第48話 おっさんズと海の怪現象 その2
その日はもう1隻の 1/400 のフランス駆逐艦を召喚するため、大英達はザバック辺境伯領の都に来ていた。
こうして召喚されたのはマイレ=ブレゼ。
今回も元はエスチャーニアのキットで「1/400 MAILLE BREZE」という、前回のマルソーとは違い正真正銘の戦後艦だ。
まぁ50年代の艦なのでミサイルの類は載っていない。 詳しくない人なら第二次大戦中の駆逐艦だと言われれば、信じるかもしれない。
その後スブリサの都に戻ってきた所で、大英達はアキエルと通信で打ち合わせをしていたのだが、そこでちょっと毛色の違う話題が出た。
「切れてるとは、どういう事なの?」
「家だけがこっちに来ているので、電線も上下水道も途中で切れていますが。 あと電話線も。 まぁどれも繋がる先なんてありませんけど」
「うーん、見せてもらえる?」
そして大英達は大英の自宅傍に行く。
通信越しの映像であるが、説明に問題は無い。
「これが電線。 水道は地中だから見えませんけど」
「……えーと、つまり物理的に線や管で繋がっていたという事なのね」
「はい」
線で繋がっているのは当然な事だと思う大英と秋津は、アキエルの疑問がイマイチ良く分からない。
「つかの事聞くけど、水って転送されて来ている訳では無いのね」
「21世紀にそんなシステムはありません」
「という事は、その『電気』というのも、転送じゃなくて『電線』で送られてくる」
「そうです」
天界では水道管なんてものは無い。 魔力も転送だが、水も必要に応じて転送される。 排水も同じ。
つまり、天界の「家」には、他と物理的につながる「線」や「管」は無いのである。
「そっかー、それは気づかなかったわ」
「そ、そうなんですか」
「おかげで謎が解けたわ」
「謎?」
「実は、リアライズシステムで建造物の召喚をシミュレーションしていたんだけど、何故か機能しない建物になっちゃって、何がいけないのか判らなかったのよね」
「あー、なるほど。 工場なら電気が無ければ、動かないですね」
こうして、大英は発電所と送電システムについてアキエルに説明する。 ついでに上下水道や電話線の話も。
「その発電所とか送電鉄塔とかの模型って無いわよね」
「見た事無いですね。 あったとしても、火力発電所なら燃料が供給されなければ発電してくれませんし」
「となると、建造物の機能まで含めて再現するには、そこを補完する機能が必要ね」
「そうなりますね」
「判った。 ちょっと考えてみるわ」
こうして、一つの壁が解決される道が開けた。
*****
その日、天界ではリサエル、ボトエル、ゴデエル達3人の元をモリエルが訪ねていた。
3名は地上でよく活動しているため、地上の風俗などに詳しいのだが、今日の用件はそこでは無かった。
「この間の戦いについての報告を読ませてもらいました。 大変判りやすい報告書で、今後の作戦について参考になる点も多々あり、助かりました」
「いえ、当然の事をしたまでですわ」
「そう言われると、何とも。 うちのキリエル君からの報告書なんかは『感覚的』な内容で、解読に苦慮したりしますから、当然の報告書自体、有難いものだと思います」
「まぁ、そうですか……」
リサエルの脳裏に「ここでドカーン、そしてすかさずバリバリ」みたいな「ちょっと何言ってるか判らない」報告書を前に、頭を抱えるモリエルの姿が浮かぶ。
「それでですね、ちょっと気になる部分がありましたので、直接お話を聞きたいと思い、お時間を頂いた次第です」
「気になる部分ですか」
「はい、ボトエルさんが召喚兵器に通信を送ったという件です」
「どうなの、ボトエル」
話を振られたボトエルが口を開く。
「はい、通信相手に事前に渡しておいたマーカーで位置を特定し、魔法による通信を行いましたが、これが何か?」
「そこなんです。 リアライズシステムで召喚されたホムンクルスは召喚者や指定された指揮者の命令しか聞きません。 そして、正しい相手かどうかの認証は魔法通信では行えないのです。 なのに、その操縦士はボトエルさんの指示で次の行動にとりかかっている」
「そうなのですか、指示に関しては事前に作戦計画が立てられていたので、『私の指示』という事ではないのかもしれませんが……」
「そうか、事前に与えられていた指示に従った行動をする『きっかけ』を送ったという事ですね」
「はい」
「それでも、認証が通らなれば『きっかけ』としても認められないはずなのですが」
「そこについては、特に説明などは無く、ただ通信をするよう頼まれただけですので」
「そうですか。 もしかしたら、アキエル君のシステムでは認証が通るようになっているのかもしれませんね」
「そうかも知れません。 詳しい事は判りませんが、アキエル殿の方が先行されているのでしょう? であれば、そういった機能追加があっても不思議ではないでしょう」
