第48話 おっさんズと海の怪現象 その1
その日、ミシエルは新戦力の量産体制が順調に稼働しているのを確認後、研究室に戻ると腕を組んで考え込む。
「コレを地上にって、どうすれというんだ?」
彼の目の前、ガラスの向こうにはスライムが1体鎮座している。
支える物の無い環境下のため、床に広がって潰れた大福のような形状になっていた。
これでは、相手に覆いかぶさって取り込むと言った攻撃・捕食行動は取れない。
キリエルから渡された資料に拠れば、そもそもは洞窟内の壁や天井に張り付いて待ち伏せするという生態らしい。
動く物が下を通りかかったところで、落下して覆いかぶさり、取り込んで消化する。
あるいは、横を通ったところで、壁から剥がれて相手を包み込んで、捕食する。
だが、地上で戦うとなれば、壁も天井も無い。 体を支える構造物も無く、地面に広がるだけになってしまう。
つまり、単に日光や紫外線と乾燥に耐えるだけでは、意味がないのだ。
「流動性を強化して、重力への対抗力を……いや、それだと表層の強化が邪魔だな。 あ、まてよ、それ以前に表層を強化したら矢弾を食らった時のダメージを吸収できなくなるか……。 でも強化をやめれば乾燥や日光に耐えられない。 うーん、どうする……」
生物として完成しているモノを別の環境で使えるようにする。
必要な能力を付与すると、元々の能力と干渉したり、無意味なものにしてしまう。
あちらが立てば、こちらが立たない。
スライムについては、これまでの改造より難易度が高い様であった。
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大英達が行ったこの日の召喚は、ザバック辺境伯領の都で行われた。 そう、艦艇である。
現れたのは15cm砲を持つ大型駆逐艦マルソー。
元は「エスチャーニア 1/400 MARCEAU」というフランス製のキットだ。
当然と言う訳ではないが、フランス海軍の駆逐艦で、年代は1940年代だが戦後の艦艇である。
海軍も駆逐艦が1隻増えて、順調に強化されている。
で、その日の午後は飛行場へと向かった。
実はもう1隻 1/400 の駆逐艦があるのだが、流石に一日に2隻はきついようだ。
飛行場では「長谷部 1/72 RF-101C ブードー」を召喚。
これ、写真偵察機なのだが、実のところ使い道がない。
もちろん、写真を撮ってくることは出来る。
しかし、それを現像・プリントする設備が無い。
結局のところ、経験値稼ぎにしかならないので、後回しにしていたものだ。
まぁ、いずれ地上か艦艇で現像・プリントできる様になれば、使えるかもしれない。
あー、港に水上機搭載の巡洋艦がいたとして、そこまでフィルムを運ぶとか考えたくない話だがな。
大英が写真の趣味を持っていれば、自宅で現像・プリントも可能だったかもしれないが、まぁたとえそうでも薬剤のストックが切れているだろうから、実行不能だっただろう。
大英より少し上の世代だと写真と言うかカメラを趣味とする人は結構いたようだが、流石に21世紀になってもフィルムカメラを続けている人は多くない気がする。 デジタル一眼とかに移行しているのではないだろうか。
一応大英もフィルムの一眼レフは持っているが、カメラと言う趣味では無く、天体望遠鏡に装着して使うためのもので、標準レンズこそあるものの、最近は使っていないし、使っていた頃も現像などはカメラ店任せであった。
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その日、天界ではアキエルが頭を抱えていた。
「召喚はちゃんと成功してるわよね」
「はい、すべて最後まで正常に処理されています。 エラーも警告も出ていませんし、通知すら出ていません」
リアライズシステムのサンドボックスで 1/700 の工場を召喚してみたのだが、出現した工場は外観に問題は無く、中身についても指定通りの機材が並んでいた。
だが、機能しないのである。
製造用の機材、原材料になる部品、働く人員。 すべて揃っているが、稼働できない。
ちなみに工場だからといって、何でも作れるわけではない。
「兵器」「武器」は作れない。 作れるのは弾薬や一部消耗品に限定される。
そりゃ工場から戦闘機や戦車がわらわら出てきたら、召喚の意味ないですからね。 それはアウトでしょう。
そういう意味では結構謎現象は起きる。
ミサイルは作れるが、小銃は作れない。 ミサイルは弾薬扱いなんだな。
