第50話 おっさんズと海の魔物 その6
マウラナ伯領の都にある領主の城に、ある島長が呼ばれて来ている。
領主が座っている椅子の横に立つ執政官は語る。
「其方の島では謎の魔物により2つの村が襲撃を受け、全滅したと聞いている。 そこで、殿下は特別な計らいを決断された。 今後2年間、其方の税額は半分に軽減される。 感謝するがよい」
税は島長が島内の村々から徴収し、それを領主へと納めている。 この島長が治める島の場合、村が2つ無くなったため、その分税収も減る。 そこで、税額を低減させる事で、残った村に過剰な負担がかからないようにしたわけである。
だが、島長は違う意味で受け取った。
(な、なんだと、我が島を軽視すると言うのか。 ただでさえ魔物に襲われて苦しいところなのに、何という事を言い出すのだ!)
旧大公領・大公国時代、島長が大公に収める税額は「その島の重要度」を表す指標だった。
高額な税を納めれば、それに見合う、いや、それを超える「恩恵」が与えられた。
なので、多くの島では競って高額の税を納めるようにしていた。
これ、現代風に言えば、税金というより政治献金のほうが近いだろう。
つまり、税額は領主と島長の親密度を表していると理解されている。
再び現代風に言えば、献金を受け付ける額を減らすという事なので「お前さんの団体の要求は軽視する」と言っている訳だ。
税額を減額するという事は、島長にとっては「領主は我が島の事を見捨てた」と宣言されたに等しいのだ。
「困っている人は助けなければ」という「本土の常識」で判断を下す領主。
「主従のつながり・親密さを示す」という「辺境のしきたり」で理解する島長。
これまで領主と島長達の間の摩擦で不満が高まっていた所に、この「仕打ち」。
ついにその不満が爆発する。
「おのれ!! おのれ!おのれ!」
島長は突如叫びだすと、腰の剣を抜いて走り出した。
予想外で突然の事に、領主も執政官も衛兵も対応できない。
島長は椅子に座ったままの領主に斬りかかる。 袈裟懸けに斬られた領主が断末魔の声を上げる。
椅子に座っている事もあり、背もたれが邪魔をして剣は肩から胸のあたりまで進んだ所で止まるが、既に致命傷だ。
慌てて執政官が短剣を抜いて島長の首に斬り付ける。
本来儀礼用の青銅製の短剣であり、武器では無いが何も防具を付けていない首にダメージを与えるには十分だった。
頸動脈を切られた島長は血を吹き出しながら倒れ、駆け寄った衛兵に取り押さえられる。
そして執政官は剣が刺さったままの領主に向く。
「殿下! 殿下、しっかりするのだ!」
だが、既に領主の意識はない。 治療魔法が使える魔導士が呼ばれたが、領主はそのまま息を引き取った。
そして島長も死亡した。 失血死だ。 すぐに治療魔法を使えば助かったのだが、魔導士は領主の治療で手いっぱいで、治療されなかったのだ。
領主の突然の死で、マウラナ伯領は混乱状態となるのであった。
*****
ある日、円盤の艦隊の一つが西へと進み、その先に陸地がある事を「発見」した。 後日、複数の艦隊が派遣され、その陸地がこれまで襲っていた島よりもずっと大きく、沿岸にある村や町は規模は大きく数も多い事を認識した。
数日後、「肥沃な獲物」を襲うべく、幾つもの艦隊が西へと向かった。
そして、その艦隊が円盤捜索中の哨戒機に捕らえられた。
謎の艦隊が少なくとも3つ、ヌヌー伯領に向かっている。 24時間以内に沿岸に到達見込み。
この情報に接し、大英は巡洋艦の出撃を決めた。
「エイジャックスを出す。 コサック、Z28 を随伴させよう」
「3隻? 大丈夫か」
秋津の問いに、大英は「多分な」と答える。
「とにかく近づかない事。 水平線の向こうから攻撃すれば光線に撃たれる事は無いはず」
「なるほどな」
「エイジャックスは水偵を持ってるから、着弾観測任務をさせれば行けるだろう。 あとサンダーランドを出す。 水偵が落とされたらアウトだからな。 予備だ」
「他はどうすんだ? 敵は3艦隊あるんだろ」
「本当に3つかどうか判らん。 もっとあるかもしれない」
「そうか、という事は、ザバックに向かって来る奴もあるかも知れないか」
「そう、なので索敵機を増やす。 Me410AとP2V-7を追加だ。 そして、サフォークとマイレ=ブレゼ、マルソーは出動準備。 『みねぐも』は近海哨戒に出動」
基本燃料節約のため蒸気タービン艦のボイラーは止まっている。 そのため、出動準備とはボイラーに火を入れろという話。
逆に言えば、何かあったときに蒸気タービン艦は「緊急出動」できない。 エイジャックス艦隊も実際に出港するのは何時間も先の事。
一方、ディーゼル艦の「みねぐも」はすぐに機関始動できるので、緊急出動が命じられたのだ。
なお、サフォークはエイジャックスに続いて召喚した巡洋艦。 今度は重巡である。
サフォークの召喚で経験を積んだおかげで召喚に成功したが、例によって丸一日以上寝込む羽目になった。
「後は潜水艦1隻、小さい方で良いな。 港近くで潜航して待機。 敵が来たら沈めてもらおう」
「これで一応何とかなるか?」
「まぁ、なんとか対応できるだろう」
「しかし、数が多いな。 船を追加するか?」
「いや、今ベルファストを召喚したらまた寝てしまう。 今度は半日くらいで起きれると思うけど、それでもマズイだろ」
