第49話 おっさんズと4本足の亜人軍団 その2
「総員!起きやがれ!」
マカン村を守る第2騎士団の精鋭達は、夜明け前の暗い中、身支度を整える。
外では既に召喚軍の歩兵達が撃つ小銃や短機関銃の銃声が鳴り続けている。
日本兵、ソ連兵、そして英コマンドスが村の各地で侵入してきたオークやオーガ、ゴブリン、そしてケンタウロスと戦っている。
警戒をしていたとはいえ、相手が警戒している事を想定の上で、見つからないように慎重に丁寧な進軍をして来た亜人たちを見つける事は難しかったのだ。
気が付いたときは、既に村の周辺部への侵入を許し、夜明け前の暗がりの中、至近距離での戦いとなったのだ。
「やられたな。 まさかここまで内部に入られるとは」
指揮官のロンメルは頭を抱える。
白兵戦こそ起きていないものの、既に混戦状態。 いつもの遠距離砲撃で殲滅するといった手段は取れない。
*****
指令室ではミシエルとマリエルが状況を注視していた。
「今のところ順調ですわね」
「ああ、今度こそうまく行くさ。 今までは考えなしに突っ込んだり、敵を見つけたらそこに全員が集まったり、連携も何も無かったけど、今回は違う。 我彼の武具の特性や得手不得手を考えて行動するし、何かあっても臨機応変に対処できるアタマがあるんだ」
日本兵と対峙した部隊は、物陰から物陰へと移動しながら距離を詰めて、弓の有効射程まで接近すると、今度は近づかず射撃戦に移行していた。
これは、日本兵が連射性が無く、射程が長い小銃を装備しているため、その利点を殺し、欠点を突いた戦い方だ。
同じ動きをソ連兵の前でやれば、移動中に短機関銃から連射を食らうため、無事では済まない。
そして、必要以上に接近しない。 日本兵の一人は軍刀を装備しているし、他の小銃兵も銃剣装備済みのため、白兵戦になると危険である。
日本兵が白兵戦に強いという知識は無いが、その装備を見て、指揮を執るケンタウロスはリスクを判断したのだ 。
もちろん、オーガの部隊であれば気にする必要も無いかもしれないが、たまたま対峙したのはオークの部隊だったので、その場の判断で戦術を選んでいるのだ。
一方、ソ連兵と対峙したのはオーガの部隊だ。 もちろん、オーガと言えども銃に撃たれればすぐに無力化されてしまう。
1発の威力が少ない短機関銃であっても、その連射性能は欠点を補って余りある。
撃たれないように、物陰に隠れはしたが、このままでは先に進めない。
そこで、ケンタウロスは周辺を確認する。 まだ日の出前ではあるものの、地面の様子を確認する事は出来る程度に明るくなってきている。
そこには、直径が10センチから20センチはあるような石が多数転がっていた。
ケンタウロスはオーガに石を拾って投げさせた。
オーガの腕力と言うか、その肩は人間とは比較にならない。
もちろん、ただ投げるのではなく、スリングショットを使っての投擲だ。
遠方から飛んでくる石はソ連兵にとって大きな脅威となった。
人間の常識を外れた遠方から、石が次々と飛んでくるのである。 それも、当たれば大怪我必至、いや頭に当たればヘルメットがあっても首が折れて即死であろう威力のでかい石が。
もちろん、物陰から放たれるため飛んでくるタイミングが判りずらいとはいえ、曲射弾道で飛んでくる石に当たるようなヘマをする兵士はいないが、石を避けているため射撃体勢を維持するのは難しかった。
オーガ兵の一部は時折物陰から出てボウガンを放つ。
オーガの腕力に合わせて作られたボウガンの射程と矢の速度は、人間用のソレとは全く違う。
短機関銃と互角の射程距離での撃ち合いとなる。
とはいえ、射撃を気にしながら放つ単発のボウガンが、ソ連兵に当たる確率はとても低い。
だが、ボウガンはソ連兵を射抜くために撃っているのでは無かった。 相手の「矢弾」を浪費させるために撃っていたのだ。
やがて、精度の悪い射撃を繰り返していた短機関銃は弾切れを起こす。
弾倉を交換しようとするソ連兵だが、その隙を突いて石とボウガンの一斉射撃が行われる。
流石に死者は出なかったものの、1名が矢を受けて負傷し、銃一丁と弾倉の一つが石によって破損した。
状況は悪化し、押されつつあった。
コマンドスと対峙したケンタウロスの部隊は、その機動力で翻弄する。
馬並みの速度で走る人間並みの頭脳の持ち主。 魔法こそ使わないものの、弓やボウガンで武装しているため、遠距離交戦能力もある。
