第49話 おっさんズと4本足の亜人軍団 その4
フンクワーゲンより各戦車へ指令が飛ぶ。
「各車、各自の判断で突撃せよ」
オークの集団に向けて3号突撃砲G型が突っ込んでいく。 だが、その主砲は沈黙している。
何しろ相手との距離は50メートルも無いのである。 至近距離で逃げ回る相手の動きに砲は追随出来ない。
まぁ、そもそも3号突撃砲は固定戦闘室だから、追随も何もない話だが。
では、砲も撃たずに何をしているのか。 機銃は撃っている。 ただし、動きながらなので、全然当たらない。
現代戦車のように砲安定装置付きの砲塔で同軸機銃を撃つのとは訳が違う。
道路から外れた不整地を時速にして20キロ程度の速度で走っているのである。 車体の揺れは大きく、撃ったところで当たる訳が無いのだ。
それでも、大きな鉄の塊が機銃を撃ちながら突っ込んでくるのである。 オーク達は逃げ惑う。
指揮を執るケンタウロスは、オーク達に分かれて回避しながら逃げるよう指示する。
固まっていては、相手は動き回るのをやめて、狙い撃ちして来ると考えたためだ。
もちろん、バラバラに逃げれば、相手の車両は1台しか無いのだから、どれを狙えばよいか決められなくなるという判断もあった。
実のところ、各部隊ごとに1両づつ対峙しており、敵から見れば「1台しか来ていない」状態であった。
だが、突撃砲はそんな動きに惑わされる事無く、1体のオークに狙いを定めて突っ込んでいく。
オークの脚力自体は人間より強力なのだが、体重も人間より重く、結果として走る速度は人間並みである。
走るのに適さない不整地を、20キロもの速度で追いかけてくる車両から逃げる事は出来ない。
そして、突撃砲はその車体右側を逃げるオークに接触させる。 後ろから押された形となったオークは転倒。 そのまま右履帯の下へ……。
エンジン音や走行音に紛れてオークの断末魔の悲鳴が響き、続いて肉と骨が砕ける音、液体がぶちまけられる音が出る。
1体のオークをひき殺した突撃砲は、そのまま次の獲物へと向きを変える。
仲間を潰して血まみれの履帯を唸らせる突撃砲を見て、オーク達はパニックを起こし、武器を捨てて逃げ出す。
それまでは撃たれないよう、回避の指示を守って左右に動いて逃げていたが、もはやそんな思考は飛んでしまっている。
だだ相手から離れようと、真っすぐ一目散に走るオーク達。
それを見て、突撃砲は停止し、狙いを定めてMG34機関銃を撃つ。
次々と被弾して全員が倒される。
それを見てケンタウロスは回避運動しながら離脱を試みるが、残り1体ではそれも敵わない。
間もなく被弾し倒れ、そのまま動かなくなった。
巨大な車体で敵兵に突撃してひき殺す。 これを蹂躙攻撃と言う。
まぁ、兵士だけではなく、陣地や簡素な(突っ込めば壊れる)小屋なんかに対して行う事もある戦術だ。
ドーザーブレードを付けて土砂を運び、塹壕を「潜んでいる兵士ごと埋める」というケースもあるらしい。
各戦線いずれも同様の結果となり、侵攻してきた兵団は崩壊した。
北部に侵入したケンタウロスのみで構成された兵団とて例外ではない。
そちらに現れたのは、不整地でも時速30キロで走る5号戦車G型であった。
ケンタウロスは緊急時には時速40キロで走る事も可能だが、それはあくまで路上を真っすぐ走るときの話。
機銃弾を左右に回避しながら草原を走るとなれば、そんな速度は出せない。
結果として、同じ運命を辿ったのであった。
司令部に報告が届く。
「将軍、全車敵兵殲滅に成功したとの事です」
「そうか、後は飛んでいる連中だけだな」
「そちらもまもなく殲滅出来る見込みです」
「よし」
「しかし将軍、蹂躙攻撃とは、思い切った戦術でしたね」
「そうか? 村の中だから履帯の損傷はあまり気にしなくていいから、問題無いだろう」
「そうですね。 敵には対戦車装備も無いようですしね」
「ああ、戦車の突進力を使わない手はないし、相手が『切れる』奴なら、裏をかくほうが良い」
報告によれば、今までより「賢い」敵の様であった。 こちらの戦術を見越して対策を取って来ていた。
そういった事が出来るという事は、これまでの戦いから学んでいるはずだ。
見た事のある戦術には対応できる。
では、見た事の無い戦術であればどうか。
なまじ知識を持っているが故に、未知の戦術への対処は難しくなる事もある。
本能的な動きだけで戦うモンスターのほうが、こういった事態への対処能力は高いかもしれない。
間もなく、歩兵隊によってジガバチとハーピーが殲滅された報告が届く。