「ですね。 ボトエルさんの言われる通りかもしれません。 以前こちらでも通信の問題で対処が遅れた事例がありますし、認証が通る魔法通信について開発をしてみます」
「私の報告がお役に立てたのであれば、なによりです」
「ええ、ありがとうございます」
モリエルは今もリアライズシステムの改良を進める。
いずれモデラーを召喚し、戦いに参加してもらう事を想定して。
*****
本土と島の間の海峡付近で貨物を積んだ船が難破した。
残骸や乗員は両方に流れ着いたが、その運命は大きく違った。
本土に流れ着いた者は、漁村の民によって幾人もの命が救われ、死した者も手厚く葬られた。
だが、島に流れ着いた者は、打ち殺され、遺体は海に棄てられた。
事実を知った領主は調査員を派遣する。
調査員の問いに、島民は答える。
「なぜ遭難者を助けなかったのですか」
「何を言う、連中は岸を汚した極悪人。 殺されて当然じゃ」
「そんな、彼らは別に難破したくて難破した訳では」
「そんな理由なんか知らん。 わしらに判る『事実』は『岸を汚した』という事だけじゃ」
「なんという……」
「それより、この残骸を早く退けてくれんかのう」
浜には船の残骸、木切れが散乱していた。
「岸を汚した不届き者はサメの餌にしたが、木切れは多すぎて村の者では手が出ん」
「……判りました、領主様に相談します」
「頼んだぞ」
調査員は、彼らの考え方が自分たちの常識と著しく異なる事に困惑した。
近隣の村々や他の領主が治める所領との交易や交流のある本土の人々と違い、島の人々は島の中でしか活動しない。
海に出るのは漁の時だけ。
大公が治めていた時代でも、各々の島は半ば独立国のような状態だった。
以前も記したが、他の地では村長と領主が支配体制を作っていたが、島ではその間に「島長」という中間の支配者がいる。
今の日本で言えば、領主を首相、村長を市町村長と考えれば、県知事のようなものだろうか。
別に大公領が広いとか規模が大きいという事ではなく、物理的に島と島の交流が、陸地の街道で繋がれた他よりも困難だったため、中間統治者の必要があったのだ。
これは大公領・大公国と変遷し、2つの所領に分割された今でも変わらない。
領主は島長を通さなければ統治出来ない。
システムとしては仕方ない事だが、島民の気風が排他的なのは問題だと言う声が領主の都では広まっている。
そもそも大公が独立国を建てて王国侵攻を企て、それを実施出来た背景には島民の王家に対する忠誠心の欠落があった。
一方、大公家は島長の支持を得てその地位を保っていたのである。
実際問題として、領主は島長の支持を得られず統治は困難を極めている。
それはマウラナ伯領だけでなく、北方を任されたバヤン辺境伯領も事情は同じであった。
大英達が辺境の島に「神獣」を持ち込まなかったため、神威を示す機会が無く「中途半端な解決策」となってしまったと言える。
まぁ、揚陸艦がまだ使えなかった以上、戦車などの車両は上陸できないし、爆撃を必要とする様な「強敵」もいなかったので、飛行機も飛ばさなかったのだから、仕方ない。
歩兵の小銃や機関銃だって、大公国の首都(現バヤン辺境伯領の都)にしか見た者はいない。
当然見た事も無い島民へのインパクトはまるで無いと言える。
大英達の仕事はこの場合「敵の撃破」であって、効果的な統治体勢の構築までは含まないし、仮に依頼されたとしても、どうすればよいかまでは判らなかっただろう。
実のところ、野蛮人の統治は力を示すのが一番なので、村の一つでも「あっという間に」焼き払った方が、後々楽になっただろう。
日本と言う「島国」出身の大英達ではあったが、島としては「大きな」北海道の住民だ。 しかも道路網・鉄道網が完備された現代しか知らない。
「移動に使える動力の無い小さな島の住民」の考え方までは思い至らなかったのも、仕方ないのかもしれない。
この北部列島の統治には、様々な課題が残されている。
だが、それは大英達や神々が気にすべき事ではない。
しかし、その事が事態の発覚を遅くしているのであった。
*****
海に浮かぶ円盤は直径140メートルに達していた。 これは第二次大戦中の駆逐艦の全長を超え、小型の巡洋艦である天龍型軽巡洋艦のそれと同等だ。
3つあった開口部は6か所に増えている。各々等間隔なので、正六角形の頂点の位置にある。
その開口部の直径は10メートルほどに拡大している。
開口部には何隻もの小型船が出入りし、常に円盤の周囲に小型船が展開していた。
時には遠方から帰還したと思われる船団もあった。
円盤上面には何やら小型の箱型の物体がいくつも出現していた。 物体には小さな開口部が一つあり、レンズ状の物がはめ込まれている。