もちろん、平原で対峙したのなら、銃器の射程や連射性による優位は揺るがない。
だが、侵入を発見して出動した時点で既にケンタウロス部隊は村の中。 射程の優位は打ち消されていた。
さらに、夜明け前の暗さが侵攻側に有利に働く。
命中率が下がり銃の射程が十分に生かせず、至近距離での遭遇戦も発生していた。
暗視装置を持つ現代歩兵がいれば話も違ったのだろうが、第二次大戦期の歩兵ではそのような装備は無いのである。
じりじりと後退する戦線。
さらに、それにダメ押しをすべく戦力が追加される。
「準備出来たわ、行って来るね」
「はい、お願いします」
基地に戻っていたキリエルは、10体のグリフォンと30匹の巨大ジガバチ、6体のハーピーを従えて飛んでいく。
そしてグリフォンは各々木箱を掴んでいた。
「さぁ、夜が明ける前に村に突入するわよ」
村に近づくと、流石に発見されたようで、対空火器が動き始める。
「見つけた。 この間から位置を変えなかったようね。 ま、少しくらいなら動いても大丈夫だったけどね。 さぁ、ウォーム達、出番よ」
キリエルからの出動指令を受けたウォーム。 実は既に村の中にいた。 ただし、誰にも見つからない場所で。
*****
8トンハーフトラックに搭載された20mm4連砲に兵士が配置について射撃体勢を取ろうとしたとき、突如傍の地面が割れる。
「な、何の音だ?」
「おい、何だアレは」
地面を割って巨大なイモムシと蛇の合いの子のような生物が姿を現す。 その太さは1メートルを超え、長さも10メート以上はある。
それは体を伸ばすと、20mm4連砲に叩きつけた。 対空砲は破損し射撃不能になり、兵も1名負傷する。
避難した兵は直ぐに短銃を放つが、このサイズで鱗も持つ相手には効果は薄い。
他の兵は出払っており、暴れるウォームを制圧することは出来ない。
騒ぎを聞きつけ、ロンメル達司令部要員が外に出る。 8トンハーフトラックは司令部のある建物の近くに配置されていたのだ。
「なん……、直ちにアレを制圧だ」
「はっ」
司令部要員は小銃を構えると、撃ち始める。 目標は大きいが、その動きは大きさに反して軽快だ。 移動は速くないのがせめてもの救いだが。
そして、小銃弾を受けても、倒れない。 出血があるので傷は与えているようだが、十分なダメージではないようだ。
そんな中、高射砲兵は負傷した仲間を抱え、退避する。
「よし、各員屋内に退避!」
司令部要員が振り向くと、ロンメルは収束手りゅう弾(M24型柄付手榴弾・集束装薬形態)を構えていた。
直ちに退避する司令部要員。 ロンメルも投弾後、退避する。
爆発によってウォームは倒れ、暴れていた動きは無くなり、びくびくとしている。
小さな傷とはいえ、数発の被弾もあり、手りゅう弾の爆発に耐えきれなかったようだ。
間もなく動かなくなったが、ウォームはその犠牲と引き換えに8トンハーフトラック20mm4連砲の無力化に成功したのであった。
ウォームの襲撃はここだけでは無かった。 同様にM42にも襲い掛かった。
だが、こちらは出現場所が少し離れていた。 わずかな差だが、M42はエンジンを始動して逃げ出すことに成功する。
「化け物め、食らいやがれ!」
M42の40mm砲は水平射撃でウォームを撃つ。
短銃弾を弾き、小銃弾を受けても止まらない強靭なモンスターであったが、流石に40mm対空砲の至近距離射撃は効果があった。
徹甲弾ではないとは言え、複数の40mm弾を受けたウォームは急速に動きが遅くなり、倒れる。
俯角が取れないM42では止めは刺せなかったが、もはやM42の行動を阻害する力は無くなっていた。
だが、この戦闘はキリエルにとって必要な時間を稼ぐのには十分であった。
村の上空に突入したグリフォンは掴んでいた木箱を投下する。
地面に落下した木箱は砕け、中から不定形のゲル状の物体が姿を現す。
それはただの物体ではなく、意志を持っているかのように動き出す。
村の随所に投下されたソレは、獲物を求めて移動を開始する。
用語集
・石
実は石という物は有力な武器だったりする。
日本の戦国時代では、戦場で最も大きな戦果を挙げた攻撃方法は「投石」だと言われていたりする。
人間が投げたり落としたりできる石でさえそうなのである。オーガの腕力なら、とんでもない威力になるだろう。