第47話 おっさんズと新戦力整備 その3
その日、クタイ伯領の立て直しに協力している契丹は、ある村に来ていた。
助手兼護衛の騎士2名を従え、村長の案内で教会へと赴く。
教会には村人達が集まっていた。 契丹達の到着を見て、司祭は民衆に声をかける。
「皆さん、巡回司教様がおいで下さりました」
それまで各々好きに雑談していた村人達は、静かになる。
そして巡回司教の豪華な服に身を包んだ契丹が登壇する。
挨拶に続き、本題へと進む。
「皆さん、神々について色々と困惑されている方も多いかと思います。 そんな皆さんに、私の経験から助言が出来ればと思います」
契丹は自身がレリアル神を主神と仰いでいた過去と、現在ム・ロウ神を主神と考えている事を語った。
「人間、誰しも誤りに陥ることがあります。 ですが、誤りは正せば良いのです。 神は必ず、それを受け入れてくれます」
そして話は、多くの村人がクロス教を信じていた事に進む。
「皆さんの中には『勇者』の活躍について話を聞かれた方も多くおられる事でしょう。 直接勇者と話された方、その『奇蹟』を目にした方はおられますか?」
契丹の呼びかけに、村人たちは互いを見合わせる。 だが、「自分は見た」「自分は会った」と申し出る者はいない。
「いえ、別に罰を与えようというお話ではありません。 もしおられましたら、その事は心に秘して置くと良いでしょう。 そして、その方々に覚えて頂きたいことがあります。 貴方は幻を見たか、騙されていただけなのです。 決して自身を責めないでください。 もし罪があれば、既に神罰が下っているのです。 今、こうして無事でいるのは、神も貴方を赦している証なのです」
そして、勇者は神の意を受けた天使達によって討伐されて地上を去ったと説明し、クロス教は誤った信仰であり、正しい信仰を取り戻す事が、ただ一つの正しき道であると説いた。
「皆さんは勇者を名乗る悪しき者に騙されていた被害者です。 私たち神に仕える者は、そんな皆さんの心を救うべく、村々を回っております」
その後、もっともらしい説教が行われ、契丹の話は終わった。
村の人々は巡回司教様のありがたいお話が聞けたと、安堵して帰宅していった。
契丹達はその日は村に滞在し、翌朝別の村へと移動する。 そして同じ様に教会に人々を集めては、同じ説教を行っていた。
護衛の騎士が契丹に問う。
「契丹殿、本当にこれでうまく行くのでしょうか。 クロス教が邪教である事に異存はありませんが、あれほど熱狂的に支持されていたものが、簡単に消える物でしょうか」
「そうですね。 本来であれば表向きは受け入れつつ、心の中では邪教を信じ続ける事が多いでしょう」
「それでは、ここの村人も……」
「いえ、それは無いでしょう。 邪教徒の心の拠り所となるのは、勇者の活躍や彼らが為した奇蹟です。 ですが、それを我々が否定して回っている。 勇者が健在ならうまく行かないでしょうが、彼らの前に勇者が姿を見せる事はありません」
21世紀の世で知られているクロス教は教祖たる預言者が地上を去った後も、使徒と呼ばれる幹部たちがその教えを受け継ぎ、権力者の弾圧を逆に利用して「不当な圧迫を受ける被害者」として、圧制に苦しむ民衆と「同じ立場を共有」する事で、信仰を広めていった。
だが、この地のクロス教では使徒となるべき農民兵の幹部たちが一掃されてしまったため、布教を進める者がいなくなってしまっており、その勢力は日に日に衰えつつあった。
「ですが、実際に勇者の奇蹟を見た者はどうされますか。 伝聞で聞いた者は契丹様の説教で改心するでしょうが……」
「問題ありません。 彼らも自分が見たもの、聞いたものが本当に正しい事か、揺らいでいます。 そして邪教を信じている事を人前で語れば、村の中で立場を失ってしまいます。 自分自身に『騙されていたんだ。 アレは幻だ』と言い聞かせないと、生きていけない状況なのです」
「それでも、信心深い者もいるのでは無いでしょうか」
「本当に危ない人物は、天使様によって粛清されています。 残っているのは、強い信念を持っていない人だけでしょう」
「そうですか、でも伝聞だけで強く信じてしまう人もいるのでは無いでしょうか」
「そういう人もいるかも知れませんが、長続きはしないでしょう。 周りから得られる知識・情報が全て『勇者は滅んだ』になれば、いずれ忘れてしまいます」
「そういうものなのですか」
「ええ、8対2の法則というものがありまして、実際に勇者と会話を交わしたり、それを横で見ていた者はごく少数です。 その少数の者も、多くは口を閉ざしてしまいます。 そして直接関わらなかった人間の方が圧倒的多数派。 実数で言えば8対2どころか、99対1にも届かないでしょう。 これだけの数の違いがあれば、たとえ嘘偽りを信じ込ませようとしても、数の力で実現出来ます。 まぁ、私たちが語っているのは『事実』ですから、信じさせる難易度は低いので全く問題はありません」
「おお、流石は専門家の巡回司教といったところですね。 契丹殿にお任せすれば安心です」
「油断されては困りますが、行けると思いますので、頑張ります」
「はい、お願いします」
直接勇者と関わった農民兵の多くが戦死し、伝聞でしか知らない者が多数派となった現状では、契丹の手腕に対抗できる者はいない。
クタイ伯領からクロス教が消えるのは、時間の問題であろう。
宗教の消滅と聞くと、そうそう起こる事ではないと思うかもしれないが、古代や中世では反乱組織が独自の宗教で結びついている事例も少なくない。
そういった宗教は、組織の壊滅と共に消えていった。 世界史的には珍しい話ではないのである。