次の召喚予定として軽巡洋艦、と言っても1万トンクラスの大型軽巡ベルファストが先日完成した所だったりする。
「そうだな。 俺も海戦はあんま得意じゃないからな。 出来れば英ちゃんには起きていて欲しいものな」
大英が寝てても、秋津が指揮を執れるし、そもそも海戦なら前線での戦術指揮は艦隊司令に一任だ。 とはいえ、作戦指揮は少しであっても海戦に知見があるほうが良いだろう。
「と言う訳で、飛行場に行こう」
何が「と言う訳」か説明が無いが、通信は飛行場にあるM577コマンドポストに依存しているのだから、こういう事態で飛行場で指揮を執るのは既定路線だったりする。
だが、今日は別の用事もある。
大英はマッカーサーにレーダー搭載機による対空哨戒計画を立てて実施するよう指示すると、車からキットを取り出した。
「船は追加しないけど、飛行機は試そうと思う。 いや、召喚は普通に出来る。 試すというのは実戦の話ね」
そう言うと、滑走路脇に2つのキットを置いた。
「じゃ、2機続けて召喚しよう。 かなり新しいけど 1/72 だからいけるね」
こうして2機の航空機が姿を現す。
1機は「FS-T2改」、もう1機は「JAS-39A グリペン」だ。
秋津はその装備を見て納得する。
「おお、なるほどな」
FS-T2改は元キットが長谷部の「T-2」なので、XASM-1を2発。 同じくグリペンはミヤタのウイングコレクションなのでRBS-15対艦ミサイルを2発とAGM-65 マーベリックを2発搭載している。
「とりあえず、今はマーベリックは降ろして使おうと思う。 射程が短いから危ない」
遠距離から対艦ミサイルを撃ち込んでみようという話。 本来はもっと大きな目標を相手にする装備。 だが近づくと光線に撃たれるとみられる(PV-1喪失からの推測)事から、背に腹は代えられないという話だ。
「相手の精度が判らない。 ASMを普通に墜とせる精度があると、航空攻撃は無理という話になる。 まずは各機2発撃ちこんでみる」
「『まずは』って、続きはあるのか?」
「しぱらく無い。 空自基地とかが用意できない限り無理かな。 1/144の食玩系だとASM無いものばかりだし」
「じゃ1回で終わりか」
「でも、今のうちに確認しとかないと、今後もっと増えたり、でかいのが出てきてからだと策に詰まる」
「そうなるかぁ」
「本来なら隠して温存と言いたいけど、航空攻撃の手段がコレしかないからね」
「だよなぁ」
「ロボものだと飛行機が無力化される設定があるけど、そこまでの能力を持ってたら困るんだけど、光線撃って来るというのはねぇ」
「ロボか、どうやって無力化してるんだ?」
「それこそ光線で撃たれるから、射程内に入ったら助からない。 地上を走るロボは建物や地形を利用して近づけるけど、飛んでたら遮るモノが無いからな」
「やな設定だな」
「全くだ。 そういうのはお話の中だけにして欲しい」
とりあえず、敵艦隊の迎撃態勢は整った。
用語集
・エイジャックスは水偵を持ってる
AJAXのキットには「フェアリー シーフォックス」が1機付属している。
実際に着弾観測任務でも使われている機体。
・Me410A
ドイツの双発戦闘機。 別に偵察機でも哨戒機でもないが、複座なので偵察任務でも使われた機体。
実際、召喚元の1/144食玩は「第122長距離偵察部隊」の所属機。
・ベルファスト
キットは SKYFIX 1/600 HMS BELFAST。 英国艦が続いているのは英国面の趣味があるとか、大英が英国好きとかいう話ではなく、イギリス企業のSKYFIXが出す1/600の艦船キットが自国艦艇中心のラインナップになっているため。
一方、日本では1/700、ドイツやアメリカでは 1/720 が多いから、これらはまだ召喚対象外なのである。
・ウイングコレクション
ミヤタの1/72航空機シリーズ。
ただし、グリペンの成形品はボロラエリ製。
・もっと大きな目標
やっぱ3千トン以上の相手に撃ちたいわな。 90m程度の小型駆逐艦相手にはもったいない。
それこそマーベリックが向いているが、近づけないのだから仕方ない。
・お話の中
ここで大英が想定している「お話」は異星から来た相手との非対称戦。 その作品では飛行機は確実に落とせても、ロボを撃つのは苦手らしいです。
なぜそうなのかは、飛行機を無力化しないと、ロボット兵器が普及する理由が説明できないからですね。 後はその方針に見合った設定を作るという事。
そうしないと、いくらロボがかっこよくても、制空権を取られたら「足で歩く地上車両」に過ぎないロボは飛行機には勝てません。
遠い未来のようにエネルギープラントが違う世界にならない限り、このバランスが変わる事は無いでしょう。
内燃機関・ガスタービン・現代レベルの電池とモーターを前提とするなら、対空火器が進歩して危なくなっても、有人機の代わりに無人機やドローン、そして長距離ミサイルや滑空兵器が「飛んでくる」だけの話。
盾と矛は一緒に進歩するので、現実世界では一方だけが極端に進む事は無いのです。
ただ、両陣営のテクノロジーレベルや運用思想が一致していない本作も「お話」同様の非対称戦なので、何が起きるか判りませんけどね。