隻を仕留め、次の目標へと砲塔を回す1号車。 だが、その反対側から突っ込まれて横転してしまう。
それを見て、2号車の車長は動き続ける事を指示する。
「くそっ、駄目だ止まるな! 常に走り続けるんだ!」
「しかし、それでは当たらないぞ!」
「なーに、こんな近くであんなデカブツを撃つんだぞ、当たるだろ」
「うおっ」
急な加速に驚く乗員。
「すまねぇ、野郎が後ろに回り込みやがった! 少し飛ばすぞ!」
M5は第二次大戦期の戦車である。 現代のような性能の砲安定装置は無いため、行進間射撃の命中率はお察し。
だが、止まっていると体当たりされるとなれば、動かない訳にはいかない。
そして連携して相互に近づく敵を排除するのも難しい。
現用の10式なら、俯瞰視点で友軍の状況をチェックできるが、M5にそんな芸当は出来ない。
本来なら、車長が頭を出して互いの様子を見ながら、無線で連絡取り合うといった戦術もとれるが、今回そうはいかなかった。
これは現地に送った車種の問題。
M5の車長は装填手も兼ねているため、指揮に専念できないし、動きながらで命中精度が低く装填に忙しいため、よそ見をしている暇もない。
結果、互いの連携が乏しい戦いになってしまった。
いやー、近距離格闘戦をするのには向かない戦車だったのね。 ……戦車戦に格闘戦とか無いだろ。
では、なぜ我彼入り乱れる戦いになってしまったのか。
後が崖で海岸まで100メートル程度しかない狭い浜のため、遠くから狙撃という「戦車の戦い」が出来なかったのが、主な要因だ。
だが、M5もただではやられない。 動力旋回式の砲塔は砲の指向が早く、次々と敵を仕留める。
結局、4両あったM5は1両も破壊される事無く、全車戦闘不能となった。
だが、それまでに13隻の敵艦を撃破する活躍をしていた。
敵の小型艦はその時点で残り3隻まで数を減らしている。 しかも、うち2隻は被弾によってその動きは鈍い。
そのまま海に戻れば浸水して沈む危険もあり、一休みして修復しているのかもしれない。
そして、最後の1隻は村に突入するが、人も家畜もおらず、畑で野菜を漁り始める。
だが、そのうち村の中に大きな道がある事に気付く。 村を南北に貫く街道。
それを見て、何を思ったか、南に向けて走り出す。
街道の先に「別の村」があると判断したのかもしれない。
街道を都へ向けてひた走る避難民の馬車と護衛たち。
そんな彼らの後から、馬車の2倍の速度で小型艦が迫る。
「うん? 何の音だ?」
しんがりを走る馬車に乗っている騎士は、聞き慣れない大きく低く、振動を伴う足音に気付く。
そして後方をよく見ると、何やら土煙が上がっている。 その中心に何か黒い物体が動いているのが見えた。
「て、敵だ! 敵襲!!」
騎士達が次々と馬車を降り、剣を抜く。
騎乗戦闘を学んでおらず、弓も使わない彼らは、その剣で戦う事しかできない。
「民と殿下を守れ! ここを通すな!」
迫りくる敵、近づくにつれ、その姿はどんどん大きくなる。
「は、馬鹿な、こんなモノが走るのか?」
そのサイズ感は我々からすれば、ティラノサウルスに近い。
とてもじゃないが、剣で戦える相手では無い。
恐れおののく騎士たち。
だが、そこへ後から声が届く。
「おらぁ、下がれ下がれ! お前らじゃ戦いにならん!!」
何事かと振り向くと、1台のトラックが突っ込んでくる。
「うおっ、これは神獣!?」
そして、荷台から4人の騎士と二人の荒くれ者が飛び降りる。
「我らはスブリサの騎士です。 アレの始末は我らに任されよ」
「ええっ、は、はい」
4人の騎士は右に展開してエンフィールド小銃を撃つ。
当たっても何の効果も無いが、敵艦の注意は彼らに向けられる。
戦車に機銃を撃たれた時は無視していたが、今回は「食い物」が見えているからだろうか。
「気を付けろ! 食われるなよ!」
騎士達は小銃を背負うと、剣を抜いて走り出す。
そして、左側には全く騎士に見えない二人の男が、先端に大きな物体の付いた棒を構えていた。
「さーて、いよいよこいつを実際に撃つ時が来たぜ」
「さくっと仕留めて自慢してやろうぜ」
「くひひ、お頭の悔しがる顔が目に浮かぶなぁ」
敵は目の前の4人の騎士に気を取られて気付いていない。
4人は連携して散開し、敵艦は誰を追うか回って動きを止め、ただ触手を振り回している。
第2騎士団の強者二人は、そんな敵の後ろから近づき、狙いを定めて20メートルの至近距離からパンツァーファウスト30を2発発射した。
2発とも命中し、敵艦は断末魔の声をあげ、倒れる。
「よっしゃー!!」
「うし!!」
散開していた第3騎士団の4名が第2騎士団の2名と合流する。
「やりましたね」
「おうさ!」
「あれ、2発とも撃ってしまったのですか?」
「うん? ああ、そうだな。 だが手加減してる場合じゃ無かっただろ?」
「新手が現れなければ良いのですが……」
「あー、そうだな。 まーやっちまったもんは仕方ねーな」
「なーに、新手がいたって、戦車隊の方が先に都に着くだろ」
楽観的な第2騎士団の強者であった。
幸い、浜に残った2隻が復活するより先に後続の戦車隊が到着し、村まで進軍した三式中戦車と九五式軽戦車によって始末されたのであった。
用語集
・現代のような性能の砲安定装置は無い
前作のM3軽戦車に、初期型の砲安定装置(垂直方向のみ)が搭載されていたという情報がある。
・車長は装填手も兼ねている
前作のM3では初期型は砲手を兼ねていたそうだ。 後期型は装填手兼任に変わったという。
・ティラノサウルス
大きなものでは体長13メートルに達するというので、この「小型艦」より長さはある。