第6話 おっさんズ、反乱の後始末をする その3
第3騎士団の詰め所は丘の上にある。
二人はそこまでの緩やかな坂をのぼっている。
「そういや、村までの途中にある民家の一つがバラバラになっていたそうだ」
「バラバラ?」
「焼け焦げていたそうだぞ。何か爆発したんじゃないか」
「この世界で?何が爆発?」
「家の人は中に居なかったから無事だったんだけど、近くに居たそうで、なんか四角い魔物が大きな音で火を噴いたら、家が大きな音と共に火に包まれてバラバラになったのを見て腰を抜かしたらしい」
「それって」
「4号に榴弾撃たれたんだろうな」
「何やってんだソレ」
「訳判らん」
「ヒャッハーしたかったんかな」
「俺TUEEEEEEEしたかったのかもな」
異世界で無双できる力を持ったら試したくなる。
そんな所だろうか。
そんな推測をしながら進んでいくうち、二人は詰め所に到着した。
「お待ちしておりました」
とアラゴン=ボストル新団長が迎えに出る。
「どうも、模型があるとのことで見に来ました」
「こちらです」
邪神の「み使い」が使っていたという部屋に案内されると、そこには1/35のポルシェ砲塔ティーゲルがあった。
例によって無塗装でスライドマークだけ貼ってある。
大英をそれを手に取り見つめる。
「どうよ」
「いや、ダメだわ」
「やはりな」
制作時に秋津が手伝っただけで召喚不能なのだから、そもそも他人が作ったものが召喚対象になる訳も無かった。
そこへゴートが現れる。
一足先に詰め所に来ていたのだ。
「おお、大英殿秋津殿、もう来られておりましたか」
「はい」
「どうですかな」
大英は手元の無塗装だがそれなりに綺麗に仕上げられたキットを見ながら答えた。
「普通にモデラーだったんだなと」
「そうですか」
そしてやや厳しい表情でゴートに問う。
「彼は……結構問題のある人だったようですね」
「わしの見た限りでは、少々勘の悪い抜けた男という感じであったが」
「聞いた話ではここと村を繋ぐ街道沿いの民家を破壊したようですね」
「そうですな」
「こちらでは騎士や兵が無垢の民を殺傷したり、その家や財産を奪ったり壊したりする行いは問題になりますか」
「当然なる。そのような行いは騎士の恥であるし、部下にそのような行いを許すことも無い」
「となると、彼は悪人か罪人という認識で合っていますね」
「うむ」
「ですが、彼を丁重に葬ったとも聞きました。悪人にもそのような取り計らいをするものなのですか」
「もちろんじゃ。たとえ相手が悪人・罪人であっても、死した者を辱めるような行いは人の道に反する。
大英殿の居た世界では違うのですか」
それを聞いた大英は表情をやわらげ
「それを聞いて安心しました。
私個人は敗者を貶める行為は不適切だと考えています。
死したとなればなおさらです。
ただ、実はうち等の居た世界では『違う』のです」
「なんと」
「敗者は絶対悪であり、そのすべての行いは悪行とされます。
勝者は絶対正義とされ、そのすべての行いは正しき事とされます。
敗者であれば死した者とて極悪人。
近親者・関係者、それが人ではなく国家ならその民は未来永劫、悪の国の悪の民とされる。
なにしろ『死屍に鞭打つ』なんて言葉があるくらいですから」
「そのような事が……」
想像すらできない「異世界の常識」にゴートは絶句する。
「敗者の過失で死人が出れば『戦犯』として厳しく裁かれる。
勝者が意図的に無垢の民を何十万人虐殺しても裁かれないばかりか『賞賛』される。
誰がやったか判らない悪行は敗者の仕業とされ、真相を調べようとする調査は禁止され、無理に行おうとすれば『歴史修正主義者』と呼ばれ、極悪人として扱われる。
勝者には『戦勝国利権』という特権が約束されているのです」
「ばかな、何十万人も殺されたら国が無くなってしまう」
「古来からの歴史では、消滅した民族も一つや二つではありません」