村内に侵入した敵は全て倒されたのであった。
*****
ミシエル達はモニター映像が消え、指令室で茫然としていた。
「そんな馬鹿な、遠距離攻撃する奴は近接戦闘に向かないんじゃないのか?」
「どうやら、センシャは違うようですわね」
彼らも戦車の重装甲については認識していたが、個々の兵員と直接対峙できるような機動力まであるとは思っていなかった。
速く走る者は小回りが利かない。 それが常識。
兵団の構成でも、剣や槍の前衛、弓や魔法の後衛という編成なら、後衛の兵は鎧も軽装で足も遅く、瞬発力も無い。
だが、戦車は違った。
長距離砲を持ちながら、高速で走り、小回りも利く。 遠距離でも近距離でも戦える……いや、強いという万能さを見せつけたのだ。
もっとも、これは彼らの認識不足が原因だ。
そもそも戦車は「後衛」ではない。
前線を切り開く「突撃隊長」的な立ち位置なのだ。
ちなみに本物の後衛は榴弾砲なんかが該当する。 つまり、自走榴弾砲のような者達だな。
それらの砲は戦車砲よりも長射程。
戦車の砲撃を「遠距離攻撃」と認識している事自体が、間違いなのであった。
そして、もう一つ誤算があった。
マリエルは記録を再生しながら語る。
「村の中で爆発を起こすとは思いませんでしたわ」
手りゅう弾によるスライム爆破である。
爆発する物は遠くから「大型武具」によって放たれる「矢弾」だけだと思っていたためだ。
まさか、人間が手で投げる近距離用の矢弾があるとは想定外。
村に直接投下すれば、爆発するような大型の矢弾には撃たれない。 その想定が外れたのである。
だが、これは分析不足というか、ミスであった。
手りゅう弾は「実戦初投入」の装備ではない。
さすがに村内での使用事例は無かったが、村の外では使用したケースがあったのである。
「まだまだ彼らの戦術、底が知れませんわ」
マリエルは召喚兵器が持つ戦術の幅広さに、舌を巻くのであった。
そして、それは次なる作戦は今回の延長ではなく、新たな構想が必要になる事を示していると認識するのであった。
*****
敵殲滅の報告を受け、大英達は一安心する。
結局その後、都への侵攻はなく、アンバー村にも敵は現れず、今回の戦いは終結したものと考えられた。
モードは臨戦態勢から反省会へと移行する。
大英は一番の問題点を挙げる。
「それにしても、夜陰に紛れたとはいえ、飛行場が襲撃され、村に侵入されるのは問題だな」
「監視体制が足りないんじゃないか。 サーチライトか暗視装置が欲しい所だな」
秋津の言う事はもっともである。 だが、持ち合わせがないものは、召喚出来ない。
現状使えるのは現地制作の篝火だけだ。
とはいえ、二人は気づいていないが、この「明かり」の存在が相手の進軍の助けになっているという問題もあったりする。
「うーん、車のライトで照らすか? いや、ガソリンが持たないか」
「アイドリングだけなら大して使わないんじゃないか」
「マテ、照らす先が固定じゃ裏をかかれるだろ」
「そこまで細いビームじゃないが……でも向きを変えるのに車体自体の向きを変えないとならんからなぁ」
「しかも村の全周を対象にするとしたら、何台要る? アンバーもやらないとなんないから、やっぱり持たないな」
「村の外を歩兵でパトロールするか」
「夜目が利かないのにか?」
「うーむ」
なかなか答えは出ない。 すると、話を聞いていたモントゴメリーが発言した。
「閣下、よろしいですか」
「ああ」
モントゴメリーは意見を述べる。
「敵はなぜ正確に進軍出来たのでしょうか?」
「それは、夜目が利くからか?」
「だろうな」
大英も秋津も敵のゴブリンが先導したと判断している。
「私は篝火に問題があるのではないかと疑っております」
「篝火に?」
「はい。 篝火が照らせる範囲は決して広くはありません。 実際、敵の接近を知る事は出来ておりません」
「そうだな」
「ですが、篝火は遠くからでも視認できます」
「確かに」
「一般に、陣地においては灯火管制するもので、自ら光を放つという陣地構築は行いません」
「そうなのか?」
「はい」
考えてみれば、篝火が出てくるのは戦国時代のドラマとかだ。
現代にはそれに該当する設備・装備が使われている様子は無い。
「もちろん、相手の移動能力が徒歩などの速度の遅い手段に限られていれば、接近を見つける効果が無い訳ではありません。 ロンメル将軍もその効果を期待しているのでしょう。 それに、村の位置が露見している以上、擬装陣地などはありませんから、光を出さないとしても、情報隠匿の効果は限定的でしょう」
