第50話 おっさんズと海の魔物 その5
目覚めた大英は偵察員から報告を受ける。
「なるほど、多数が直接上陸して建物を破壊し人を襲うと……」
「動く者がいないだけでなく、遺体も見つかりません」
高度5000からだと双眼鏡を使っても、倒れている物体が人かどうかを識別するのは困難だ。 地面に立ったままアリを見る様な話になる。 動かなければアリなのかシャーペンの芯の欠片なのか、糸くずなのかも判らない。 ただ黒い細長い物体にしか見えないだろう。
だが、そもそも識別すべき物体が無ければどうだろうか。 という話だ。
「避難した訳ではないのだよなぁ」
王都から届いた連絡では、村から逃げてきた人はおらず、漁に出て来ない事から近隣の村人が不審に思って訪ねると、破壊されて無人になっていたという事であった。 つまり、生存者はいない。 ならば、一部は家の中で死んでいたとしても、ある程度は屋外に死体が倒れていてもおかしくない。
だが、報告では死体は見つかっていないし、偵察の結果も同じと言う訳だ。
「つまり、食べられた。 という事かな」
「連れ去られたという事は無いでしょうか」
「そうだよな。 いなくなったというだけだものな」
偵察員と秋津は拉致された可能性を指摘するが、大英はそれに反論する。
「いや、それならある程度『戦死者』の死体が残るはず。 連れ去るなら生きてる奴だけ連れていくだろう?」
「そうか、村が破壊されるほどの状況で一人も死者が出ないとは考えられないな」
「生死を問わず『いなくなる』のなら、食われたと考えたほうが自然だ」
「うーん、そう言われればそうだが、何か常識から外れているが……」
「まぁな。 『ガチアナ』みたいな話だからな」
「なんだ? そのがちあなって」
「ああ、人食い宇宙怪人が襲ってきて人類と戦争になるゲームだ。 アニメ化もされてるぞ」
「うげぇ、嫌な設定だな」
「怪獣サイズの大型から、乗用車サイズの小型まで色々出てくる。 怪獣なら丸吞みだけど、小型だとえぐい事になる」
「あんま見たくないな」
「原作のゲームはやった事無いけど、アニメは見た。 描写のショック度なら『まほまり』の首パクのほうが上だけど」
「なんだそれ」
「こっちも見てないか~説明が難しい」
大英と秋津はミリオタ・アニオタと一括りにすれば同じカテゴリに所属するが、だからと言って見ている作品が全部共通する訳ではない。 例に挙げられた2作品については、その「共通しない」に該当するのであった。
とはいえ、BSではあるものの年齢制限のない無料放送で流せるレベルの描写である。 そんなにえぐい表現ではない。
まぁ、その手の表現が苦手な秋津は「茶がまずくなる」という感想を出すかもしれないが。
大英はそういった作品を見ていたせいか、「食われる」という発想が浮かんだのだろう。
「とりあえず、敵の天使達は人命は気にしてないけど、名誉は気にしてるだろ。 皆殺しはやっても、人質を取るとは考えられない」
「そうだな」
「そして天界の魔法があれば、労働力としての人間も要らない」
「確かにな」
「なら、拉致は考えにくいだろ」
「そうなるか」
「で、死体が無いから『食った』となる」
「いや、そこが判らん」
「えー(困惑)」
大英は話題を切り替える。
「村人の安否はともかく、まずは敵軍だ。 そんなボート並みの小型船が外洋航行しているなら、母艦か基地が近くにあるんじゃないのか?」
「そ、そうか。 大型艦も駆逐艦サイズだから、何十隻も積める訳ないな」
「私も大型艦から『発進』する様子は見ていません。 母艦のようなものは見た限りはありませんでした」
偵察員も見ていない。
「母艦があるなら、そこから遠く離れているとは考えにくい。 まぁLCACの事を考えると彩雲から見える範囲にいなかっただけかもしれないけど、そこまで離れる理由がない」
「基地だとすると何処だ? 南からだと、わざわざ北の外れを襲う意味が判らん」
「襲ってる場所からそんなに離れているとは思えないから、北にあるんだろうけど、ここの東に陸地があるのかなぁ」
横で話を聞いているバンホーデルが口を開く。
「ここより東に陸地と言いますか、島の存在は確認されておりませんな」
「そうですか」
母艦は考えずらく、基地を建設できる島も近くに無い。
そこで、ふと秋津が呟く。
「ラバウルみたいなの作ってるのかもな」
「そうか、それだ! 秋やん!」
「うお、そ、そうか」
ラバウルとは何度か名前が出たグランダーというアニメに登場する「要塞」。
「人工の浮き島か何かを作って基地にしてる可能性があるな」
「そうか、それなら何処にでも作れるか」
「艦隊を運用できる人工島なら、高高度から見ても見つかるだろう。 高度1万で捜索だ。 というか、彩雲は1万いけたっけ?」
「問題ありません、閣下」
「よし、索敵計画を立ててくれ。 あと飛行艇も出そう。 1万まで上がれなくても、とりあえず実用限度近くまで上がってもらおう」