「とても過酷な世界からいらしたのですな……」
大英は遠い目をしながら
「そんな世界だからこそ、皆さんの想像もできない兵器に溢れているのでしょうね。
勝てば官軍、負ければ賊軍。
戦争犯罪を防ぐための国際法を作ったところで無意味。
国際法を守って負ければ国際法を破った罪で裁かれる。
国際法を無視して勝てば、すべての罪は敗者に被せられる。
だから『戦勝国利権』欲しさで戦いは無くならない。
そんな野蛮な世界なんです」
「……」
「ですが、ここは……少なくともこの辺境伯領は違うようですね。
この世界が『死人に口なし』な方向に進まないことを期待したいですね」
ゴートが大英と同じ考えを示したのは、この「異世界」が文明未発達の「牧歌的」世界故なのか、そもそもメンタリティが「地球人」と違うのか。
いや、それを言い出すと「武士の情け」という日本人の考えが異質で「ホモ=サピエンス=サピエンス」とは違う「ホモ=サピエンス=ジャップ」というとち狂った発想に至ってしまう。
実際、ルーズベルトなんかは頭蓋骨を調べて「日本人は人間として扱うべきではない」と考えていたようだし。
だが、これは環境によるものと考えるのが妥当だろう。
外敵の脅威に晒されず、近隣と問題を起こすと逃げ場のない辺境の狭い島国と、常に周辺と戦を続けてきた大陸や欧米の国々とでは、同じ人間でも考え方は変わるというものだ。
日本人同士だって団塊のように人数が多い世代は「協調より競争」で、「協調重視」「ナンバーワンよりオンリーワン」の大英達とは異なる感覚で生きているのだから。
ゴートは自分たちを理解してくれている「み使い」が現れた事を感謝した。
そして大英の手にあるティーゲルを見て問う。
「どうされます」
「これですか?」
「はい」
召喚には使えないから、戦力的には意味はない。
だが、大英はモデラーの一人として、いや、人としてこの「遺品」を粗末にする訳にはいかないと思う。
邪神の「み使い」とはいえ、どんな経緯でみ使いとなったのかは判らない。
ヒャッハーしたくてなったのか、自分らのように神の都合で選ばれただけなのか。
どちらにしても、もう故人だ。
死者に鞭打つのは正しくない。
それは格好付けて語る建前ではなく、本当にそう大英は思っているのだ。
なお、今回の反乱騒ぎでは8名の騎士が命を落としているが、それは問わない。
正式な戦いの手続きによって行われた戦の戦死者であり、不当な犯罪行為や悪行にはカウントされないからだ。
「どこかに、大切にしまっておきたく思います」
「そうですな、よろしければわしの家にて預からせてはもらえないですかな」
「ゴートさんの所でですか」
「ええ、自分で斬っておいて何ですが、せめてもの供養のつもりで丁重に保管したく思うし、短慮を戒める意味も込めてでありますが……」
「わかりました。お願いします」
そう言うと、大英は手にした1/35の戦車をゴートに渡した。
ゴートは一礼してそれを受け取る。
「ところで、他のキットは残っていないんですか」
「ああ、それな、言ってなかったけど、どうやら英ちゃん達の召喚とはちょっと違うみたいだぞ」
「違う?」
その疑問にはアラゴンが答えた。
「元の模型は残らなかったのです」
「そうなん?」
「黒い煙に包まれ、召喚されたセンシャが現れますが、元の模型は消えてしまったのです」
「それはまた不便と言うか、なんか悲しいというか」
召喚済みを大きな地図上に並べて、現在地が判るようにしておけば、作戦も立てやすくなるというものだが、消えてしまったら「アレ今どこだっけ?」とか言う事になりかねない。
まぁ、常に全軍一緒にいるなら気にする事ではないのかもしれないが。
それと、現物がそこにあるのだから模型は要らないという人も居るのだろうが、やはり手間をかけて作ったキットは、消えてほしくはない。と大英は思うのだ。