物体は時折旋回したり、開口部が上下に動いたりしていた。
これが円盤の目なのか、それとも違う用途の構造物なのかは、その動きだけでは読み取ることは出来ない。
そして、円盤中央には塔状の構造物が出来ており、その高さは10メートルに達していた。
円盤中央は海面から10メートル程なので、合計すると頂点部分の高さは20メートルになる。
円盤の成長は続く。
用語集
・マイレ=ブレゼ
シュルクーフ級駆逐艦の一隻。 キットは新造時の姿である。
詳細はwikiを見ると良い。
なお、wikiの記載には不正確な表現がある。
「艦橋直前と中部上構上に1基ずつ配置された。」
とあり、57mm連装砲が全部で2基のように読み取れるが、実際は中部上構上は2基なので、3基となる。
ちなみに、同じくwikiに載ってるD626の模型写真を見れば、ちゃんと3基搭載されているのが判る。
・ミサイルの類は載っていない
マイレ=ブレゼは後に改修されて対潜ミサイル(マラフォン SUM)を搭載しているが、上述の通りキットは新造時の姿なので搭載していない。
当然、召喚されたマイレ=ブレゼにもミサイルは搭載されていない。
・それは気づかなかったわ
歴史に詳しい人でなければ、江戸時代や古代ローマのインフラについて知る事は無い。
動力も無しに、どうやって水道システムを構築していたのかなど、トリビア級の知識だから。
というか、歴史に疎い人なら、水道があった事すら気づかない。 全部井戸だと思っている人もいるだろう。
同様に天界の環境しか知らない天使にしてみれば、物理的に結線されたインフラの存在など「初めから知らない」。
歴史マニアなら「神がまだ故郷の惑星にしか住んでいなかった時代のインフラ」の事を知っているかもしれないが、一般の天使は知らない。
知らないというのは「調べればわかる」事でも、調べるというとっかかりすら無い事を示す。
水道の話なら、水道があった事を知らなければ、「どうやって動力も無しに水を運んでいたか」という疑問すら浮かばない。
そしてテクノロジーは最初と最新以外は忘れられることも珍しくない。
水なら、天使の知識だと「川から汲んでくる」と「転送される」くらいしか思いつかないだろう。
「汲んでくる手間を転送で解決w」みたいな解像度の低い知識が「歴史に疎い」天使の感覚だ。 水道どころか井戸すら知らない。
現代の水道システムなどは、太古のピラミッド建造方法並みに「忘れられたテクノロジー」なのだ。
・見た事無いですね。
ネットで調べると「ウエスティングハウス社・原子力発電所」なるものが実在した(1959年製)らしい。
見たサイトには「中身が見えている事について」説明が無いのですが、おそらくカットモデルでしょう。
まさか格納容器の壁や天井が半分しか無く、中身が露出している状態が「本来の姿」とは思えませんので。
なお、カットモデルだったとしても召喚すれば普通の原発になります。
大英君本人が「見た事無い」と言っている通り、在庫にも完成したキットにも無いので、基本的に登場する事は無いでしょう。
(メタな話をすれば、私が持ってないのだから、神殿に届く事もありません。相当なレア&高額なので、入手する事も無いでしょう)
なお、送電線や送電鉄塔は敷地内分しか付属しないので、たとえ制作しても送電問題が残ります。 まぁ燃料問題は生じませんが。
・野蛮人の統治
近年の世界情勢を鑑みるに、この表現は誤りと言わざる負えない。
正しくはただ単に「統治」だろう。
・焼き払った方が、後々楽
某島でも「米軍をディスっているが、出ていかれては困る」という。
アメリカ軍が居なくなれば、自衛隊が増える。それは困るという話だ。
祖先を多数殺した米軍には従うが、防衛に失敗した日本兵の末裔には上から目線で敵愾心を燃やす。
結局は「強い者には従う」「下手に出る者には強く出る」という原始的な感情が支配しているのだ。
なので、上述の「野蛮人の統治」は近頃話題の「不適切」な表現だと言える。「統治」でok。
某島の住民を野蛮人呼ばわりしていると邪推する人が現れないとも限らないからね。
「統治は力を示すのが一番」は誰が相手でも、真理なのです。 少なくとも地球上では。
異論は、そうですね、3万年くらい経ったら受け付けましょう。
その頃までに人類が進化を遂げて「正しい事が正しい」という考えを受け入れる事が出来ていれば、良いですね。
SF作品で「地球人は好戦的だ」として宇宙人のコミュニティに受け入れてもらえないなんてのは、根本的にはこういう事ですね。
厳密には好戦的だからではない。 武力行使の結果が「正義/悪」「正しい/偽り」を決定する「基準」だからです。
「正しい事が正しい」のではなく、「勝った奴の言う事が正しい」なんて行動原理の種族なんて、危なくてコミュニティには参加させられませんよね。