なお、この弾薬かどうかは天界の判断による。 陸自では弾薬扱いのLAM(パンツァーファウスト3:110mm個人携帯対戦車弾)なんかは、武器扱いとなり製造できない。
まぁ、弾頭だけなら製造できるだろうけど。
でだ、リアライズシステムで召喚した工場は軍需工場として設定されているので、本来であれば爆弾や機銃弾、砲弾なんかを製造できるはずなのだが、工作機械が動作しないため、何も作れないという状況になっているのだ。
「なぜなの、何がいけないの?」
アキエルは工場の内装を決定するコードを追いかけながら、動作しない原因を探るのであった。
ま、21世紀に生きる我々なら、原因はもう判っていると思うけどね。
これが人力で動く機織り機が並ぶ工場なら、普通に稼働していたでしょうねぇ。
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マウラナ伯の元に報告が届く。 曰く、島長が通達を拒否し、村々に送らないとのこと。
「なぜだ、どういう事なのだ」
マウラナ伯は執政官に問う。
「はい、通達の内容が今までの慣習と異なるとの事です」
「異なるのは当然であろう。 もはやここは大公国ではない」
それに対し、以前の大公国時代の行政に関わっていて、現在執政官の補佐をしている貴族が発言する。
「内容が変わりすぎなのです。 もう少し段階的に、徐々に変更をして頂きたいと申し上げたでは無いですか」
「何を言われる。 そなたの意見を入れて、ちゃんと内容を改めておる」
執政官は反論するが、補佐は納得していない。
「少なすぎます。 カタチばかり1項目だけではないですか。 言いましたよね、こんな内容では島長達が受け入れるはずが無いと。 言ったとおりになったではありませんか」
大公体制からの転換を急ぐマウラナ伯と、現状変更を望まない島長達。
その摩擦は統治の機能不全一歩手前にまでなっていた。
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海に浮かぶ円盤は直径90メートルに達している。
そして、その円盤に正三角形を内接したとすれば、頂点に当たる120度離れた3か所に、直径5メートルほどの開口部が現れていた。
開口部は丁度海面の位置にあり、半分が海面下で、半分が海面上になっている。
そして、その開口部から、時折小さな物体が現れては、海に出ていく。
それは全長約9m、幅約4m、水上の高さ1mほどの小型船……と呼ぶにはイマイチ船型をしておらず、水の抵抗が大きくないか? という形をしているが、海に浮かんで航行しているので、船なのだろう。
もちろん、人が乗っている訳ではなく、自律的に動き回っている。
開口部から海に出た直後はしばらく適当に円盤の周囲を周っているが、やがて同様に開口部から現れた船と数隻(?)集まると、船団を組んで何処かへと去って行った。
そして、また新しい船が出てきては、同じ様に数を揃えてから、別の方向へと出発していくのであった。
用語集
・エスチャーニア
フランスの模型メーカー。
原語表記なら Espiègle 。 工場はフランスにあり「MADE IN FRANCE」と表記もあるが、親会社はドイツの企業。
もっとも、色々と流転の身の上らしく、大英が持っている MARCEAU が製造された時期の親会社は多分違う。
・MARCEAU
戦後の船だが、就役したのは戦時中。
というのは、これは元々ドイツ海軍の駆逐艦で、戦後賠償艦としてフランスに引き渡されて、フランス海軍の駆逐艦になったため。
・標準レンズ
普通の写真を撮るためのレンズ。焦点距離50mm。
大英が持っているのは星野写真を取るため、そのメーカーでは一般的だったF1.8ではなく、F1.4のレンズである。
これなら絞りを一つ絞ってもF2を確保できる。(星野写真撮影ではシャープさを確保したり、レンズ端の歪み等による影響を避けるため、絞りを解放とせずに1段階絞る。 近年のデジタル一眼だと、感度が高いからF2.8まで絞るらしい)
なお、そのメーカーにはもっと明るいF1.2のレンズもあるが、半段階は中途半端(1段階はルート2単位)・価格が高い・長さが長く、付けるとカメラケースに収まらない という理由で却下したそうだ。
・現像などはカメラ店任せ
ちなみに星を撮った場合、現像に出す際にその旨伝えないと「真っ黒で撮影失敗」と間違われるので、注意が必要である。
2024-02-17 誤字修正
一歩手前にまてなっていた。
↓
一歩手前にまでなっていた。