*****
その日、大英達は第3騎士団の詰め所に来ていた。
詰め所は度重なる召喚兵器の配備によって手狭となっていたが、この度拡張工事が終わったという事で、その記念式典が開かれる事となり、それへの出席と新規召喚のためである。
拡張は詰め所の建物の北側に行われた。
元々詰め所は南側に都へと続く街道に面した広場があり、北側に建物がある構造だったが、今回北側に南の2倍の広さを持つ広場を造成したのである。
広場の端にはいくつもの格納庫が建てられ、召喚兵器の詳細を航空偵察では得られないようにする配慮も行われている。
「ふむ、この詰め所がここまで拡張されるとは、感慨深いものがあるな」
「はい、父上」
ゴート親子が感動している横で大英はM40を2両、M2ロングトムとM5トラクター合わせて3両と1門の1/72・1/76キットからの召喚を実施した。
M40は先日1/35で召喚したが、実は1/76も2つ持っていたのである。 同じものをスケールが違うとはいえ3つ、いや1/76に限れば2つ持っているのはかなり珍しい。
なお、2つの1/76はメーカーは異なる。 流石に全く同じ製品は買っていない訳なのだが、実は中身は同じものだったりする。
まぁ、模型の世界ではたまにある事である。 金型が流れるという話だ。
LIGHTERHOLDER と Enjoy の製品で、兵員が不足しているが、そこは補完されるので問題ない。
M2ロングトムとM5トラクターは長谷部の1/72だ。
これらは先日のM40、M107と合わせてこの詰め所に配置される。
ちなみに長射程なので、この位置でも南の森も、飛行場の北の砂漠も射程内だったりする。 敵が現れてもいちいち現地へ行く必要は無いという訳だ。
なお、この日の召喚はこれでは終わらない。
1/72クラスの大戦モノ4つでは、まだまだ余裕があるのだ。
続いて召喚したのは同じく1/72でSKYFIXの40ミリボフォース対空機関砲とその牽引車のセットだ。
「そろそろ72車両のネタも尽きて来たかな。 残ってるのは陸自関係が少しと、直接戦いには使わなそうなものばかりだな。 350はあんま無いから、次は1/700か」
「そりゃ大変だな」
「まぁ、もうちょっとで700にも届きそうなんだけどな」
「それは楽しみだな」
「ああ。 ま、1/35の残りを片づけつつ、航空機とかも作っていくわ」
大英と秋津は次のスケールに期待している。
1/700と聞くと、艦船模型が頭に浮かぶと思うが、実は戦車などの車両も結構あったりする。
何しろ、大英に言わせれば陸海空統一スケールだ。 これが召喚可能になれば、大軍の編成も可能になる。
まぁ、まだすこーし届かないのだけど。
なお、1/350すら召喚できているのに、今頃1/35や1/72の召喚をしているのは、単に制作速度の問題である。
召喚能力が上がっていくのに、キットを作るのが追い付かないという話だ。
まぁ、当面必要性が感じられないモノは後回しという事でもあるのだけれど。
それは工数のかかる1/35では顕著だ。 今や1/35のほうが在庫が多かったりする。
それに、航空機はまだ在庫があるので、陸上車両の残りが少なくても「はまり状態」になる心配は無い。
それと、天界ガチャも2回の成功で精度が上がっているとアキエルは言っている。
そう言うのは3回目の成功を見てから語って欲しい気もするがな。
*****
海に浮かぶ円盤は直径40メートルに達している。
船だと思えば小さなものだが、元が3メートルしか無かった事を思えば、とんでもない拡大である。
そして、その拡大はこれで終わりではない。 今も続いている。
ここまで大きくなっても、天界はその存在に気付かない。
そもそも地上を衛星で監視するシステムは用意していないためだ。
ピンポイントで見たい所を見る能力はあるが、地球全体を常時監視するような物は構築していない。
そもそも、そんな事をする必要が無かったので、必要ないものは発明されないのだ。
そしてその場所は外洋で、近づく船も無い。
誰にも気づかれる事無く、円盤は成長を続けていく。
用語集
・天使様によって粛清
アキエルが送り込んだ自立型天造兵装がやりました。
・圧制に苦しむ民衆と「同じ立場を共有」する事で、信仰を広めていった
リアルのあの宗教ではそういう説明は行われていないようです。あくまでクロス教のお話です。
・8対2の法則
契丹が21世紀で行っていた方法だと、
「判断出来る詳しい人」は2割しかいない。その2割を説得するより、残り8割の「無知な人」を騙す方が簡単だ。
という話です。
なんと言っても、政治は多数決ですからね。
なお、他にも
8割が無感心でも、2割の人間が騒ぐだけで「空気」は作れる
なんてテクニックもあるようです。こちらのほうがより「本来の意味」に近いでしょう。
本来の意味の用法だと「ネトゲは2割の重課金者の課金額が全体の8割になる」みたいな使い方ですかね。 パレートの法則と言うようです。
似た物にアリの「2-6-2の法則」なんてのもあるので、興味がある方は調べると良いでしょう。
・直接戦いには使わなそうなもの
1/72ではないが、未召喚どころか未作成の在庫の中には「U.S. SPACE MISSAILES」とか「U.S. and U.S.S.R. MISSAILE DISPLAY」なんて言う核ミサイルのキットがあったりする。(1/128という謎スケールと1/144)
ランチャーもサイロも管制装備も無いミサイル本体だけあっても、「使わなそうな」どころか「使いようが無い」。
まぁ、仮に色々補完されたとしても、ICMBMで何をすれと? 数キロ・数十キロとか数百キロ先を撃つミサイルじゃ無いし。