高度が上がれば、水平線も遠くなるため、それだけ遠くまで見る事が出来る。 もちろん、敵から撃たれる可能性を減らすという意味からも望ましい。
こうして、彩雲・九七式飛行艇・二式大型飛行艇・Bv138C・PBY-5Aらからなる索敵隊を編成し、要塞探しを行う事となった。
*****
キリエルによるモンスター狩りは順調に進んでいた。 これまでと比べて非常に大型のモンスターを捕らえているのだが、捕獲したモンスターの保管場所は空間収納のため十分なスペースがあり、どんどん捕まえていっている。
一方、環境適応したモンスターはリアル空間に建設された魔獣舎(水中用)に入れられるため、こちらは大変である。
水中用は今回新規建設なのだが、工事の進捗が遅れがちであり、当然の事ながらそれは問題であった。
マリエルは工事の進捗を確認する。
「オノエル棟梁、進捗はどんな具合ですか?」
「おお、こいつは厳しいな。 アタマの中で考えるのと、実際やって見るとでは大違いだ」
そもそも天界では水中に構造物を作る事は無い。 何か設置する事があったとしても、作ったものを水中に沈めるか、水を抜いて建設して、出来上がってから水を戻す。
だが、ここではどちらも具合が悪かった。
魔獣舎の構造物を地上で作ると、自重の影響が大きく、水中に設置した時との差が問題となった。
まぁ、十分な強度を持たせればいい話だが、それはそれで時間がかかる。
最初から設置場所で建設するとしても、海は広大だから水は抜けない。
結局、後者の設置場所で建設、つまり水中で建設するという方法を取って見たのだが、やはり不慣れな工法はトラブル続きでうまく行かないのであった。
「そうですか、どうしましょう」
「こうなったら、スクリーン張って局所的に水を抜く方法でやってみるかな。 浮力が無いから自重で歪むが、現地建設なら影響は減らせるし」
「方法はお任せしますわ」
「応よ、任せときな」
建設計画は遅れているが、解決策はあるようだ。
*****
それまで海流に流されるままだった円盤は、その位置を固定していた。
多くの艦隊を従えるには、動いていては不都合だったのか、これまで動けなかったのが移動機能が働くようになったのか。
すると、それまで魚など海洋生物が寄り付かなかったのが、傍を通るようになった。
それまでは海流に乗っていたため、水中からは相対的に止まっている状態で、捕食する様から危険を察知した生物たちが逃げていたのだ。
それが海流に逆らうようになったため、魚群などが危険に気付かずに近づくようになったのだ。
円盤は艦隊から成果物を受け取るだけでなく、自らも捕食を再開するのであった。
用語集
・ガチアナ
これは略称。 正しくは「ガチコイ・アナザーワールド」。
大英の説明の通り宇宙から侵攻してたコミュニケーションが取れない怪人と人類の戦いを描いている。
怪人と言っても、サイズ的な話で形状は人型ではない。
人類は怪人を兵器で攻撃しているが、怪人は生身で人類を「食べて」いる。
スピンアウト的な1期(ガチコイ・アナザーワールド ナイトハンティング)のプロローグ部分では、兵器の操縦者(ヒロインと同期の少女)がコクピットを破壊されて捕食された事を思わせる描写(食べ残しが残っている)もある。
・まほまり
こちらも略称。 正しくは「魔法少女まりか」。
こんなタイトルだが、小学生女児向けではない。 深夜枠だし。
というか子供に見せてはいけない。 トラウマになる。
「首パク」は「まりか」の先輩魔法少女が首から上を魔物にパクリと「喰われて」絶命したエピソードで、その衝撃からネット界隈では一時騒然となったと言われている。
ある意味タイトル詐欺。 いや、全く持って正しいタイトルなのだが、受ける印象と一致していないという話。
・LCAC
エア・クッション型揚陸艇。
水平線の向こうから行う揚陸作戦が提唱され、その要件を満たすべく計画されたのが始まりらしい。
100海里先の母艦から海岸まで物資や車両を運べるが、現実の運用がそうなっているかどうかは別の話。
・そこまで離れる理由がない
LCACの航続距離が長いという開発思想は、揚陸艦が沿岸からの対艦ミサイルや核攻撃を受けるのを避けるためだったそうな。
その手の対抗手段を持たない相手を恐れて離れる理由がないという事だ。
・島の存在は確認されておりませんな
一応現在よりも海面が低い約3万年前の地図を参考に確認しましたが、この地の文明で認識できる範囲には島の類はありません。
・ラバウル
小惑星を利用して作られた宇宙要塞。 劇中では主人公側の攻撃で陥落する。 後に作られたスピンアウト作品ではその名を取り「暗黒のラバウル」と呼ばれた男が敵役として活躍する。
・水中に構造物を作る事は無い
取水口? 何ですかソレ。 水を取り込むパイプ? 水は転送で取って来るので、水中に物理的な設備は作りません事よ。