ちなみにム・ロウ神からは、模型は召喚に使ったら永久に白化したままという事ではなく、元の世界に戻る際(または戻る直前に逆召喚で)元の模型に戻る事になる予定だと聞いている。
「レリアル神とム・ロウ神では召喚方法も違うのでありましょうな」
何度も目の前で召喚を見ていたゴートは感慨深げにつぶやいた。
最後に大英達は名も知らぬ邪神のみ使い…いや、モデラーを葬った墓に立ち寄り、祈りを捧げ、帰っていった。
*****
場所は天使ミシエルの研究室。
その日はレリアル神が訪ねて来ていた。
「ミシエルよ、敵は強いぞ、そなたの力を振るう相手として何の不足も無い」
「そう、安心したよ。神様の思いつき程度で倒されるような奴じゃ、僕の相手は務まらないからね」
「して、どうじゃ。当然勝算はあるのじゃろうな」
「任せて、コボルトを瞬殺した兵器への対策は出来てるよ。
今度は連中が驚く番さ!」
「ほほう、楽しみじゃな」
レリアル神は戦車についてミシエルに告げなかった。
それは「天使に必要以上の情報を与えない」という「取り決め」でもあったし、あまりの力の差に絶望されても困るという判断でもあった。
(センシャか…ミシエルにはちと荷が重いかもな。ま、自ら体験して理解してもらうしかないのう)
嬉々として自信満々に準備を進めるミシエルを見て、レリアル神は別の対策に考えを巡らすのであった。
用語集
・戦勝国利権
近年はコレが無いと思っている人も居るかもしれません。
イラク戦争で「勝利」したアメリカを非難する声はあっても、「敗北」したイラクを責める声は聞こえません。
ですが、これは単にメディアなどの政治的利害によって起きている現象であって、本質は変わっていません。
非難は化学兵器の有無や開戦の判断に対してであって、アメリカによる親米政権の樹立を「内政干渉」として非難する声はほとんど無いでしょう。
戦勝国なんだから、内政干渉する「権利」があるというのは、一般的な認識、いや無意識のうちに染み付いた常識ではないでしょうか。
そもそも、本当に戦勝国利権など無いという事であれば、とうの昔に国際連合から「敵国条項」は無くなっているでしょう。
(平和を願う人々ではなく)平和を「唱える」人々の不断の努力により、戦勝国利権はこれまでも、そしてこれからも固く守られるのです。
まぁ流石に欧州では戦勝国利権がナチスを生み出した原因だと理解が進んでいたので、ノブレス・オブリージュよろしく戦勝国だからといって、好き勝手しないようにある程度自らを律しているようですがね。あくまである程度ですが。
でも他の地域には存在しない概念ですし、すべての人が身に着けるものでもありません。
「もらえるはずだ。いや、もらえなければいけない。もらえていないのは正さねばならぬ。歴史を立て直さねば!」
「こんなんでは足りん。アメリカが取りすぎだ。もっと分け前を!」
そう考える自称戦勝国もありますから。
もちろん、本物の戦勝国でも
勝ったから正義
という自己正当化宣伝の結果、未だに中世並みの宗教観を持つ国民たちは
正義だから勝った
と誤認し、それが政府に逆輸入され、世界に向けて「正義」を執行すべく軍事介入や武力行使を繰り返している国がありますね。
そして戦勝国・敗戦国以外でも、参戦しなかったり戦後独立の国々は利権でホクホクの戦勝国クラブに「いつか入りたい」と願っている訳で。
このため、地上から戦争が消える事はありません。
殺人・傷害事件の裁判で、
「犠牲者」が悪人として裁かれ、遺族や被害者が犯人(英雄)に賠償する
というシステムなら、殺人事件の発生数は何百倍・何千倍に膨れ上がるか想像すれば、なぜ戦争が無くならないかは容易に理解できるでしょう。
人口僅か200人の村で毎年暴力事件が絶えない?
その村の刑法や裁判が「喧嘩に負けたんだから、そいつは殴られて当然の悪人に違いない」というシステムなら普通の事です。