「なるほど」
「ですが、私が防衛を任されるとしたら、篝火は使いません。 敵に目印を与える行為は避けます」
「そうかぁ」
翌日、大英達はモントゴメリーを連れてマカン村へ行き、直接ロンメルと話をしてもらう事とした。
大英は、まずはロンメルを労う。
「村の防衛、ご苦労様。 村に入られても、村人に死人もけが人も出さず敵を撃破とは、さすがはロンメル将軍だね」
「いえ閣下、当然の任務を果たしただけです。 それよりも、村に敵の侵入を許してしまい申し訳ありません」
「そこはそれ、ちゃんと失敗を取り返してくれたわけだから問題ないけど、それについてモントゴメリー将軍が意見があると言うので、連れてきた」
「承知しました」
話を聞いたロンメルは、納得したように頷くと口を開く。
「それは一理、いや、大いに有意義な提言ですね」
「そう思われますか」
「ええ、実際に敵の侵入を許してしまった身としては、取り入れる価値のある提言だと考えます」
「それは恐縮ですな。 ところで、なぜそんなに簡単に受け入れられるのですかな」
「それはもう、私が破れた知将の提言ですからね」
「……これは一本とられましたな」
こうして、その日の夜から、篝火無しに警戒する体制へと移行したのであった。
方針は航空基地のマッカーサーにも伝えられ、そちらも同じ体制をとる事となった。
*****
海に浮かぶ円盤の直径は250メートルを超えた。 これはビスマルク級戦艦に匹敵する長さであり、円形をしている事を考えれば、かなり巨大な構造物といえる。
展開する船団は大型のものが数隻、小型のものが十数隻という規模となり、その船団がいくつも周囲を遊弋しつつ、複数の船団が外洋に展開している。
なお、6つある開口部の直径は25メートルを超えた。 それは大型船の幅(約10メートル)の2倍以上であった。
出る船と入る船が問題なくすれ違っているが、果たしてそういう用途でこの幅が定められているのかは判らない。
用語集
・各車、各自の判断で突撃せよ
流行りのフレーズで言えば「パンツァーフォー」ですね。
・20キロ程度の速度
3号突撃砲の最高速度はおよそ時速40キロ。
だが、不整地上ではスペック通りの速度は出ない。
まぁ不整地と言っても、でこぼこ道から畑に荒れ地、砂地や湿地など色々あるが、ここでは大体50%程度の速度が出せる様だ。
・蹂躙攻撃
検索すると「無かった事」にされている用語。 集合知の限界を示す事例ですね。
(編集する人たちの中で「知ってる人」より「知らない人」の方が多いと、「無かった事」にされてしまう)
実のところ、軍事用語ではなくアナログゲームの用語で、軍事的には呼び方が統一されていないため、単語としては「お堅いwikiを編集するミリオタ勢には知られていない」し、知っていたとしても「ゲーム用語を載せるなどあり得ない」と判断するだろう。
結果として「存在しない」用語になってしまった訳だ。
(デジタルゲーム用語であれば、知る人も多くなって「ゆるい方」の辞典には載ったんだろうけど)
どういう物かは本編で描いた通り。 戦車の使い方は「遠くから射撃する動く砲台」だけではないという事です。
なお、携帯型無反動砲を始めとした個人用対戦車兵器が発達した現代では、あまり行われません。
まぁ、相手にRPGや対戦車ミサイルが無いと判ればやる事例もあるようですね。
民間人の乗用車やデモ隊の人間に対して実施している映像を見た人もいるのでは?
・使用したケース
「第11話 おっさんズ、進化する敵に対処する その3」にてSASジープの兵が使用している。
もっとも、当時はマリエルが参加する前。
過去記録には一通り当たっていたとはいえ、リアルタイムに自身で見たものでは無いので、印象が薄かったのかも知れない。
・車体自体の向きを変えないとならん
世の中にはハンドルの動きに合わせてライトの軸線を動かす車もあると聞く。
ま、軍用車両にはそんな機能は付いて無さそうだがな。
・ロンメル将軍/モントゴメリー将軍
二人とも最終階級は元帥。 だが、大英と秋津に敬意を表し、将軍を名乗っている。
階級的には多分大将なのだろう。
・私が破れた知将
興味のある向きは、エル・アラメインの戦いを調べると良いでしょう。
ま、本音では「自説を曲げない人物」という評価に配慮したのかも知れませんが。
2024-04-06 脱字修正
1台しか無いだから
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1台しか無いのだから